表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
108/119

特殊戦闘員(6)

 新八王子駅から飛び出し駅前広場まで逃げ込んだ男は、乱入者である魔法使いから上手く逃げ切ったことを確信して足を止めた。

 男の年齢は四十を過ぎている。加えて毎日のようにタバコなど身体に害のあることをしているせいか、新八王子駅から駅前広場まで大した距離もないのに息は上がっていた。

 額から大量の汗を流し、真冬だというのにスーツの下は汗でぐっしょりだった。


 だが、まだ男に休んでいる暇はない。

 例え逃げ切れたという確信があっても犯罪コミュニティを取り締まる魔法使いは決まって集団行動を得意とする。

 恐らく、今回もあの魔法使い以外に味方がどこかに控えている可能性は高いだろう。

 もしかしたら、すでに会敵した魔法使いが味方と連絡を取っているかもしれない。


 敵の仲間に居場所を特定されないためにも、新八王子駅からもっと遠い場所へ逃げなければ、発見され拘束される可能性は十分にある。

 そう思い、男は駅前広場から市街地へ逃げ込もうと運動不足で震える足をどうにか動かそうとした。

 市街地に逃げ込むことができれば、いかに手練れの魔法使いでも見つけることは手間が掛かるはずだ。


 だが、先ほど男が推察した通り、すでに敵の魔法使いからその仲間への連絡は完了していた。

 そして、仲間からの連絡を受けて拘束対象をそう簡単に取り逃がすほど、アークエンジェルの魔法使いは間抜けではなかった。

「こんばんわ。あなたが密輸人の岡田佑造ね」

 走り出そうとした男の背中に冷たい殺気とともにそんな声が掛けられる。

 ふと周囲に意識を傾けてみれば、いつの間にか駅前広場全域に人払いが展開されていた。

「……奴の仲間か?」

 背筋に悪寒が走るほどに冷たい声と、背中に突き付けられた鉄の感触に怖気づき、振り向かずに問い掛ける。

「あなたにそれを答える必要はないわ。それより、大人しく私の指示に従いなさい」

 冷たいその言葉に逆らい抵抗すれば、その後自分がどうなるかは想像に難くない。


 クリスタルという貴重な報酬を手放すことになるが、ここで抵抗して殺されるよりかは拘束される方が身の安全は保証される。

「わかった。報酬を出すから少し待ってくれ」

 敵の目的は身柄確保と報酬の回収なのだろうと思い言った男の言葉だったが、当然のことか敵は男の言葉を受け付けなかった。

「あなたは闇の世界の住人。その言葉は信用できない。だから手を頭の上に組み、こちらを向いて膝をついて」

「……わかった」

 そう答え、言われた通りに正面を向く。


 目の前には真紅の瞳と黒髪を後ろで結んだ女性の魔法使いが立っていた。

 ショッピングモールで襲ってきた男の魔法使いと歳はそう離れてはいないかもしれない。

 その華奢な白い右手には、全長が二メートル近くはあろう日本刀が月光に照らされて輝いていた。


 正面を向いた男の懐に、空いている左手を無造作に突っ込み胸元を探る。

 しかし、目的の物が見つからないためか、女性の魔法使いは疑わしい表情を作ると数歩下がって男の喉元に刀を突き付けた。

「取引であなたが受け取った報酬がない。どこに隠したの?」

「っ!? そんなバカな! 報酬は確かに胸元へしまったはずだッ」

「そんなことを言われても、報酬のアイテムはどこにもなかったわ」

 放たれた女性の言葉に驚愕した男は反射的に胸元を探った。


 しかし、逃走前に懐へ仕舞ったはずのクリスタル収容用のケースの固い質感はどこにもなかった。

 逃走中に何処かへ落としてしまったのか。そう思うが、男はそんな事態を防止するためにシーツの内ポケットにはチャックを付属させている。チャックを閉め忘れるなど初歩的なミスもするはずがない。

