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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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特殊戦闘員(5)

 時刻は少し遡り、クリスマスツリーライトアップの五分前。

 ショッピングモールの一階はすでに大勢の客で埋め尽くされ、人々の意識はまだかまだかと中央に起立する巨大なクリスマスツリーへ集まっている。

 そんな会場の喫煙所へ続く通路の端で、黒いスーツを着た男はアタッシュケースを手に人を待っていた。


 喫煙所やその付近には喫煙者や自動販売機で買った飲み物を手に休憩している客などが数人いる。クリスマスツリーのイルミネーション点灯中は店内を自由に動き回ることが困難になるせいか、ライトアップが終わるまで一時避難場所として待機している客もいる。

 そのためか、普段は利用者が多いとは言えないこの狭い場所にも人は集まっていた。



 やがて待ち合わせの時間となると、ショッピングモールの照明は消え、クリスマスツリーのイルミネーションが輝いた。

 その輝きを片隅から眺めていた男の背後に、いつの間にか人の気配が現れる。

 幽霊のように現れた存在は、黒いローブを羽織り全身を隠している。すべての照明が消える代わりにイルミネーションで照らされているとはいえ、薄暗い通路ではその存在は闇に溶け込んでいると言っていい。顔は仮面で覆われているために性別の判断は外見だけでは不可能だった。


