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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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異世界(9)

時間は戻って現在。

猫じゃらしのような植物が生える野原で数分前の出来事を振り返っていた裕紀は、未だに彩夏と門番たちの言い争いを眺めていた。どうやら言い争いは門番たちが優勢で彩夏が劣勢のようだった。

「だーかーらー、今はアース族がこの村へ入ることは禁止されているわけ! 何度頼んでも無駄無駄!」

「そ、そこを何とかしてと言っているの。私たちはただゲートを使いたいだけで」

劣勢に立たされてもこの事態のきっかけとなった小柄な門番にはどうにか喰らい付いている彩夏だが、しつこい態度で頭に来ているらしい門番の勢いに呑まれ、当初の威勢の良い姿は影も形もない。

「もし退いてくれるなら俺たちが近隣の村まで案内するけどどうかな?」

「う、・・・。だ、時間がないって言ってるじゃない!」

追い打ちとして二人目の門番には壁ドンならぬ柱ドンをされ、彩夏は完全に狼狽えてしまった。この時点で彼女のペースはもうなくなったに等しい。

彼女ならきっと大丈夫。つい数分前まで思っていたのだが、かの優等生さんは見事なほど門番二人に苦戦しているようだった。

とは言うものの、裕紀だっていつまでもこのやり取りを見物しているわけにもいかないだろう。短時間でケリを付けられていたなら問題はなかったが、少し時間が掛かり過ぎている気がした。

これで交渉が決裂でもしてしまえば本当の意味で時間の無駄になってしまう。

そんなことは何があっても起こしてはならない。少なくとも、元の世界へ帰る為に頑張ってくれている彩夏の面目をこれ以上潰すわけにはいかないのだ。

裕紀は猫じゃらしだらけの野原から立ち上がり、援軍として言い争いの中心へ向かおうとした。

「ちょいと待っとくれ若いの」

だが、裕紀の足は一歩を踏み出す前に聞き覚えのない声によって制止された。聴覚に届いた声は、重く皺がれていたのですぐに若い年齢の人ではないと判断できた。

独特の重みのある声から、主は年を取った男性の老人だろう。そう思った裕紀はくるりと後ろを振り返った。

振り向いた先には、やはり一人の老人が木製の杖を突いて立っていた。

身長は裕紀よりも明らかに低く、小学生の平均身長に至っているかどうかは実際に測ってみなければ分からないだろう。子供用の服でも着せれば小学生に間違えられなくもないが、肝心な頭髪が頭の両側を残してすべて消失している。顔も若者のような若々しさはなく、皺の寄った老人のそれだった。

