最強の騎士団長(精神年齢五歳)と、誰か結婚してください!
従者エドリックは、怒りと焦りに駆られていた。
何としてでも、仕えているオーウェン侯爵令息には、結婚してもらわなければならない!
それなのに。
「先日の縁談? 断られちゃった☆」
「……」
この時、本気で、従者は侯爵令息を殴ろうとしたらしい。
◎
それは数日前のことだ。
「婚約破棄!?」
王城の中庭の片隅で、ダークスーツを着たエドリックが悲鳴を上げた。
ズレた眼鏡を押し上げる指先が震えている。普段は、冷静に見える切れ長の目が、今は崩れていた。
「待って、待ってくれ。ミナ」
「エドリック。お父様が「もう待てぬ」と、おっしゃっているの」
ミナは、寂しそうに白いキャップを揺らす。
紺色のドレスに白いエプロン。一見、ただのメイドだが、その佇まいは気品に溢れ、美しい立ち姿をしている。
彼女はモントロー子爵令嬢。礼儀作法や教養を学ぶため、今はハート侯爵令嬢の侍女として働いていた。
「それで、あなたとの婚約を破棄し、私を隣国のハシュダル公爵の元へ嫁がせる、と」
「っ!?」
エドリックは目を丸くする。
ハシュダル公爵と言えば、高齢にも関わらず、世界中を駆け回っている外交官だ。
御年、八十三歳!
「奥様を亡くされて三年。ずいぶん寂しい思いをなさっているそうで。子爵家の末娘である私なら嫁がせてもいいのでは……」
「いいわけない!」
エドリックは、つい叫んでしまった。
だが、大切な恋人を、八十過ぎの老人に取られるわけにはいかない。
エドリックは果実農園の息子だ。ずば抜けた頭の良さに、グレイフォード侯爵が息子の従者として、取り立てたのである。
平民出身とあって、周囲にバカにされていたエドリックだったが、ミナだけは違っていた。
彼の才能を素直に認め、貴族の中で暮らすアドバイスをしてくれる彼女に、エドリックはだんだん惹かれていった。
何度も何度も恋文を送り、必死にアプローチして、やっと交際まで漕ぎつけたのだ。
それに、彼女は子爵家の末娘。貴族の権利放棄を条件に、結婚も許された。
ところが、その幸せにストップがかかる。
「先に、うちの息子を何とかしてくれ。いい年して、交際相手もいないとは情けない」
エドリックの雇い主グレイフォード侯爵からの要望である。
この一言で、エドリックの望みは遠のいた。
来月、独身のままミナは二十五歳を迎えてしまう。この世界で、平均初婚年齢は二十歳。両親が心配するのも無理はない。
「嫌だ……。私を一人にしないでくれ……」
エドリックは、恋人ミナを優しく抱きしめる。
ミナもエドリックを愛しているが、この世界、親の言う事は絶対だ。
「なら、グレイフォード侯爵様から結婚の許可をもらってください。このままでは、私は他の殿方の元へ嫁ぐしかありません」
抱擁から逃げるように、ミナは立ち去った。
彼女の後ろ姿を見つめながら、エドリックは決意する。
「こうなったら、すぐにでもオーウェン様を結婚させてやる!!」
◎
そして、お見合い失敗の話に戻る。
エドリックが窮地にあることも知らず、オーウェンはにこやかに笑っていた。
「そ、そうですか……。それは残念でしたね……」
苦虫を潰したような顔をして、エドリックはオーウェンの身支度を手伝った。
本当は「てめぇ、何をやっているんだ!?」と拳を振り上げたかったが、暴行罪で捕まっては元も子もない。
「……」
エドリックはオーウェンのフロックコートを整えながら、大きな背中を見つめる。
天より授かった能力か、彼はどの騎士達より屈強の身体を持っていた。厚い筋肉、高い背丈、鋭い反射神経。素手でドラゴンを倒す実力もあり、「最強」と謳われている。若くして、第五騎士団団長を務めるほどの有望株だ。
顔立ちだって悪くない。
では、なぜ、彼はモテないのか。
「失礼ですが、何故、断られたのでしょう?」
「だって、相手が「あなた様はハート侯爵令嬢に好意を持っていると、噂で聞きましたが?」って聞いてくるからさ。「うん! 僕、レティア大好き」って答えたら、怒って帰っちゃった」
シンプルな話。
彼は非常に頭が悪かった。
言動もどこか幼い。
精神年齢は五歳だろう。
「……」
控室を出て、兵舎を出入り口まで来たところで、エドリックは足を止めた。
このまま本人に恋愛を一任したところで、縁談がまとまるとは思えない。
こうなれば、自分が動くしかない!
