第十四巻:異類転生と愛の奇蹟
蚕の起源 ― 少女と馬皮、宿命の飛翔
この巻で描かれる数多の「転生」と「異類との交わり」の中でも、一人の少女の戯れの言葉が引き起こした、あまりにも凄絶で幻想的なこの場面こそ、物語全体の持つ根源的な力と哀しみ、そして美しさを凝縮していると考えます。
【しおの】
双子の祖、蒙双氏の誕生
いにしえの高陽氏の御代、世にも稀なることがございました。ひとつ腹から生まれ落ちた双子が、深く愛し合い、夫婦の契りを結んだのです。天帝はその許されざる愛を咎め、二人を崆峒の荒野へと追放されました。寄り添うようにして息絶えた二人の亡骸を、やがて神の鳥が舞い降りて、不死の草でそっと覆いました。
七年の歳月が流れた頃、奇蹟が起こります。二人は分かつことのできない一つの体となって、この世に生まれ変わったのです。二つの頭に、四本の手足を持つその姿を、人々は畏敬の念を込めて、蒙双氏と呼び習わしました。
盤瓠伝説:犬が結んだ民族の縁
高辛氏の王宮に、長らく耳の病に苦しむ老婦人がおりました。ある日、名医がその耳を穿つと、中から現れたのは繭ほどの大きさの奇妙な虫。婦人はこれを瓢箪の籠に入れ、盤で蓋をして大切に置いておきました。
すると、ほどなくして虫は一匹の犬へと姿を変えました。その毛並みには五色の斑が美しく浮かんでいたことから、王は盤瓠と名付け、ことのほか可愛がりました。
その頃、戎呉と名乗る異民族が猛威をふるい、しばしば国境を侵しては民を苦しめていました。王が討伐の将軍を遣わしても、勝利を収めることは叶いません。そこで王は、「戎呉の将軍の首を獲って来た者には、千斤の金と一万戸の領地、そして我が娘を与えよう」と、天下に布告を出したのでした。
しばらくの後、盤瓠が一つの首を咥え、意気揚々と王宮に姿を現しました。王が検分すると、それはまさしく戎呉の将軍の首に違いありません。
王は途方に暮れ、居並ぶ家臣たちも「盤瓠は畜生にございます。官位も、ましてや姫君を妻とさせることもできませぬ。功はあれども、報いる術がございません」と口を揃えるばかり。
その言葉を耳にした王女は、毅然として父王の前に進み出ました。「大王は、すでに私の身を天下に約束なさいました。盤瓠が首を携えて参りましたのは、国のために害を取り除いた証。これは天の思し召しであり、犬の浅知恵によるものではありますまい。王たる者は言葉を重んじ、覇者たる者は信義を貴ぶもの。一人の女の身を惜しんで天下との約束を違えることこそ、この国の災いを招きましょう」
王はその言葉に込められた覚悟を恐れ、娘の願いに従うことを決意しました。
こうして王女は盤瓠の妻となり、彼に連れられて南山へと向かいました。そこは草木が鬱蒼と生い茂り、人の訪れることのない静寂の地。王女はきらびやかな衣を脱ぎ捨て、髪を召使いのように結い上げると、質素な衣一枚をまとい、盤瓠と共に山深くへと分け入り、岩室を住処と定めたのです。
王は愛しい娘を思い、悲しみに暮れました。人を遣わして様子を探らせようとしましたが、そのたびに天は荒れ狂い、山は鳴動し、黒雲が立ち込めて、誰一人としてたどり着くことはできませんでした。
およそ三年の月日が過ぎ、王女は六人の男の子と六人の女の子を産みました。やがて盤瓠が世を去ると、子供たちはそれぞれ夫婦となり、木の皮を織り、草の実で染めた衣服を作ることを覚えました。彼らは色鮮やかな衣を好み、その着物の裾は、父である盤瓠の尾を模した形に仕立てられていたといいます。
後年、王女の母が故郷へと帰り、王にこれまでのいきさつを語りました。王は再び使者を遣わし、孫たちを迎え入れようとしましたが、不思議と天が荒れることはありませんでした。彼らは丈の短い衣をまとい、獣の鳴き声にも似た言葉を話し、食事の際には地に膝をついて座る古くからの習わしを大切にしました。都会の暮らしを嫌い、生まれ育った山をこよなく愛したのです。
