運命に抗う
深く考えずにお読みください。
オメガバースの設定をお借りしています。
この世界は男と女の性以外にも、3つの性に別けられる。α・β・Ωの3種類がその性だ。
α性は人数が少なく、その全てが男女ともに優れた才能を持つまさに天才。β性は人数が多く、男女ともに一般の人間で世間の大多数はこのβ性。そしてΩ性はαよりも人数が少なく、そしてβよりも劣性とされてきた。
この世界は歪なひし形によって成り立っているのである。
しかし何故、Ω性が劣性なのか。それはΩ性の特質にある。
Ω性には動物と同じく3か月に一度の割合で『発情期』があるのだ。だから社会的に優位な地位に就くことができないと言われている。なぜなら発情期間中は、性行為のことしか考えられなくなり周囲の人間をそのフェロモンで惑わすからである。(発情期間中は男女関係なく、子供を宿すことができる子宮が出来上がる)
Ωのフェロモンはその優秀な遺伝子を残したいという本能から、αに特に有効で。社会的優位に立つαを惑わすとして、Ω性はいつも虐げられてきた。
しかし最近では差別化をなくそうという法令により、Ω性を隠したまま生きることも可能になった。発情期のフェロモンを薬で抑えられることができるようになったのも大きいだろう。日々、人間社会は進歩しているのである。
しかし社会は進歩しても、人の考え方というのは中々変わることができず。結果、Ω性とばれた者たちは社会的に不利な地位に立たされるだけでなく、αやβ性の慰めものとなるケースが後を絶たないのが現実である。
しかしそんな地位を一変させることができるシステムが実はあったりする。
それは『番』制度というもので。
番とはαとΩの間にしか成り立たず、番となったΩはそのフェロモンを番にしか発揮することができなくなる。結果として強い副作用に耐えてフェロモン抑制剤を飲むこともなくなるし、他のαやβに襲われる心配もなくなるのだ。
ちなみに番は男女だけでなく、同性同士も可能だったりする。先に触れたとおり、男であっても発情期間中は子宮が出来上がるからだ。(またαの女性も、番の発情期にあてられると子供を作るための器官が出来上がるらしい)
この世界はαとΩであるなら、同性同士の恋愛にも寛容な世界なのだ……。
という、ゲームの世界に生まれ変わった私は一体どうしたらいいのでしょう?
私、結城瑞穂は前世の記憶を持つ転生者です。(ありふれた設定でごめんね)前世のことはよく覚えてないけれど、悔いなく終わったみたいなのできっと大往生だったのだろう。
そして私は今日、すべてのことを思い出した。この『鳳学園』の入学式のこの日に。
この世界がゲームの世界でオメガバースという世界だということも。そしてBLゲームの世界だというとも。全部思い出したのだ……。
って、やっべーじゃん!!!!!私、ヒロイン(男)と番になっちまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
「どうしたの?瑞穂ちゃん」
「うう、太一ごめんねぇ……」
「え!?なに!?僕の朝ごはん食べちゃったこと?それとも僕のふとんを横取りして寝てたこと?それとも遅刻しそうだからって起こした僕を蹴っ飛ばしたこと!?大丈夫だよ、瑞穂ちゃん。僕全然、根に持ってないからね!」
「しっかり根に持ってんじゃねえか!!!!」
「駄目だよ、瑞穂ちゃん。女の子がそんな汚い言葉遣いしたら」
『めっ!』じゃねえ!!!そんな可愛い顔したって、だまされないぞ!!!だまさ…れ……ないけど、だまされてやるよ!!!かわいすぎんだよ!!ちくしょー!!!!