 ただ、現れたこの魔法使いこそが男と待ち合わせていた取引相手であることは間違いなかった。

 クリスマスツリーのイルミネーションは開始から十五分で終わってしまう。

 その前にこの荷物を相手に渡さなければ、モール内の照明が再点灯し確実に人目に付いてしまう。


 それにしても、この取引相手はなぜ人払いを使わないのか。

 男は魔法使いではないが魔法を知っている。人払いという空間隔離魔法を発動させれば、この取引は周囲の人間に気付かれることなく円滑に行えるはずだ。

 幽霊のように現れた魔法使いは、まるで浮遊しているような滑らかさで移動してくる。

 まるで本当の幽霊とでも勘違いしてしまいそうだ。

 実際、その滑らかすぎる移動と気色の悪い形相の仮面のせいで、男の背筋は氷水を流されたかのように冷え切っていた。


 そんなことを感じていた男ときっちり一メートルの間隔で止まった相手は、無言で右手を差し出してくる。

 相手が何も言葉を発さないので一層不気味に思いながら、男はおずおずとアタッシュケースを手渡した。


 やはり無言で受け取った魔法使いは、代りに左手から半透明のクリスタルを三つ差し出した。

 小指の先から第二関節くらいの大きさのクリスタルは、男性がこの荷物の取引を受けた際に提示した品物、いわば報酬だった。

 このクリスタルは、俗に言う所の魔晶石と魔法使いたちに呼ばれているものだ。

 だが男性が受け取った魔晶石は、魔法界で出回っているただの魔晶石とは異なる。

 そもそも魔晶石とは、元々は異世界と呼ばれる別の世界にしか存在しない鉱物資源だ。

 しかし、四十二年前に発生した大規模空間浸食の影響か、魔晶石は新資源として日・露・仏・米の四か国にて現在は取引が管理されているため個人での入手は難しい。


 世間に出回っている新資源や魔法使いたちが魔晶石と呼ぶこの鉱物資源の正体は、魔法を扱うために必要な魔力が結晶となったものだ。

 結晶化した魔力の純度が高い魔晶石は純度が高ければ高いほど魔力変換量が多くなり、性質も一段と優れたものとなる。

 しかも純度の高い魔晶石を採掘することは非常に困難なため、異世界でも希少鉱石扱いされているのだ。


 それらの希少な魔晶石は、揃って呼び名を改められ《クリスタル》と呼ばれている。

 闇取引では数千万はするかなりの希少品である。

 単価数千万円の希少鉱石が手元に三つある現実に、はやる気持ちを抑えながら男は差し出された左手からクリスタルを三つ受け取った。 

「確かに受け取った。じゃあ、俺はこの辺で失礼するぞ」

 取引が終われば颯爽(さっそう)と立ち去るのが男の流儀だ。


 しかも、今は人払いが展開されていない。国際魔法機関の捜査官などに見つかれば、即拘束は目に見えている。


 仮面を被った魔法使いも頷くと、またしても幽霊のように後ろへ下がって行く。

「あの~、お取込み中のところすみません。ちょっと、いまここで何をしていたのか教えてはくれませんかね?」

 しかし男が立ち去ろうとしたとき、いつの間にか背後に立っていた男性からそんな声が掛けられた。

 同時に、周囲の空間から自身が隔離されるような違和感が男を襲い、すでに敵の手中にハマってしまったことを悟る。


 人払いからの逃亡はほぼ不可能。普通に脱出したければ、術者を殺して魔法の効力を解くしかない。

 男はクリスタルを丁寧にカプセルへ保管すると、静かに懐へしまった。

「いやいや、ちょっとした立ち話ですって。ただ、もう終わったところなので心配はいりませんがねッ!」

 懐に入れたカプセルと入れ違いに拳銃を抜き出すと振り向きざまに発砲した。


 甲高い銃声が通路に響き渡る。

 銃に撃たれた男性が倒れるシーンを想像した男は、しかし小さく舌打ちした。

 男の撃った銃弾は、弾速よりも速く起動された真紅の魔光剣によって消し飛んでいた。

「っぶねぇ。いきなり発砲は良くないだろ!?」

 剣を払いながらそう言うも、男性の口調には余裕があった。

 男性はどこにも逃がさないというように鋭く男性を睨み付ける。


 戦闘経験を相当積んだ魔法使いであることは、敵の構えを見て素人目でもわかった。

(マズいな…、だがッ!)

