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最強の騎士団長(精神年齢五歳)と、誰か結婚してください!

作者: ヤスゾー
掲載日:2026/05/19

 従者エドリックは、怒りと焦りに駆られていた。

 何としてでも、仕えているオーウェン侯爵令息には、結婚してもらわなければならない!

 それなのに。


「先日の縁談? 断られちゃった☆」

「……」


 この時、本気で、従者は侯爵令息を殴ろうとしたらしい。


 ◎


 それは数日前のことだ。


「婚約破棄!?」


 王城の中庭の片隅で、ダークスーツを着たエドリックが悲鳴を上げた。

 ズレた眼鏡を押し上げる指先が震えている。普段は、冷静に見える切れ長の目が、今は崩れていた。


「待って、待ってくれ。ミナ」

「エドリック。お父様が「もう待てぬ」と、おっしゃっているの」


 ミナは、寂しそうに白いキャップを揺らす。

 紺色のドレスに白いエプロン。一見、ただのメイドだが、その佇まいは気品に溢れ、美しい立ち姿をしている。

 彼女はモントロー子爵令嬢。礼儀作法や教養を学ぶため、今はハート侯爵令嬢の侍女として働いていた。


「それで、あなたとの婚約を破棄し、私を隣国のハシュダル公爵の元へ嫁がせる、と」

「っ!?」


 エドリックは目を丸くする。

 ハシュダル公爵と言えば、高齢にも関わらず、世界中を駆け回っている外交官だ。

 御年、八十三歳!


「奥様を亡くされて三年。ずいぶん寂しい思いをなさっているそうで。子爵家の末娘である私なら嫁がせてもいいのでは……」

「いいわけない!」


 エドリックは、つい叫んでしまった。

 だが、大切な恋人を、八十過ぎの老人に取られるわけにはいかない。


 エドリックは果実農園の息子だ。ずば抜けた頭の良さに、グレイフォード侯爵が息子の従者として、取り立てたのである。

 平民出身とあって、周囲にバカにされていたエドリックだったが、ミナだけは違っていた。

 彼の才能を素直に認め、貴族の中で暮らすアドバイスをしてくれる彼女に、エドリックはだんだん惹かれていった。

 何度も何度も恋文を送り、必死にアプローチして、やっと交際まで漕ぎつけたのだ。

 それに、彼女は子爵家の末娘。貴族の権利放棄を条件に、結婚も許された。

 ところが、その幸せにストップがかかる。


「先に、うちの息子を何とかしてくれ。いい年して、交際相手もいないとは情けない」


 エドリックの雇い主グレイフォード侯爵からの要望である。

 この一言で、エドリックの望みは遠のいた。

 来月、独身のままミナは二十五歳を迎えてしまう。この世界で、平均初婚年齢は二十歳。両親が心配するのも無理はない。


「嫌だ……。私を一人にしないでくれ……」


 エドリックは、恋人ミナを優しく抱きしめる。

 ミナもエドリックを愛しているが、この世界、親の言う事は絶対だ。


「なら、グレイフォード侯爵様から結婚の許可をもらってください。このままでは、私は他の殿方の元へ嫁ぐしかありません」


 抱擁から逃げるように、ミナは立ち去った。

 彼女の後ろ姿を見つめながら、エドリックは決意する。


「こうなったら、すぐにでもオーウェン様を結婚させてやる!!」


 ◎


 そして、お見合い失敗の話に戻る。

 エドリックが窮地にあることも知らず、オーウェンはにこやかに笑っていた。


「そ、そうですか……。それは残念でしたね……」


 苦虫を潰したような顔をして、エドリックはオーウェンの身支度を手伝った。

 本当は「てめぇ、何をやっているんだ!?」と拳を振り上げたかったが、暴行罪で捕まっては元も子もない。


「……」


 エドリックはオーウェンのフロックコートを整えながら、大きな背中を見つめる。

 天より授かった能力か、彼はどの騎士達より屈強の身体を持っていた。厚い筋肉、高い背丈、鋭い反射神経。素手でドラゴンを倒す実力もあり、「最強」と謳われている。若くして、第五騎士団団長を務めるほどの有望株だ。

 顔立ちだって悪くない。

 では、なぜ、彼はモテないのか。


「失礼ですが、何故、断られたのでしょう?」

「だって、相手が「あなた様はハート侯爵令嬢に好意を持っていると、噂で聞きましたが?」って聞いてくるからさ。「うん! 僕、レティア大好き」って答えたら、怒って帰っちゃった」


 シンプルな話。

 彼は非常に頭が悪かった。

 言動もどこか幼い。

 精神年齢は五歳だろう。


「……」


 控室を出て、兵舎を出入り口まで来たところで、エドリックは足を止めた。

 このまま本人に恋愛を一任したところで、縁談がまとまるとは思えない。

 こうなれば、自分が動くしかない!