しかし、この野原に生えている猫じゃらしが無駄に長く生い茂っているせいでしっかりと姿を見ることはできない。

注意して見なければ何処かへ見失いそうなので、とりあえず腰を屈めて老人を視界に収めた。

「どうしたんですか?」

この低身長も異世界では特有の種族か何かなのか、などとくだらないことを思いながら尋ねた裕紀に、老人は持っていた杖で猫じゃらしを掻き分けて距離を詰めた。

茶色に近い色彩の瞳で自分の黒い瞳を固定された裕紀は、老人の瞳から放たれる只ならぬ雰囲気を感じて無意識に生唾を飲んだ。

「お主とあの女は知り合いなのか?」

身長に合わせたサイズの杖で裕紀と言い争いをしている彩夏を交互に示す。いまだ決着のつかない戦場を眺め、視線を老人へ戻した裕紀は一度頷く。

「まあ、そうです。元の世界に帰るためにはこの村の協力が必要なのですが、あちらにも事情があるらしくて協力は得られないみたいですけど」

まだ完全に決まったわけではないが、今の流れでは交渉が成立することは難しいだろう。

「ふむ。お主らは村に用事があるのであって他意はないのだな?」

「そうです。俺たちは決してあの村には危害を加えるつもりはありません」

怪訝そうに問いを重ねてくる老人に何とか納得してもらおうとこくこく肯定の返事を答える。

裕紀の返答をどう受け取ったのか、老人は杖を突いて何事か考え始めてしまった。

そのまま黙り込んでしまった老人を心配そうに眺める裕紀に、向こう側から門番の苛立った声が届いた。

「このアース族の女。いい加減諦めを知りやがれ!」

どうやら口論が続いている戦場では、門番と彩夏の言い争いは激化しているようだった。

勢いを失くしていた彩夏は、あの後どうにかして勢いを付けなおしたらしく、最初とは打って変わり積極的な声が届く。

「私たちは村の人に危害は加えません! ただゲートを使いたいだけなんです! 通してくれるまでここから一歩もどきません」

あの勢いの中にはきっと彼女の負けず嫌いな性格が含まれているのだろう。最早、他の街や村を捜すことは頭にないらしい。

これはまだまだ続くなぁ、とこっそり微笑みそうになった裕紀だったがそうはならなかった。

微笑みかけた裕紀の聴覚が、涼やかだがどこか冷たい金属音を捕らえたのだ。

普段日常ではあまり聞き慣れない音だったからか、それとも殺気すら感じてしまうほど乾いた音だったからなのかは判断できなかった。

恐らく人生最速の速さで首を背後へ回した裕紀は、予想していた光景に「あっ」と掠れた声を漏らしていた。

視線の先には、粘る彩夏の態度にとうとう苛立ちを抑えられなくなったらしい小柄な門番が腰に帯刀していた剣を鞘から引き抜くところだった。

長身の門番は彼を止めようと動き出したようだが、相棒の方が一歩早く抜刀したようだ。止めるときには相棒の剣は頭上で彩夏を仕留めようと刀身を鈍く輝かせていた。

突然の攻撃に彩夏はさすがと言うべきか後ろへ身を退いた。咄嗟に鞄を自身の急所まで持ち上げて致命傷を受けることだけは防ごうとする。

だが、いかに彩夏の身体能力が高かったとしても予期していない攻撃から完全に身を守ることは難しいはずだ。防御に使っている学校の鞄も革製なので、鉄製の剣が相手では些か頼りない。

しかも、相手の使う武器が刀身の長い剣なのだから回避する距離もある程度は取らなければならないはずだ。

そうなると、十分な回避距離を取れていない彩夏は確実に刀身の間合いに入っていた。

(まずい、柳田さん!)

脳内に一瞬だけ、あの銀色に鈍く輝く刀身が彩夏の体を斬り裂く光景が浮かび、裕紀はほとんど反射で体を起こそうとした。

しかし、こんな時に限って裕紀の体に蓄積された今日一日の疲労が足に響く。

軸足である右足に痛みが走ると、意識しなくとも足に力が抜けてしまう。

不運すぎる事態に呆然としていた裕紀は、そのままたたらを踏んで猫じゃらしの上に転がった。起き上がろうにも、もう限界を超えている足は痙攣を起こして言うことを聞いてくれない。

じんじんと痺れる右足を無視して前を見上げると、そこには完全に間合いに入っていたはずの剣を寸でのところで躱した彩夏がいた。避けるので精一杯だったのか背けられた表情は険しく歪み、栗色の髪が光を反射しながら数本空中にきらきらと舞った。

何とか一撃を回避した彩夏だったが、意外にも小柄な門番は剣が得意なようだった。

勢い良く振り抜かれた剣はそのまま後ろへ振られてしまうのではなく、初心者の裕紀でもわかるほどの鋭さで切り返された。

隙の多かった抜刀直後の上段斬りは突然でも回避が可能だった彩夏も、この切り返しには反応できていない。

このまま彩夏が避けきれなければあの剣は彼女の体を斬り裂くだろう。そうすれば間違いなく致命傷を負うか高い確率で彼女は死んでしまう。

もしも、彩夏に何かがあったとしたら。

彩夏を斬ったあの剣は護衛用ではなく凶器として扱われ、あの小柄な門番も恐らくはその役職を剥奪されるのかもしれない。

誰もがそれで納得して実際にそうなったとしても、きっと裕紀だけはその判決を認めない。

高校に入学してからと言うもの柳田彩香という一人の女子生徒の存在は、常に裕紀の意識の片隅にあった。忘れようとしても、その時には何かしらの要因で盛大に負かされその度に色濃く裕紀の意識に刻まれている。

