12月26日
「今日も相変わらず、いい睡眠っぷりね。休み時間に睡眠をする中学生なんて、空ぐらいよ」
「……なんだよ、枯葉。嫌味かぁ?」
「ふふっ。寝たふり、というやつね」
「うるせぇ。って、余計な奴も」
「誰が余計だ! いいかげん名前覚えなさい!」
「……古池加奈子」
「フルネームで呼ぶな!」
「あぁもう、うっせぇな。うるさいよ。うざいよ」
「二人とも仲良いわね」
「仲よくねぇ!!」
「仲よくない!!」
「…………」
「…………」
「ふふっ」
「で、結局何の用なんだ? 俺の大事な睡眠時間を削りやがって」
「寝たふりしてたくせに」
「うるせえよ」
「寝たふりしてたくせに」
「…………ぅるさぃ」
「私と枯葉との態度の差が激しい。そんな奴にはこれ、あげないからね」
「はい、いらないっす」
「…………」
「で、枯葉のそれは?」
「さっき、家庭科の時間でクッキー作ったの。ねぇ、カナ」
「う、うん」
「ふぅん……ちらっ」
「しょ、しょうがないなぁ」
「枯葉くれ! お腹減った、腹へって死ぬぅ! 腹へって地球が滅亡するぅ!」
「……」
「はいはい、あんまり私の友達いじめないでね」
「ういっす……ん、んんっ?」
「空、どう?」
「んぅ。外はサクッとしていなくて、あまりいい感触とはいえない」
「ふむふむ」
「それでいて、味も若干の甘さは感じられるが、粉っぽい」
「つまり?」
「不味い」
「やっぱり?」
「うん」
「じゃあ捨てよっか。私も美味しくないと思ったし」
「…………」
「ほら、空」
「いや、お腹減ったから食べるよ」
「そう?」
「ニヤニヤするな。勘違いするなよ、腹が減っただけだからな!」
「わかってるわよ、ふふっ」
「ったく。って、まだいたのか。古池加奈子」
「わ、わるい? あっ、勝手に食べるな!」
「……ほぅ」
「どうなの、空。カナが首をながぁくして、待ってるわ」
「べ、別に……」
「まぁ、あれだ。外はサクッとして、感触はいいな」
「ドキドキ」
「それでいて味は、可も不可もなく」
「つまり?」
「普通に美味しいな」
「!!!」
「よかったね、カナ」
「うん!」
12月26日 異変
「ふあぁぁ……まじで眠いですわぁ」
「お兄ちゃん、おはよぉ。じゃなくて、おそよぉ、かなぁ?」
「んあぁぁ。あれ、母さんは?」
眠い目を擦りながら、椅子へと座る。時刻は、午前9時過ぎだった。今日は昼からなので、バイトの時間までまだ時間はある。
「そこに書いてあるよぉ、朝ごはんはどうする?」
「んぅ。パン、で」
「わかったよぉ」
机の上には、空へ、と書かれた手紙があった。一体何なんだろう、と思って中を開けると……。
「へぇ、北海道に旅行ね。そりゃあいいことじゃないか、なぁ心菜」
「ふぇ?」
「北海道といったらカニ、いくら、うに、だよなぁ。ふぅ……って、まじかよ!!」
「ふぇ!?」
僕が勢いよく机をたたいた音に、妹は体をびくつかせた。少し興奮しすぎたと思ったが……。
北海道だと。くっそ、僕に黙って行くなんて……汚い大人だ。
おおかた僕と心菜がいるとお金が倍以上かかることや、あの異常に仲のいい夫婦のことだ、邪魔されたくなかったのかもしれない。しかし、北海道なら行ってみたかった、と、素直に思った。
「おぉ、悪い。しかし、まだ未成年の子供を置いて北海道に行くなんてなぁ。心菜は知ってたのか?」
僕の問いに、心菜は頷いた。
「うん、あたしは結構前から知ってたよぉ」
知ってたのかよ!
