魔法戦闘兵器(1)
イベントも無事に終わり、駅の混雑から逃れるように裕紀たちは新八王子駅のショッピングモールから駅前広場へと出た。
「はぁ~っ! 楽しかった~」
ショッピングモールへ出るなり、瑞希は鞄を肩に担ぎながら満足そうに伸びをする。
「そうだな。最近は試験勉強とかもあったし、いい息抜きになったぜ」
瑞希に同意した光の声音もどこか満足げに聞こえた。
巨大クリスマスツリーのライトアップの感想や、その前に行ったスタンプラリーの感想を二人の親友は互いに話し始めた。
そんな同級生の後ろを、裕紀も心底満足そうに歩いていた。
ここ新八王子駅でクリスマスイベントが毎年行われていることは前々から知っていたし、毎年のようにニュースで放送されているので気になってはいた。
なので、こうして気になっていたクリスマスイベントに参加できたことは裕紀にとっては嬉しいことだった。
だから、あんな大きなクリスマスツリーを生で見ることが出来たことに、裕紀も感動していたのだ。
「スタンプラリーの景品もゲットできたことだし、言うことなしよね~!」
そう言う瑞希の学生鞄には、サンタの赤い帽子を被ったメリーちゃんがぶら下がっている。
もちろん、瑞希以外にも、ここにいる三人の鞄には同様のメリーちゃんがぷらぷらしている。
それを眺めてから、裕紀は隣で静かに歩いているもう一人の同級生へちらっと視線を向けた。
小麦色のマフラーを首に巻いた彩夏は、何処か遠い目をしながら前を歩く二人の会話を眺めていた。
「どうしたの? 柳田さんは、あまりこいういの好きじゃなかった?」
そう訊ねながらも、裕紀の脳裏には常に楽しそうな彩夏の笑顔が焼き付いている。
「ううん、違うわ。こういう、友達同士でイベントとかに行くのは初めてだったから。少し余韻に浸っていたの」
実際、彩夏はこのイベントを心から楽しんでくれたようだ。
しかし、彩夏が他の友達とこのようなイベントに赴くことがないというのは意外だ。
彼女がかなり真面目な性格をしていることを裕紀は知っている。
なので、やるべきことと遊びの両立も上手いことやってきたのだろうと思ったのだ。
それがまさか、今回が初めてだったとは驚きだった。
エリーと出会い研究室に籠るようになるまでは、裕紀も様々な友達とわいわい遊んでいた記憶がある。
籠ってからも、こうして瑞希や光たちと一緒に放課後に遊ぶことだってあるのだ。
「最初は少し抵抗があったけど、瑞希の誘いを受けて正解だったわ。こんなに楽しくて、綺麗なイルミネーションも見れるなんて思わなかったもの」
そんな風に、新たな彩香の一面を目の当たりにしていた裕紀の隣で、彩夏は満足した微笑みと共にそう言った。
その言葉に、裕紀は胸に溢れた温かな想いを噛みしめ、笑みを作りながら言った。
「また来年も行こうよ。それに、柳田さんが経験したこともないようなことは、まだまだたくさんあるよ」
「そうね。あなた達となら、きっとどんなことをしても楽しそうだわ」
優しく言った裕紀の言葉に、彩夏は微笑みながら頷いた。
「なになにー? もう次のイベント計画立ててるの?」
そんな二人の会話に、いつの間にか彩夏の隣で歩いていた瑞希が興味津々に訊いてきた。
「気が早い、ってわけでもないか。あと数日もすれば大晦日だもんな」
「おっ! じゃあ、次は初詣だね! 楽しみ~」
「お、おい。そんな勝手に決めても、俺も柳田さんも予定が合わないことだって…」
脳内で次のイベント計画が立案されつつある瑞希を裕紀は慌てて止めようとする。
実際、年末年始はエリーの研究所と自身の部屋の大掃除や、少しだけだがおせち料理を作ったりと慌ただしい。
裕紀が入院してから、少しずつ家事を教えては実践させているエリーだが、家事研修中に大掃除というビッグイベントはさぞ堪えるだろう。
なるべく大掃除は二人で行いたいと裕紀は考えていた。
なので、少なくとも一人以上予定が合わなかったら辞退しようと考えた裕紀だったのだが。
「ふふ。いいよ。大晦日、毎年予定は空いてるから」
まあ、彩夏なら大晦日までにやるべきことは終わらせていそうだ。
「年末年始は家の大掃除で忙しかったりするけど、まあなんとかなるだろ」
(その、なんとかなる、は本当に大丈夫なのか!?)
