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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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聖夜の日(7)

 朝食を食べてからそこまで時間は経っていないのであまり空腹感はなかったが、これから三時限と放課後補習のことを考えると少しでも昼食は食べたほうが良いだろう。

 そう思った裕紀は、教室へは立ち寄らずに一階の生徒玄関で展開されている購買へ向かった。


 昼休み直後ということで荒波のように込み合っていた生徒玄関から少し離れて待つこと数分。

 ようやく生徒たちの人数が減ってきたころで購買へ向かった裕紀は、目的の食べ物が残っていることに安堵しながら、それらを購入するといつもの場所へ向かった。


 八王子市立萩下高校は上空から眺めると同じ長さの校舎を並行に並べているような形をしている。

 校舎に挟まれるように存在している中庭は、幾つかの植木と芝生が敷かれておりリラックスできる空間になっている。

 北側校舎と南側校舎を繋ぐための通路の役割も果たしているが、二つほどベンチが設置されていたりするので、昼休みや部活の合間の休憩時間などはそのベンチに座って話す生徒たちの姿をよく見かける。


 久々に中庭を訪れた裕紀の他にも、今日は何人かの生徒たちがそれぞれの昼休みを過ごしていた。

 中庭の芝生上には、そこそこ大きい植木が三本ほど植えられている。

 夏場などは植木の下で涼みながら休憩を取ることができ、今の時季は人気はないが、来年の夏には多くの生徒が涼んでいるところが想像できる。

 だが入学してから中庭で昼食と休憩を取って来た裕紀にとっては、もはや植木の下が定位置となっている。


 やや南校舎側に植えられた植木が、昼休みに裕紀が休憩する定位置だ。

 今は冬でなかなか外に出る生徒はおらず、日向に当たったベンチに座る女子生徒二人くらいしか中庭にはいない。

 普段通り、定位置には人影のない植木に懐かしさを感じながら、裕紀は購買で買ったパンを手に持ちながら早歩き気味に通路を歩いて行く。


 久しぶりの植木の下で裕紀は腰を下ろし、ビニール袋からもぞもぞと購買で買ったパンを二つ取り出す。

 一つ目のパンを齧った裕紀の口の中に、まろやかなマヨネーズとコーンの優しい甘さがさざ波のように広がった。

 マヨネーズとコーンの絶妙な風味によって、半ば強制的に裕紀の食欲が活性化させられる。


 朝食を食べてそこまで時間は経っていなくとも、軽々と裕紀は一つ目のパンを食べ終えると、パックに入ったお茶を半分ほど飲み干す。

 普段ならあともう一つくらい主食となるパンを食べたいところではあったが、裕紀のお腹は一つ目のパンでだいぶ満足したようだった。


 なので、裕紀は購買で買った二つ目のパンの包みをわくわくしながら開封する。

 まるで巻き貝のような形をしたパンの中に、たっぷりとチョコクリームが詰められた、購買特製のチョココロネを頭から頬張る。

 ふわっふわなパン生地に、ほんのりビターなチョコクリームが口の中で溶け込む。

 パンなのに綿菓子のように消えてしまう不思議な食感に魅了され、気づけば裕紀の手からチョココロネは消えていた。


 食べた後の満足感と少しばかりの喪失感を感じながら、裕紀はこのチョココロネを最初に食べた時と同じことを考えた。

(このチョココロネを作った購買の叔母さんは天才だな)

 食感も楽しい。味も美味しい。何より安い!

 きっとこのチョココロネは、百二十円で学校で売られるべき代物ではないだろう。


 大好きなものを、最大限美味しく頂けるこの日常は紛れもなく購買の叔母さんによるものだ。

 あの母性愛を感じさせる笑顔が特徴的な叔母さんの表情を思い浮かべ、崇めるような気分になっていた裕紀は、目の前のに人が立っていることにしばらく気付かなかった。


「何だかとても楽しそうね? 何を考えていたの?」

「とても美味しいチョココロネを再安価で常に販売してくれる購買の叔母さんについてだよ」

「君、チョココロネが好きなの?」

「まあ、子供の頃からの好物ではあるかな」

「ふぅん。それより、今日退院だったのよね? 退院おめでとう、新田君」

「ああ、ありがとう。……って、ええッ!?」

 チョココロネについての話題から逸れたことで、裕紀の意識はようやく目の前に立っている女子生徒に向けられた。


 栗色のさらさらとした長髪は日の光によってきらきらと輝き、前髪は赤いヘアピンで留めている。学校指定の制服をきっちり着こなし、黒のニーハイソックスを履いた女子生徒の、くっきりした茶色い瞳と裕紀の黒い瞳がばっちり合うと、裕紀は反射的に慌てて後ずさった。

