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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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聖夜の日(8)

 それからの裕紀の記憶は少しばかり曖昧だ。

 授業中、昼休みに話した彩香との会話についてぐるぐると考えていれば当然のことだが、それに加えて恵から出題された膨大な量の課題に放心状態となっていた。

 授業の合間の休憩で親友と会話をしたことは覚えているが、色々なことで頭が混乱していたせいか何を話したのか覚えていない。


 そんなこんなで余計な考え事まで抱え込んでしまった裕紀は、残りの授業にも集中できるはずもなく、気がついた時には授業は終わっていた。


 今日から開始の放課後補習も、いつの間にか終了の時間となっていた。

 一緒に補習を受けたはずの彩香はすぐに帰ってしまったのか教室にはいない。

 時刻は六時過ぎだが、親友二人は部活でまだまだ学校にいることだろう。

「補習終わったらすぐに教室閉めるからな。解らない問題があったら職員室に聞きに来いよー」

「あ、はいっ。すぐに支度します!」

 補習が終わってから生徒は全員帰ってしまい、椅子に座っているのが裕紀だけだったためか、補習担当だった教師にそう注意されてしまう。


 三週間分の遅れを取り戻すための大切な補習だったのだが、今日に限っては内容が頭に入ってきていない。なので質問しようにも解らない場所が分からないので意味がない。

 次の補習は集中して聴けるようにしようと思いながら、裕紀は帰り支度を済ませると速やかに帰宅することにした。


 校内から暗くなった外へ出た裕紀は、そのまま家へ帰宅するのではなく新八王子駅付近の公園内に建てられている喫茶店へ赴いた。

 自宅に帰って勉強することも考えられたが、今の心身の状態では様々な誘惑に負けてしまいそうだったので外で学習しようと思ったのだ。


 広い公園の敷地にぽつりと建てられた、内部構造丸見えのオープンな喫茶店のドアを引き開ける。

 店内に足を踏み入れた裕紀は、途端に変化した内装の景色に息を呑んだ。

「いらっしゃい。久しぶりだな、坊主」

 さすがに来店三度目でもこの魔法には慣れずに半ば呆然としていた裕紀に、カウンターから太い声でそんな呼び声が届いた。


 声の方へ視線を向けると、カウンターにはチョコレート色の肌によく似合う、スキンヘッドのマスターが立っていた。

 赤い手拭いを頭に巻いているその姿は、喫茶店のマスターというよりかは屋台で働くおっちゃんのようだ。

「お久しぶりです。この間はお世話になりました」

 八王子市防衛戦の折、何度かこの喫茶店を訪れていた裕紀は改めてマスターに礼を言う。

「あっはっは。いや、アンタも彩香ちゃんも無事でよかった。ま、肝心の元気になった彼女は今日は一緒じゃないようだが?」

「あ……」

 そういえば以前、彩香を救うとマスターと約束したとき、無事に彼女を助けることができたら此処へ一緒に来ると裕紀は宣言している。


 だが今日の二人の関係のまま、この喫茶店を訪れても逆に心配されそうだ。

 それでも、このまま会話を逸らすことなど目の前のマスターにはできないと考えた裕紀は、ひとまずカウンター席に座ってから事情を話した。


 学校で起こった出来事をすべて話し終えると、聞きながら用意していたらしいホットココアを置いたマスターが唸るように言った。

「情報屋として魔法界に関わる者としても、飛鳥や彩香ちゃんの意見は分かる気がするな。八王子市防衛戦の顛末を聞いたが、アンタは不慣れながらも聖具を扱い、国際魔法機関の魔法使いでも手を焼かされるスルトを倒した。お前さんは魔法使いでは稀に見る、伸びしろがあり過ぎて普通のコミュニティでは扱いきれない人材、だな」