ただし、親友の予想外な返答に裕紀はぎょっとした。
しかし、よく考えてみれば当然である。
光の家は両親共働きで滅多に帰宅しないため、昔から身体の弱い妹をよく看病しているらしい。
その延長線上で家事もできるなら、大掃除くらい余裕だろう。
となると、もう多数決をするにしても過半数で年始の計画は決まったも同然だ。
研究所の大掃除などが心配だが、こちらもやるべきことを早々に終わらせれば問題はない…。
だろう。たぶん。…きっと。
「新田くんは? 大丈夫そう?」
目を輝かせてそう訊ねてくる瑞希に、裕紀は肩をすくませて答えた。
「まあ、いいよ。駄目って言っても、説得されそうだしな」
そんな裕紀の返答に、瑞希は相変わらず元気な顔をにぱっと明るくした。
その笑顔を見て、裕紀も小さく微笑みを作る。
エリーには悪いが、今年の大晦日は一人で過ごしてもらおう。
年明けはしばらく研究所に入れるだろうから、それで許してもらうとしよう。
微笑みながら、今も研究所にいるであろう研究者にそう謝罪した。
他愛もない会話を繰り広げながら駅前広場通りを四人で歩いていた裕紀は、夕方の騒々しかった雰囲気とは一変して、しんと静まり返った広場を眺めながら歩く。
どうやら駅前広場で行っていたイベントも一通り終了したらしい。
湊汐音のステージイベントも終わったらしく、暗くなった仮設ステージの周りには余韻に浸るファンの姿が数人ばかり見受けられる。
「そろそろ人も少なくなってきたか?」
唐突に光がそう言うので、反射的に携帯の時計を眺める。
すでにイベント終了から三十分以上は経っている。
どのくらいで混雑が解消するのかは不明だったが、経過時間的にはそろそろ新八王子駅も落ち着いてくる頃合いだろう。
「そうだな。今日はこの辺りで解散するとしようか?」
言い出しっぺが光なのは、恐らく家で待っている妹を想ってのことだろう。
瑞希もそれを悟ったらしく、こくりと頷くと裕紀の言葉に賛同した。
「そうね。ちょっと名残惜しいけど、帰りが遅すぎると心配する人もいるみたいだしね」
ただ、光のことになるといつも余計なひと言がくっ付くのが瑞希である。
賛同しつつも光をからかった瑞希の言葉に、本人はむっとなって言い返す。
「うるせーな。帰り遅くなって心配する人がいるのは、俺だけじゃないだろ」
「残念ながらあたしは一人暮しよ」
「ごめんなさい、剣山くん。私も一人暮らしなのよ」
女子二人に返り討ちにあった光は諦めるように肩を落とした。
その様子を、裕紀は他人事で見ていることはできなかった。
光のように本当の家族でも兄妹でもないが、裕紀にも自身の帰りを待ってくれている人がいる。
ここ数週間は入院していたこともあり、エリーの顔を研究所では見ていない。
研究者と研究対象でも四年以上家族のように暮らしていたので、こうも顔を見せないと不安に思わせてしまうと勝手に考えてしまう。
ともあれ、これで解散になるなら今日は久しぶりに研究所へ寄ろうと裕紀は思った。
「それじゃ、そろそろ帰ろっか! 裕紀くん、同じマンションだし一緒に帰ろう」
そう決めてすぐに瑞希に誘われた裕紀は、頭を掻きながら言った。
「すまない瑞希。今から行くところがあるから、別の電車に乗っていくよ」
「裕紀くん。こんな時間に女子を一人で帰すっていうの?」
じとっとした目でそう言ってくる瑞希に、裕紀も軽くあしらうように謝罪をする。
「ほんっとうに悪い。まあ、瑞希ならそこら辺のストーカーなら軽くあしらえるだろ?」
「何を根拠にそんなことを言うかな!?」
「ほら、足早いし?」
「いきなり襲われれば足の早さなんて関係ないし!」
「ま、まぁ、それもそうかも…」
「当たり前よ!」
慣れないことはするものではない。
