深い森に棲む
べたでありがちなネタを書いてみたくて書いたので苦情などはご遠慮願います。
この森は、見た目よりも深い。
ほとんど人の通らない道にはこんもりと落ち葉が積もり、好き勝手に伸びた枝が来る者の行く手を遮っている。果ては見えず、人の世界を拒む道を行き交うのは枝葉の拒絶を受けない小さな動物たちだけである。
そんな道をざくざくと進む者が居た。
およそ、こんな森に用があるとは思えない男である。
地味なグレーのコートは色こそ目立たないが仕立てがしっかりとした上等なものだと分かるし、首元のタイも、足を包むズボンも、泥のはねたブーツでさえ、彼の身分を隠すものではなかった。
何よりその顔立ちが普通ではない。
暗い森でも映える金髪は高価な絹糸のようになめらかで、白皙の容貌には形のいい鼻や唇が備わっている。切れ長の目元は甘くほころび、平素でも微笑んで見えた。その空のような青の瞳に映れば、若い娘に限らず誰もが頬を染めるだろう。
一見して平民ではないと分かる彼だが、森を歩く足取りは慣れたものだ。
するりするりと上手に小枝の合間をすり抜けているが、遠目からは木々の方が彼を避けているようにも見えた。
身のこなしも軽く大きな岩も足をからめ捕る下草も抜けていくと、やがて道も尽き、彼の目の前に現れたのは小さな家だった。
岩と木だけで作られたようなその家はどっしりとした古い大木のような雰囲気がある。
煤けた煙突から細く煙がたなびいているのを見つけて、男は口元に笑みを作った。
「こんにちは。森の魔女殿」
そう、いつものように古い木の戸を叩くのだった。