 なので、走っている途中に報酬のアイテムが落下するなどという事態はまず起こらないはずだ。


 予想外のアクシデントに慌てる男だったが、目の前で刀を突き付ける女性の表情が急に引き締まったところを偶然目視した。

 女性の真紅の瞳は慌てている男ではなく、その頭上へ向けられていた。

 その瞳には、男へ向けられた脅しのための殺意ではなく、敵を殺そうという明確な殺意の炎が爛々と燃えているように視えた。


 その視線の圧力に、男も思わず後ろを振り返る。

 振り向いた男の視線の先には、ついさっきまで取引を行っていたはずの仮面の魔法使いが宙を浮遊していた。


 人払いの効力内にも関わらず仮面の魔法使いは幽霊のように宙に浮遊している。

 相変わらず、何を考えているのかは解らないが。

 この場で何を言うこともなく、二人の魔法使いは互いを警戒するように視線を交わし続けている。


 やがて、二人の間に挟まれて膝を付いていた男は、漂い始めた圧力に耐えかねて言葉を放った。

「お、おいっ! そんなところに浮いていないで、早く俺を助けてくれ! そうすれば、より質のいい資源を組織に提供するぞ!」

 そう言っても、空中に浮遊する仮面の魔法使いは沈黙を保ったままだった。

 刀を男に向けながら仮面の魔法使いと対峙する女性魔法使いも何も言葉を発しない。


 男の言葉に答えた人物は、仮面の魔法使いでも女性魔法使いでもなかった。

「ほうほうほう。より質のいい資源というのには欲が出てしまいますねぇ」

 その声がした方角へ、刀を突き付けていた女性魔法使いが視線を移す。

「あなたは?」

 男も視線を声の発生源へ向けると、何処から現れたのか白衣を着た男性がこちらへ歩いて来る。


 やや痩せ気味の顔立ちに丸い眼鏡が特徴的な、研究者の雰囲気を漂わせた男性は女性魔法使いの質問に歩きながら答えた。

「まあ、そこに浮いている魔法使いと繋がりのある魔法研究者、とでも名乗っておきましょうかね」

 どうやら研究者はあの仮面の魔法使いと繋がっているらしい。


 魔法研究者ということは、文字通り魔法の研究をしているのだろう。当然、魔法とも精通しているはずで、男に資源を求めたのもこの研究者なのかもしれない。

「駅前広場には人払いを敷いていたはずよ。どうしてここに来られたの?」

 自身の立場とこの場の関係性を意図もあっさりと明かした研究者に、女性魔法使いは先ほどよりも強い殺意と警戒心を露わにして問い掛けた。

「それは企業秘密なんで。お話は出来ません」

 だが、そんな女性魔法使いの雰囲気に呑まれることなく、研究者は簡潔に答えた。


 今の問答で、これ以上素性を探っても答えは得られないと気が付いたのか、女性魔法使いは話題を変えた。

「もしもこの男を奪還しようというなら諦めたほうが身のためよ。私たちは研究者に負けるつもりはないし、もうじき他の魔法使いの応援も来る。そうすれば、どのみちあなたたちは捕縛されるでしょうね」

 警告を発した女性魔法使いに、魔法研究者は困ったように薄く髭の生えた下顎を撫でた。

「ふむふむふむ。なるほどなるほど。困りました。僕はただ、自分の依頼した資源の取引先でトラブルがあったと聞いて、居ても立ってもいられなくなったから来ただけなのですが…」

 心底困ったようにうんうんと呻いている研究者は、しばらく考え込むと指を弾いて言った。


「このまま引き返すことも可能だがそれじゃ面白くない。あ、そうだ! このままここで僕の開発した魔法アイテムの臨床試験をしてしまえばいい。ちょうどいい実験対象も揃っていることだ。いいデータが取れそうだぞ」