僕は自分がのけ者にされていたことに気付いて、胸の奥がざわつくのを感じた。
「なんで教えてくれなかったんだよぉ、ふえぇ」
だから、妹の真似をしてみた。
「お兄ちゃん、誰の真似? 気持ち悪いよ……」
ちょっとだけ傷ついた。そんな本気で気持ち悪い言わなくても。
そんなことを知らない妹は、僕に理由を説明してくれた。もうそれは、満面の笑みで。
「だってお兄ちゃん。どうせ行かないでしょ?」
確かにそうだけど。人に指摘されると微妙な気分になってしまうのはなぜだろうか。
「はっ、さすが俺の妹だ」
ちょっとだけ強がって見た。だけど、妹はそれすらもお見通しらしい。
「はいっ、用意できたよ」
「……アリガトウ」
……どうして妹は、ついて行かなかったのだろう。前にもこんなことはあったけど、その時は朝起きたら誰もいない、という事態だったからだ。
僕は、朝飯をほおばりながら、ソファーに座ってテレビを見ている妹に尋ねる。
「でふぁ、ふぁんでおみゃえふぁいふぁなふぁふぁんふぁ?」
「なんでって……お兄ちゃんが一人でさびしいと思って」
えへっ、という妹は可愛すぎたが、少し腑に落ちないこともあった。
「ふぉおか……」
しかし、特に気に留めることはなかった。兄思いの妹を持ったのだと、思うことにした。
「えっへへぇ。お兄ちゃんかわいいぃ」
今日も朝から妹は、特に変わりはなかった。
「って、いうことがあったんですよ」
僕は喫茶店に着いてすぐ、今日あったことを話題に提供した。
「あり得ないと思いませんか? 朝起きたらいなくなってるとかさぁ……もう」
「お前ならしょうがない」
「残念だけど、テツの言うとおりねぇ……」
「ひどいっすねぇ。議論にもなりませんか」
「ならねぇよ、それに理由は、お前が一番わかってんじゃねぇか」
葵さんもその言葉に頷いている。つまり、そういうことなんだろう。それに、テツさんの言うとおりだ。
「はぁ……まぁ、そうですけど。ていうか、今日葵さん休みなんですよね? こんなとこで時間を潰さなくても……」
葵さんは、いつものピリッとしたスーツではなく、私服を着ていた。
「空くんをデートに誘いに来たのよ」
そう言ってウインクをしてくるが、毎度のことなので誘惑されたりはしない。僕は、葵さんの好きな人を知っているし。
「なんでですか」
「好きだからよぉ」
「…………」
好き、か。
「どんなところが、なんでしょうか」
僕のその問いに、若干動揺したみたいで、テツさんの方を見た。しかし、テツさんは我関せず、といった姿勢だ。
「そうねぇ……気配りができて、真面目だってところもあるけど」
「…………?」
「やっぱり、一番は顔だわ。空くん、かっこかわいいわぁ」
「そうっすかぁ……」
微妙な気分だったけど、悪い気はしなかった。
「私はね、人が人を好きになるのに対した理由はいらないと思うわ。その要因のほとんどは顔とか体型、外的要因ね。性格だとか、趣味が合うだとか、そんなのもあるかもしれないけれど、結局のところ、その人の顔がひどかったら好きになることは絶対ないわ。妥協できる範囲でしか好きにならないわけ。顔があまりにも気に入らないならどんなにその人がいい人でも近付こうとなんてしないしね。だから結局は顔よ、顔」
真理だな、と思った。葵さんのこういう見栄を張らないで、自分の思っていることをしっかり言うところは好きだ。以前によく、葵さんに説教されたが、嫌な気分はしなかった。やっぱり、変化球で来られるよりも、直球のほうが素直に受け止められる。
「俺は、葵さんのそういうところが好きですよ。これサービスです」
「空くん大好き!」
「でも、そういうところは嫌いです」
「なんていう飴と鞭なの。ちょっとどういうこと! この子つけ入るすきが無いじゃないの」
飴と鞭。これは、テツさんから教わった女の扱い方だ。
「いいか、女と話す時はとりあえず褒めろ。女ってやつはとりあえず褒めておけばいいんだ」
「――しかし、あからさまに褒めすぎるのも駄目なんだ。時には一歩引くのもありだ。だが、基本は褒める。これ、教科書に出るぞ」
ということを以前、僕に話していたのだ。
それはさておき、葵さんがせっかくの休日をここで過ごすことになった原因を知ることになったのはしばらくしてからだった。
「いらっしゃい……ませぇ?」