本人にはその気がないのかもしれないということは薄々思ってはいる。だが、どうしてもあの優等生に何かしらの出来事で勝ちたいと思ってしまう自分が心の中で居座っていたのだ。

そんな裕紀を、今日彩夏は様々な危機から救ってくれた。多少の計算違いはあったようだが、それでも新八王子駅で男と戦いこの異世界でも必死になって元の世界へ帰ろうと何とかしてくれている。

たった数十分でたくさんの恩を作ってくれた彩夏にこんな所で、こんな下らない言い争いで傷付いて欲しくない。死んで欲しくはない。

まだ繋がるはずの命を助けたい。自分を助けてくれた一人の女子高生を助けたい。助けた後には、お礼ともう一言だけある言葉を伝えたい。

それはある種の願いであり、決意であり、覚悟であった。

「くぅ・・・。うおあああ」

様々な想いが胸から溢れ出し、それらの感情を裕紀は言葉にならない声で届けようとした。

もう疲労で動かない足の代わりに何とか彼女を助けようと片腕を伸ばす裕紀の先で、小柄な門番の剣が今にも彩夏の胸部を斬り裂こうとする。

もう駄目だ。間に合わない。

内心で最悪の事態を考えてしまうもう一人の自分を無視して、それでも、と裕紀は届くはずのない腕を引き千切れんばかりの強さで前へと伸ばす。

すると、どういうことか勢いよく彩夏に迫っていた刀身が、急にその速度を落としたかと思えば下側へ弾き飛ばされてしまった。

自分を傷付けようと迫った刀身がいきなり弾き飛ばされ助かった彩夏と、剣の主人である小柄な門番は同時にそれぞれの意味を含んだ驚愕の表情を浮かべた。

そして、その様子を遠くで見ていた裕紀も驚かずにはいられなかった。

小柄な門番の剣が弾かれたのは、裕紀が手を伸ばしたタイミングとほとんど同時だったためだ。

彩夏を守りたいと強く想う意志が現実に影響したのかどうか、この時の裕紀には正確に判断することができなかった。本当に覚悟や意志といったある種の力が現実の世界に影響を及ぼすことがあったとすればそれは奇跡だ。そんな奇跡を、ただの十六歳の少年が起こせるはずがない。

なのに、あの剣を防いだのは他の誰でもなく裕紀自身だと確信してしまった。

しかし、その確信に何か具体的な証拠を付け加える余裕はこの時の裕紀にはなかった。

不可解な力を使った途端、はっきりしていた意識が朦朧となり全身が鉛のように重たくなる。必死に伸ばしていた利き腕にも力が入らなくなり、無様に地面へ落ちてしまう。

霞みかけた視界の中、自分の剣技が防がれたことに屈辱を受けたらしい小柄な門番が顔を紅潮させて再び彩夏に斬りかった。再び大上段に構えた門番を見て、彩夏は鞄を持ち上げて再び後退する。

門番が放つ乱暴な剣に対して、彩夏は避けきれない分の防御を学生鞄で補おうとする。迫る刀身は鞄の防御範囲を有に越しているのであとは運に任せるしかない。

それでも、斬撃が彩夏の体に直撃して明らかな致命傷を受けるよりはダメージの削減は可能なはずだ。

彩夏が無事でいるようにと、無力にも倒れながら祈る裕紀の背後から突如嵐のような突風が吹き付けた。

「ッ!?」

頭だけ後ろに向けようとするも、野原の雑草を薙ぎ払うほどの風の威力は凄まじく、瞼を開けることは難しかった。

やがて風は止み、前を見た裕紀は小さく口を開けた。

視界には剣を中途半端な位置で止めた門番と、その剣を止めているのであろう一人の老人が彩夏の足元で立っていた。

ついさっき、退屈そうに彩夏と門番たちのやり取りを眺めていた裕紀に話しかけてきた、あの老人だ。

想いもよらぬ介入に目を丸くしている彩夏の前で、彼女の膝元までしか身長のない老人は手に持っていた粗造りな木の杖を門番の剣へ突き出している。

杖と剣は接触していないのに門番の剣は空中で不可視の力によって止められ、刀身は間一髪彩夏の体の前で静止している。

(まさか、一瞬であの剣の間合いに入ったのか)

