特殊戦闘員(1)
瑞希の台詞を訂正しました。
新田君➡裕紀くん
翌朝。
二〇六七年十二月月二五日、土曜日。
目覚ましのアラーム音とともに朝を迎えた裕紀は、眠い目を擦りながらベットから身体を起こした。
久々に自宅のベットで眠りに就いたからか、思いのほかよく眠れたように思えた裕紀はベットの上で一度身体を伸ばした。
それからベットから起き上がり、薄暗い部屋で制服へ着替えた裕紀は洗面所で顔を洗ってから朝食をいただく。
朝食を食べ終えて食器の片付け、身支度を済ませたタイミングで部屋のインターホンが軽快に鳴った。
時間は七時半近く。こんな時間に来客とは珍しいと思いつつも、学生鞄を玄関に持っていくついでに部屋に付属されているモニターを覗いた。
(……瑞希?)
部屋のインターホンを鳴らされると自動的に作動するカメラ越しに映っていた来客は、裕紀の住んでいる部屋の一つ上の階に部屋を借りている上原瑞希だった。
部活があるのか定かではないが、こんな時間にいったい何の用事だろう、と思いながら裕紀はドアを開ける。
「あっ、おはよ~。迎えに来たよ」
相変わらず跳ね毛が目立つミドルショートの女子生徒は、裕紀がドアを開けるとひらひらと手を振りそう挨拶をしてきた。
一日の初めにそんな挨拶を受けた裕紀は、一応挨拶を返しながら、しっかりと彼女の誤った発言を訂正する。
「おはよう。……迎えに来なくても俺は一人で学校へ行けるぞ?」
そう訂正を受けた瑞希は、そんなことは気にもしていないように冗談を続ける。
「そう? ならいいんだけど、てっきり寝坊しているのかと思って」
「はあ……。それより、今日は部活なのか?」
高校生にもなって寝坊などしない、……とは言い切れないが、こうして迎えに来られるほど寝坊を多発させたこともない裕紀は溜息を吐きつつそう訊いた。
部活の有無に関しては、こうして呼びに来ていることから明白なわけだが、裕紀が聞きたいのは時間のことだった。
瑞希の所属している陸上部は、休日は基本的に朝から一日練習か午後からの半日練習に別けられている。
ただ、十二月末に大会を控えている陸上部は、一時的な部活休止もあってか最近は大忙しらしい。
裕紀の質問に対して、瑞希はアンダーウェアを着ている両手を広げ、最後に肩に掛けていた中型のバックを見せて言った。
「もちろん。でも、今日は練習九時からだから少し余裕があるわけ」
「待ち時間とかは……」
そう言いかけて、裕紀は言葉を途切らせた。
何事にも真剣に取り組む性格の瑞希に、待ち時間の心配をするのは野暮というものだろう。
そんな裕紀の思惑通り、瑞希はやけにやる気満々の笑みで両手を腰に当てて言った。
「九時まで自主練よ!」
(ま、そりゃそうだよな)
瑞希はこうと言えば絶対に曲げない。
自主練をするというのも、用意していた建前なのではなく紛れもない本心なのだろう。
裕紀にも自身がアークエンジェルの一員であることを胸を張って言えるような何かがあれば、こうも迷わずにコミュニティ加入を済ませていたのかもしれない。
そう考えていた裕紀に、呼び出してから大分焦らされていた瑞希が抗議の声を上げた。
「ていうか、早くしないと遅刻するよ!? 鞄持って、早く行こうよ!」
「……あ、ああ。わかったから、少し待ってくれ」
いまにも走り出しそうな瑞希に制止の声を掛けてから、裕紀は玄関まで持って来ていた学生鞄を持つとそのまま部屋を出た。
マンションを出た裕紀と瑞希は、徒歩で萩下高校へ向かった。
補習は八時半から開始予定なので、一時間もあれば余裕で補習には間に合う。
マンションから学校まで徒歩で三十分程度だが、身体強化を用いて走れば十分もせずに到着する。
ただ、今回は瑞希も一緒なので身体強化を用いて走ることはできない。
さすがの瑞希でも魔法使いではないのだから、身体強化状態の裕紀には追い付けないと思ったからだ。
そんなこんなで、他愛もない会話を繰り広げていた二人の視界に、萩下高校の校舎が遠目から視えてきた。
話しながら歩いていたせいか少しばかり時間の遅延はあるものの、まだまだ十分補習には間に合う時間だ。
そう思いながら話していた裕紀に、会話が途切れるタイミングを見計らってか瑞希が別の話を振ってきた。
「そういえば裕紀くん、今日のクリスマスイベントは来れそう?」
「え? クリスマスイベント?」
いきなり振られた話題について行けず、困惑した裕紀は反射的にそう返答する。
そんな裕紀の返答に、少しばかりうきうきしている様子だった瑞希は、次の瞬間細い柳眉を上げて言った。
