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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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プロローグ(1)

行間、段落空けなどを行いました。

内容はほとんど変わっていません。

 一九世紀もあと百年で終わろうとしていた頃。

 現実とは違う時間軸に存在する世界で、その世界の時代を左右する大きな戦いが始まっていた。

 戦争は次第に激しさを増していき、やがて世界全てを巻き込む大きな戦争へ発展した。

 そんな戦いの終盤、一人の王が残されたその命を燃やし尽くそうとしていた。


 異世界マイソロジア

 人界暦一九〇〇年。ブリテン王国、王都キャメロット近郊。

 空は戦火による煙と多くの死人の血潮で赤黒く染まっていた。戦場に太陽の光は差さず、作物を育てていた豊かな大地は数えきれないほどの人や魔物の血を吸った。

 何百年もの長い歴史を掛けて民と王が創り上げ、共に繁栄させてきた国の姿は今はもう見る影もない。


 両軍共に消耗しょうもうは激しく、この戦いを生き抜いた兵士は百人にも満たないだろう。

 よもや戦いを望むものは誰一人としておらず、戦いを続けようとする愚かな者もいなかった。

 ただ、それでも時として人は戦い続けなければならない場面がある。

 もう誰も戦っていない丘の上で、一人の王はそのことをひしひしと感じながら容赦ようしゃなく迫る剣に対抗していた。


 王は黄金の鎧を全身に身に付け、青色のマントを羽織った一人の騎士だった。黄金の甲冑に包まれた手には、血に汚れた戦場でも濁ることなく輝いている一本の聖剣が握られていた。

 しかし、既に青いマントは返り血で汚れ、端も所々で解れている。黄金の鎧も、王の戦いが激しい戦闘だったことを示すように剣撃の痕が幾つも付けられていた。


 普段は堂々としており誰からも尊敬されていた王の姿は、この時だけは疲労を蓄積した一人の騎士のようだった。

 そして、《騎士王》の異名でその名を世界にとどろかせた彼をここまで苦しめている人物は、後にも先にも歴史上この男だけになるだろう。

「どうしても、戦いをやめて引き下がることはできないのか…モードレッド!」

 そう叫び、騎士は黄金の剣を振り下す。


 騎士王の剣を正面から受け止めたもう一人の騎士、モードレットが纏う鎧は、騎士王とは対照的だった。

 赤いマントを羽織り、闇色の鎧を纏った身体を強く前へ押し出して、互いの目と鼻の先まで顔を近づける。太陽の光さえ闇色に変えてしまうような漆黒の剣をギリッと押し付け、狂気に歪んだ瞳で真正面から騎士王の碧い瞳を射抜いた。

「お前の時代は終わったんだ、アーサー・ペンドラゴン。大人しくこの俺に王位を譲り、ブリテンを渡せ」


 その返答を聞いたアーサー・ペンドラゴンは、その整った穏やかな顔を苦痛に歪めた。

 もともとこの男は好戦的な性格とはいえなかった。剣術や武術は修行で極めても、その力を国の繁栄や他国の制圧には行使しなかった。

 そのお蔭で独自の文化を持つことのできたブリテン王国は、小国ながらも大国と肩を並べることができたのだ。


 だが、そのアーサー王の姿勢が力を持つことのできなかったモードレッドには許せなかった。彼にとっての力とは振るうものであり、他者を支配するために使うものだった。

 そのため、振るうべき力を行使しなかったアーサー王はモードレッドにとっては倒すべき悪に等しかったのだ。


 黄金と闇、数瞬の(せめ)ぎ合いの後、両者は距離を離すとそれぞれの剣を構えなおした。

 攻撃のタイミングを見計らうためか、アーサー王が問い掛ける。

「モードレッド。お前の俺に対する敵対心は今更言うまでもないだろう。そして、その理由も分かっている。だから撤退しろとは言わない。しかし、これだけは聞かせてもらう」

 一拍置いて、アーサー王は口を開いた。

「なぜ、お前はそこまで王の座にこだわる? そこまでして王になりたい理由は何だ?」


 その問いにモードレッドは答えず、その代わりに問いとして返した。

「俺が王になりたい理由? ならば問うぞアーサー。貴様はなぜ王になった? 何のためにあの岩の剣を引き抜き、この国を治めようと思った!?」

 モードレッドの絶叫ともいえる声に、アーサー王は答えに詰まり押し黙った。


 しばらくの静寂の後、ブリテン国王はゆっくりと言葉を(つづ)った。

「俺はこの国の民が、いや…この世界に暮らす誰もが幸せになれるように願って王になった。そして俺は、この世界から争いをなくす。その想いは、昔から変わっていない」

「そんな理想はただの偽善だ! 争いのない世界などすぐに滅びる。幸福しか知らぬ世界など、小さな苦痛で簡単に崩れ去る。この世界は、闇の王ただ一人だけが支配してこそ新の平和が得られるのだ」