 なにせ、自分の幸せがかかっているのだ!!


「そのハート侯爵令嬢とは、王太子妃専属の近衛兵を務められている女騎士様でしょうか?」

「そうだよ!」


 勢いよく振り返り、オーウェンは目を輝かせた。

 彼に仕えてから、十年近く経つが、こんな嬉しそうな表情は初めて見た。


(めちゃくちゃ好きじゃねぇか)


 レティア・ハート侯爵令嬢と言えば、女騎士の中でも腕が立つと評判の令嬢だ。その実績は、今のオーウェンと匹敵する。確か、彼女も独身だったはずだ。

 最強×最強。侯爵×侯爵。

 くどい。

 くどいが、この際、細かいことはどうでもいい。この二人をくっつけるのが、一番てっとり早いと、エドリックは考える。


「では、いかがでしょう? ハート侯爵令嬢様とお見合いされては?」

「ぴゃっ!!!?」

「ぴゃ?」


 素っ頓狂な声を出されて、エドリックは目が点になる。

 大柄の男が身体を小さくさせ(それでも大きいが)て、地面に「の」の字を書き始めた。


「そんな、無理だよ。彼女はすごいカッコいいし、綺麗だし。とてもとても、僕なんか……」

「好きなら、想いを告げるべきかと」

「無理無理! だって、レティアは僕が嫌いだもん!」

「そう言われたのですか?」

「彼女の目を見れば、分かるよ!」

「そんなの、分かるわけねぇだろう!」

「え」

「……あ、いえ。オーウェン様の勘違いだと思われますよ」


 エドリックは慌てて、作り笑いを浮かべる。

 危ない、危ない。

 つい素が出てしまうところだった。


「聞いた方が早いです。今日は女騎士様達も訓練をしていたはず。まだいるかもしれません。早速、会って……」

「そんな、恥ずかしい~!」

「……」


 二十五歳も過ぎて、「恥ずかしい」と言っている方が、恥ずかしい。

 ダメだ。上手くいく気が全くしない。


 遠くを見つめ、エドリックは一日の終わりを告げる夕陽を見つめた。

 まるで、自分の人生のようだと思う。

 悲壮感に駆られる中、見覚えのある人影が近づいてきた。


「エドリック?」

「ミナ……」


 一瞬、幻でも見ているのかと思った。

 もう近づくことすらできないかもしれない。

 そんな切ない焦りが見せた幻。


「どうして、ここに?」

「もうすぐ訓練が終わるので、レティアお嬢様のお迎えに……」


 ああ、そうだ。レティア・ハート侯爵令嬢は、ミナが仕えている貴族令嬢ではないか。

 彼女が幻ではないとわかると、思わずエドリックは恋人を抱すくめた。

 よく知るぬくもりと香りが身体を満たしていく。

 この安堵感を失うことは、エドリックにとって「死」を意味するのと同じであった。


「ミナ。駆け落ちしよう」

「エドリック……」


 恋人の潤む真剣な眼差しに、ミナはどれだけ彼が苦しんでいるかを知る。

 だからこそ、ミナも真剣に答えた。


「嫌です」

「うわっ」

「そういう夢みたいな話、私は好きではありません。駆け落ちして、どうやって生活するのですか? それに、私、両親に会えなくなるのは嫌です」

「……」


 冷静に将来を見据えるミナに、エドリックは何も言い返せない。


 そもそも、エドリックがミナに惹かれたのは、こういうところだ。

 彼女と出会った時、エドリックは「貴族のお姫様が」と馬鹿にしていた。しかし、話してみると、なかなか芯がしっかりしている。「脳内花畑の世間知らず」という貴族のイメージが覆り、衝撃を受けた。