がうがうと食いついてくる瑞希を宥めるのに一分は掛かった。
結局、最後まで折れない裕紀に瑞希が諦めてくれたおかげで、各々違う方面へ帰宅することになった。
瑞希はやや膨れっ面で「じゃあね! また学校で!」と言い放ち歩いていき、光は宥め終えた裕紀に「お疲れさん」と労いの言葉を残して新八王子駅へと戻って行った。
イベント終了後にどっと疲れた裕紀とは対照的に、いたって普通の挨拶を受け手を振っていた彩夏に裕紀は話し掛ける。
「と、とりあえず俺ももう行くよ。柳田さんとはここでお別れかな」
「ねぇ。新田君が向かおうとしている場所って、もしかしてあの研究所?」
「ああ、そうだけど…?」
これから行く場所を隠す必要もないと思った裕紀は、なにも考えずに頷いた。
この時、裕紀は彩夏の質問に対してただ適切な回答を答えただけだった。
彼女がただ興味本位で訊いているだけだと思ったからだ。
しかし、その裕紀の考えは少し単純過ぎた。
裕紀の返答を得た彩夏は、何かを心に決めたように一つ頷くと、いたって真剣な表情で言った。
「あの、新田君。もし良かったら、私もその研究所に連れて行ってくれないかしら?」
表情は真剣なのに頬は紅い。
瞳も若干潤んでおり、彼女自身かなり緊張しているのが分かる。
そして、その質問を聞いた裕紀も一秒のタイムラグを経て緊張が込み上げてきた。
「へっ!? いや、でも…」
「えと、ダメ…、かな?」
明らかに焦りを露わにした裕紀に、彩香はそろそろ緊張に耐えかねるように震える声で問いを重ねた。
そんな彼女の様子を見て、少しだけ心に余裕のあった裕紀は気を立て直して答えた。
「いや、だ、ダメってわけではないけど。べ、別に構わない、と思う。けど、研究所に何か用事でもあるのか?」
緊張のせいで反射的にそう訊ねてしまったが、よく考えれば彩夏が研究所を訪れるのはこれが初めてだ。
用事以前に、研究所の主であるエリー・カーティすら知らないのではないだろうか。
おかしな質問をしてしまったことの恥じらいと、尚更、なぜ研究所に? という疑問が同時に裕紀を襲う。
二つのことに思考の処理が追い付かなくなっていた裕紀に、彩夏は頬を赤くしながらもさすがの精神力で緊張を逃し、真面目な声で言った。
「用事…、というわけではないの。一ヶ月前に、あの研究所で私は助けられたから。今日はそのお礼をしたくて」
「あ…」
彩夏の言葉を聞いて、裕紀はもう一ヶ月も前の記憶を手繰り寄せた。
およそ一ヶ月前。
裕紀を庇って重症を負った彩夏は、総合病院ではなく、裕紀の魔法で偶然転移したエリーの研究所にて応急処置と治療が行われた。
一連の事件が終結するまで意識を失っていた彩夏の身体は、研究所の主であるエリーによって保護されていたのだ。
入院中に聞いた飛鳥の話では、敵の呪いが解けて彩夏が目を覚ましても、しばらく看病を続けていてくれたらしい。
無論、当人である彩夏は看病を受け、裕紀より先に自身が意識を失っている間のことを聞いたのであろう。
しかし、裕紀が入院している間はあえてその話題は持ち出さなかった。
彩夏は裕紀が退院し、一緒に研究所に行けるタイミングを見計らっていたらしい。
しかし、彩夏ほどの魔法使いなら特定の場所を魔法で探知することは可能だろう。
もちろん、マナーとしては正式な手続きをとってから、正式な手段で訪れて欲しいものだが、魔法使いという立場であるなら場所の探知くらいなら許容範囲でやりそうなものだと思っていた。
そんなことを考えながら彩夏を見ていたせいか、人の視線には敏感らしい彼女は顔をしかめて言った。
「あなたの言いたいことは何となく分かるわ。…でも、こういうことはきちんとやりたいのよ。あなただって、私を助けてくれた恩人なのだから」