カナが予告通り店に顔を出したのは、午後の三時を過ぎてからだった。来る時間帯を選んだのだろうか、普段なら誰もいない時間帯だ。人が来ないと言っても、ランチの時間帯や、午後五時過ぎは大抵誰かはいる。だけど、主婦たちが溜まるような場所でもないので、午後三時辺りにはほとんど人がいない。だけど今日は、葵さんがいた。
「やっほ、空っ」
昨日の別れ方が別れ方だっただけに、不安なとこもあったが、どうやら大丈夫らしい、と思えた。
「あぁ、ブレンドでいいのか?」
「うん」
カナはそのままいつもの席へと、葵さんから一つ空けた隣のカウンターの席に着いた。
「…………」
カナは隣を一瞥した。でも、すぐ視線を戻した。
実は二人は知り合いではない。葵さんは、昼の時間帯によく来るが、カナが来るのは早くても三時、つまり今の時間帯だ。しかもカナの場合、頻度が多いわけではないので会うわけがない。そもそも、彼氏がいる女が、友達である男のバイト先に、一人でよく来ているのもおかしい話だ。
「お待ちどおさま」
「ありがと」
僕が出したブレンドを飲む。一口飲んで、すぐに口を開いた。
「あのさ……」
「ん、どうした?」
「昨日の空の妹が、もってたネックレスってさ……」
何を聞かれるか想像がついてしまって、僕は先に答えることにした。
「あぁ、俺があげた」
しかし、カナの表情に変化はない。
「妹にプレゼントあげたって、おかしくはないだろ? 一昨日はイブなんだからな」
「それは、そうだね」
また、コーヒーを一口飲む。やっぱり変わった様子はない。僕は心の中でテツさんを非難した。
なんだよ、なんてことはないじゃないか。
「それってさ……」
でも、その非難をしたのも一瞬だった。
「枯葉に買ったものじゃないの?」
「……あぁ」
「そっ、かぁ」
「うん……」
カナの目がどんどん揺れ動いていくのを目の当たりにすると、非難をする気は一瞬で失せた。
「どうしてそれを」
耳を塞ぎたくなかった。それに続く言葉を聞きたくなかった。
「私に――」
「空っ、ちょっと来い!」
僕に助け船を出してくれたのは、テツさんだった。カナは人目をはばからずにため息をついたが、
「はいっ!」
僕は急いでテツさんのところへ向かった。
「あれ、葵さん?」
どうやら僕は、葵さんがいつの間にかに、テツさんの向かい側の客席に移っていたことを気付かなかったようだ。
「実はな、空の昨日の決意を聞いて、葵が話をもってきた」
「えぇ!?」
えぇ……。
カナは知らないけど、僕にはわかっている。葵さんがずっと店にいて、いつでも話す機会があったことを。
嫌な予感しかしなかったけど、テツさんに従うしかないだろうなぁ。
「話ってなんですか?」
僕のその言葉を、待っていた、と言わんばかりに葵さんが目を煌かせる。
「ずばり、スキー旅行よ!」
「は、はぁ」
少し頭を整理した後、
「はぁ?」
僕は聞き返した。
先の話が全く見えない。でも、頭が正常に機能していたら予測できていただろう。要領を得ない僕に、テツさんは補足をする。
「つまり、合コン兼スキー旅行だ」
テツさんはさらに続ける。
「メンツは、葵が用意した女が三人と、俺が用意した男二人+俺+お前だ」
「はぁ」
「気になるかもしれねぇから言うけど、女は下が19、上が最高でも25だ」
上は葵さんじゃないか!?
「空くんどう? 年上ばかりだけど、きれい系からかわいい系まで揃ってるわよぉ」
「まぁ、葵さんがそこまで言うんならそうなんでしょうね……」
「で、空はどうする? 悪い話じゃねぇと思うぞ」
どうしようか考えてみる。とりあえず、テツさんと葵さんの表情を見てみるが、表情からは何も読み取れない。さすがの役者ぶりとでもいえばいいのか。
僕がぐずぐずしているとテツさんが、
「マジな話だぞ?」
念を押してきた。
僕はもう一度表情を見る。しかし、わからない。ただ、テツさんがこういうことを冗談で言うわけがない。つまり、ちょうど話を持ってきた上で、
「ずずっ」
カナの様子を見ているのだろう。カナはこっちを見ずにコーヒーを飲んでいた。
「いきなり言われましても、なんとも言い難いですね」
ひとまず無難な先延ばしをした。
「空くん、おいでよ。私もだけど、みんな空くんが来るの楽しみにしてるのよぉ?」
だけど、葵さんの誘惑がそうはさせない。厄介な二人だと思った。
「…………」