「でも、それだけの可能性があるからこそ、先生と柳田さんは国際魔法機関に俺を勧めたってことですか?」

 仄かな甘みとコクのあるホットココアを一口啜り、裕紀はそう聞き返す。


 丸太のように太い腕を組んだマスターはその問いに頷いた。

 しかし放たれた言葉は、熟練者二人の意見を肯定するものではなかった。

「だが、結局決めるのは自分自身だ。他人の意見に流されるのではなく、自分が納得したコミュニティを選びな」

「自分の納得したコミュニティ……」

「いくら有力なコミュニティに所属しても、自分の中に迷いがあれば、強くなれるものも強くはなれない。お前だって、晴れ晴れした気持ちで魔法使いやりてえだろ?」

 ホットココアをじっと見下ろしてそう呟いた裕紀に、マスターは太い笑みを浮かべてそう言った。



 それから魔法使いの話は一時中断し、裕紀はホットココアを飲みつつ与えられた課題(もちろんマスターは了承済みだ)を順調に進ませた。

 恵の出した課題の量は凄まじいものだったが、内容はそう難しくなく教科書を片手に解いていけば十分に終わる内容だった。

 少しずつ飲んでいたホットココアがなくなった頃、ちょうどよく課題も終わった裕紀はカウンター席で大きく伸びをした。


 その動作で課題が終わったことを察したのか、マスターから手早く淹れ立てのコーヒーが出される。

 ちなみに、このコーヒーは裕紀が頼んでいないものだ。

 なのでどうすればいいか分からずに、きょとんとマスターを見ると、褐色の肌に似合う太い笑みを浮かべて言った。

「お疲れさん。そいつは俺からの差し入れだ」

「……!。あ、ありがとうございます」

 そう言われ、裕紀は礼を言うとカップの取っ手を摘まんだ。


 ブラックコーヒーはあまり得意ではなかったが、せっかくの差し入れなので淹れ立てのコーヒーを頂くことにする。

「…………」

 一口だけ口に含んだ裕紀だったが、顔を渋らせないようにするのに必死で、口の中に広がるコーヒーの風味を味わう暇もない。


 相当おかしな表情を作っていたのだろう、マスターの高笑いが聞こえてきた。

「アッハッハッハ。そう我慢して苦いのを飲もうとしなくてもいいさ。砂糖とミルク、ここに置いとくぜ」

「あ、ありがとうございます。なんかすいません」

 謝りながらも砂糖とミルクを投入した裕紀に、再びマスターから笑い声が届いた。


 ふと時計を見れば、時刻はすでに八時を回っている。

 普通の学生なら明日は土曜で休みのはずだが、部活のある生徒はもちろん、補習のある生徒は出席しなければならない。

 裕紀も補習組として午前中は学校に出なければならないので、明日の朝は早く起きなければならない。


 そんなわけで、コーヒーを飲み干した裕紀は早々に席を立つとお会計に向かった。

「そう言えば、お前さんは明日のクリスマスイベントは行くのか?」

 そんなマスターの問い掛けに、裕紀は頭を掻きながら答えた。

「明日は補習もありますし魔法の鍛錬もありますから、行けないですかね」

 クリスマスイベント。それは、十二月二十五日に新八王子駅のショッピングモール全体で行われる大規模なイベントのことだ。


 モール内に出店するお店の商品全てがクリスマス特別価格として安売りされるほか、景品付きのスタンプラリーや有名人たちのトークショーなどが繰り広げられる。

 毎年、このイベントがあるせいで十二月二十五日の新八王子駅周辺は大変なことになるが、逆に言えば地域の人達には楽しみの一つとも言えるだろう。

 去年までは安売りに釣られて買い出しに赴いていた裕紀だが、残念ながら今年は行けそうにない。


 裕紀の答えに、マスターは会計を進めながらぼそぼそっと呟いた。

「そうか。まあ、行かねえなら言う必要もねえか……」

「……? どうかしたんですか?」

 歯切れの悪いマスターの様子に首を傾げていると、マスターは手短に伝えた。

「いや、イベントに行くなら人混みには気を付けろよって話だ。悪い魔法使いは人気のない場所を選ぶが、最近は盲点を突いてあえて人混みを選ぶ奴らもいるからな」

「なるほど。バレれば人混みを利用、または人質として逃げられるってわけですね」

 人払いを発動させても、後に起こるだろう戦闘の被害を最小限に抑えることを考えるとなると、確保側はさぞ戦いづらいことだろう。


 お金を渡しながらそう言った裕紀に、会計を終えたマスターは頷いた。

「まあ、明日は何もなければいいけどなぁ」

 まるで明日を憂いるように零れ落ちたその言葉に、裕紀はあえて問いは返さず、自身の頭の片隅に控えておくことにした。


お待たせしました。

今週もよろしくお願いします!


もうそろそろ夏ですね~。そのまえに梅雨を乗り越えなければ。

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