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魔女は灰かぶり  作者: ふとん
19/24

お礼SS 夜明けに鳴く3

 夜の街道を駆ける馬は速かった。


 タージが馬自身に頼んで走るよりもはるかに自由に馬は駆ける。

 暗闇を切り裂くようにして地面を蹴る馬からは、主人と駆けることへの誇りと高揚があふれている。

 そんな馬を冷徹ともいえるほど手足のように操る騎士は、タージとユリウスを振り落とさないよう慎重に二人を抱えている。

 馬の足音ははるかうしろに聞こえ、タージの耳には風の音しか聞こえない。

 タージはコートを胸に抱いたユリウスごとおさえて身を縮めるばかりだ。

 けれど、見た目よりも大きな体がタージとユリウスを融通の利かない壁のように守っているので、風にあおられても怖いとは思わなかった。脅されたわりには体にこたえるほど揺れないのは、騎手のすぐれた技術のおかげだろう。

 明かりなどないのに迷いなく馬を走らせ、暗闇を疾風のように駆けていく。

 美しいばかりだと思っていた騎士はその身に強靱な膂力と体を持っているのだ。


(信じるなってどういう意味かしら)


 駆ける馬の上でタージは耳に残った意味を考える。


 ライオネルは所詮他人でただびとだ。タージと異なるのは当たり前で、彼のほうだってタージを心底信じているわけではないだろう。

 誰でも心の奥には秘密を抱えているのだ。

 それを無理矢理暴こうとするのは、人の心を知らない怪物か、無関心という名前の悪意だろう。他人の心に無関心だから、人の秘密を暴き立てて面白がるのだ。

 そうでなくともライオネルのような男に触れれば、ひねくれ者のタージはたちまち火傷をしてしまう。

 冷たい印象の外見とは裏腹に、ライオネルは熱した鉄のような心を持っている。

 

(触って火傷をするのは嫌だしね)


 まじないのおかげでよく眠っているユリウスを抱えて、タージは馬が駆けていく暗い夜道の先をじっと見つめた。

 暗い道の先は見えないけれど、道はたしかにある。

 それともタージには見えなくて、ライオネルには見える道があるのだろうか。

 めまぐるしく過ぎていく暗闇は、まるでタージを知らない世界で連れ去っていくようだった。




 しばらく馬を走らせていたライオネルだが、湖畔の林で止まった。

 ここで小休止するという。

 ライオネルが先に馬を降り、続いてタージとユリウスを抱えて降ろした。

 二人分抱えたというのに騎士はびくともせず、ゆっくりとタージを久しぶりの地面に立たせた。

 林から見える湖は向こう岸がかすむほど広く、夜空を映してわずかに星が見えた。空は暗いのに湖は不思議とぼんやりと明るい。三日月の夜だというのに湖畔の林の中も薄暗い程度で、物の形程度は見ることができた。

 水面を渡る風は少し冷えていて、夜道を駆けていた馬の体からは白い蒸気が立ちのぼっている。

 ライオネルは手提げランプを点けると荷物から布を取り出して丁寧に馬の体を拭いていく。汗を拭いてやっているのだろう。

 そして鞍を外してやり、馬を放った。馬のほうも心得ているのか、ゆっくりと湖へ向かう。水を飲みに向かったのだ。


「タージ殿、あの湖の水は人が飲んでも大丈夫なものでしょうか?」


 馬を見送っていたライオネルが不意にこちらを振り返るので、タージも向き直る。


「大丈夫よ。山からの雪解け水が溶けだしているの。魔女が住んでいる山だから、鉱山もないしね」

 

 冷たい水だろうから飲み過ぎはよくないが、あの賢い馬ならばその心配もないだろう。

 魔女が住む山はその魔女が自然を管理することになっているので、山が死ぬほどの伐採や採掘はできない。自然のほうが人間を追い出すのだ。


「では、私は水を汲んで参りますので、タージ殿もどうか休んでください」


 組立式のバケツをあっという間に組立て、ライオネルは馬と同じように湖へと降りていった。

 あれだけ長く馬を走らせていたというのにライオネルが疲れている様子はない。

 タージも旅慣れてはいるが、これほど早い馬に乗った経験はないので少し疲れていた。ありがたくタージは休むことにする。

 抱いたままのユリウスを毛布にくるんで近くの平らな岩に寝かせる。マルティのまじないがよく効いて、彼はおだやかに眠ったままだ。

 タージは手早く薪を集めて火をおこすことにした。

 手近な小枝はいい具合に乾いていて、たき火をするにはちょうどいい。

 たき火が組み上がったところでライオネルが帰ってきて、水を荷物のそばに置いてやってくる。


「何か温かいものでも飲みましょう」


 少しあたりを探して適当な枝をひろってくると、あっという間に台をつくる。

 そして荷物から小さなヤカンを取り出して、水を入れてから戻って台に載せた。

 タージも驚くような手際の良さだ。

 素直にそれを誉めると、ライオネルは思わずといった風に笑った。


「行軍で野営には慣れております」


「軍隊に居たの?」


「はい」


 タージの問いに短く答えて、ライオネルはナイフに火打ち石を打ち付けて火をつけた。

 少しあおいでたき火に火が回ったのを確認すると、ライオネルはようやく腰を落ち着けた。

 

「殿下のお付きとなるまで、辺境警備の任についておりました」


 辺境警備とやらがどういう任務なのかはタージには分からない。でも、ライオネルの落ち着きぶりの原点を見たような気もした。

    