 武力を極力行使せず、人命を優先して戦ったアーサー王をモードレッドは認められなかった。

 そんな王の理想は闇の軍勢の圧倒的な殺略と強奪によって絶望の淵へと叩き落し、自身の大切なものを全て奪われることで己の未熟さを知ってもらわねばならない。


 モードレッドの揺るがぬ覚悟を感じ取ったのか、アーサー王は交渉の余地なしとみて諦めたように(まぶた)を閉じた。

 ゆっくりともう一度開かれた瞳には、もう迷いはなかった。

「交渉は決裂(けつれつ)、ということで良いんだな?」

「貴様を殺す。それが俺に課せられた使命であり、俺と貴様の運命だ」

 その言葉を突き付けられたブリテンの王は、右手に握った黄金の剣を左手でも握ると、自身の目の前に剣を構えた。


 持ち主の動作に呼応するように、アーサー王が握る黄金の刀身から金色こんじきの魔力が溢れ出す。

 その色は、魂の輝きそのもののように神々しくも儚かった。

 王はその光に目を細めることなく目を見開き、毅然(きぜん)と起立している。


 剣から溢れ出す魔力は次第に勢いを増していき、青いマントと眉にかかるほどの金髪を揺らしている。

 その光景は、王の周囲だけに金色の暴風が起こっているようだった。

 その勢いに気圧されたように、一瞬モードレッドは怯んだように身を引いた。

 しかし、すぐに自身の握る漆黒の剣を両手で握り締め正面に掲げた。

 直後アーサー王と同じように、しかしその色彩は全ての魂を消し去ってしまうかのような深い闇色の魔力が漆黒の刀身から溢れ出る。モードレッドの周囲にも魔力の暴風が吹き荒れ始めた。


「これが生涯お前と最後に打ち合う剣となるだろう。全力で行くぞ!」

「どこまで余裕を保てるか楽しみだ」

「モードレッド…」

 例え殺さなければならない敵であっても、騎士としての付き合いが長かったためか。

 小さくその名を呟いた騎士王を突き放すように、モードレッドは言った。

「殺すなら本気で来いよアーサー。あの方から頂いた魔剣には、いくら貴様の聖剣でも勝てやしない」

「くっ…」

 その言葉の真意は、アーサー王以外が見ても明らかなほどだった。


 今まで(あらわ)になっていた魔剣の刀身が伺えないほど、漆黒の剣から闇の魔力が溢れている。あれほど濃い魔力を放つ魔剣はアーサー王も見たことがない。

 だが、それはアーサー王とて同じこと。

 彼が正面に掲げている聖剣も、まるで夜空に瞬く一等星のように(まばゆ)く輝いている。


 ふと、両者を取り巻いていた魔力の暴風が消えた。互いの剣から放たれていた魔力も収まり、戦場にもとの静寂さが戻っていく。

 両者の鼻腔を血生臭い煙の匂いが刺激し、モードレッドはそれを振り払うように首を振った。

「さあ、決着の時だ!」

「ああ!」


 頷くとアーサー王は黄金の剣を腰へ、モードレッドは漆黒の剣を高々と頭上に掲げた。

 二人が地面を蹴ると同時に、再び互いの剣から金色と闇の魔力が刀身から溢れ爆発する。

「――――――ッ!」

「――――――ッ!」

 魔法の威力も合わさり、離れていた距離を一瞬で詰めほぼ同時に剣を振るう。


 真上から振り下ろされたモードレッドの魔剣と、真下から斬り上げられたアーサー王の聖剣が激しくぶつかり合った。

 ガガアアアアン! と、神が大地に鉄槌を打ち付けたかのような轟音と振動を二振りの剣は戦場に轟かせた。遅れてとてつもない衝撃波が戦場を駆け抜け、漂っていた気味の悪い煙を吹き飛ばす。

「うおおおお!」

「くっ、おお!」

 モードレッドの獰猛かつ力強い剣戟に、アーサー王は自身の剣技で必死に応戦する。


 剣術と魔法による勝負は互角だ。魔法の決闘において初撃で決着がつかないということは、両者の力はほぼ互角と言って良い。

 残される勝利への手段はただ一つしかない。

 その面において、アーサー王は誰よりも強く自身の国を、臣下を、民を想っていた。


 真上と真下から始まった剣戟による打ち合いは引き分けに終わる。

 再び互いに距離を取り、また同時に地面を蹴る。

「なぜだ!? なぜ貴様は王になったというのにその力を世界に示さない!? それでは、その剣を授かったことに何の意味があるというのだっ? その剣は、世界を手にするだけの力があり、それを証明するための王ではなかったのか!?」