なにせ、自分の幸せがかかっているのだ!!
「そのハート侯爵令嬢とは、王太子妃専属の近衛兵を務められている女騎士様でしょうか?」
「そうだよ!」
勢いよく振り返り、オーウェンは目を輝かせた。
彼に仕えてから、十年近く経つが、こんな嬉しそうな表情は初めて見た。
(めちゃくちゃ好きじゃねぇか)
レティア・ハート侯爵令嬢と言えば、女騎士の中でも腕が立つと評判の令嬢だ。その実績は、今のオーウェンと匹敵する。確か、彼女も独身だったはずだ。
最強×最強。侯爵×侯爵。
くどい。
くどいが、この際、細かいことはどうでもいい。この二人をくっつけるのが、一番てっとり早いと、エドリックは考える。
「では、いかがでしょう? ハート侯爵令嬢様とお見合いされては?」
「ぴゃっ!!!?」
「ぴゃ?」
素っ頓狂な声を出されて、エドリックは目が点になる。
大柄の男が身体を小さくさせ(それでも大きいが)て、地面に「の」の字を書き始めた。
「そんな、無理だよ。彼女はすごいカッコいいし、綺麗だし。とてもとても、僕なんか……」
「好きなら、想いを告げるべきかと」
「無理無理! だって、レティアは僕が嫌いだもん!」
「そう言われたのですか?」
「彼女の目を見れば、分かるよ!」
「そんなの、分かるわけねぇだろう!」
「え」
「……あ、いえ。オーウェン様の勘違いだと思われますよ」
エドリックは慌てて、作り笑いを浮かべる。
危ない、危ない。
つい素が出てしまうところだった。
「聞いた方が早いです。今日は女騎士様達も訓練をしていたはず。まだいるかもしれません。早速、会って……」
「そんな、恥ずかしい~!」
「……」
二十五歳も過ぎて、「恥ずかしい」と言っている方が、恥ずかしい。
ダメだ。上手くいく気が全くしない。
遠くを見つめ、エドリックは一日の終わりを告げる夕陽を見つめた。
まるで、自分の人生のようだと思う。
悲壮感に駆られる中、見覚えのある人影が近づいてきた。
「エドリック?」
「ミナ……」
一瞬、幻でも見ているのかと思った。
もう近づくことすらできないかもしれない。
そんな切ない焦りが見せた幻。
「どうして、ここに?」
「もうすぐ訓練が終わるので、レティアお嬢様のお迎えに……」
ああ、そうだ。レティア・ハート侯爵令嬢は、ミナが仕えている貴族令嬢ではないか。
彼女が幻ではないとわかると、思わずエドリックは恋人を抱すくめた。
よく知るぬくもりと香りが身体を満たしていく。
この安堵感を失うことは、エドリックにとって「死」を意味するのと同じであった。
「ミナ。駆け落ちしよう」
「エドリック……」
恋人の潤む真剣な眼差しに、ミナはどれだけ彼が苦しんでいるかを知る。
だからこそ、ミナも真剣に答えた。
「嫌です」
「うわっ」
「そういう夢みたいな話、私は好きではありません。駆け落ちして、どうやって生活するのですか? それに、私、両親に会えなくなるのは嫌です」
「……」
冷静に将来を見据えるミナに、エドリックは何も言い返せない。
そもそも、エドリックがミナに惹かれたのは、こういうところだ。
彼女と出会った時、エドリックは「貴族のお姫様が」と馬鹿にしていた。しかし、話してみると、なかなか芯がしっかりしている。「脳内花畑の世間知らず」という貴族のイメージが覆り、衝撃を受けた。
「……ん?」
ふと、エドリックは視線を感じた。
誰かが自分たちを見ている。
