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魔女は灰かぶり  作者: ふとん
12/24

今日も王子は魔女の元へと通い続け

 その大広間は、光の洪水がうねっていた。


 エレンはその虹色だか発光しているのだか分からない光景にすでに目を回しそうになっていた。


「さぁ、行くわよ」


 元気に会場をぐるりと見回した姉弟子はきらびやかな洪水に飛び込むように艶然と微笑んだ。

 

 エレンとタージに気前よく一室を貸してくれたオフィーリアは父であるバーレー卿が招待されているパーティへ向かうので城には来ていない。

 感謝祭はたった一日で一斉に行われるので、どのパーティへ参加しようと咎められることはないのだ。

 そんな話をタージが馬車の上で聞かせてくれていたが、エレンの方は彼女の話を楽しむ余裕もなく緊張で頭がどうにかなってしまいそうだった。


 いくら郊外の屋敷で暮らしているとはいえ、王族であるカイが城の感謝祭に参加しないはずがない。

 実際、エレンは彼に城で行われる感謝祭に誘われたことがある。

 招待状無しでは絶対に入れないそのパーティに、今、どういうわけだか足を踏み入れようとしているのだ。

 人生や運命とは本当によく分からない。


「あれが陛下と王妃さまよ。隣に居るのが側妃さまね。脇に立つのが二人の王子」


 タージは頭がくらくらしてきたエレンに会場の最奥にある天幕を扇で指した。

 促されて行列の出来ている天幕に目を凝らすと確かに人が居るのかもしれないが、エレンには遠すぎて誰が誰だか見当もつかなかった。

 招待状をフットマンに見せて会場に入った招待客はまず会場の奥に居る主催である王陛下家族に挨拶をする。

 それから招待客があらかた集まった頃に開催の音頭を陛下自らとるという。

   

「あ、挨拶!? 咎められて追い出されたりしないの?」


 魔女が城での感謝祭の招待客に入るなど聞いたことが無い。

 追い出されるぐらいならばいいが、下手をすると牢屋行きだ。

 しかし華麗な経歴の姉弟子は優雅に歩き出してしまった。


「びくびくしないの。―――追い出されるはずがないじゃない。ちゃんと本物の招待状をもらったのよ。堂々としていればいいの」


 その実力から他国の王家からもお呼びがかかるタージである。エレンも一応城へは何度も通っているので知らない場所ではないのだが、姉弟子のような花々しい場面とは縁のない生活をしていたのだ。城の中でまともに話すと言えば、いい加減なヤブ医者と顔見知りの衛兵ぐらいである。侍女たちには気味悪がられているし、物好きな貴族には便利な薬屋としか思われていない。

 ただでさえ大人数に囲まれたことのないエレンは、子供が百人は遊べそうな広間に所せましと並んだきらびやかな姿の人々にただただ圧倒された。

 

「いったいどう名乗ればいいの? 挨拶ってどうするの?」


「この人数にいちいち声なんかかけないわよ。一瞬だけ顔を見て終わりなんだから。私たちの顔は天幕の隣に居る文官が覚えるの」


 王様たちが覚えるのは有力貴族ぐらいよ、とタージは平気な顔でエレンを連れて列に並んだ。

 確かに列が進むのはとても早く、招待客がのんびりと談笑している間にすぐ順番はやってくるようになっている。

 あまり待つ必要がないというのは普段ならばありがたいことだが、今のエレンにとっては心の準備を整える余裕もなかった。

 あれよあれよとタージとエレンの番になってしまい、エレンは訳も分からず姉弟子の真似をしてドレスをつまんでお辞儀をする。


「―――森の魔女のタージか」


 エレンには低い声がどこからやってきたのか分からなかったが、タージはお辞儀をやめて微笑んだ。


「はい。お久しぶりにございます。陛下」


 陛下!