「え? じゃないよ! 昨日あたしと光が誘ったら、予定確認してみるって言ったじゃない!」
「え? え、俺そんなこと言ったか?」
困惑のあまりまたしてもそう返答してしまった裕紀に、瑞希は頬を膨らませると眼光を鋭くして言った。
「言いました! はっきりと、その口で! やっぱり聞いてなかったんじゃない」
裕紀の口元を指差して怒鳴った瑞希は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
確かに、世間一般ではクリスマスと呼ばれている十二月二十五日の今日は、新八王子駅のショッピングモール内でクリスマスイベントという大規模な催し事が開催される。
だが、そのイベントに昨日裕紀が誘われたと言われると、ちょっとばかり記憶に自信がない。
如何せん、昨日は色々と脳に負荷がかかり過ぎていたせいか、半日ずっとオートモード状態だったのだ。
ただ、それを理由に謝ったとしたら、きっと物凄い怒られるだろう。
話しをしっかり聞いていなかった自分への戒めとしても、ここは事実はどうあれ瑞希の誘いに乗っておくべきだ。
幸い、今日は研究所へ出向く必要もなければ、今日の補習次第では課題も少量で済む可能性がある。……と、そう思っていた所だった。
「いよぉーう、お二人さん。朝から元気だな!」
そんな掛け声とともに、後ろから歩いて来た男子生徒が突然裕紀に肩を組んでくる。
制服越しからでも感じられるがっちりした身体付きと、この遠慮を知らない馴れ合い方をしてくる生徒を裕紀は一人しか知らない。
恐らく彼も部活だろうと思いながら、組んだ腕を解いた裕紀は言った。
「おはよう、光。ちょうどいいところに来てくれた。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
そう言い顔を見た裕紀に、剣山光は眉を顰めた。
「どうした、朝っぱらから。……てか、何で瑞希はご機嫌斜めなのさ?」
お、さすがは親友、状況の見極めが早い。などと、他人事のように思いながら、親友からの質問の返答は後回しに裕紀は訊いた。
「昨日、学校でクリスマスイベントについて話したろ?」
「ああ、そうだな」
嘘を吐いているように見えない光の受け答えに、裕紀の背筋に冷や汗が垂れる。
嫌な予感を感じながら、裕紀は質問を続けた。
「その、言いづらいんだけど、話した内容を言ってみてくれないか? ちょっと、瑞希と記憶違いが起こっていてな」
『記憶違い』という言葉辺りから冷たい視線が光を挟んで注がれてきた気がするが、そこは敢えて気にしないようにする。
頼みを受けた光は、裕紀の心配など気にも留めずにすんなりと言った。
「内容ってもなぁ。瑞希がお前を今日のイベントに誘って、そしたら、お前は予定を確認しておくから明日の朝まで待って欲しいって言ったんだよ」
あああああああ……。
「そうだ。今日はお前、予定は大丈夫だったのか?」
うああああああああっ!
脳内で一心不乱にもがいていた裕紀に追い打ちともとれる光の質問は聞こえない。
昨日の自分に言いたいあれやこれやの罵詈雑言を呑み込んで、勇気を出して恐る恐る隣を見た。
隣を歩く光を挟んで伺えた瑞希は、裕紀が自身の間違いを認めたことを認識するとにこーっと笑みを作った。
普段の真夏に咲くひまわりのようなサンシャインパワー全開の笑みとは異なり、いまの彼女の作る笑みは凍死は確実だろう極寒の吹雪のような冷笑だった。
つまるところ、とても怖かった。
「本っ当に、すみませんでした。イベント、一緒に行こう」
きっとこの冷笑には炎の巨人スルトも竦み上がってしまうに違いない。
謝った裕紀の耳に瑞希の冷え冷えとした声が届いた。
「いいよいいよー。その代わり、イベントは部活終わりだし、何か美味しいもの奢ってね」
「は、はい。何なりと申し付けください」
そう答えた裕紀は、急いでバイトのシフトを入れに行かなければと思うのであった。
自業自得で沈んだ気分になっていた裕紀とは対称的に、すっかり機嫌を直してくれた瑞希は軽い足取りで歩き始めた。
「えっと、いったいどういうことなんだ?」
未だにこの状況に追い付けていない光に、裕紀はざっくりと説明すると。
「あっははははっ。そりゃ、あいつも怒るわ。ぐふ、あはははっ!」
「そんなに笑わなくてもいいだろ」
瑞希と同じくアンダーウェアを着込んだ光は、腹を抱えてひとしきり笑い続けた。
ようやく、お話が少し動きます。(もたもたしてしまいすみません)
お待たせしました。
一週空けての投稿となってしまいましたが、今週もよろしくお願いします。