細い指で気恥ずかしそうに頬を掻く彩夏を見て、裕紀は妙に納得してしまった。
彼女の真面目さはちょっとだけ他人とは群を抜いている。
「なるほど。柳田さんのその姿勢には敵わないな」
「ちょ、ちょっと? いま、何かおかしなことを考えなかった?」
「別に考えてないさ。さ、そうと決まれば早く駅へ行こう。北八王子駅までの電車って、この時間だとあまり本数ないんだよ」
そう言いながら、新八王子駅へと向かおうとした裕紀の腕を彩夏が掴んだ。
「うおっ!?」
急に進行方向とは逆方向に引っ張られた裕紀は、危うくバランスを崩しかけた。
「な、なに? 行かないの?」
戸惑いながら訊く裕紀に、彩夏は珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「新田くんは、もう調子は平気?」
そう訊く彩夏に、裕紀は掌を広げて言った。
「ああ。もう体調は平気だよ。生命力も完全回ふく…」
そう言い掛けて裕紀は口を閉じた。
このイベントに参加している時点で、彩夏は裕紀の体調が良いことくらい知っている。
それを知っていて改めて聞くということは、それは魔法使いとして生命力も回復しきっているか、ということだろう。
つまり、これから彩夏が言わんとしていることは、裕紀の予想通りなら少々面倒なことに違いない。
「ちょーっと、だけ。まだ調子が悪いかも?」
「そう? じゃあ、今日できなかった分も玲奈さんに任せようかし…」
「や! やっぱ調子は戻ってるかなっ! むしろ絶好調ってやつだ! うん!」
魔法使いとして弟子入りしてからというもの、玲奈の特訓は鬼のように恐ろしい。
退院明けにしごかれてしまうようなことがあれば、裕紀は戻らなくていい病室へ逆戻りしてしまう。
「ふふっ。だったら、ここから研究所まで走っていきましょう?」
そんな裕紀の反応を面白がるように微笑みながら、彩夏はひとつ提案した。
この場合の《走る》とは生命力による身体強化で移動するということだ。
生命力によって身体強化を施せば、新八王子駅から北八王子駅までの距離を十分未満で走りきれる。
「わかった。そろそろ身体を慣らしておかないといけないしな。よし、走ろう」
半ば強制的にその返答を引き出した彩夏は、小さく笑みを浮かべるとやや腰を落とした。
それだけの動作で彩夏の身体から白色の過剰魔力が滲み出した。
裕紀も彩夏に続いて意識を両足へ集中させる。
久々の生命力操作なので、玲奈のご教授を思い出しながら慎重に意識を傾ける。
全身に巡る生命力を、両足に集約させるイメージ。
やがて、裕紀の両足にも白色の過剰魔力が滲み出る。
集約した生命力は、一気に放出させるのではなく、少しずつ空気を押し出すように調整する。
準備が整った裕紀は彩夏と視線を交わすと、普段と変わらぬモーションで走り出した。
身体強化はただ速く走れたり、重いものを持てたりするだけではない。
生命力を利用することで、身体に掛かる負荷を軽減することもできるのだ。
今回は一般市民の目もあるということで、速度は抑えているが脚に掛かる負担はかなり減らせているはずた。
マーリンによって付与された力の暴発を頭の片隅で恐れていたが、現状ではその様子はない。
このまま何も起こらないでくれよ…、と内心で願いながら裕紀は道案内を開始した。
新八王子駅から距離の離れた、複合型マンションの見える建物の屋上に、駅前広場にて魔法戦闘に敗北した魔法研究者は現れた。
「やれやれやれ。まさかあんな魔法使いがいたとは想定外でしたね」
そう呟いた魔法研究者の背後で、ドサッと重々しい落下音が聞こえる。
音の発生源へ目を向けると、そこには仮面を砕かれ意識を失った男の魔法使いが倒れていた。
