お礼SS 夜明けに鳴く5
タージが顔を洗ってリーリンの家に戻ると、さっきまではなかったメモがテーブルに置かれていた。
”ほどほどにして休むといい。マルティへは連絡しておく”
すっかり眠ったと思っていたのに、ライオネルとのことを見られていたようだ。
タージはメモを騎士には見られないように、こっそりと腰に身につけてある小さな皮かばんに隠した。実際何もなかったのだが、彼には他人に勘ぐられたことも知られたくなかった。
「勝手に休んでいいって言っていたわ。さすがに疲れたでしょう?」
「……では、お言葉に甘えて」
ライオネルはタージに言われるままリーリンの家に入ったためか、決まりが悪そうだ。
家に入ってすぐに大きなテーブルと椅子が五脚ほど部屋のあちこちにある。天井には薬草が吊されて、椅子や小箪笥には荷物や服が積まれていた。
客人がくつろげるようにはまったく出来ていないが、座るぐらいはできるだろう。
「そのあたりの椅子に座って休んでいればいいわ。私はリーリンの部屋に押しかけて休むから」
本当はリーリンの代わりにユリウスの様子を見に行くが、この心配性な騎士が素直に休むとは思えなかったのでタージは適当に話した。
ライオネルは「わかりました」とだけ答えたが、本当にわかっているのか。
いつまでも大の男ばかりをかまってもいられないので、タージはユリウスの様子を見に行くことにした。
処置室のベッドに寝かされていたユリウスがすこしうなっていた。
「ユリウス?」
タージが声をかけるとうっすらと目が開く。その瞳は明け方の太陽を映したような金色だ。髪色は母親譲りの鮮やかな赤に変化した。
「気分はどう?」
「…ぼくは…」
「治療してもらったわよ。もう大丈夫」
タージの言葉にユリウスはほっと息をつく。
「まだ眠いでしょう? 寝ていていいわよ。私はとなりの部屋にいるから」
「うん…」
ユリウスはそれきり静かな寝息を立て始める。ベッドの上で丸くなるようにして体を縮めた。もう動いても平気なのだろう。
(この様子なら大丈夫ね)
魔力も安定している。リーリンとタージでユリウスの魔力を正常に流れるように処置したのだ。これからはユリウス自身が魔力を操れるようになるしかない。
ふと思い立ってタージは台所へ行き、湯を沸かして薬湯を入れる。リーリンが調合した薬草茶にタージが薬草を足した。リーリンの調合は昔ながらの調合で少し苦いのだ。タージは飲みやすくするためにさわやかで甘い香りを足す。
カップにたっぷり注いで、リビングに入ると部屋は少し片づけられていた。書類はまとめられ、服はきちんとたたまれている。乱雑に置かれていた椅子はテーブルの周りに備えられている。
少し小綺麗になった部屋の窓際に一脚だけ椅子を引いて、銀髪の騎士は腕を組んで座り込んでいた。
タージはテーブルに薬湯を置いて、騎士のそばに立つ。
銀色の髪が朝日に輝いて、さらさらと音を立てるように複雑に瞬いていた。長身を屈めるようにしてうつむいた彼は長いまつげを伏せて目を閉じている。
ただ眠っているだけだというのに、神々しくさえ見えるのだからすぐれた容姿というものはそれだけで価値があるのだろう。
けれど、もうタージはライオネルがただの美しいだけの人形ではないと知っている。大きな手も、ひそやかな吐息も、温かい体も──母が恋しかったのだと告白した、血の通ったただの男だった。
タージはしばらく寝姿を眺めて、思わず笑ってしまった。
これではリーリンに新しい恋人だと勘違いされるわけだ。タージはライオネルに心をかけすぎたのだ。
思わぬ接点はあったが、ライオネルが依頼人だということはこれからも変わらない。
それに、すでに魔女から離れた者が魔女と関わっても良いことなどないのだ。
タージは魔女だ。
迷える者を救ったら、あとは世に帰してやるのが役目だ。
それが魔女の幸せなのだから。
たとえ、離れがたいほど惹かれたとしても、それが欲望となったら誰も幸せにならない。
「お疲れさま。ライオネル」
眠る騎士に小さく呼びかけて、タージは薬湯を置いて奥の部屋へと入った。