「……ん?」


 ふと、エドリックは視線を感じた。

 誰かが自分たちを見ている。

 足元を見てみれば、膝を抱えたオーウェンがニヤニヤと笑っていた。


「その人、エドリックのいい人?」

「うわっ!」


 気配もなく、プライベートゾーンに入ってきたオーウェンに、エドリックはのけ反る。

 そういえば、今は勤務中であった。


「も、申し訳ございません!」

「いいじゃん。羨ましい~。そろそろ僕、結婚したいからさ」

「っ!!」


 オーウェンの言葉に、エドリックは目を光らせる。

 彼の手を握り、オーウェンの結婚願望を焚きつけようとする。


「是非、しましょう!」

「僕、エドリックとは結婚しないよ!」

「俺とじゃねえよ!」

「最近のエドリック、なんか怖い~」


 第五騎士団騎士団長が、従者一人に涙目だ。

 見かねたミナが止めに入ろうとした時。


「オーウェン! オーウェン・グレイフォード!」


 空気を切り裂くような、甲高い声が兵舎の入り口に響き渡った。

 長い髪をなびかせ、甲冑に身を包んだ女性が歩いてくる。


「あ、レティア……」


 オーウェンが顔を真っ赤にして、うつむいた。

 現れた女騎士はレティア・ハート侯爵令嬢。ミナが仕える令嬢であり、オーウェンの片想いの相手だ。


「なるほど……」


 エドリックは思わず納得する。

 オーウェンが「僕のこと、嫌いだよ」と言うのも無理はない。

 彼女の目尻は思った以上に上がっており、視線がかなり鋭い。上背もあり、長いブロンドの髪、淡い青い瞳がさらに冷たい印象を与えていた。

 悪女。

 そんな言葉が浮かんでしまうような女性だ。


「貴様、新人にどんな教育をしているのだ!? そちらに貸していた剣が返ってきたが、刃に油は塗っていないし、柄は汚れたままだったぞ!」


 強い口調で、オーウェンを責めている。

 見ているだけでも迫力があり、エドリックは冷や汗を流した。

 オーウェンが泣きべそをかくことを懸念する。

 だが。


「ご、ごめんね、レティア。言っておくよ」

「前回みたいに、「めっ!」だけでは許さんからな」

「わかっているよ~」


 逆に、オーウェンは嬉しそうだ。

 鼻の下を伸ばし、デレデレと緩みきっている。


(結婚したら、喜んで尻に敷かれるタイプだな)


 そんなことを思いながら、エドリックはじっと二人を見つめる。

 その視線に気づいたのか、レティアはエドリックを睨んできた。


「なんだ? 貴様は。うちのメイドに何の用だ?」

「ひっ!」


 エドリックの顔が青ざめる。

 実際に睨まれると、想像以上に怖かった。


「お嬢様。この人は、私の交際相手でして……」


 ミナが助け舟を出してくれた。

 恐ろしい形相が、すぐに柔らかくなる。


「ああ、お前がミナの……」


 だが、元の顔が怖いので、じろじろ見られると萎縮してしまう。

 まるで値踏みされているようだ。


「すまんな。うちのメイドにちょっかいを出す不届き者かと思っていた。危うく、切り落とすところだったぞ」

「……」


 エドリックは、レティアの腰にぶら下げている剣を見つめた。

 刃渡り百センチはあるロングソードの柄が光っている。

 思わず身震いがした。


「さて。我々、王太子妃の近衛兵達は、明日からこの国を発つ」

「え」


 エドリックは我が耳を疑った。

 隣で、オーウェンが手を打った。


「ああ、王太子妃の里帰りか。大変だね」

「しばらく私はいなくなる。留守を頼んだぞ、オーウェン」

「は~い」


 のんきに返事をするオーウェンだが、エドリックは青ざめていた。


(しばらく、いない!!?)


 冗談じゃない!