足元を見てみれば、膝を抱えたオーウェンがニヤニヤと笑っていた。
「その人、エドリックのいい人?」
「うわっ!」
気配もなく、プライベートゾーンに入ってきたオーウェンに、エドリックはのけ反る。
そういえば、今は勤務中であった。
「も、申し訳ございません!」
「いいじゃん。羨ましい~。そろそろ僕、結婚したいからさ」
「っ!!」
オーウェンの言葉に、エドリックは目を光らせる。
彼の手を握り、オーウェンの結婚願望を焚きつけようとする。
「是非、しましょう!」
「僕、エドリックとは結婚しないよ!」
「俺とじゃねえよ!」
「最近のエドリック、なんか怖い~」
第五騎士団騎士団長が、従者一人に涙目だ。
見かねたミナが止めに入ろうとした時。
「オーウェン! オーウェン・グレイフォード!」
空気を切り裂くような、甲高い声が兵舎の入り口に響き渡った。
長い髪をなびかせ、甲冑に身を包んだ女性が歩いてくる。
「あ、レティア……」
オーウェンが顔を真っ赤にして、うつむいた。
現れた女騎士はレティア・ハート侯爵令嬢。ミナが仕える令嬢であり、オーウェンの片想いの相手だ。
「なるほど……」
エドリックは思わず納得する。
オーウェンが「僕のこと、嫌いだよ」と言うのも無理はない。
彼女の目尻は思った以上に上がっており、視線がかなり鋭い。上背もあり、長いブロンドの髪、淡い青い瞳がさらに冷たい印象を与えていた。
悪女。
そんな言葉が浮かんでしまうような女性だ。
「貴様、新人にどんな教育をしているのだ!? そちらに貸していた剣が返ってきたが、刃に油は塗っていないし、柄は汚れたままだったぞ!」
強い口調で、オーウェンを責めている。
見ているだけでも迫力があり、エドリックは冷や汗を流した。
オーウェンが泣きべそをかくことを懸念する。
だが。
「ご、ごめんね、レティア。言っておくよ」
「前回みたいに、「めっ!」だけでは許さんからな」
「わかっているよ~」
逆に、オーウェンは嬉しそうだ。
鼻の下を伸ばし、デレデレと緩みきっている。
(結婚したら、喜んで尻に敷かれるタイプだな)
そんなことを思いながら、エドリックはじっと二人を見つめる。
その視線に気づいたのか、レティアはエドリックを睨んできた。
「なんだ? 貴様は。うちのメイドに何の用だ?」
「ひっ!」
エドリックの顔が青ざめる。
実際に睨まれると、想像以上に怖かった。
「お嬢様。この人は、私の交際相手でして……」
ミナが助け舟を出してくれた。
恐ろしい形相が、すぐに柔らかくなる。
「ああ、お前がミナの……」
だが、元の顔が怖いので、じろじろ見られると萎縮してしまう。
まるで値踏みされているようだ。
「すまんな。うちのメイドにちょっかいを出す不届き者かと思っていた。危うく、切り落とすところだったぞ」
「……」
エドリックは、レティアの腰にぶら下げている剣を見つめた。
刃渡り百センチはあるロングソードの柄が光っている。
思わず身震いがした。
「さて。我々、王太子妃の近衛兵達は、明日からこの国を発つ」
「え」
エドリックは我が耳を疑った。
隣で、オーウェンが手を打った。
「ああ、王太子妃の里帰りか。大変だね」
「しばらく私はいなくなる。留守を頼んだぞ、オーウェン」
「は~い」
のんきに返事をするオーウェンだが、エドリックは青ざめていた。
(しばらく、いない!!?)
冗談じゃない!
