特殊戦闘員(3)
萩下高校から四人で歩くこと十五分ほどで、裕紀たちは新八王子駅前の広場に辿り着いた。
この広場での催し事は多くあり、クリスマスイベントでも何やらイベントを開催しているようで、普段は広々としている広場には大きな仮設ステージが組み立てられており、その周辺には大勢の観客が集まっている。
裕紀たちのいる歩道からステージまで随分と離れているが、何かのライブを行っているためかステージからは煌びやかな照明の光と観客達の歓声が届いてくる。
どうやらこのクリスマスイベントに招待された、キャストによるステージイベントが開催されているらしい。
あまりそのような催し事には縁のない裕紀だが、ステージを取り囲む人々から伝わってくる熱のような雰囲気を感じると、参加者それぞれがイベントを楽しんでいるということが伝わってくる。
そんな風に思っていた裕紀の隣で、携帯で調べ事をしていたらしい光が弾かれるように顔を上げて叫んだ。
「あ、ああッ!! マジかよ!?」
唐突に叫ばれた要領を得ない単語を放った光に、身体を仰け反らせた三人は各々異なった種類の視線を光に向けた。
「なに!? いきなり叫びだして!」
迷惑そうな視線を向けながらも、興味本位で携帯端末の画面を覗き込んだ瑞希に、光はあわあわと説明した。
「今年のステージイベントに招待されたキャスト。湊汐音だったんだよ!!」
そう言葉を発する間に画面に映っていた情報を読み取ったのだろう。端末を覗き込んでいた瑞希の瞳もみるみると大きくなり、やがてあわあわと動揺を露わにした。
「うそ、ほんとだ! ちゃんと調べとけばよかった!!」
そう叫び後悔を露わにする瑞希を裕紀は横目で見ていた。彩香も訳がわからないというように瑞希と光を横目で見る。
二人の反応を視るに明らかだが、今年のクリスマスイベントに招待された有名人はかなりの認知度を誇っているらしい。
そして、本人たちほどではないが裕紀も内心では驚いていた。
「えっと、どうして二人はこんなに興奮しているのかしら?」
ただ、世の中にはこういう類のものには関心のない人がいるように、彩香は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら問い掛けてきた。
その問い掛けに裕紀は、あまり知らない湊汐音に関する知識を総動員して彩香に説明した。
「湊汐音。アイドル歌手としてデビューしたのは今年の春頃だけど、今じゃいろんな音楽番組に引っ張りだこな超有名人、だったと思う」
仮設ステージの照明を眺めながら、テレビ番組に出演している彼女を思い浮かべながらそう答える。
端末の画面から視線を離した瑞希も、裕紀と彩香の会話に加わると言った。
「穏やかでお淑やかな性格がけっこうファンに人気なのよ。もちろん、歌唱力も凄くて。いろんなジャンルの歌をそつなく歌いこなしちゃうから、最近は歌姫なんてファンから呼ばれ始めてるのよ」
「歌姫……、そうなのね。私も、今度聴いてみようかしら」
瑞希の説明を聞いて少しばかり興味が湧いたらしい彩香に裕紀は微笑みを浮かべた。
「そう言えば、今日のお目当ては何なんだ? 特にないなら、少しだけでも汐音を拝みに……」
どうやら大好きなアイドルが来ていることでそちらの方に欲が向き出してしまったらしい光に、瑞希はにやりと笑みを浮かべると言った。
「残念ながら今日のミッションはちゃんと用意してあるのよ~」
「んだよ、ミッションありかよ」
そう返した光の脇腹に肘打ちを食らわせると、瑞希は自身の携帯端末を操作するとある画面を二人に見せた。
向けられた画面には今回のイベントの特設ページからアクセスしたらしい、見覚えのある羊のイラストが特徴的なサイトが映っていた。
「今日のイベントで開催されてるスタンプラリーなんだけどね。ちょうど四人以上の参加で、このメリーちゃんのクリスマス限定ストラップが貰えるのよ」
メリーちゃんとは、全身をふわふわ素材で覆われた羊のストラップのことだ。
その感触に魅せられた瑞希は完全にハマり、学生鞄に幾つもメリーちゃんをぶら下げている。
色とりどりの体毛を持つメリーちゃんを眺めながら、以前も期間限定かつ数量限定のメリーちゃんを手に入れると言っていたことを裕紀は思い出す。
「またそのキーホルダーか。好きだなぁ、お前も」
そう言えば、以前は瑞希の付き添いで光もキーホルダーを買いに行ったのだった。
先ほどの肘打ちがよほど効いたのか、湊汐音への未練は完全に断ち切ったらしい光が苦笑を浮かべて言うと、頬を膨らませて瑞希は言い返した。
「いいじゃない、これも思い出よ。アンタだって、メリーちゃん結構良いかもって言ってたくせに」
「あれは妹に好評だったって話だろ。まあ、手触りは悪くなかったけどよ」
どうやら付き添いついでに購入したメリーちゃんは妹の手へ渡ったらしい。
相変わらずの二人のやり取りを微笑みながら見ている裕紀の傍らで、話を聞いていた彩香が言った。
「つまり、今日はそのクリスマス限定のメリーちゃんを手に入れればいいのよね?」
妙に真剣な表情で瑞希に確認する彩香におや? と内心で思いながら瑞希の返答を聞く。
「うん、そう! あ、八時からショッピングモールのメインホールでおっきなクリスマスツリーのライトアップもあるから、制限時間はそれまでってことで」
「じゃあ早く行きましょう。急がないと時間がなくなってしまうわ」
その言葉から裕紀は彩香のやる気を感じ取り、同時に意外感を内心で抱いていた。
彩香の真面目な性格から、このようなキーホルダーにはあまり関心がないと思っていたのだ。
すたすたと新八王子駅方面へ歩いて行く彩香の背中を見て歩き始めた裕紀に、追いかけてきた瑞希がひそっと話し掛けてきた。
「もしかして、あやちゃんもメリーちゃん好きだったのかな?」
その問い掛けに、裕紀は僅かに口角を上げると言った。
「さあな。でも、本人はやる気みたいだし俺たちも楽しもう」
「だな! やるからにはゲットしてやろうぜ。クリスマスメリーちゃん」
「うんっ!」
全員がやる気になったところで、相変わらず歩行速度が速い彩香を、三人は一緒に追いかけるのであった。
お待たせしました。
今週もよろしくお願いします!