「お、おい! ちょっとまて! そちらの臨床試験とやらはどうでもいいが、早く俺を助けてくれ。資源はいくらでもくれてやるぞ」

 こちらの存在など忘れているような研究者の言動に、再度助けを求めた男へ研究者は興味の薄れた声で言った。

「いやいやいや。僕の現研究に必要な資源はすでに揃っている。それに、我が身可愛さであっさり敵の捕縛を許す商人を、我々のボスは必要としていない」

「な、なら、…このまま俺を見放すのか?」

 背後に刀を突き付けられていることも忘れて、男は研究者へ問すがった。


 なんとか救済を求めるその呼びかけに、研究者は再び唸るとニヤリと笑った。

「いえいえいえ。まさかまさか。あなたはこれから行う実験の鍵だ。組織が必要でなくなっても、僕個人には必要不可欠なのさ」

「……は?」

 いよいよもって訳の分からない研究者の言葉に、男は短くそう言葉を漏らした。


「おーい、三〇六号。例のものを返してあげて」

 研究者の呼び掛けに、じっと空中で浮いていた仮面の魔法使いが男に向けて一つのケースを放り投げた。

 それは、男が今回の報酬で受け取ったクリスタルに違いなかった。


 手前に落とされたクリスタルを受け取るべく咄嗟に男は地面を蹴った。

「渡さないっ!」

 同時にクリスタルに気が付いた女性魔法使いも、資源を渡すまいと奪取にかかる。


「ダメだよ。君は少し大人しくしていてくれ」

 しかし、傍らに立つ研究者がそう言うと、女性魔法使いの足元から突如ツルが生えて彼女の両足と腰に巻き付いた。

「くっ!?」

 突然生えたツルに拘束されて身動きが取れない女性魔法使いを置いて、男は落ちてくるケースを無事に受け取った。


 手元に戻ったクリスタルは一つだけだが、これでもかなりの大金になる。

 そう思った男の背後から研究者の面白そうな声が届く。

「クリスタルは魔法使いにもこの世界にも必要とされている新資源だ。そりゃ、大金目当ての商人は飛びつくよね。でも、僕ら研究者にもそのクリスタルは色々重宝するんだよ」

「ふ、はは。何言ってんのかさっぱりだが、俺を見捨てたお前らにはもう用はねえ。俺はこれで逃げさせて貰うぜ」

 もうこれ以上の長居はこちらの心身が保たない。

 偶然、拘束からも解放され逃亡するには絶好のチャンスだ。


 研究者の言っていることなど理解できるはずもない男は、言葉には耳を傾けずに逃げようとした。

「だからダメだって。君はこの実験の鍵だと、さっき言ったろうに」

 その研究者の冷ややかな言葉は、すでに逃亡へと意識が向けられていた男には届かない。

 だが、ツルに拘束されていた女性魔法使いが、研究者の言動から何かを察知して男へ叫んだ。

「ダメ! 早くそのクリスタルを手放しなさい!!」

 そんな叫びを聞いてか、身を隠していた仲間も姿を現す。


 仲間はずっと羽織っていたらしいローブを脱ぎ捨てて猛烈な速度で男に迫る。

「ステルス性能か。最近の魔法使いの装備は優秀だなぁ」

 突如現れた赤毛の魔法使いが羽織っていたフード付きのローブは、何らかの魔法によって隠密性能を備えているらしい。


 その性能を呑気に褒めた研究者には目もくれず、突風のように駆けた赤毛の魔法使いは、地面を蹴ると男の頭上から大けがも厭わないほどの蹴りを繰り出した。

「くおっ」

 常人の動体視力では躱せるはずもない頭上からの蹴りは、しかし何たることか適当に躱した男の真横を通り過ぎた。

「ちょっ! なんで躱すッ!?!?」

 ただの偶然である。が、どれほど強く足を動かせばこうなるのか、勢いで生じた衝撃波によって男はそのまま避けた方向へ吹き飛ばされた。


 ごろごろと衝撃波に晒された男の身体は芝生を転がる。

 しかし、男は失神することもクリスタルを手放すこともなく制止した。

 汚れだらけのスーツ姿で、手の中にあるクリスタルの無事を確認した男は、ケースに入れられたクリスタルが紫色に光っていることに今更気付いた。


 魔晶石及びクリスタルが生命力を送られることで淡い光を放つことは知識として知っている。

 だが、それは魔法使いが生命力を鉱石へ送り込むことが条件であり、魔法使いではない男にはそれらを輝かせることは不可能なはずだった。


 ならば、なぜ男の持っているクリスタルは淡い光を放っているのか。

 この場で考えられる方法は限られる。この場にいる魔法使いの誰かがクリスタルに魔力を送り込んだか、それともあの研究者が最初から仕込んでいたことであるかだ。

 どちらにせよ、このクリスタルが他人の仕業で光っているのは間違いない。


 ふと、男の脳裏に先の研究者の呟き声が蘇った。

『組織が見放しても、僕には必要な存在だよ』

『君はこの実験の鍵だ』

 鍵とは何か。


 あの研究者にとって、男自身はとても重要な存在なのではないか。

 敵を前にして行う実験で穏やかなものはない。

 そして、もはやこの場では何の価値のない男が研究者に必要とされる理由。

(まさかこれは、奴の…ッ)

 はっきりではないが男の脳で嫌なイメージが浮かび上がる。

 ほとんど反射的に、さっきまで大切に所持していたクリスタルを投げ捨てようとする。

 だが、男の行動はほんの数秒遅かった。


 男の手から離れる前に、ケースに入っていたクリスタルから夜の闇を払うほどの光が溢れた。


 しかし、それはすぐに光を呑み込む暗黒の光へと変化する。

 闇の光を振り撒いたクリスタルによって男の視界は黒く塗り潰された。

 すぐに身体の感覚が消え去り、自分の鼓動の音だけが世界に残った。

「協力感謝するよ。君の命は無駄にはならない。僕の研究の糧となるだろうからね」

 その言葉を最後に、男の意識はクリスタルの放つ闇の奔流によって押し流された。

 唯一聞こえていた鼓動の音すらも、もはや男には聞き取れるはずもなかった。


お待たせしました!

今週もよろしくお願いします。


季節の変わり目で風邪が流行ってますので、皆さんも体調管理には気を付けてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