 剣を打ち付け合いながら、モードレッドはそうアーサー王に迫る。


 アーサー王も自身が培ってきた経験の全てをつぎ込んで、モードレッドの剣戟に対抗した。

「確かにこの剣には世界を手にする力があるのかもしれない。だが、武力で世界を手にするということは多くの人々の犠牲を生んでしまうということだ。それでは、俺の目指した世界は(つく)れないッ」

 目にも止まらぬ剣戟(けんげき)を繰り広げた二人は、もう一度距離を取り構え直した。

「やはり貴様に、王の座は相応しくはなかった。貴様の間違った選択でこの国は滅び、俺が新しい国を創ってやる。貴様は、己の愚かさを死んでから存分に味わうがいい」


 そう吐き捨てたモードレッドに、アーサー王は優しく笑いながら確かな覚悟を込めた声音で言った。

「確かに、俺の理想は王としてはいささか夢物語だったのだろうな。しかし、俺が死ぬまではブリテンの王はアーサー・ペンドラゴンだ。まだ俺の名がこの国に残っている限り、俺はこの国の全てを守ってみせる。お前のような奴に、この国は渡せないからな」

 優しかった笑みを不敵なものに変えたアーサー王に、モードレッドはぎりりっと奥歯が砕けそうなほど噛み締めた。


 目の前の王は、最後の最後まで自分の夢を諦めようとはしない。

 そんなアーサー王の光が、モードレッドには目障りだった。

「さあ、本当にこれが最後だ。覚悟しろよ、モードレッド」

「貴…ッ様ああああああああ」

 これまでで最大の魔力を魔剣から飛び散らせて襲い掛かるモードレッドに、アーサー王も自身の持つ聖剣に力を込めて振り上げた。


 聖剣の刀身に先程とは比べ物にならない規模の金色(こんじき)の魔力が解き放たれる。

「うぉぉおおおおおお!」

「ハアッ!」

 魔剣と聖剣は、それぞれの想いを乗せて迫り激突した。

 そして、互いの剣が強く打ち付けられるとモードレッドの魔剣の刀身は砕け、アーサー王の聖剣はモードレッドの身体を闇色の鎧ごと斬り倒した。


 勢いよく胸部を斬られたモードレッドはその場に倒れ伏した。

「すまない、モードレッド。俺は、お前を殺したくはなかった」

 戦いの疲労を滲ませた声音で、アーサー王はかつての臣下にそう言った。


 ずしりと疲労で重たくなった身体に鞭打ち、マントを翻してモードレッドから背中を向けたアーサー王はその場を立ち去ろうとした。


「アー・・・サー・・・」

 だから、この時はたとえアーサー王が優れた王だとしても仕方がなかったのかもしれない。


「アァァァサァァァァッ!!!」

 自分の剣で胸部を深く斬り裂かれたはずの敵が、背後から砕けた刀身の破片を握って斬りかかって来るなどとは、誰も想像していなかっただろうから。


「モード・・・ッ!」

 以前まで自身の臣下の一人だった男の名は、最後まで呼ぶことはできなかった。

 モードレッドの持つ魔剣の破片がアーサー王の額を深く斬り裂いたからだ。

「ぐっ!」

 突然の不意打ちに反応し切れなかったアーサー王は、傷付けられた額を左手で押さえながら最後の一振りでモードレッドの背中と右腕を斬った。


 その一撃でモードレッドは今度こそ息絶えたのかもう身動き一つしない。

 アーサー王は魔力を拡散させて刀身を露わにした聖剣を右手に持ち、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返した。

 結局この戦争は、アーサー・ペンドラゴンの王としての信頼の薄さが招いてしまった。

 そして、その火種は余りにも大きく燃え上がり、広く拡散してしまった。


 結果、自身の軍勢はほとんどが全滅。敵の軍勢は全滅だ。

 その事実に奥歯を噛み締めながら、アーサー王はこの場を去ろうとした。

 しかし、今度はそれもできなかった。


 激戦を戦い抜いたこととモードレッドから受けた傷のせいか、アーサー王の視界が揺らぎ、足は鉛のように動かなくなってしまったのだ。

 油断をすれば瞼が閉じてしまいそうなほど、彼の意識は疲弊ひへいしきっていた。

 

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