王はその心を汲み、彼らに豊かな山と広大な沢を与え、蛮夷と号しました。それは、素朴な見かけの内に賢さを秘め、古きを重んじる者たち、という意味が込められていたのです。天命によって特別な気質を与えられた彼らは、関所の通行手形や税を免除されるという、他に例のない厚遇を受けました。彼らの長は皆、王から印綬を賜り、その冠は、水辺で巧みに狩りをする獺の皮で飾られていました。
今の梁漢、巴蜀、武陵、長沙、廬江といった地に住む異民族が、彼らの末裔であると伝えられています。今も彼らは、粟と魚肉を混ぜて炊いた糝を食し、木の槽を叩き、吠えるような声で盤瓠の霊を慰める祭りを続けています。世の人々が彼らを「赤く短い衣をまとい、横向きの裳を穿く、盤瓠の子孫」と呼ぶのは、こうした古からの物語に由来しているのです。
弓の名手、東明
遥かなる槀離国の物語。王に仕える一人の侍女が、ある時身ごもりました。王はこれを不義の子とみなし、彼女を殺めようとします。侍女は涙ながらに訴えました。「天より降りてきた鶏の卵のような気に触れ、身ごもったのでございます」と。
やがて生まれた男の子を、王は豚小屋へと打ち捨てました。しかし、豚は己が口でその子を温め、次に移された馬小屋では、馬が己が息でその子を寒さから守り、赤子は奇跡的にも生き永らえたのです。
王はついにこれを天が授けた子ではないかと畏れ、母の元へ返すことを許しました。東明と名付けられたその子は、馬の世話を任されるようになります。
東明は、生まれながらにして弓の名手でありました。その類まれなる才を恐れた王は、いつか国を奪われるのではないかと危惧し、再び彼を殺めようと企てます。身の危険を察した東明は南へと逃れ、施掩水という大河のほとりにたどり着きました。追っ手が背後に迫る中、彼が弓で水面を力強く打つと、不思議なことに、無数の魚や鼈が水面に浮かび上がり、たちまち一つの橋となりました。東明が渡り終えると、魚や鼈は再び水の中へと散り、追っ手はそれ以上進むことができなかったといいます。東明はその後、夫餘の地に都を築き、王となりました。
徐国の子孫と虎の乳
古き徐国の宮殿で、一人の宮女が赤子ではなく、ひとつの卵を産み落としました。人々はこれを不吉の印と恐れ、水辺に打ち捨ててしまいます。しかし、鵠蒼という名の心優しき犬がその卵をそっと咥え、持ち帰りました。やがて卵がかえり、中から玉のような男の子が生まれます。彼は徐嗣君と名付けられました。
後年、鵠蒼が命の尽きる時、その頭には角が生え、九つの尾が現れました。その姿はまさしく天駆ける黄龍そのものであったといいます。人々は彼を手厚く葬り、その墓は今なお狗壟(犬の墓)として語り継がれています。
虎に育まれ、鷹に守られる
楚の国に、谷烏菟と呼ばれた男がおりました。それは、虎に育てられた者、という意味です。彼の出生には、秘められた悲しい愛の物語がありました。父を早くに亡くした鬥伯比は、母と共に伯父の家で育ち、やがて伯父の娘と恋に落ちます。二人の間には男の子が生まれましたが、まだ嫁がぬ身で子をなしたことを恥じた伯父の妻は、その子を山中へと捨ててしまいました。
ある日、伯父が狩りに出かけると、一頭の虎が小さな赤子に乳を与えているではありませんか。驚いて家に帰り、そのことを妻に話すと、妻は「それは、娘が伯比との間に産んだ子。私が恥じて山へやったのです」と白状しました。伯父はすぐさま子を連れ帰り、大切に育てると共に、娘を伯比に娶せました。この子が、後に楚の宰相にまでなった子文です。
また、斉の国にも不思議な運命を背負った赤子がおりました。恵公の妾であった蕭同叔子は、王の寵愛を受けながらも身分が低く、身ごもったことを言い出せずにいました。彼女は薪を取りに行った野原で男の子を産み落とすと、人知れず育てようとします。すると、野良猫が乳を与えにやって来て、空からは鸇が舞い降りて、その翼で赤子を覆い守ったのです。その様子を見つけた人が子を拾い上げ、無野と名付けました。これが後の頃公であると伝えられています。