裕紀の倒れている野原から、彩夏たちまで二十メートルの距離はあった。その距離を老人は苦も無くあっさりと駆けてしまった。普通の老人では考えることすらしないことだ。

体が成長途中の若者でも二十メートルの距離を、嵐の如く突風を起こすほどの速さで瞬く間に駆け抜けることはできないだろう。

そんなびっくりな行動をして見せた老人に剣を止められた門番は、何処となく身に纏う雰囲気に動揺が感じて取れた。

空中で静止していた刀身が微かに震え始める。明らかに剣を構える肩に力が入っていた。

対して、若者よりも衰弱して見える老人は杖を持ち上げた姿勢のまま堂々とその場に立っている。

その場にいた若者四人の視線が集まる中、門番の剣を受け止めていた老人が動き出した。

「ていやぁ!」

杖を後ろに退かせたと思えば、その老体からは感じられないほどの勢いで杖を前に振る。

「く・・・ッ」

門番もこれには不意を突かれたようで、弾き返される反動でバランスを崩してしまう。

後ろへよろめいた門番は、振り払われた剣をまた構えなおすのかと思ったのだが、体勢を立て直すと意外にも彼は剣を下してしまった。

そのまま門番は腰にぶら下げた鞘へ剣をしまい直立姿勢を取る。背後で控えていた長身の門番は、老人を見てからすぐに姿勢を整えていたのか、今や門番二人は一人の老人に従う者となっていた。

どうやらこの門番たちにとって、あの老人の存在はとても大きいらしい。あの老人の登場によって頭に血が上っていた様子の小柄門番も随分と大人しくなった。

暗くなる意識の中でどうにかそれだけを考えていた裕紀の目前で、強烈な威圧感を放っていた老人が口を開いた。

「何をしているのだ。この者はお前たちに危害を加えたか?」

「いえ。・・・しかし、こいつらアース族は我々にとっては危険な存在です! そんな奴らを村の中に入れるわけにはいかないでしょう!?」

裕紀たちが訪れる前にこの村で何かトラブルが起きたことはもう疑いようもなかった。それも、アース族と呼ばれる、恐らく裕紀や彩夏と同じ立場の人間が起こしたことも明白だった。

その事を警戒してか、門番は老人の言っていることに強くそう反発する。

だが、老人はただ首を振るだけで、さらに身に纏う雰囲気を強くさせて言葉を放つ。

「あんなことがあった後じゃ。確かにこの者らを村に入れることは危険で恐ろしいかもしれぬ。だがな、必ずしもアース族が悪いわけではないのじゃよ。現に二人は、この村にあるゲートを必要としているだけじゃ。のう若いの」

そう言い老人は少し声音を大きくして裕紀の方へ顔を向ける。視線を向けられた裕紀は何とか立ち上がろうと身を起こすも、体力と気力が空になったこの体ではすぐによろめいてしまった。

「新田君!」

倒れまいと両足で踏ん張るも肩膝を突いてしまった裕紀に気付いた彩夏が、鞄を放り出して体を支えに駈け付けて来る。

肩で息をしていた裕紀の体を起こした彩夏は、体を支えながらそのまま門番と老人の元へ歩いて行く。

遠目から見ても彩夏の美しさは他の女性より群を抜いているが、近くで見るとその美しさはもう現実味がなくなるほどだった。

そんな美しい体には所々かすり傷程度だが戦闘の痕が残っていた。表情ももはや余裕の色はなく、積り過ぎた疲労によって血の気が退いている。裕紀よりも精神的な消耗は激しいはずだ。

こんなになるまで彼女一人に無理をさせていたことを知ると、どうにもやりきれない気持ちになってしまう。

「もしもこの若者らが本当に村へ被害を及ぼしたならば、その時はこの儂が責任を持って対処するが、どうかね?」

疲労困憊した異世界人と老人を交互に見た門番二人は、これ以上の反論は難しいと考えたのか渋々と頷いた。















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