 エレンはドレスをつまんだ手が震えた。陛下と直接話すことなどできるのは師匠とタージぐらいなのだ。


「そなたの師の訃報は聞いている。惜しい魔女を亡くした。他国でずいぶんと派手な仕事をしているようだが、そなたはこの国に腰を下ろす気はないのか?」


「陛下のお言葉に師も喜んでいることでしょう。わたくしはすでに師から独り立ちを許された身ですので、ありがたいお話ですが自分の力で我が家となる場所を探さなくてはなりません。森の家は師の後を継いだ妹弟子が立派に守っております」


「そうか。そうであったな。また気が向いた時にでも土産話を聞かせてくれ。今宵は大いに楽しむがよい」


「はい。ありがとうございます」


 タージはまたお辞儀を返すと、エレンを連れて広間へと溶け込んでいった。



「……ああ! 生きた心地がしなかったわ!」


「大げさねぇ」


 そう笑ってタージだったがエレンを方々にあるテーブルまで誘い、色とりどりの飲み物が湛えられたグラス群を指して「さあ、これを飲んで一息つきなさい」と促した。

 様々な形のグラスが整然と並んでいるテーブルが広い広間のあちこちにあるが、こうしてエレンたちのように飲み物を選んでいる者は少ない。


(……確かに、もっと減らせばいいのにと思うわね)


 街のパーティならば皆が飲んで歌って踊っての大騒ぎだが、さすが王家主催のパーティである。テーブルに並んだ飲み物一つとっても下町の酒とは比べ物にならないほど美しい色がついているし芳しい香りがするが、飲む者は少ないようなのだ。

 以前、カイが予算の無駄だと言っていたのはこのことか、とエレンは妙な感心をしてしまう。

 どの色も綺麗ではあったが、結局エレンは姉弟子が選んだスカイブルーのソーダを手に取って広間の壁際に落ち着いた。


「なんだ、久しぶりだな。タージ」


 きらびやかな貴族たちの中にあって、荒削りな山男のような男が大きな手をこちらに振った。大きな体にコートを着込んでいるのでぎゅうぎゅうと押し込まれているようだ。


「やだ、ゴルゾフ。まだ城に居たの?」


 丸眼鏡をかけている四角い顔に顎髭を蓄えたその男は、枯れ草色の髪を後頭部だけ尻尾のように伸ばしてあとは短く刈っているので、黙っていれば騎士か悪くすれば山賊のようだった。しかし何の冗談かこのゴルゾフは城に常駐する医師だ。

 彼はタージのからかうような声に豪快に笑い、


「アンタがここに居るほど珍しいことじゃないさ! 相変わらずだな!」


 基本的に見た目よりも陽気で大らかなゴルゾフはタージの悪態にも平気で応じる。


「それにしてもどうしたんだ? そんなお嬢さん連れて」


 お嬢さん、と彼が指したのは、タージの後ろでソーダを舐めていたエレンだ。

 びっくりしてゴルゾフを見遣るが、彼は不思議そうな顔をしただけだった。


(……そうだった)