誠実な武将と龍の池
袁釰という者は、羌族の豪族でした。秦の時代に捕らえられ奴隷の身となりますが、後に脱走します。秦の追っ手が厳しく迫り、彼は穴の中に身を隠しました。追っ手が火を放ち、穴を焼こうとしたその時、虎に似た景相という獣が現れて彼を覆い隠し、その命を救ったのです。羌族の人々はこの奇蹟を目の当たりにし、彼を神聖な存在として君主に推戴しました。以後、彼の一族は大いに栄えたといいます。
後漢の時代、定襄太守であった竇奉の妻が子を産んだ時、同時に一匹の蛇を産み落としました。奉は不気味に思い、蛇を野に放ちます。武と名付けられた息子は健やかに成長し、やがてその才気は天下に知れ渡るようになりました。
母が亡くなり、葬儀が執り行われた日のこと。多くの弔問客が見守る中、棺がまだ土に埋められぬ時、林の奥から一体の大蛇が静かに姿を現しました。大蛇はまっすぐ棺へと進み寄ると、その下に身を横たえ、何度も頭を棺に打ち付け、血の涙を流して嘆き悲しんだといいます。それはまるで、母との別れを惜しむ子の姿そのものでした。しばらくして蛇は去っていきましたが、当時の人々はこれを竇氏一門に現れた吉兆の証だと噂し合いました。
晋の懐帝、永嘉年間のこと。韓媼という老婆が、野原で巨大な卵を見つけました。持ち帰って温めてみると、中から男の赤子が生まれます。老婆は彼を撅児と名付けました。
撅児が四歳になった頃、時の権力者であった劉淵が平陽の地に城を築こうとしましたが、工事は難航を極めていました。そこで城を完成させられる者を募ったところ、幼い撅児が名乗りを上げます。彼はたちまち一匹の蛇に姿を変えると、老婆にこう告げました。「灰で城壁の印をつけなさい。その印に沿って築けば、城は必ずや完成するでしょう」と。果たして、その言葉通り、見事な城がたちまちのうちに築かれたのです。
これを不思議に思った劉淵が撅児を追わせると、彼は山の洞穴へと飛び込みました。しかし、尾が数寸だけ外に残っています。使者がその尾を斬りつけた途端、穴からは清らかな泉がこんこんと湧き出し、やがて大きな池となりました。人々はその池を金龍池と名付け、長く語り伝えたということです。
元帝の永昌年間、暨陽に住む任谷という男が、畑仕事の合間に木陰で休んでいました。すると、どこからともなく羽衣をまとった一人の男が現れ、彼を犯すと、たちまち姿を消してしまいました。
驚くべきことに、任谷はそのまま身ごもり、月が満ちて産気づいた頃、あの羽衣の男が再び現れました。男は刀で任谷の陰部を切り裂くと、中から一匹の蛇の子を取り出し、そのままどこへともなく去っていきました。この出来事の後、任谷は宦官となり、宮中に仕え、自らの身に起こった不思議な体験を上奏したと伝えられています。
蚕の起源と月の精
古からの言い伝えです。はるか昔、ある家の主が遠征に出かけ、家には年頃の娘が一人残されました。家には一頭の牡馬がおり、娘が心を込めてその世話をしていました。人里離れた寂しさから、娘は父を恋しく思うあまり、馬に戯れにこう言ったのです。
「お前が父様を連れて帰ってきてくれたなら、私、お前の妻になりましょう」
馬はその言葉を理解したかのように、手綱を断ち切ると、いななく間もなく駆け去っていきました。馬はまっすぐに主のいる場所へとたどり着きます。父は愛馬の姿を見て驚き、そして喜び、その背にまたがり故郷を目指しました。道中、馬は何度も来た道を振り返り、悲しげに鳴き続けるのです。父は「故なくしてこのような振る舞いをするからには、家に何かあったに違いない」と、馬を急がせました。