実際悪い話でもない。僕は、恋をすると決めた。今の身近にその相手は思いつかないし、葵さんが連れてくる人だから、みんな外見はいいのだろう。
だから僕は、二つ返事とはいかないが、とりあえず了承することにした。
「わかりました、いいですよ」
僕のその言葉に、テツさんの僕を見ていた目線がずれた。それだけでもわかってしまう。あいつに動きがあったことに。
「空、本当に?」
やはり、カナが席から立ち上がっていた。
「嘘だよね……だって、みんな空より年上で、おばさんなんだよ?」
「まだおばさんじゃないわよ!」
「20超えたらおばさんだ!」
カナは大きい声でそう言った。冗談なんかではなく、鬼気迫るものを感じた。それからカナは僕に視線を向けた。何かを訴えるような視線で。
「黒、か」
テツさんの呟く声と、葵さんの息を吐く音が聞こえた。だけど、カナはそれに気付かず、僕に迫ってきた。
「空の枯葉に対する想いってそんなもんだったわけ?」
その発言に棘が刺さったように感じた。
「――枯葉がかわいそう……」
僕は気付いてしまったんだ。
少なくてもカナが、僕に新たに恋をしてほしくないと思っていることに。
「お前は、枯葉ちゃんじゃねぇだろ。勝手に気持ちを代弁するな」
テツさんの冷たい声が聞こえる。いつもの陽気さはそこにはない。しかし、カナはひるまない。
「テツさんに何がわかるっていうの? 私と空と枯葉、それだけだよ……関係者は。だから、テツさん――空に余計なことしないで」
その言葉に僕は、枯葉と古池加奈子、三年前のことを。昨日の見た夢を想い出していた。
僕は中学生の頃、思春期真っ只中だった。もちろん、今でも思春期だが、あの時は非行な行いをして、いわゆる不良と呼ばれていた。
中学二年生のとき、いつものように朝だけ学校に行って、授業をさぼった。暇で暇で仕方なくて、山の上にある、大きい時計がある場所へと足を運んだ。その時計台の下は、とてもすごしやすい場所だった。風が気持ち良くて、街全体を見渡せて、そんな解放感に満ち足りているにもかかわらず、誰一人いなくて、僕はその場所が好きになった。
ある日、いつものようにそこで寝ていると、
「いってぇ……な」
頭に分厚い本を落とされた。その本は、わからない言語で書いてあって、勉強が得意な僕でも、何が書いてあるか見当がつかなかった。
「こんなところで何してるの?」
「サボってんだよ、見ればわかるだろうが」
同じ学校の制服を着ていた。色白で髪が長くて、とてもきれいな女の子だった。
「そうなの」
「あぁ……」
そう言って、隣でその本を読みだした。
「こんなところで何してるんだ?」
そんな彼女が気になった、というよりも気にならない方がおかしかった。
「本を読んでるの、見ればわかるでしょうが」
「さぼりだろ」
「ふふっ、そうかもね」
不思議な感じがして、少しユニークさを持った少女だった。
それから僕は、サボる度に時計台に行って、たまにだけど、彼女と会うことができた。お互い、名前も知らなかったはずだけど、それでも良かった。彼女と過ごす時間はとても穏やかで、楽しかった。
恋をしていたんだ、僕は。
だから、ある日彼女が、
「私も行くから、あなたも行かない? 学校に」
「あぁ、行くよ」
と、意地を張らずに言うことが出来た。
それから僕は、学校に真面目に通うようになった。名も知らない、恋をしている彼女の名前も、クラスも学年も知らなかったが、彼女がいつも本を読んでいたことを知っていたから、僕は長い休み時間には図書室に行って、適当に本を漁り呼んでいた。
「あっ、ちゃんと来てたのね」
「約束したからな」
「偉い偉いっ」
だから、彼女に会えた時は嬉しかった。だけど、人とのコミュニケーションを避けていた僕は、彼女に対してそれ以上深くはいり込めなかった。だって、自分だけ盛り上がっていたら嫌だろ。その時の僕は、人との関係性に悩んでいた。
僕が真面目に学校に通うようになって1ヶ月、彼女に出会って2ヶ月――11月になっていた。
「ちょっと! ねぇ、起きなさいよ!!」
「起きろぉ!!」
「……これでも起きないの?」
「来栖空っ! 起きろぉ!!」
僕がいつものように、短い休み時間に机に伏せて寝ていると、僕に話しかけてきた奴がいた。僕が学校に通うようになったからといって、それまでの僕の行いが許されるわけではなく、気味の悪い奴として扱われていたと思う。だから、そんな僕に話しかけるような奴はいないし、仮に話しかけられたとしても面倒なことに違いない。
