にっぽん残酷物語 後編
私にはここまでがぎりぎりです。もっと長く書く予定でしたが、それに関しては、ネクストワンにします。
S君は、アパートに戻りました。
三十円のお金は全部電車賃に使ってしまって、もう一文無しです。S君は4畳半の畳の上に倒れました。
吐き気のような灼熱のような空腹感。胃の中は完全なからっぽ。
S君は畳の上を這いずって部屋のかたすみに置いてある、コカ・コーラの瓶に手をのばしました。
当時、コカ・コーラはたいへん高価なもので貧乏人には宝物のようなものでした。S君は余裕のあるときに買って、なにかいいことがあったら飲もうとだいじにだいじに持っていたのです。
しかしついにいいことはなかったのです。
S君は泣きながら、歯で瓶の栓を抜き、一気にコカ・コーラを喉に流し込みました。
もうお腹に入るものはなにもありません。
電気もガスも水道も止められています。行政がS君に死ねといっているのです。
S君は天井を遠い眼で見ました。天井の木目を見るだけでした。
昔のコカ・コーラには、ある成分が含まれていたといううわさがあります。今のコカ・コーラには入っていないある成分が入っていたというのです。そのようなコーラを完全に空腹な胃袋で吸収すれば、ある成分は良くまわるでしょう。
木目がゆっくり動きだします。
「たたんたたん、たたんたたん、つーたったつーたったつーたった、たたんたたん・・・」
なにかがぐにゃりと曲がった。
突然S君の部屋の扉が、ガーンと開きました。大家さんが入ってきました。
大家さんは、片目で出っ歯でガニ股でおまけにせむしでした。
「Sさん、今日こそは家賃をはらってもらうよ。あんたはもう十ヵ月も家賃をはらってないんだからね」
「無い!お金はありません!僕にはなにもない!」
「そうかい。では出てってもらおう。どうやら今にも死にそうな顔だが、死ぬんだったら外で死んでくれ。この部屋で死なれると、次の借り手がなくなる。それは迷惑だ。外で死ね外で死ね」
この時代は売れない漫画家は餓死があたりまえ。野垂れ死にがあたりまえだったのです。
人権意識が低い時代。差別だってあたりまえにあった。国は貧困者の福祉など考えなかった。
若い人たちよ、洗脳から覚めよ。老人は正確に過去を思い出せ。
なにが東京オリンピックですか。
一見しあわせな家族だってじつは飢餓線上をただよっていて、一日に必要なカロリーをやっと保つのが精いっぱいの人たちばかりだった。実は今とあまり変わらない。
なにが東京オリンピックですか。悪い昔にかえるだけ。そんな予感です。
国が派手なイベントの大看板を立てたら要注意です。
看板の裏に、何かを隠します。