父は、畜生でありながら、この馬が持つ並々ならぬ情の深さに感じ入り、手厚く世話をしました。しかし、馬は与えられた餌を食べようとしません。娘が家の出入りをするたびに、馬は喜び、あるいは怒り、激しく暴れるのでした。あまりに続く奇妙な振る舞いを怪しんだ父は、そっと娘に事情を尋ねました。娘が事の次第をすべて打ち明けると、父は「きっと、そのせいであろう」と呟きました。
「このことは決して口外してはならぬ。我が家の恥となる。しばらく馬に近づくでないぞ」
そう言うと、父は弓を手に物陰に潜み、馬を射殺してしまいました。そして、その皮を剥ぎ、庭に広げて乾かしたのです。
父が出かけた後、娘は隣家の娘と共に、庭に広げられた馬の皮のそばで遊んでいました。娘は足でその皮を踏みつけながら、言いました。「あなたは畜生のくせに、人の妻を望むなんて。こんなふうに皮を剥がれて、さぞ苦しいことでしょうね」
娘が言い終わるか終わらないかのうちに、乾いていたはずの馬の皮が、まるで命を得たかのようにむくりと起き上がり、娘の体を瞬く間に包み込むと、天高く舞い上がって走り去ってしまったのです。隣家の娘はあまりのことにただおろおろと立ち尽くすばかり。やがて父にこのことを告げましたが、捜し求めても、二人の姿はどこにも見当たりませんでした。
数日後、大きな木の枝の間に、娘と馬の皮が見つかりました。しかし、その姿はもはや元の形を留めていません。娘も馬の皮も、すべてが無数の蚕と化し、木の上で美しい糸を紡いでいたのです。その繭はひときわ大きく、普通の蚕が作るものとは比べ物になりませんでした。隣家の婦人がこれを持ち帰って育てたところ、何倍もの絹を得ることができたといいます。そこで人々はその木を桑と名付けました。それは、娘の死を悼む「喪」の音に通じるからだといいます。以来、人々は競ってこの木を植えるようになり、これが今の世に伝わる蚕となったのです。
現在の蚕が「古の蚕の余類」と呼ばれるのは、この物語に由来します。『天官書』には「辰は馬の星である」と記され、『蚕書』には「月が大火の星にかかる時、蚕の種を浴びせる」とあります。蚕と馬は同じ気を持つものと考えられていたのです。『周礼』には「原蚕を禁じるのは、馬を傷つけるためである」との記述も見られます。
漢の時代、皇后が自ら桑を摘み、蚕の神を祀るという習わしがありました。その神は「菀窳婦人、寓氏公主」と呼ばれています。公主とは、娘への敬称。菀窳婦人こそ、蚕の祖先とされる女神なのです。今でも蚕のことを「娘」と呼ぶ人がいるのは、この古の言葉の名残なのかもしれません。
弓の名手、羿が西王母に求めた不死の薬を、その妻である嫦娥が盗み、月へと逃げ延びた物語があります。彼女が月へ向かう際、有黄という者に占わせたところ、このような卦が出ました。
「吉兆である。ひらひらと舞う蝶のように、娘は一人西へ向かう。天が暗くとも、恐れることはない。驚くこともない。その先には、大いなる栄華が待っているであろう」
月に身を寄せた嫦娥は、やがてその身をヒキガエルに変えたと伝えられています。
舌埵山には、帝の娘が亡くなった後、その身が一株の奇妙な草に化したという言い伝えがあります。葉は青々と茂り、黄色い花を咲かせ、その実は兎絲のようであったとか。この不思議な草を身につける者は、常に人から愛され、慕われるようになるといいます。
滎陽県の南、百里あまりの地に、蘭巖山という山があります。千丈もの絶壁には、常に二羽の白鶴が棲みつき、その純白の羽を輝かせながら、昼も夜も寄り添い、飛び交っていました。伝え聞くところによれば、それは、かつてこの山に隠れ住んだ夫婦が、数百年を経て化身した姿なのだといいます。しかし、ある時、一羽の鶴が心ない者に害され、残された一羽は、来る年も来る年も、悲しげに鳴き続けるようになりました。その声は今なお岩谷に響き渡っていますが、どれほどの歳月が流れたのか、知る者は誰もいません。
