おしまい
水晶の向こう側に映る風景を覗きこみながら、青い髪の魔女はわがままそうな唇の端を上げて「うふふ」と笑った。
魔女が席についている机と椅子だけの部屋では人の頭ほどもある水晶だけがうっすらと灯り、薄闇に浮かび上がった魔女の白い顔を隣の銀髪の騎士は不思議そうに見遣る。
そんな彼の様子を知ってか、魔女は歌うように口を開いた。
「――魔女の見る運命は、必ず三つあるの」
そう言って彼女は細い人差し指を立てる。
「エレンとカイには三つの運命があったわ。一つはカイが他の令嬢と結婚してしまう運命。一つはエレンが幸せになれない運命。一つは二人が決して出会わない運命」
人差し指、中指、薬指、と順番に挙げて魔女は再び水晶を見つめた。
その様子に銀髪の騎士は顔をしかめる。
「では、この運命は幸せになれない運命なのか」
「さぁ?」
白い指で水晶を撫でる魔女を、騎士はますます睨みつける。
そんな騎士を魔女はさえずるように笑った。
「焦っては駄目。運命を見るには長い時が必要なんだから。紐の端だけ見たところで、その先に何があるのか分からないでしょう?」
「……そういうものなのか」
「そういうものなのよ」
あっさりと矛を収めた騎士の顔を魔女はようやく見上げる。
冷たく整った秀麗な顔に似合わず、彼はとても素直な性質だ。
「まったく。国境を越えかけた私を捕まえてあまつ、覗きの真似事までさせるなんてあなた、大物になるわよ」
――ここは国境沿いにある宿の一室だ。
魔女はここで馬を駆ってやってきた銀髪の騎士に捕えられた。
己の主を占ってほしい、と。
「――師アリンダはエレンに一つ目の運命を教え、自らには決して出会わない運命を選ばせようとしていたの」
魔女は椅子の端にかかとを乗せ、立てた膝小僧に自分の顎を乗せた。
「可愛い弟子のことだもの。幸せになれないと知っている運命を選ばせたくないわ」
「……やはり占いは正しいのではないか」
拗ねたような騎士を魔女は再び笑う。
「だから言ったでしょ。アリンダは紐の端だけを見て全てだと思い込んだの。……私はエレンを信じてるから。あの子は賢い子よ」
「閣下もついておられる」
騎士が満足げに言うので、魔女は思わず嘆息した。
「どちらかというと、エレンの不幸はあの人が連れてくるようなものなのよ」
「何!?」
「ああ、エレン。どうしてあんな男を好きになってしまったのかしら。とても心配で満足に旅にも出られないわ」
「――魔女タージ」
やけに静かな声なので、魔女、タージが顔を上げると騎士がまっすぐこちらを見つめているではないか。
「これからも、あなたが見守ってくださることはできないのだろうか。そうしてくれると、私は嬉しいのだが」
馬鹿正直なまでにまっすぐな言葉にひねくれ者のタージも思わず目を丸くする。
これだから生真面目過ぎる男は――苦手だ。
熱くもないのにタージは手でぱたぱたと仰がなければならなかった。
「暑苦しいのはよしてちょうだい。まるで愛の告白みたいだわ」
タージの憎まれ口に口をぱくぱくとさせている銀髪の騎士をおもむろに見上げ、彼女はゆっくりと首を傾けた。
「魔女に挑発はよしなさい。ライオネル・ヒューバート。私たちは騎士のように正々堂々、決闘とはいかないのよ」
そういって、百戦錬磨の魔女は美貌の騎士に微笑むのだった。
おしまい。