 エレンはゴルゾフと嫌になるほど顔見知りだが、今はいつものエレンではない上タージに髪色を変えられているのだ。

 目をぱちくりとさせているエレンににやりと笑って、タージは素知らぬ顔でゴルゾフをからかった。


「私の大事な知人の魔女よ。こういう集まりは参加したことがないっていうから今日は連れてきたの」


 タージの言葉に嘘は無いが、ゴルゾフは上手い具合に勘違いした。


「そうか。あんまり綺麗なお嬢さんだから悪い魔女にさらわれてきたのかと思ったぞ」


 睨むタージにわはは、と笑ってゴルゾフはエレンに手を差し出す。


「初めまして。ゴルゾフだ。こんな面構えだがこれでも医者をやっている」


 どう応えたものか分からず、エレンは無言でゴルゾフと握手だけ返したが、彼の方は岩が割れるように微笑んだだけだった。

 そういえば、エレンが初めて会った時も師匠の後ろに隠れていた彼女と握手して笑ってくれたものだ。顔は恐ろしい熊のようだが心根は優しい男である。


「そうだ、タージ。アンタに聞きたいことがあったんだよ。組合に聞いてもアンタの居場所は分からないの一点張りでな」


「あら、仕事の話? 相変わらず無粋ねぇ」


 そういいながらもタージはゴルゾフに向き直る。

 どうやら新しい流行り病についての新薬の話らしい。

 タージは組合に依頼されてその薬作りに携わったので、ゴルゾフは医師として話を聞きたかったようだ。

 優雅な雑談とはいかなかったが、タージはこういう機会でもなければ捕まらない魔女だ。

 二人の会話を邪魔しないようにエレンは一歩下がって話をぼんやりと聞いた。

 姉弟子の仕事の成果を詳しく聞ける機会はエレンにとっても滅多にない。


 だから、熱心に聞いていたエレンのそばに人がやってきていたことにも気付かなかった。


「―――お嬢さん」


「……え?」


 ようやく我に返って振り返ると、何人かの着飾った男たちに囲まれていた。

 いずれも身分がそこそこ高いのだろう。上等なコートを着こんでいる。


「先ほど魔女タージとご一緒に王に謁見されていましたよね?」


 男の一人に話しかけられ、エレンはぎこちなく頷いた。確かにほとんどの人は一言交わすぐらいが精一杯の謁見だというのにタージは王に話しかけられさえしたのだ。そばに居たエレンが目立たないはずがなかった。


 エレンの納得を他所に男たちは次々と彼女に話しかけてくる。


「あなたのような美しい方を他に見たことがありません。あなたも魔女なのですか?」


「いかがです。こちらの飲み物も美味しいですよ」


「よろしければ私と一曲踊っていただけませんか?」


 美しいのはタージとオフィーリアのお陰であるし、飲み物はまだサイダーが残っている。ワルツのステップすら踏めないエレンが踊るなどとんでもないことだ。


 しかし、あまりに口々に質問され、エレンは目を回しそうになって喉越しのいいはずのサイダーで喉を詰まらせそうになった。


「あまりたくさんのことをおっしゃってはびっくりなさっていてよ?」


 タージかと顔を上げたエレンは思わず目をつむりそうになってしまった。

 男たちの向こう側から優雅に声をかけたのは、遠く南の島に居るという極楽鳥のように煌びやかなドレスの女たち。

 彼女たちは羽根のついた扇で口元を隠しながら、小鳥のようにくすくすと囀った。


「魔女タージのお連れですもの。さぞ名のある魔女さまなのでしょう」


「誰もが楽しむ感謝祭。魔女のお方も祭の空気に誘われていらっしゃったのね」


「きっとその美しいドレスも魔法なのね。そのまじない、わたくしにもかけてほしいわ」


 本音と建前、嘘と本音。誰ともつかない声が会場中で膨れ上がり、エレンを台風のように襲った。

 音の洪水に放り込まれて目が回って暗転してしまいそうだ。


(どうしたらいいの)


 タージの姿を探すが、彼女の姿がいつのまにか見当たらない。

 知らず知らずのうちに人に囲まれ後ずさっているうちにはぐれてしまったのか。


(どうしよう)


 エレンは談笑を楽しむ人々の口を塞ぐ手段を持たないのだ。

 何を問いかけられたのかさえ判断がつかなかった。


「―――ではよろしいですね?」


 わけのわからないまま取り巻いていた男の一人に手を取られ、驚いて声を上げそうになってしまう。

 そしてするりとグラスが手から抜け落ち、



ガシャン!



 床にサイダーごと砕け散ってしまった。

 きっと高いグラスだったはずだ。とても薄いガラスでできていたのだから。

 思わず破片を拾おうとしゃがみかけて、辺りが静まり返っていることにエレンはようやく気がついた。

 もっと遠くでは人々の談笑が続いているが、エレンの周囲だけ水を打ったような静けさだ。

 グラスを落とした不注意を咎められるのだろうか。

 不安に釣りあげられるように顔を上げてみたが、今まで騒がしかった人々が見ているのはエレンではなかった。


「……それに触ってはいけないよ」


 天から降りてきたような静かな声は人々を感じさせないほど響いて、彼らを寄せ付けなかった。

 