彼女が帰国するまで待っていたら、ミナが他の男(しかも、ジジイ)に嫁がされてしまう。
焦ったエドリックは、オーウェンの耳を引っ張った。
「告白してください!」
「っ!」
間違いなく、越権行為だ。しかし、今のエドリックに「身分」だの「礼節」だのは通じない。
命がけなのだ。エドリックの迫力に、オーウェンは目を丸くする。
「む、無理だよ……余計に嫌われちゃう……」
「向こうだって、好きかもしれません」
「そんな……ありえないよ……」
二人の男が、ひそひそと内緒話をしている。
その様子に、だんだんレティアは苛立ちを覚えた。
レティアは騎士道を重んじる人間だ。「卑怯」「隠し事」「場にふさわしくない悪ふざけ」等を何よりも嫌う。
「何をゴチャゴチャしている!?」
落雷にも似た声に、二人の男は肩を震わせた。
振り向けば、レティアの眉は吊り上がり、口が厳しく曲がっている。
普通なら怖くて近づけないところだが、オーウェンは嬉しそうに近づいた。
「エドリックがね、……あ、うちの従者がね。君が僕の事、好きかもしれないって言うんだ。つまらない冗談だよね、あははは」
「……っ」
この時のレティアの反応を、エドリックは見逃さなかった。
(え)
先までの鬼の形相から一変。
彼女は頬を染め、目を伏せて、口元を震わせている。
エドリックは夕陽に向かって、叫びそうになった。
驚いた。
レティアもオーウェンが好きなのだ!
「そうだな……。それは、つまらん冗談だ……」
うつむいて、零れるように呟く。
声は震え、顔は上げない。
誰が見ても、彼女の気持ちは一目瞭然だ。
ところが、オーウェンは。
「ほらね?」
無邪気な笑顔で、エドリックに同意を求める。
全然、分かっていない。
分かろうともしていない。
こんな五歳児に、自分の人生が潰されるかと思うと我慢にならず。
ついに、エドリックはキレた。
「何が「ほらね」だあぁぁぁ!!!」
身分なんぞ、くそくらえ。
エドリックはオーウェンの胸倉をつかみ、大声でまくしたてた。
「いい加減にしろ! レティア様はお前が好きだよ! 見ればわかるだろう! 頼むから、結婚してくれ! いや、結婚なんかしなくていい。ベッドに行け! 子作りしろ! 既成事実を作っちまえ!!」
エドリックが一息で言い切る。
兵舎の入り口は、恐ろしいほどの静寂に包まれた。
今は、従者の荒れた息しか聞こえない。
(やってしまったぁぁぁ!!)
冷や汗を流しながら、エドリックはちらりと恋人を見る。
彼女は右手で額を抑え、ため息をついていた。
隣のレティア・ハート侯爵令嬢は顔を真っ赤にして、体中を震わせている。無礼を働こうものなら、すぐにでも攻撃するのがレティアだ。しかし、今は羞恥心の方が上回っているのか、身体が強張っている。
「レティア……」
レティアのいつもと違う様子に、オーウェンはエドリックを鋭い視線を向けた。
「エドリック!!」
従者の腕を掴むと、思いっきり彼を投げ飛ばした!
「痛っ!」
頭を強打し、眼鏡がズレ落ちる。
すぐに眼鏡をかけ直して、前を見れば、オーウェンがこちらを睨みつけていた。
「レティアに恥をかかせたな! 僕だけならいいが、レティアを侮辱するのは許さない! 謝れ! 謝らぬなら、この場でお前を叩き切る!」
「……」
エドリックは、我が目を疑った。
これが、あの精神年齢五歳児のオーウェンだろうか。
今にも食って掛かってきそうな気迫に、思わずエドリックは感動を覚える。
「も、申し訳ございません、オーウェン様。レティア様に非礼をお詫び申し上げます。レティア様。どうか、ご容赦を……」
フラフラと立ち上がりながらも、深く頭を下げる。
レティアは返事をしない。
ただ茫然とオーウェンの方を見ていた。おそらく、オーウェンが大声できっぱりと発言する姿を、初めて見たのだろう。
「レティアは許さないようだ。なら、お前を……」
「いや、いい!」
溢れんばかりの殺気にレティアは我に返り、オーウェンを制した。
「許す。お前は今後、言葉に気をつけろ」
「はっ!」
返事をすると同時に、エドリックに恐怖の感情が湧いて出てきた。
今、レティアから許しが出なければ、自分は殺されていたかもしれない。
そう思うと、力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「エドリック!」