 彼女が帰国するまで待っていたら、ミナが他の男(しかも、ジジイ)に嫁がされてしまう。

 焦ったエドリックは、オーウェンの耳を引っ張った。


「告白してください!」

「っ!」


 間違いなく、越権行為だ。しかし、今のエドリックに「身分」だの「礼節」だのは通じない。

 命がけなのだ。エドリックの迫力に、オーウェンは目を丸くする。


「む、無理だよ……余計に嫌われちゃう……」

「向こうだって、好きかもしれません」

「そんな……ありえないよ……」


 二人の男が、ひそひそと内緒話をしている。

 その様子に、だんだんレティアは苛立ちを覚えた。

 レティアは騎士道を重んじる人間だ。「卑怯」「隠し事」「場にふさわしくない悪ふざけ」等を何よりも嫌う。


「何をゴチャゴチャしている!?」


 落雷にも似た声に、二人の男は肩を震わせた。

 振り向けば、レティアの眉は吊り上がり、口が厳しく曲がっている。

 普通なら怖くて近づけないところだが、オーウェンは嬉しそうに近づいた。


「エドリックがね、……あ、うちの従者がね。君が僕の事、好きかもしれないって言うんだ。つまらない冗談だよね、あははは」

「……っ」


 この時のレティアの反応を、エドリックは見逃さなかった。


(え)


 先までの鬼の形相から一変。

 彼女は頬を染め、目を伏せて、口元を震わせている。

 エドリックは夕陽に向かって、叫びそうになった。

 驚いた。

 レティアもオーウェンが好きなのだ!


「そうだな……。それは、つまらん冗談だ……」


 うつむいて、零れるように呟く。

 声は震え、顔は上げない。

 誰が見ても、彼女の気持ちは一目瞭然だ。

 ところが、オーウェンは。


「ほらね?」


 無邪気な笑顔で、エドリックに同意を求める。

 全然、分かっていない。

 分かろうともしていない。

 こんな五歳児に、自分の人生が潰されるかと思うと我慢にならず。

 ついに、エドリックはキレた。


「何が「ほらね」だあぁぁぁ!!!」


 身分なんぞ、くそくらえ。

 エドリックはオーウェンの胸倉をつかみ、大声でまくしたてた。


「いい加減にしろ! レティア様はお前が好きだよ! 見ればわかるだろう! 頼むから、結婚してくれ! いや、結婚なんかしなくていい。ベッドに行け! 子作りしろ! 既成事実を作っちまえ!!」


 エドリックが一息で言い切る。

 兵舎の入り口は、恐ろしいほどの静寂に包まれた。

 今は、従者の荒れた息しか聞こえない。


(やってしまったぁぁぁ!!)


 冷や汗を流しながら、エドリックはちらりと恋人を見る。

 彼女は右手で額を抑え、ため息をついていた。

 隣のレティア・ハート侯爵令嬢は顔を真っ赤にして、体中を震わせている。無礼を働こうものなら、すぐにでも攻撃するのがレティアだ。しかし、今は羞恥心の方が上回っているのか、身体が強張っている。


「レティア……」


 レティアのいつもと違う様子に、オーウェンはエドリックを鋭い視線を向けた。


「エドリック!!」


 従者の腕を掴むと、思いっきり彼を投げ飛ばした!


「痛っ!」


 頭を強打し、眼鏡がズレ落ちる。

 すぐに眼鏡をかけ直して、前を見れば、オーウェンがこちらを睨みつけていた。


「レティアに恥をかかせたな! 僕だけならいいが、レティアを侮辱するのは許さない! 謝れ! 謝らぬなら、この場でお前を叩き切る!」

「……」


 エドリックは、我が目を疑った。

 これが、あの精神年齢五歳児のオーウェンだろうか。

 今にも食って掛かってきそうな気迫に、思わずエドリックは感動を覚える。


「も、申し訳ございません、オーウェン様。レティア様に非礼をお詫び申し上げます。レティア様。どうか、ご容赦を……」


 フラフラと立ち上がりながらも、深く頭を下げる。

 レティアは返事をしない。

 ただ茫然とオーウェンの方を見ていた。おそらく、オーウェンが大声できっぱりと発言する姿を、初めて見たのだろう。


「レティアは許さないようだ。なら、お前を……」

「いや、いい!」


 溢れんばかりの殺気にレティアは我に返り、オーウェンを制した。


「許す。お前は今後、言葉に気をつけろ」

「はっ!」

 