 深い深い灰色のコートをまとったその人は空色の瞳をエレンと床に散ったグラスに向けてまた静かに口を開く。


「片付けは他の人にやらせるから、君はガラスに触れてはいけない」


 そう言って、エレンに向かって手袋に包まれた大きな手を差し出してくる。

 思わず彼の金髪とグラスを見比べていると、何を焦っているのか大きな手はエレンの腕を掴んで床の破片から離れさせた。


 驚いて空色の瞳を見上げるが、彼の顔にいつもの微笑みはなかった。


「私と来てくれる?」


「……でも」


 彼越しに視線を彷徨わせるが、すぐにタージを見つけられそうにない。


「このまま君を抱き上げてもいいんだよ?」


 とんでもないことを言いだすのはいつもと変わらないのか。

 エレンは渋々頷いたというのに、彼―――カイは彼女の腕を放さなかった。


 人々の好奇の視線が背中に刺さるのを感じながら、灰色のコートの背中をエレンは追いかけた。


「あの」


「何?」


 無言が耐えられずに話しかけても、わずかに振りかえるカイはにこりともしない。

 姿を変えられているとはいえ、タージと一緒だったのだ。魔女だと分かっているはずだが、彼は聞き分けのない子供でも連れて歩くようにエレンを引っ張ってとうとう会場の端から庭へと出てしまう。

 会場からはそう遠くないが喧騒が遠くなった頃、ようやく彼はエレンの腕を放した。

 しかし、今度はエレンの方をじっと見つめて動かなくなった。

 

 月明かりだけの庭に居ると、黒髪の今のエレンは闇に溶けてしまいそうだ。

 複雑な光沢を放つドレスも今はなりを潜めて沈んだ色をしている。


 くすんだ色だ。


 エレンは、あっという間に魔法を解かれてしまったような気分になった。


 いくら着飾ったところで、目の前の天性に愛された人とは比べ物にならない粉い物だ。この、月明かりでさえ輝くような金髪の持ち主の傍に居ることさえ憚られた。

 それに今のエレンの姿は、カイには別人のように見えているはずだ。

 見知らぬ娘の手を引いて人気のない場所まで連れ込むような人だっただろうか。


 灰のコートの人は深く溜息をつくと、エレンを責めるような目で見つめてくる。


「……どうして、私の前に現れたのですか」


 まとまらない言葉をかき集めるように、カイは重々しく口を開いた。


「あなたは、本当に憎らしい」


 憎い、という言葉にエレンは思わず後ずさる。

 穏やかな空色が咬みつくように彼女を見つめて離れない。




「エレン」




 吐息にまぎれるような声は、はっきりとエレンの耳に届いた。


 パリン、とどこかで割れるような音がしたかと思えば、エレンは自分にかけられたタージの魔法が解けていってしまうのを感じた。


(ああ、どうして)


 よりにもよって、この魔法を解くのが彼なのだろう。


 泣き出しそうになるのをこらえながら、エレンは踵を返した。


 しかし、背中から長い腕に追われてすぐ身動きができなくなった。

 苦しいほど抱き寄せられ、放すまいとするように思っていたより温かい胸に捕えられた。


 このまま、殺されるのだろうか。


 罪などいくらでもある。

 王子に不敬を働いたこと、逃げ出したこと。


 好きになってしまったこと。


 エレンは自分の髪が元の白髪に戻ってしまったのを横目に喘いだ。

 そうしていなければ、泣いてしまいそうだったから。

 カイに殺されるのならば本望だと思ってしまう自分の愚かしさに押しつぶされそうだった。    

 今にもやんわりと首に回された腕にすがりついて、殺せと乞う自分が浅ましくて目を背けたかった。



(……どうしてまだ、好きなんだろう)