 本能的に目の前の魔法使いに危機意識を抱いた男は、すぐ後ろに仮面の魔法使いの気配を感じながら男性に向かって走り出した。

 無論、投降する気など微塵もない。こちらの手には既に今日の報酬が渡っているのだ。

 なんとしてでも、この窮地は脱しなければならない。


「うぉぉぉおおっ」

 男は叫びながら拳銃を敵へ向けて走った。

「ったく。降参してくれた方が百倍マシなんだけどなぁ。けどまあ、最後まで諦めないその心意気、俺は嫌いじゃないけどな」

 明確な殺意を向けられた敵は、不敵な笑みを浮かべると真紅の魔光剣を正面に構える。

 その構えを視認した男も口元に歪んだ笑みを浮かべて引き金を引いた。

 連続した銃声が誰もいない通路に響き渡り、敵は人知を超えている動体視力と反射速度で全ての銃弾を剣で防ぐ。


 しかし何かを感じたのか、全ての銃弾を弾いた男性の顔から余裕の色が消える。

 恐らく男性が感じている感覚と同じものを感じ取った男は、その表情を視ると笑みを更に深めて走る速度を上げた。

 追撃として拳銃を正面に向けると、真紅の魔光剣を所持した敵は焦りを露わに動き出した。


 しかし、男を捕らえようとする敵の進路を遮るように、仮面の魔法使いが幽霊のように現れた。

「くそっ、邪魔だ!」

「……」

 そう罵った敵は、魔光剣ではなく右足による薙ぎ払いを繰り出す。

 だが、敵の横蹴りは実体のない人影を薙ぎ払っただけで空を切った。


 そんなやり取りの間に、男は男性の横を走り抜けた。

 攻撃を外した敵の驚く姿を男は想像するが、恐らくあのレベルの魔法使いとなればすぐに男を追走してくるだろう。

 そう思い、気味の悪い仮面の魔法使いに感謝しながら、男は狭い通路からイルミネーションも終盤に差し掛かっている一階ホールへ飛び出した。


 人混みに紛れ、何人もの客とぶつかり合ったが、男は上手く人の合間を縫って移動し、出口を目指した。

 それから敵の魔法使いは完全に男を見失たのか、ショッピングモールの外へ男が出るまで敵の追走はなかった。



 ターゲットである密輸人の確保に失敗した蘭条昴は、逃走した男性を追い掛けるためにフロアへと走り出した。

 クリスマスイベントの大トリである、クリスマスツリーのイルミネーションは佳境に差し掛かっており、様々な色合いのライトがキラキラと瞬いている。

 そんな幻想的な光景に目を奪われている一般客の合間を軽やかに抜けていく昴の頭に聞き慣れた声が響いた。

『密輸人は取り逃がしたみたいね』

『ちっと妨害が入ってな。今追いかけてる!』

 もともとアルト気味の声である月夜玲奈の声が、今回ばかりは呆れたようにも聞こえてしまう。


 昴はこの任務を上司である後藤飛鳥から受けた時、密輸人の確保程度なら一人で充分だと思っていた。

 実際に、あの密輸人一人だけなら昴だけでの確保もそう難しくはなかったはずだ。

 だが、密輸人はどのような手段を用いてか人払いを無効化して逃走を図った。

 人払いは術者を無力化または術者の同意がない限り永続的に発動し続ける空間隔離魔法。他人が魔法を使って人払いに影響を与えるなど聞いたことがなかった。

 おかげで人目にさらされた昴は魔光剣を扱うことができず、体術のみで密輸人を確保するしかなくなってしまったのだ。


 しかし、例え手段が体術に限定されたとしても、あの場で昴が密輸人を取り逃すことはなかっただろう。

 そう。あの気味の悪い魔法使いの妨害が入らなければ。

(しかし、一体あいつは何だったんだ? 俺の蹴りは確実に当たったはずだ。なのに、手応えはなかった。そして、奴は実体を消して何処かへ消えた)

 それに、昴はあの格好をした魔法使いたちの組織を知っている。

 思い出したくもないが、再び自分たちの前に現れることは、もう何年も前から承知していた。

 その時が、久々にアークエンジェルが活動を開始した今だというのなら、それこそ運命というものだろう。


 ぎりっ、と歯を食いしばった昴の脳に今度は元気のある声が届く。

『大丈夫だよ! 念のために、外で待機してたあたしたちもいるから!』

 念のため、という言葉がやけに強く発言されたことに対して、少しばかりイラっときた昴は走りながら言い返す。

『お前だけでも苦戦して欲しいものだな、ましろ! てかしろ! 殺されない程度に派手に!!』

『えっ? ええっ!? ヒドい! 自分が蒔いた種なのに!?』

 確かに作戦会議で自信満々に一人で充分だと言ったのは昴自身だけれども。


 走りながら念話で言い争いを始めようとする幼馴染二人を、この場で一番冷静だった玲奈が静止した。

『二人とも喧嘩なら作戦外でやってちょうだい。今は作戦中よ。密輸人はすでに物資を渡してしまったようだけど、捕らえて情報を吐かせることは出来るはず』

『ああ、そうだな』

『うん!』

 このように少し血の気の多いメンバーの中に冷静なメンバーが加わると仲間割れが起こらなくて済む。


 なんだかんだいつも迷惑を掛けてしまっていることに内心で謝礼しながら、昴は言おうかどうか迷っていたことを口にした。

『玲奈、ましろ。あの密輸人、教会と関わっている可能性が高い。俺と合流するまで、十分注意してくれ』

 ここで昴は、長いこと口にしていなかった名詞を二人に言った。


 やり取りをしているのは念話だ。

 だが厄介なことに、魔法の一種である念話だと魔力を介してか携帯電話よりも相手の心情を相手に察知されやすい。

 今も、昴は自身が口にした《教会》という名詞が二人にどれだけの緊張感を与えたか、感覚だけだが感じていた。

 同じく昴も、内心ではかなり緊張している。最近の出来事では、炎の巨人スルトから八王子市街を防衛した時と同じかそれ以上に。

『了解。警戒は怠らないわ』

『昴も、気をつけてね』

 途端に強張った二人の信念が昴の脳裏に響く。


 一瞬、昴の脳裏にこの情報は言わない方が良かったのではと、後悔の念が浮かぶ。

 だが、それはいずれは知ってしまうことだ。戦闘中に奴らに乱入され、二人が戸惑い隙を作ってしまう方が余程危険だろう。

 よってこの判断は正しいものなのだと、昴は自身に言い聞かせた。

(なるべく二人には負担は掛けたくないな…。急がねぇと!)

 人混みを抜け、ショッピングモールの出入り口を視認した昴は、一般人に気付かれない程度に走るスピードを数段上げた。


9月もあと少しで終わってしまう・・・

ということで、よろしくお願いします!

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