「資源の入手には成功しましたが、コレの調整の必要性が出てしまいました。そろそろ、新しい素材が欲しいところですね」
この魔法使いは魔法研究者にとってはただの兵器でしかない。
兵器はほぼ完成に近いが、まだ開発途中な兵器には改良が必要だ。
しかも兵器に付属させる魔法の性能上、ただの魔法使いでは力不足だ。
少なくとも第二魔法を扱える程度の力を持った魔法使いでなくてはならない。
もしくはその力を扱える素質を秘めている一般人でなければ、兵器自体が魔法の負荷によって破壊されてしまう。
しかし、現在倉庫に存在する兵器では、魔法研究者の要求する性能には遠く及ばない。
(せめて僕の求める性能の半分は満たせるほどの素質と生命力のある人材が見つかればいいのですが…)
そもそもこの現実世界において、魔法使いというものは至極貴重な存在だ。
魔法が世界に現れてから年々と魔法使いの人口も増えているが、その数はまだごくごく僅かである。
そんな貴重な資源の中で、最高級を探すとなるとそう簡単には見つからない。
兵器の根幹をなす性能は完成しているのに、本体がまだ仕上がっていないというのは、研究者にとってはもどかしい状況だった。
それに加え、今回の実戦で明らかになった問題点。
強化した魔獣を苦もなく斬り伏せた、あのイレギュラーな魔法使い。
あの様な存在にはいくら強力な魔法を真っ向から使っても意味はない。勝利するためには、強力な魔法をどれだけ自由自在に扱えるかが肝となる。
その適正を見出すためにも、一刻も早く上質な素体を見つけ出さなければ、研究者は八つ当たりに貴重な資材を壊してしまいそうだ。
アレコレと考えながらも、見晴らしの良いビルの屋上で人間観察をしていた魔法研究者は、ポリポリと頭を搔きながら一人ぼやいた。
「それにしても、そう都合良く素質の良い素体は見つかりませんね」
まあ、むしろそう簡単に見つかっていたらこんな苦労もしていないのだが。
今日は大人しく研究所に帰還し、今後の研究方針の見直しとしよう。
そう思い、研究者は影に身体を沈めようとした。
しかしその瞬間、南方から自身に向けられた殺気を僅かに感じ取った研究者は、反射的にその方角へ振り返った。
次の瞬間、研究者の左胸に途轍もない勢いで何かが直撃した。
その衝撃で影に沈みかけていた両足が離れ、研究者は鮮血を撒き散らしながらコンクリートのタイルの上に倒れる。
どういうわけか動かない身体の状態で、研究者は多少の驚きから立ち直り思考を巡らせた。
直撃したモノは恐らく銃弾だろう。
研究者の生命力探知の圏外だったということは、使用された銃は遠距離狙撃銃だろう。
身体の状態異常は毒魔法から派生する麻痺効果。
(使われた弾は魔弾といったところですか…)
全身麻痺を受けた状態で、研究者は苦笑しながら解析した。
魔法の力が込められた銃弾のことを、魔法使いたちは魔弾と呼ぶ。
魔弾は通常の銃器でも使用可能な為、汎用性の高い魔法武器として有名だった。
今回受けた魔弾は麻痺効果が付与されていたわけだが、そうなると射撃手(つまるところの敵)の仲間か本人がこちらに向かって来るだろう。
麻痺の魔弾を使ったのは言わずもなが、敵を殺さずに捕獲するためだ。
ここで捕まることも、将来捕まる可能性など微塵も考えていない魔法研究者は、思念だけで魔法を発動させた。
発動された魔法により、すぐ近くで倒れていた魔法使いが身体を不自然に捩り宙を浮く。
意識が無いはずの魔法使いは両手を研究者に向けて伸ばす。身体から薄く過剰魔力を纏わせると、魔法研究者が逃避のために使った影を魔法研究者の身体の下に作り出した。
影に沈んでいく魔法研究者の視界に、ビルとビルを飛び越えてこちらに向かって来る二人の人影が映る。
