特殊戦闘員(4)
「あ~あ~。私も行きたかったなぁ」
モニターに映る大勢のお客さんを眺めながら、萩原恵は羨ましそうに呟いた。
クリスマスイベント。
それは八王子市にて開催される大イベントの一つ。
新八王子駅を始め様々な店を構えるショッピングモールで行われるイベントとしては、八月末に行われる夏祭りイベントと同様の規模で行われる、冬の一大イベントだ。
その為か、十二月二十五日の新八王子駅周辺の混雑具合は、例年決まって異常な数値を叩き出している。
あまり人が混み合うことを得意とする人間は少ないだろうが、魔法界にはそんなむさ苦しい状況を好む魔法使いは山ほどいる。
そして、そんな物好きな輩は悪事に手を染めている連中が多い。
言うまでもなく、大抵の闇の魔法使いはこのような人混みの状況を利用して犯罪行動を起こすことが多いことが統計的に表されている。
ただ、一概に闇の魔法使いだけが人混みを好むと言われると、実はそうでもないというのも事実である。
自身の戦い方、固有魔法によっては恵たちを含む光の魔法使いだって人混みを得意とする。
だからと言って警戒を怠るのは愚の骨頂である。
現に恵は、自身の固有魔法を用いてある闇の魔法使いを監視していた。
いや。本当ならばこの役割は他のアークエンジェルメンバーに任される予定だったのだ。
なのにこうして、恵がその任に就いているのには理由があった。
「だったら行けば良かったじゃないか。今からでも行けばライトアップには間に合うと思うぞ?」
腕組みをしながらそう言い返してくるのは、アークエンジェル本部にて一緒に仕事をしている後藤飛鳥だった。
同じ萩下高校に務めており、同じ職場ということでよく話をする飛鳥は、実はこの年下の後輩の心中がかなり荒れていることを知っている。
十中八九、この監視任務は荒れに荒れまくっている心を紛らわすための、八つ当たりに過ぎないのだろう、ということも察していた。
なのにこうして追い打ちを仕掛けるのは、単に飛鳥の悪戯心がそうさせただけだ。
良い歳して後輩をからかうなどくだらないだろうが、この童顔既婚者娘をこうしていじるのは面白い。
そんな飛鳥の狙い通り、その反則級な童顔にムッとした表情を浮かべた恵は言った。
「独りだと余計イライラしてくるので大丈夫です。そもそも、急用で前々からの約束をいきなり破棄するって、男としてどうなんでしょうね!?」
生徒たちの間では『鬼のめぐみん』なんてあだ名を密かに付けられているだけあってか、徐々に任務への八つ当たり効果が薄れてきた恵からはぞっとするほどの雰囲気が放たれていた。
「ま、まあ、あいつは結構男前だと思うけどな。うん。少しの急用くらい許してやれって」
ちなみに、萩原恵の旦那は飛鳥が良く知る人でもある。
なので、不倫などという最悪な結末へ至らないことは確信していた。
そう言われた恵にも一理は納得できるところがあるらしく、すぐに怒りのオーラを収めてくれた。
しかし、本人の中ではやはりイベントに行きたい気持ちが残っているのか、モニターと向き合っている彼女の瞳は羨ましそうに輝いている。
「はぁ。行きたかったなぁ、イベント」
彼女の口から零れた言葉は、視ているこちらも同情してしまいそうなほどに淋しそうに聞こえた。
きっと夫とこのイベントに行くことを何よりも楽しみにしていたのだろう。
急用とはいえ、つい昨日突然のように約束をキャンセルした旦那には、やはり一発かましてやらねばなるまい。
自分の仕事に戻りながら、可愛い後輩のために飛鳥はそう心に誓うのであった。
場所は変わって八王子ショッピングモール。二階、映画館フロア。
「これでぜんぶっ! スタンプコンプリート!」
スタンプラリー台紙の、十個ある枠をすべてメリーちゃんスタンプで埋め尽くした裕紀たちは、瑞希の声を聞きながら各々達成感を感じていた。
ここまでの道のりを考えると、これは本当に一つのキーホルダーを賭けたイベントだったのだろうかと思えてくる。