「……彼はずっと眠ったままで大丈夫ですか?」


 あれほどの行軍でも身じろぎもしないで眠ったままのユリウスが気になったのだろう。

 ライオネルが心配そうにユリウスを見つめた。


「まじないで眠らせているの。目を覚ませば症状が悪化するから」


 ユリウスの体の中で魔力が暴走している。意識があると暴走が止まらないから、まじないで封じているのだ。


「彼はどういう症状なのか、私に教えていただくことはできますか?」


 察しのいいライオネルが今ようやく尋ねてくるということは、タージとマルティの準備の邪魔をしたくなかったのだろう。

 どこまで話すか迷ったが、ライオネルはわざわざ時間をとって尋ねてきたのだ。ごまかしを聞きたいのではない気がした。


「──魔女の子供は多少なりとも魔力を持っているわ。女の子なら魔女に、男の子なら魔法使いになれる。でも、男の子の場合は魔力が暴走するほど持っていることは稀よ。ユリウスはその珍しい子ね。魔力をうまく操れなくて、体の中ででたらめに動いているの」


「では、彼は魔力を持っていたのですね。……魔力を持たない子もいるのですか?」


 ライオネルは珍しくタージを見なかった。美しい藍色の瞳はじっとたき火を見つめている。

 表情の読めない美貌は固く凍っているようで、その横顔は冷たく見えた。

 玻璃のように繊細な横顔に触れないよう、タージは慎重に答えた。


「……魔女の子供であっても魔力を持たない子供もいるわ。男の子に多いわね。魔力を持たなくても女の子はそのまま魔女が育てることが多いけれど、男の子なら父親の家へ引き取られることが多いの。人間として育ったほうがいいから」


「……どうしてですか?」


 今日のライオネルはどこか多弁だ。口を滑らせ続けているような言葉は、いつも理性的な彼にしては迂闊に思えた。

 でもタージはそれを指摘する気はなかった。問われたことを答えてやるだけだ。


「人間の社会では女の子がつける職業は少ないけれど、男の子はいっぱいあるもの。魔法使いも魔術師も立派な職業だけれど、年がら年中研究しているような研究職よ。そういうことに向かない子だって当然いるでしょう?」


「向かない……」


 タージは当然のことを言ったつもりだったが、ライオネルは半ば呆然とするように繰り返した。


「……それは、魔力を持っていても?」


「魔力を持っていても、魔女にならない子だってたくさん居るわ。もちろん、魔女や魔法使いになるには魔力が必要よ。魔女にならなくても魔力の扱いは覚えたほうがいいから、ちゃんと扱いを覚えさせる。私たち魔女にとって魔力の有無はそれだけのことよ」


 魔力はただの力であって万能の力ではない。魔力を持つ子供は妙なものを寄せ付けたり、良くないこと──殺人や犯罪などに使わないよう、教育するのだ。

 ユリウスのように本人が隠している場合もあるから、本当ならマルティは魔女組合に保護されて他の魔女と暮らしていたほうが良かった。でも、マルティは魔女として暮らすよりも人間の男と暮らす道を選んだのだ。

 魔女の中にはマルティの選択をバカなことだと笑った者もいたが、タージは応援した。

 タージには生まれたときから父親なんていなかったが、たくさんの人に助けられて育ったのだ。見知った誰かを助けることなんて当たり前のことだった。


「私がマルティを助ける理由なんて、きっと自己満足なのよ。たとえユリウスに魔力が無くったって、こうして馬に乗るわ。魔力の有無だって大した問題じゃない」


 もしもマルティがタージを利用しようとしていたとしても、それとこれとは別の話だ。悲しく思うだろうが、仕返しだってするだろう。


「──あなたは強い人ですね」


 溜息混じりに言うと、やっとライオネルは顔を上げた。

 泣いたあとにも見える顔で苦笑して、藍色の瞳を細める。


「私はあなたが心配です」


 たき火の明かりは柔らかで温かいというのに、冷たく見えるはずの藍色の双眸が痛いほどの強い光を湛えている。

 

「もしも本当に裏切られてしまったときでも、あなたはきっと潔いでしょうから」


 強い藍色の瞳に射抜かれるようにして、タージのことなど何も知らないただびとのライオネルに未来を言い当てられたようだった。

 彼の言うとおりだったからだ。

 本当にどうしようもない裏切りに遭えば、きっとタージは迷わない。

 復讐するにせよ、命を絶つにせよ、迷うことなくすべて焼き尽くして満足するだろう。

 残された人のことなど考えもしないで。


 ヤカンがわずかにコトコトと揺れた。温かい蒸気が冷たい林にのぼって消える。

 ライオネルは荷物からメッキのカップを二つとってきた。


「申し訳ありません。茶葉などないので」


 そう言って分厚い手袋のままヤカンをとってカップに湯をそそぐ。


「……いいわ。カップを出して」


 ライオネルはタージの言うとおりにカップを差し出したので、タージはいつも腰に身につけている小さな皮かばんから果実を取り出す。コインほどの柑橘の果実は街で買ったものの残りだった。

 布で丁寧に拭いてからナイフで切り込みを入れてカップに入れる。


「香りがお湯に溶けるのよ。若い実だし皮は柔らかいからそのまま食べてもいいわ」


「さわやかな香りがしますね」


 カップを受け取ったライオネルが顔をほころばせる。こうしていれば少年のようだと言うのに、彼はときどき驚くほど大人の男になる。

 

(嫌な男)


 こういう男はやっぱり危険だ。

 タージの悪態をついていると、湖から馬が帰ってくる。

 のんびりと馬を出迎える銀髪に内心舌を出して、タージは白湯を飲んだ。

 果実が染み込んだ水は甘酸っぱかった。




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