その二つの人影を見て、魔法研究者はにやりと笑みを浮かべた。
(くくっ、そう簡単にお前たちには掴まりはしない。楽しみはこれからですよ…)
そう内心で笑った魔法研究者はそのまま影へと呑まれていった。
最後に魔法で操った男の魔法使いも影に沈むと、魔法研究者たちの居たビルの屋上は跡形もなく静まり返った。
何事もなかったかのようなビルの屋上に、二人の魔法使いは音もなく着地した。
「一足遅かったようですね、師匠」
「ああ。協力してくれたアークエンジェルには申し訳ないことをしたな」
短い黒髪の青少年の言葉に、茶色の髪をツーブロックにカットした頭髪が特徴的な男性がそう受け答える。
青色を基調に白のラインの入ったロングコート風の服装の少年と、赤色を基調に黒のラインの入ったロングコート風の服を着た男性二人の腰からは、それぞれ魔光剣の柄が下げられていた。
今回、この二人はアークエンジェルの協力要請のもと、とある魔法使いの捕獲作戦を遂行中だった。
アークエンジェルのメンバーが魔法で戦っている場面ももちろん目視しており、戦場から魔法研究者と魔法使いが撤退したタイミングで、二人は魔法研究者の次の出現地点を予測していたのだ。
だが、確実な位置までは把握する能力を二人は持ち合わせていなかったので、大体の出現地点を予測し、一緒に行動していた狙撃手に情報を伝えるしかなかったのだ。
それでも、狙撃手が麻痺の魔弾を直撃させた後に、二人は全速力で獲物に向かった。
二人の移動スピードなら、ある程度距離の離れた場所にいる相手でも追い付ける自信があったし、敵が動けないとなれば確実に捕らえられる確証を持っていた。
しかし、何たることか魔法研究者は気絶しているはずの魔法使いを魔法で無理やり動かし、魔法を強制行使させてその場から退避したのだ。
さすがにそれは予想外だった二人は、ただ見ていることしか出来ずに目前の敵を逃してしまったのである。
「しかし、血痕の一つも無いとなるとお手上げだな。こりゃ」
参ったというように頭を掻く男性に、青少年が問いかける。
「これからどうします? リーダーに掛け合って、取り逃がした敵を捜索しますか?」
「いや、今日はもうここまでだ。深追いしても何の策もなけりゃ返り討ちにあう可能性が高い。それに…」
赤いロングコートを着た男性は、遠く離れたビルで手を振る狙撃手を視た。
右手を高々と振っているということは、任務はこれで終了という合図だ。
これでこちらから通信を入れれば、今日のところは解散という形になる。
「アークエンジェルの狙撃手さんもこれ以上は望んじゃいないらしい」
「そう、ですか。であれば、任務は終了ですね」
一息ついた青少年に、男性も深々と溜息を吐いた。
「そうだな。…せっかくアークエンジェルと協力してんだ。さっさととっ捕まえたいところだな」
「はい」
同じように深々と頷いた青少年を横目に、男性は狙撃手へ通信を入れた。
「こちら国際魔法機関、特別魔法部隊所属の土方と沖田だ。申し訳ないが獲物は取り逃がした。で、今日のところはこのまま解散でいいんだな?」
『ええ。構わないわ。またよろしく頼むわよ』
「今回の依頼はこちらにも利益がある。いつでも任せろ」
『ええ、期待してる』
そんな返事が返り、通信は途切れた。
年相応なせいか、まだあまり関わりもないためか、どこかツンケンしている狙撃手の顔を思い浮かべた土方と名乗る男性は、一緒に名乗った沖田という青少年へ言った。
「うしっ。そんじゃ、オレらも帰るべ!」
「はい!」
そう言う土方の声に沖田は元気よく答えると、次の瞬間には二人の姿はビルの屋上から消えていた。
長らくお待たせしました。
2か月ぶりですがよろしくお願いします。




