同胞
「体の調子はどうですか?」
「まぁまぁです。」
「とりあえず元気そうで良かったですが、あまり無理なさらないように。佐藤さんは隠すのが上手いですから言ってくれないと分かりませんし。」
「なんですか、隠すのが上手いって・・・。」
入院してもうすぐ2週間。そんな昼下がり。
私の病室には白髪がフサフサしているもう50代半ばくらいの男性がベッド横の椅子に腰をかけている。
その人から香る落ち着いた和の香り。
ふと緑茶が飲みたいと思った。このさい抹茶でもいいかもしれない。
泉秀一郎
私のクラスの担任の先生。担当は古典。
まさに古典という風貌と物腰。初めて見た人の誰もが「この人の担当教科は?」と聞かれたら「古典」と答えるのではないだろうか。
今日はわざわざ先生が私にあるものを持ってきたらしい。
遠いところからわざわざご苦労様です。
ガサゴゾと先生が持ってきた大きな紙袋を漁って取り出したのは少し大きめの正方形の板みたいなもの。
「この間のHRの授業を使って作った色紙です。みんなあなたを心配してましたよ。」
「うわぁ・・・綺麗・・・。ありがとうございます。とっても嬉しいです。」
「良かった。クラスの皆さんにも伝えておきますね。」
先生の手から受け取った色紙は結構大きく、色とりどりのペンで分けられた小さな枠に、みんないっぱいいっぱいにメッセージを書いてくれていた。
【また佐藤さんとバレーしたいよー(>_<)!】
【早く元気になって戻ってこーい!!】
【佐藤さんが来なくなってから教室が少し臭いです。またアロマ作ってください。】
「あー、そういえば教室に置いてあるアロマ、さすがにもう切れてるか。」
うちのクラスには気持ちを落ち着ける効果のある、すっきりした香りのさわやかな水色のアロマがいつも置いてある。
もちろん作っているのは私。
4月に先生にアロマを作っていることがバレ、良かったら教室に置いてくれないかと頼まれた。
今更言うのもなんだが、香水をつけてくるのは止めろ!と言われている生徒をちょくちょく見るが、アロマはいいんだろうか・・・。
ざっくりいくと同じようなモンだと思うが、あえて口にはしないでおこう。
とりあえず最初はお気に入りの柑橘系の香りを置いたら、みんな香りに気を取られて授業に集中できず。
次に今置いてある香りを置いたら、鼻にキツくもなく、頭もスッキリすると好評。
授業で教室に入ってきた先生は口を揃えていつも
「あー・・・スッキリする。」
と一言呟く。
休み時間もちょくちょく余所のクラスの子が香りを堪能しに遊びにもくる。
お弁当を食べるときはドアも窓も全開にして食べるのがクラスの決まり。
結構長持ちするように作ってあるから、数週間に一度の割合で作り直して交換している。
「先生。またアロマ作っておきますね。」
「いいんですか?無理して作らなくても・・・。」
「これでも結構暇なんですよ。丁度いい暇つぶしにもなりますし。」
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「はい。また従姉に持って行かせますね。」
そう言って微笑むと先生も素敵に微笑んでくれた。
この後、先生は学校で会議があるということで早々に帰って行ってしまった。
本当にわざわざ、ご苦労様です。
「さて、アロマ作る前に飲み物でも買ってこよう。」
そうと決まればさっそくアロマ作りに取りかかろう。
必要な材料は幸運なことに揃ってはいるみたいだし丁度いい。
スリッパを履いて部屋を出ようとすると、丁度ヴァルが戻ってきた。
「ぬ、何処に行くのだ?」
「飲み物買いに行く。」
そう言うと返事もなくスーッと私の側まで寄ってくる。
ヴァルは私がどこへ行くときもずっと後ろをついてくる。
まぁ死神と言えば取り憑いている(?)人間の後ろにいるのがメジャーというかそんな感じだけど。
エレベーターに乗って1階のロビーまで降りる。この病棟、1階にしか自動販売機がないのだ。
自動販売機の前に立って並べられている飲み物をぐるりと見渡す。
さっき先生が来たときからお茶が飲みたい気分だったけど、ココアも飲みたくなってきた。
「う~ん・・・。」
「早く決めんか。」
「あ、ごめん。じゃあー。」
ピッ!
自動販売機の取り出し口から出てきたのは小さいペットボトルのお茶。
お茶はやっぱり麦茶に限る。
飲み物も買い終わったし、早く部屋に戻って準備しよう。
そう思った矢先だった。
「・・・!?。あのおじさん・・・。」
私の目に入ったのは顎髭が目立つ、ちょっとダンディで紳士的な印象を持つ男性。
私が目を向けているのはその後ろ。
真っ黒のマントを羽織った不気味な骸骨がたたずんでいた。
ヴァルが1mくらいなのに対してあちらは成人男性くらいの大きさ。180cmはあるかもしれない。
その男性は缶コーヒーを飲み干して、ゴミ箱がある自動販売機の方、つまり私の方に目を向けた。
目が合った瞬間、男性は目を見開いた。いや、目は合ってないかもしれない。
なぜなら視線は私にではなく
私の少し、後ろの方。
その時分かった。
あの男性は確実に『見えている』。
男性は立ち上がると真っ直ぐこちらに歩いてきた。後ろの骸骨も着いてくる。
私の前で、足が止まった。
「君・・・名前は?」
「佐藤美嘉です。」
「俺は狐塚浩だ。」
思いがけもしない出会いだった。