「や、やや、柳田さん!? いつからそこに!?」

 慌てふためいたその姿が、まるでさっきまでの会話を心ここにあらずな状態でしてしまったことを物語っており、そのせいか彩香は少し不機嫌そうな顔で言った。

「君がチョココロネを安く売ってくれる、購買の叔母さんを拝んでいたとき、からかしら?」

(さ、最初っから……。てか、そんなことを答えるなんて、完全に心ここにあらずだったんだな)

「そ、そっか、あははは……」

 同級生の女子生徒に自身の闇の一面をひけらかしたことについての弁解は、もう手遅れだろう。

 ただ、相手の女子生徒が上原瑞希ではなくて本当に良かったと、それだけは心から安堵する。


 しかし、裕紀はふと気になったことを話すことで、彩香からチョココロネに関して意識を逸らすことにした。

「そんなことより、どうして柳田さんがここに?」

 だが、よほど自身の闇を晒してしまったことに動揺を感じていたのか、裕紀の質問は短絡的なものになってしまった。


 案の定、彩香は先ほどより更に不機嫌そうな表情を作ると、冷笑を浮かべて言った。

「そうね~、私は君より二週間も前に退院したから、もう何の不自由もなく学校には通えているわよ?」

 氷のように冷たい冷笑を受けて背筋を震わせた裕紀は、さっきよりもいっそう慌てながら弁解を試みた。

「いや、そうじゃないんだ! 柳田さん、昼休みに教室で友達と過ごしてたんじゃないのかなって」

 言わずもなが、彩香は勉学の成績と美しすぎる容子によって、学校中でその名と容姿を知られている。


 全校生徒が知っているのだから、当然教室中にもその存在は濃く知れ渡っている。

 昼休みに何度か教室で見かけると、彼女の周りには男子女子関わらず人が集まっていた。

 そんな彼女が入院から復帰した日は、さぞ学校中がザワザワしていたことだろう。

 果たして教室から抜け出しても良かったものだろうか、と思いながらの質問に、彩香は冷笑を複雑そうな表情に変えて答えた。


「べつに私はアイドルでも何でもないんだし、自由に教室を出る権利くらいあると思うのよね。お話とかは楽しいけど、あまり注目されても息苦しいだけよ」

 どうやら彩香も再登校時のクラスの雰囲気に多少のストレスはあるようだ。

 よく見ると目の下に薄っすらと隈が出来ていた。

「よいっしょっと」

 そんな彩香は、すたすたと植木の下に歩み寄ると、なんたることか裕紀の隣に腰を下ろした。


 その如何にも当たり前のように違和感なく座った彩香の行動を、不覚にも裕紀は素通りしてしまいそうになった。

「えっと、柳田さん。どうして、俺の隣に?」

 おずおずと問い掛けた裕紀に、彩香は植木に背をもたれかけさせてリラックスさせた口調で言った。

「お昼休みだし、午後の授業に備えて休憩しとかないとね」

「そ、そう。じゃあ一人のほうが気楽だよな。俺は教室に戻るよ」

 教室で人気者の彩香をゆっくり休憩させた方が良いだろう。

 半ば本気で思っていたことを口実に、裕紀はその場から立ち去ろうとした。


 しかし、彩香には彼女なりの理由があったらしく、立ち上がろうとした裕紀の背中が引き戻すように摘ままれた。

「まだ時間もあるから、少し話しましょう?」

 そう言う彩香の瞳に引き込まれ、裕紀は摘ままれた引力に逆らわずに彩香に従った。



 午後の授業まで残り三十分ほどとなった頃、しばらく黙って木陰に座っていると、彩香が話題を切り出した。

「新田君、これからどうするつもり?」

 短く切り出された言葉に、裕紀は何がとは答えなかった。

 いちいち言わなくても、彩香が裕紀の何を心配しているのか判っていたからだ。

 ただその話題が、他の人に聞かれてはならないものであるために、彩香はこうして判りずらい質問をしたのだろう。


 彩香の質問に答える前に、裕紀はすぐ近くに人がいないことを確認してから、慎重に小声で話した。

「昼休み前に生徒指導室で後藤先生と話してきたよ。先生曰く、どうやら俺は、ある組織から勧誘を受けたらしい。先生も、その組織なら俺も力になれると言ってくれた。確か、国際魔法機関と言っていたけど」