 運命を前に、失恋したと割り切ったのは強がりだったのか。

 どこから間違えていたのかもう分からない。



「……私を殺すの」


 口から出た言葉はもう戻らない。

 エレンを捕まえていた腕がびくりと震え、彼女の髪に溜息が降りかかった。


「―――できることなら」


 物騒な応えだというのに、甘やかな声はどこまでも優しかった。

 エレンは「そう」と呟いてうつむいたが、長い腕がいっそう強く彼女を抱きしめる。


「……できることなら、魔女としてのあなたを殺してこうして私のそばに縛り付けておきたい」



「え?」



 エレンが身じろぎすると、腕はあっさりと離れたものの未だ肩は掴まれたままだ。

 見上げた空色の瞳は、甘い蜂蜜のように微笑んでいた。



「―――冬の前にいらしてくださって良かった。このままだと、私はあの森を焼き払うところでした」



「な、何をしようとしてたのよ!」



 先ほどまでの殊勝な気持ちはどこか彼方へ飛んでしまい、真っ青になったエレンは思わずカイのコートの襟を引っ掴む。


「森を燃やしてしまえば魔女殿がどこで暮らそうと構わないでしょう?」


「そういう問題じゃない! アンタ、本当に王子なの!?」


 エレンが暮らしている森は魔女組合の中でも特に大切にされている古い森だ。その森に手出しをすれば、下手をすると魔女組合を敵に回すことになる。


 しかしそれが分からない頭ではないはずの男は実に爽やかに微笑んだ。


「あなたが手に入るなら何と争っても構いませんよ」


「アンタみたいな変態、他に知らないわ!」


 ゆっさゆっさと襟を掴んでカイを揺さぶるが、彼の方は猫のいたずらほどにしか感じないのかのんびりと微笑んだままだ。


「この際だから言っておきますけど、私の本当の姿は老婆じゃないわよ!」


 ほとんどやけっぱちにエレンは叫ぶと、ようやくカイは目をぱちぱちとさせた。


 不敬罪でこのまま処刑台に上ることになったとしても、せめて王子の熟女好きに打撃を与えておかねば気が済まない。

 だから精一杯の虚勢を詰め込んで大声で言ってやる。



「本当の私は今の私! 二十二歳の花も恥じらう乙女よ!」



 幾らか適齢期を過ぎた感はあるが、まだ乙女の自覚はある。たとえ殿方の襟首を引っ掴んで容赦なく揺さぶっていたとしても。


 だが、不思議そうだったカイが今まで好きにさせていたエレンの手を掴み、あっという間に彼女の両手を捕まえてしまった。

 そして、じっと確かめるようにエレンを見つめる。


「……何よ」


 空色の瞳を睨みつけると、カイはおかしくてたまらないというような顔で頬を真っ赤に染めた。次の瞬間にはこらえ切れなくなって、



「あっはっはっはっはっはっは!」


「何なのよ!」



 馬鹿みたいに笑う王子を怒鳴りつけると、まだ笑い足りないようだったが「失礼」とカイは目じりに溜まった涙を手袋で拭った。


「もしかしてあなたはずっと私が老婆を好きだと?」


「……違うの?」


 今度はエレンの方が碧眼をぱちぱちとさせると、カイは種明かしするような顔になって微笑んだ。


「以前、あなたが私に小さな子供の姿になって見せてくださった時がありましたね」


 会って間もない頃のこと。

 少女の姿で現れたエレンにカイは驚きもせず攫おうとしたのだ。


(まさか熟女好きじゃなくて……!)


 さっと疑惑を向けると相手もさるもので「違いますよ」と忠告する。


「あなたの変化の魔法は他人に触れられると解けるものなのではないですか?」


 そうだと応えるのも嫌でエレンは睨むが、カイは正解を得たように嬉しそうに笑う。


「子供の姿になられた時、私はあなたを抱き上げましたよね」


「あ」



 抱き上げたエレンの姿は、元の娘の姿に戻っていたに違いない。


「あの時は、あなたの本当の姿を知りませんでしたから。若い娘の姿を見た時は私の願望が形となったのかと思いましたよ」


 そうカイはひとしきり笑い、  


「……ずっと、あなたに触れてはならないと思っていました」


 捕えたエレンの手を取って、カイは溜息のように溢す。


「触れれば溶け、温めれば消えてしまうのだと思っていたのです」


 エレンがぼんやりと空色の瞳を見上げると、彼は目を細めて微笑んだ。



「あなたは、雪のように美しいから」



 何を言われているのか分からず、エレンは頭の上を過ぎて行く言葉を必死で捕まえた。


 では何が本当だったのだろう。

 カイは熟女好きでもなく、幼女が好きなわけでもなく。


「―――じゃあ、どうして私の家に来たの?」

 

 出口を探している迷い人に道を示すように、カイはエレンの指先にそっと唇を寄せる。



「私があなたに恋をしたからですよ。美しい魔女殿」




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