ううう、この私より女子力が高いこいつは幼馴染の春野太一。
さらさらの天然栗色の髪に、透き通るような白い肌。中性的な顔立ちは男女ともに人気がある、天然魔性の王子(私命名)、それが太一である。
あ、今の会話でもわかった通り、私たちは一緒に暮らしております。
私の性がα、そして太一の性がΩだと判別したのは中学校入学のとき。検査義務で全員検査を受けたからだ。私の両親は父がα、母親がΩ性だったためどちらに対しても私は偏見などなかったが、太一の家は違っていた。
α同士の両親から生まれた太一がΩだとわかった途端、虐待を始めたのだ。そしてそのことに最初に気付いたのは、何を隠そうこの私だったりする。
まず最初に感じた違和感、それは太一の表情。いつもなら学校に行くのを嫌がるのに、嬉々として家を出て率先して学校に行ったのだ。そして家に帰りたがらない。
そんなことが2週間も続いたので、これはおかしいと思った私はまず母親に相談した。そうしたら母親も薄々おかしいと思っていたらしい。お隣(太一の家は我が家のすぐ隣)の家族と話すとき、今までなら太一のことをたくさん話してくれるのに、まるでいないものとでもいうように何も話してくれなくなったのだ。
そして発覚した太一の家の虐待。幸いなことに私の家はそこそこお金持ちだったために(父がαの溜め、出世に出世を重ねた結果)太一を我が家で引き取ることになったのだ。(私の母がΩ性だったため、Ωのことに詳しいのでいいのではないかという行政の判断もあったらしい)
そして中学2年になったころ、太一に最初の発情期が訪れた。最初の発情期は予兆がなく急に訪れるものらしい。それをもろにくらった私は、まあなんというか……。
太一を襲いかけたのです、はい。
しかしそこは男と女の差。太一の必死の抵抗と私のわずかに残った理性が勝ち、なんということはなかったのだけれど。もう私は太一のことをまともに見ることができなくなっていた。太一は優しいから全部を許してくれたけど、私は自分のことを許すことができず。なんというか、太一のことを避けまくったのだ。その私の行動は、太一をものすごく傷つけたらしく。
結果、私は2回目の太一の発情期に襲われたのだった。
それは危険を察知した私の両親によって未遂となったのだけれど。一つだけ未遂に終わらなかったことがある。
それは『番』となること。
αとΩが番となる条件、それはΩの発情期中にαがΩの項を噛むことで成立するのである。(正確には項にあるナントカという腺を噛み切ることでなるとかいう話だけど、難しいのでそこの説明は省く)あの時の私はやっぱり太一のフェロモンに当てられて、理性を失っていたので番となってしまったのだけれど。
さすがに年頃の娘が襲われたのだ。両親もさぞかし激怒するだろうと思っていたのだけど、ところがどっこい。
逆に私が怒られた。
両親が入ってきたタイミングも悪かった。ちょうど私が太一に馬乗りになっていた瞬間だったのである。……何故、馬乗りになっていたのかは推して知るべし。元々、Ω性ということもあって太一が被害者で私が加害者という立ち位置で収まったのだった。
そして責任を取るという形で、両親によってすべてが進められ。気が付いた時には高校に入学すると同時に、甘い(?)同棲生活が始まったのだ。
ちなみに両親からは、くれぐれも太一を妊娠させるなと注意されてたりする。なので私と太一はまだ清い関係です。あれ以降、抑制剤を飲まなくなった太一のフェロモンと闘いながら、私と太一の歪な同棲生活はスタートしたのである。
「で、結局なにがあったの?」
「え?」
「朝、僕にごめんねって言ってたじゃん」
場所は変わって、ここは二人の愛の巣(笑)のリビング。今は太一の作った夕飯を一緒に美味しく食べている最中だったりする。
学校のほうはというと、前世の記憶と闘いながらなんとか入学式を終え、太一と共に家に戻ってきていた。ちなみにクラスは太一と一緒だった。
途中、太一の攻略対象である生徒会長や風紀委員長などとのイベントフラグを、ばっさばっさと薙ぎ払ったのは言うまでもない。
……太一にはもう番がいるから、フラグなど立てようがなかったのだ。だってこのゲーム、Ωである太一が苦悩しながらαの攻略対象を落とすゲームだもんね。
「……太一はさ、私と番になったこと後悔してない?」
「へ?なんで?」
「だって、わたしってばαのくせにがさつだし、家事は何もできないし、太一の布団ははぎとっちゃうし。だめなとこばっかじゃん」
私の言葉に、太一は食事の手を止めると、そっと立ち上がった。そして私のそばに来ると、座っている私の前にかがみ私の頭を胸に引き寄せてくる。私はその体温と太一の匂いに安心して、瞳を閉じてされるがままにそっと太一の背に腕を回した。