すかさず、ミナが駆け寄ってくる。
エドリックは涙を浮かべながら、恋人の名前を呼んだ。
「ミナ、俺は……」
「最低です」
「……」
容赦のない一言が、エドリックの心をえぐる。
もちろん、ミナには分かっている。エドリックが自分と別れたくなくて、言ってしまったことだ、と。
だからと言って、「嬉しい」と喜ばないのが、ミナである。
「身分の高い方に……いえ。人に向かって言うようなことではありません。クビも覚悟しなければ」
「ごめん」
エドリックは首を垂れる。
猛省した。
恋人を失いたくない一心で動いたのに、却って別れる状況を招いてしまった。
「でも、ありがとう」
「え」
エドリックが顔を上げれば、ミナが今までにない柔らかな笑みを浮かべていた。
「見て、レティア様。嬉しそう」
その視線の先には、見つめ合うオーウェンとレティアの姿がある。
先ほどと違い、オーウェンはまたモジモジしている。だが、相手の顔はしっかりと見ていた。
「ごめんね。レティア。うちの従者が……」
「いや、気にしない。私を擁護してくれたこと、感謝する」
「あの……。「レティアが僕を好きだ」って、ほ、本当なのかな?」
先ほどエドリックが放った言葉を、オーウェンは覚えていた。
レティアは声を詰まらせ、顔を赤く染める。
そんな彼女を見て、オーウェンは勇気を振り絞った。
「も、もし、良かったら、今度、一緒に遊ぼう?」
「……」
「お茶会をしよう」「食事をしよう」「一緒に踊ろう」。いろいろな言葉で誘われたことはあるが、「遊ぼう」と言われたのは初めてだ。
オーウェンらしいと、レティアはつい吹き出してしまう。
「ふふふ。そうだな。任務から帰ってきたら、遊ぼう」
「やった! 約束だよ」
「ああ、約束だ」
暮れなずむ兵舎の入り口で。
一組のカップルが誕生した。
◎
数年後。
エドリックは、朝から大騒ぎであった。
なにせ、今日はオーウェン・グレイフォードとレティア・ハートの結婚式なのだ。
「おめでとうございます! オーウェン様」
「あ、エドリック」
新郎の控室で礼服に着替えているオーウェンがいる。
身体づくりに邁進しすぎて、ジャケットがはちきれそうだ。
そんな彼の前に、エドリックは膝まずいた。
「この日を迎えられましたこと、心の底からお喜び申し上げます」
そして、「では」と一言添えると。
彼は、あっさりと踵を返してしまった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
まさかの行動に、オーウェンは太い腕を伸ばす。
それでも、エドリックはその場から出ようと必死だ。
「失礼します! 失礼させていただきます!!」
「出席してよ!」
「嫌だ!」
勢いよく振り返り、エドリックは眼鏡を光らせた。
「今朝、妻が産気づいたんだよ! 帰るに決まっているだろ!!」
「あ、出た。闇のエドリック」
数年前の出来事があっても、オーウェンはエドリックを解雇にしなかった。
レティアが許したという事もある。
だが、それ以上に、オーウェン自身がエドリックに興味を持った。いつも礼儀正しい従者が、突然、罵詈雑言を吐いてくる。相手が身分の高い人間でも遠慮しない姿を、オーウェンは面白がった。
「奥さん、妊娠中だったっけ。レティアが「寂しい」って言っていたな」
オーウェンとレティアが交際するようになり、やっとオーウェン侯爵から結婚の許しが出た。
なんと、ミナの父モントロー子爵がハシュダル公爵に「了承」の返事を出す寸前であった。
エドリックにとっては、まさに間一髪であったと言える。
「そうですか。妻に伝えておきます。じゃ」
さっさと帰ろうとするエドリックに、オーウェンは諦めずに引き止める。
「ダメ!!」
「離せ! 産まれちゃうだろう!」
「出席してよ。お礼として、僕がその子供の名付け親になってあげるから!」
「お断りだ!」
二人の口喧嘩が新婦控室にまで響きわたる。
結婚式だというのに、とんでもない大騒ぎだ。
新婦レティアが長剣を持って駆けつけてくるのに、時間はかからなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