「ふあぁ……ったく、なんだよ」
だけど、名前を呼ばれたことで起きるはめになった。僕の机の前で、腕を組んでいた女は、ショートカットで目がつり上がっていて、いかにも気が強そうだった。
「あんた、どういうつもり?」
「ふぁ?」
「ふぁ? じゃない! 枯葉に近づく目的は何!!」
そして、見た目通り気が強かった。
「誰だよ、それ」
それが、古池加奈子――カナとのファーストコンタクトだった。
「カナ、そんな言い方ないだろ。お前がどう思ってるか知らないし、見当がつかないけど。少なくとも俺は、テツさんに数え切れないほどの恩を感じてる」
僕はカナに向かって言い放つ。だって、僕にとってはテツさんは恩人で、自分でも信じられいほどの感謝と尊敬を抱いているから。
「確かに関係者じゃない。でも俺にとっては関係者だ」
その言葉にカナが、僕に睨みをきかせる。あの時、初対面の時のような表情だ。そして、悔しさを噛みしめるように無言で、下唇を噛んでいる。
「えぇ!? 私は? ねぇ、空くん。私は?」
そんな邪険な雰囲気に危険な匂いを感じとったのか、葵さんはわざとふざけた態度を取る。でも、僕は止まらなくて、
「それに僕が立ち直れたのは、心菜とテツさんのおかげだ。むしろ僕にとっては」
「空、やめろ」
テツさんのその言葉も耳に入らず、
「――カナの方が関係者じゃない」
言う必要のない嘘を言ってしまった。
そしてすぐに、
「あっ」
後悔した。
「そらぁ……ひ、どいよ。そんな言い方ないよ」
カナが見たこともないような表情をしていた。
絶望、僕に否定されたぐらいで傷ついていた。僕の中のカナは、僕の言葉で傷つくはずような弱い女じゃないはずなのに。
「空は……私や枯葉よりも、妹やそこにいる人たちの方が大切、なの?」
「そういうわけじゃ、ない。第一に比べられるわけないだろ、そんなの」
カナの視線が受け止められなくて、目線をそらした。あまりにも真っすぐで、弱弱しい視線を、僕は受け止められなかった。
「私達、ずっと一緒だって……約束、したじゃん。空は忘れたの?」
「忘れるわけないだろ」
僕のその言葉を最後に、沈黙が訪れた。僕はもはや、どうしていいかわからず、混乱して下を向いているだけだった。
どうしてこうなった、僕とカナは大事な友達のはずなのに。
「違うんじゃねぇのか、カナちゃん。さっきから枯葉ちゃんのことダシに使ってるけど」
そうしている間にまた、かき回されてしまう。
「――本当は自分だけを比べてほしいんじゃねぇか?」
僕は顔を上げカナの方を見ると、睨むようにテツさんを見ていた。
「そんなこと……ぃ」
テツさんもカナを睨んでいる。一色即発だ。
「テツさん言いすぎですよ。なぁ、カナ? 違う、よな?」
「…………」
カナの方を、なだめるように見たつもりだったが、目をそらされてしまった。
「黙れ空。俺はな、筋が通ってねぇやつは嫌いなんだよ。彼氏いるくせに、他の男に独占欲わかしてんじゃねぇよ。お前が見るべき男は、空じゃねぇ。なんでそんなことが分からないんだ?」
カナはテツさんの叱咤に、はっとした表情を見せて、そのまま勢いよく店を出て行ってしまった。
カナ、なんで否定しなかったんだよ。それじゃあ、テツさんの言ってること肯定することになっちゃうんだぞ。
「あの馬鹿野郎」
翔太に会わせる顔ねぇよ、くそっ。
「葵、黒だよな?」
葵さんは、テツさんの同意を求める声に、若干戸惑いを見せながら、
「そうね……残念だけど」
肯定した。
僕には、テツさんの言っていることがわかってしまったけど、肯定するわけにはいかなかった。
だって、あいつが僕の大切な友達で、枯葉の親友だったから。
「空、わかってるな? あいつは」
「俺は、あいつを信じてます」
テツさんの言葉を遮るように言った。
「カナをあまりいじめないでください。あいつは、俺にとっても、枯葉にとっても大事な友達で、翔太の彼女なんですから。あんまり……かきまわさないでください」
僕の言葉に、二人は何も言わなかった。その後、葵さんは帰り、バイトは暗い雰囲気のまま行われた。
三人はずっと一緒、そう誓ったよな?
信じるよ、カナのこと。
このとき僕は、都合のいいように物事を考えて、何もかも信じて疑うことはなかった。