……中学まで細かった太一も、今では少しだけ男らしく筋肉がついて、身長も私を少し追い抜いて。もう女の子と間違われることがなくなって。はっきり言って、すごくモテるのを私は知っている。
だから不安になる。番という制度で私は太一を縛りつけているのではないかと。
「ねえ、瑞穂ちゃんは忘れてない?……最初のきっかけを作ったのが僕だっていうこと」
「……忘れてないよ。でもそれは傍にいたαが私だけだったからでしょ?」
「違うよ、2回目のアレは……わざと抑制剤を飲まなかったんだ」
「え、なんで……?」
「瑞穂ちゃんが欲しかったから」
その太一の言葉に思わず顔を上げると、そこには切ない瞳をした太一の顔があって。一瞬太一は目を伏せると、次に気が付いた時には強く私はかき抱かれていた。
「!!」
「瑞穂ちゃんは僕の知っているαの中で誰よりも強くて、僕には手の届かない存在で。きっと僕のことを置いて行っちゃうと思った。だから僕は自分のΩ性を利用したんだ。瑞穂ちゃんを繋ぎ止めるために」
「そんなこと……」
「初めて発情期になった時、瑞穂ちゃんが僕を求めたでしょ?すっごい嬉しかったんだ、それが」
「……私のこと、拒んだじゃん」
「だってあのままだったら、僕妊娠しちゃってたよ?それでもよかったんだけど、それじゃあ瑞穂ちゃんが重荷を背負っちゃう。だから抵抗したの」
確かに、あの時の私はきっと何も考えずに太一を襲っていただろう。そして太一は中2という若さで、子供を持つことになるのだ。……今更ながらに、妊娠とΩ性ということの意味を理解した気がした。その重さに、私は何も言えなくなる。
「2回目はさ、もう少ししたら結城のご両親が帰ってくることもわかってたし実行したの。瑞穂ちゃんが僕のことをΩとして意識してくれればいいなと思って。……結果は、それ以上の最高のものになったんだけどね」
太一はそっと私を離すと、私の眦に唇を寄せて「ちゅ」と小さくキスをした。そして何度も何度も顔中に、バードキスを繰り返す。私の顔が、涙でぐしゃぐしゃになっていたから。それを拭うかのように、何度も何度も。
「……くすぐったいよ、もう」
「ごめん、瑞穂ちゃんが泣くなんて思わなかったから」
「これは、涙じゃなくて汗だ!!!」
「はいはい、そういうことにしてあげる」
くすぐったさに、身をよじると太一はやっと私へのキスをやめてくれて。私の言葉に、お互い顔を見合わせると「ぷっ」と吹き出す。意地っ張りな私の虚勢を、太一は苦笑しながら認めてくれたのだった。
「大体、この同棲だって僕が結城父に殴られながら説得したから成立したんだからね」
「ふえ?」
「知らなったでしょ?僕、結構怒られたんだよ。可愛い娘をたぶらかしてって」
「……私は両親にすごい怒られたけど」
「まあ、番はΩである僕からは一生解消できないからね。αの瑞穂ちゃんは僕のことを捨てられるけど、捨てられた僕は君を思いながら一生を暮すんだから」
ここはいつもの布団の中。私と太一は同じダブルベッドで仲良く寝ている。
……寝室が一つしかないんだからしかたないじゃん。
初めは恥ずかしかったけど、もう一緒に暮らし始めて2週間。さすがに慣れてきた。
ベッドの中で取り留めのない話をするこの時間が、実は一番のお気に入り。いつもなら私は眠いせいで太一の話を、夢うつつの状態で聞いているんだけど。さすがにさっき泣いたせいで、まだ眠気は襲ってこない。太一は私の髪を自分の手で梳きながら、茶目っ気たっぷりにおどけて見せた。
しかし知らなかった。太一が私の父に怒られていたという事実を。両親は私以上に太一のことを溺愛していたから、大丈夫だと思ってた。まあ両親の愛情は感じてたから、太一に嫉妬することなく育ったけどね。
「僕はさ、君を一生思いながら暮らすんだ。それはなんて幸せなんだろうと思うよ」
「うん、私も。番になったのは事故みたいなものだったけど、太一に思われながら暮らすのはなんて幸せなんだろうと思う」
「……運命に負けないでくれて、ありがとね」
「え、なんか言った?」
「ううん、なんでもない!瑞穂ちゃん、おやすみ」
最後の太一の言葉、実はちゃんと聞こえてた。運命に負けない、きっと太一は知ってたんだ。この世界がゲームの世界であるということを。
だけど太一はそれに懸命に抗った。そして私もまた、そんな太一に触発されて無意識にだけど抗った。だから今があるんだと思う。
きっと私は幸せな夢を見るだろう。太一と一緒に過ごす幸せな夢を。
前世のことなんか関係ない。太一が選んだのは、私なのだから。
だから、おやすみなさい、太一。幸せになろうね。