 一時間も満たない間に話された内容を彩香に伝えると、彼女は真剣な表情で話す。

「国際魔法機関、ね。確かに、あの組織に君が加われば魔法界の治安維持組織にとっては鬼に金棒のようなものね」

 真剣に考えてくれたのだろう彩香も、飛鳥の意見には一理あるらしい。


 だが、裕紀にはもう心に決めたコミュニティが存在している。

 裕紀の意志を、まずは彩香に伝えるのだ。

「けど俺は国際魔法機関には入らない。俺は、アークエンジェルに加入したいと思っているんだ」

 自分と同じコミュニティに入ることを宣言した裕紀に、彩香はしばらく沈黙を保っていた。


 それもそうだろう、と裕紀も内心で彼女の答えを待つ。

 アークエンジェルは、いわゆる善のコミュニティであり国際魔法機関も本質としてそれは同じだ。

 だが、アークエンジェルにはないものを国際魔法機関は多く持っている。

 世界規模のコミュニティならではの組織体制。強力な魔法使いたちや彼らによる任務のバックアップ。

 それに何より、規模の大きいコミュニティほど闇の組織に対する権威のようなものはとても強いだろう。


 そう考えていた裕紀に、彩香も全く同じことを考えていたのかもしれない。

「君がアークエンジェルに所属してくれる意志があることは、正直に言ってありがたいことだし、嬉しいことだわ。君は私を助けてくれた恩人だし、私自身、もっと君と魔法使いとして一緒に戦いたいと思ってる。でも、でもね……」

 難しい顔で喋っていた彩香は、唐突に言葉を途絶えさせた。


 俯き芝生の草を手で撫でながら、彩香は弱々しい声で言った。

「私たちには、万が一の状況で君を守れる保証はない」

 俯いた彩香の表情は、植木が作る陰によってよく見えなかった。

 だが、何となく裕紀には、彼女がいまどのような表情を作っているのか分かる気がした。

「自分の身は自分で守るよ。それに、もう柳田さんたちの足手まといにはならない。そうならないくらい、強くなるって決めたから」

 三週間前の戦いでたくさん助けられた魔法使いが、こんなことを言うのは可笑しいだろうと思いながらも、裕紀は自身の意志を告げた。


 しかし、彩香は首を縦には振らなかった。

 顔を上げた彩香の顔はどこか悲しそうな表情をしていた。

「確かに君の才能は底が見えない。でも、いまはまだ魔法使いとしては未熟よ。炎の巨人を倒し、ネメシスの暗黒魔女を消滅させても、君は魔法使いとしては初心も同然なのよ。土台の出来ている完成された組織で魔法使いとしての自分を鍛えたほうが、今後の君のためにもなると思う」

 魔法使いとして裕紀より長く生きている彩香の話す言葉には説得力があった。


 裕紀自身、強くなると口にはするが、内心では実力の伴っていない言葉はただの言葉にしかならないとも思っている。

 それを分かっているからなのか、裕紀自身が自分の強さに自信が持てないだけなのか、彩香の言葉は胸に刺さった。

「私は、君のように大きな才能を持った魔法使いを知ってるから」

「え?」

 唐突に話された彩香の言葉に、裕紀は小さく返答した。


「でもその人は、自分の才能に溺れて無茶をして、ある任務で死んでしまったの」

「それって、殉職……?」

 苦しそうに話す彩香に、裕紀は身体の体温が徐々に冷たくなっていくのを感じながらそう返す。

 裕紀の言葉に頷いた彩香は、苦しそうな表情を少しだけ和らげて言った。

「だから新田君には、そんな最期を迎えて欲しくないの。才能があるっていう今の現状に満足しないで、安全な場所で確実に実力をつけてもらいたい。そうすれば、きっと君は私たち魔法使いのとても大きな存在になると思うから」

「…………」

 彩香の言葉に対して、裕紀は何も言い返すことができなかった。


 世界を護り、大切な存在を絶対に守ってみせる、という裕紀の覚悟は揺らぎはしない。

 だが、その過程で裕紀が危険な目に合うということは、裕紀が守りたい人たちに大きな心配を掛けてしまうということになる。

 そして、その心配は裕紀が実力をつければ付けるほど、大きな期待へと変わっていく。

 やはり、裕紀はアークエンジェルではなく、国際魔法機関に加入するべきなのだろうか。

 国際魔法機関の魔法使いとして実力と経験を身に付け、安定した強さを手に入れるべきなのだろうか。


 そう思い始めた裕紀の思考を遮るように、昼休み終了の予鈴が中庭に鳴り響いた。

 予鈴によって意識を引き戻された裕紀の隣で、彩香がすくっと立ち上がったことを視界で捉える。

 風に揺れる栗色の長髪を手で押さえた彩香は、裕紀を見下ろしながら短く言った。

「まだ返答には期間があるんでしょう? だったら、考え直してみるのもいいかもしれないわよ」

 それだけ言い残して、彩香は教室へ戻って行った。



 これは完全に思い込みだが、彩香ならアークエンジェル加入に賛成してくれると心の片隅で思っていた裕紀は、しばらく放心状態だったが、授業開始のチャイムでようやく我に返った。

 当然、授業には遅刻し、罰として担当教師だった萩原恵にたっぷりと課題を出されたのであった。


チョココロネ、僕もおやつでよく買って食べます。

美味しいですけど、作るのは難しいと誰かから聞きました。

美味しいものは職人さんの苦難から生れるのですね~

どうでもいいお話でした。今週もよろしくお願いします!

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