それほどまでによく作り込まれやりがいのあったスタンプラリーを終えた裕紀は、達成感とお待ちかねの報酬に全身から明るいオーラを放つ瑞希に言った。
「さて。スタンプも集め終わったし、早くキーホルダーを貰いに行こう」
「確か交換所は一階のイベント案内所だったよな」
確認しながらそう言う光に瑞希はうんうんと頷いた。
「早く行こうっ。メリーちゃんが待ってるよ!」
「キーホルダーは逃げねえっての」
相当嬉しいのか、はしゃぎ気味に歩き出す瑞希とともに四人は案内所へ向かった。
台紙を持って案内所へ向かっている途中、不意に携帯を眺めていた彩香が全員に言った。
「もうそろそろクリスマスツリーのライトアップが始まる時間ね」
そう言う彩香に、一階へ降るエスカレーターに乗っていた三人は揃って目を見開いた。
スタンプ集めに邁進しておりすっかり忘れていたが、本日の午後八時はショッピングモール中央に起立する大型のクリスマスツリーがライトアップされる時間となる。
その時間はショッピングモールの灯りは全て消され、クリスマスツリーから放たれるイルミネーションの光のみが利用者の光源となる。
ライトアップは十五分程度で、その間は一般のお客さんからすれば不便になるかもしれないが、現在このショッピングモールを訪れている利用客の大半はクリスマスイベントを目的として訪れており、ツリーのライトアップはこのイベントの大トリでもあった。
もちろん、せっかく訪れたからには裕紀もライトアップは見たい気持ちはあり、他の三人も同じ気持ちだった。
「ホントだ! しかもあと十分しかない!?」
時間を確認した瑞希が声を上げ、それに続いて光も言った。
「景品の交換はイベントが終わるまでみたいだし、ライトアップを見てからでも遅くはないと思うぜ」
「だな。それに、ライトアップ中は店の中は電気が消えるし歩きずらい。できるだけ見やすいポイントを探して、休憩がてら大人しく眺めていよう」
光の提案に賛同してそう提案した裕紀に、女子二人も賛成してくれた。
…とは言ったものの、裕紀たちは少しだけ場所取りに移る時間が遅かった。
見やすい場所はすでに何十分も前から待機していた客に取られており、残っているのはツリーから離れた後ろ側くらいだ。
しかしながら、周囲をよく見ていた彩香が一つだけ空いているベンチを発見し、裕紀の休憩がてらという言葉通り、ライトアップの時間をベンチで座って過ごすことにした。
ちょうど近くにあった自動販売機でそれぞれ飲み物を買ってから、ベンチに座ってライトアップに備える。
やがてショッピングモールの全ての照明が消えると、一階に集まっていた人々から期待のざわめきが聞こえてくる。
談笑していた裕紀たちも話す口を閉じると一斉にクリスマスツリーへ視線を向けた。
次の瞬間、店内に聞き慣れたクリスマスの音楽が小さく流れると、ショッピングモール中央に起立するクリスマスツリーが一斉に輝いた。
ツリーに纏わる色とりどりのイルミネーションが、暗闇に包まれたショッピングモールを照らす。
その光景に来場者は一言も言葉を発することなく、ただ黙ってクリスマスツリーを見上げていた。
色とりどりに輝き続けるツリーを見上げていた裕紀は、ちらりと隣に座る彩香を見た。
思えばこのようなイベントへ一緒に行ったことはなかったと思いつつ見た彼女の横顔は、輝くツリーの光に照らされて女神のように綺麗だった。思わず見惚れてしまうほどに美しい彼女の横顔に完全に見入っていた裕紀は、その視線を感じたのかツリーから視線を外した彩香と目が合った。
大きな茶色の瞳と目が合った裕紀は、吸い寄せられるようにその瞳を見つめ続けた。
やがて、この状況下で自分が何をしているのか思考が追い付いた裕紀は、重なっていた視線を急いでツリーへと移した。
早鐘のように鳴る自分の鼓動のせいで、裕紀はクリスマスツリーを落ち着いて観賞する余裕もない。
再びツリーへ視線を戻した彩香に内心を悟られないよう平静を装うのに精一杯だった。
二ヶ月ぶりの投稿です。ひと段落したのでゆっくりでも上げていこうと思います。
よろしくお願いします!