 返事をすると同時に、エドリックに恐怖の感情が湧いて出てきた。

 今、レティアから許しが出なければ、自分は殺されていたかもしれない。

 そう思うと、力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「エドリック!」


 すかさず、ミナが駆け寄ってくる。

 エドリックは涙を浮かべながら、恋人の名前を呼んだ。


「ミナ、俺は……」

「最低です」

「……」


 容赦のない一言が、エドリックの心をえぐる。

 もちろん、ミナには分かっている。エドリックが自分と別れたくなくて、言ってしまったことだ、と。

 だからと言って、「嬉しい」と喜ばないのが、ミナである。


「身分の高い方に……いえ。人に向かって言うようなことではありません。クビも覚悟しなければ」

「ごめん」


 エドリックは首を垂れる。

 猛省した。

 恋人を失いたくない一心で動いたのに、却って別れる状況を招いてしまった。


「でも、ありがとう」

「え」


 エドリックが顔を上げれば、ミナが今までにない柔らかな笑みを浮かべていた。


「見て、レティア様。嬉しそう」


 その視線の先には、見つめ合うオーウェンとレティアの姿がある。

 先ほどと違い、オーウェンはまたモジモジしている。だが、相手の顔はしっかりと見ていた。


「ごめんね。レティア。うちの従者が……」

「いや、気にしない。私を擁護してくれたこと、感謝する」

「あの……。「レティアが僕を好きだ」って、ほ、本当なのかな?」


 先ほどエドリックが放った言葉を、オーウェンは覚えていた。

 レティアは声を詰まらせ、顔を赤く染める。

 そんな彼女を見て、オーウェンは勇気を振り絞った。


「も、もし、良かったら、今度、一緒に遊ぼう?」

「……」


「お茶会をしよう」「食事をしよう」「一緒に踊ろう」。いろいろな言葉で誘われたことはあるが、「遊ぼう」と言われたのは初めてだ。

 オーウェンらしいと、レティアはつい吹き出してしまう。


「ふふふ。そうだな。任務から帰ってきたら、遊ぼう」

「やった! 約束だよ」

「ああ、約束だ」


 暮れなずむ兵舎の入り口で。

 一組のカップルが誕生した。


 ◎


 数年後。

 エドリックは、朝から大騒ぎであった。

 なにせ、今日はオーウェン・グレイフォードとレティア・ハートの結婚式なのだ。


「おめでとうございます! オーウェン様」

「あ、エドリック」


 新郎の控室で礼服に着替えているオーウェンがいる。

 身体づくりに邁進しすぎて、ジャケットがはちきれそうだ。

 そんな彼の前に、エドリックは膝まずいた。


「この日を迎えられましたこと、心の底からお喜び申し上げます」


 そして、「では」と一言添えると。

 彼は、あっさりと踵を返してしまった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 まさかの行動に、オーウェンは太い腕を伸ばす。

 それでも、エドリックはその場から出ようと必死だ。


「失礼します! 失礼させていただきます!!」

「出席してよ!」

「嫌だ!」


 勢いよく振り返り、エドリックは眼鏡を光らせた。


「今朝、妻が産気づいたんだよ! 帰るに決まっているだろ!!」

「あ、出た。闇のエドリック」


 数年前の出来事があっても、オーウェンはエドリックを解雇にしなかった。

 レティアが許したという事もある。

 だが、それ以上に、オーウェン自身がエドリックに興味を持った。いつも礼儀正しい従者が、突然、罵詈雑言を吐いてくる。相手が身分の高い人間でも遠慮しない姿を、オーウェンは面白がった。


「奥さん、妊娠中だったっけ。レティアが「寂しい」って言っていたな」


 オーウェンとレティアが交際するようになり、やっとオーウェン侯爵から結婚の許しが出た。

 なんと、ミナの父モントロー子爵がハシュダル公爵に「了承」の返事を出す寸前であった。

 エドリックにとっては、まさに間一髪であったと言える。


「そうですか。妻に伝えておきます。じゃ」


 さっさと帰ろうとするエドリックに、オーウェンは諦めずに引き止める。


「ダメ!!」

「離せ! 産まれちゃうだろう!」

「出席してよ。お礼として、僕がその子供の名付け親になってあげるから!」

「お断りだ!」


 二人の口喧嘩が新婦控室にまで響きわたる。

 結婚式だというのに、とんでもない大騒ぎだ。


 新婦レティアが長剣を持って駆けつけてくるのに、時間はかからなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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