豫章の新喻県に住む一人の男が、畑で六、七人の女たちを見かけました。皆、美しい鳥の羽衣をまとっています。男は息を殺して這い寄り、女たちが脱ぎ捨てた羽衣の一枚を、そっと盗み隠しました。
やがて女たちは羽衣をまとい、空へと飛び立とうとしましたが、一人だけが飛び立つことができません。男は彼女を妻とし、やがて三人の娘が生まれました。ある時、母は娘たちに父を問いたださせ、羽衣が稲の藁の下に隠されていることを知ります。再び衣をまとった母は、懐かしい空へと飛び立ち、去っていきました。そして後日、母は再び舞い降りて娘たちを迎えに来たといいます。三人の娘たちもまた、母と同じように軽やかに空へと羽ばたいていったのでした。
漢の霊帝の御代、江夏の黄氏の家で不思議な出来事がありました。家の母が盥の湯で長湯をしていたところ、その体が鼋へと変化してしまい、起き上がることができなくなってしまったのです。驚いた召使いが家人に知らせましたが、人々が駆けつける前に、鼋は深い淵へと転がり落ちていきました。その後も、淵の水面には時折その姿が現れたといいます。彼女が湯浴みを始める前に挿していた一本の銀の簪が、まだその頭に残っていたそうです。この出来事以来、黄氏の子孫は代々、鼋の肉を決して口にしないと誓いました。
魏の黄初年間にも、清河の宋士宗の家で同様のことが起こりました。彼の母が夏の日に一人、浴室で湯浴みをしていましたが、あまりに長く出てこないため、家族が壁の隙間から中を覗いてみると、人の姿はなく、盥の水の中に大きな鼈がいるだけでした。
人々が戸を開けて中へ入りましたが、鼈はただそこにいるばかり。湯浴みの前に挿していた銀の簪が、その頭に残っているのが見えます。家族はただ泣きながら、どうすることもできず、その姿を守るばかりでした。鼈は去りたがっているようにも見えましたが、家族の悲しみを知ってか、留まっていたのです。しかし、何日か経ち、見守る人々の疲れが見え始めた頃、鼈は自ら戸口へと進むと、驚くほどの速さで走り去り、そのまま近くの水の中へと姿を消してしまいました。
数日後、鼈は突然家に戻ってくると、生前のように家の中を巡り、何も言わずに再び去っていきました。当時の人々は、士宗は母のために喪に服すべきだと考えましたが、彼は「母は姿こそ変われど、その命は今も生きておられる」と言い、ついに喪に服すことはなかったと伝えられています。これは江夏の黄氏の母の物語とよく似ています。
呉の孫皓の宝鼎元年六月の晦日、丹陽の宣騫の母である八十歳の老女もまた、体を洗っているうちに鼋へと化してしまいました。宣騫の兄弟四人は戸を固く閉ざし、広間に大きな穴を掘って水を満たし、母をその中で遊ばせました。しかし、戸がわずかに開いた隙に、鼋はくるりと身を翻すと自ら淵へと飛び込み、二度と戻ることはありませんでした。
漢の献帝、建安年間のこと。東郡のある民家で、怪しい出来事が続いていました。誰も触れていないのに、甕や器がひとりでに音を立て、目の前にあったはずの皿や盆がふっと消え、鶏が産んだ卵さえもなくなってしまうのです。これが何年も続いたため、人々はひどく恐れていました。
ある時、たくさんのご馳走を用意して部屋に置き、戸の影から様子をうかがうことにしました。案の定、いつものように器が鳴る音が聞こえます。人々はすぐさま戸を閉め、部屋の中をくまなく探しましたが、何も見つかりません。そこで、手当たり次第に杖で打ちつけてみると、しばらくして、部屋の隅から「あう、あう」という呻き声が聞こえ、「もう死んでしまう」という言葉が聞こえました。戸を開けてみると、そこには百歳ほどの老翁がうずくまっていたのです。言葉は通じず、その顔つきは獣のようでした。
すぐに近隣を訪ねて回ると、数里離れた場所に彼の家があり、「十年以上も前に行方知れずになっていた」とのこと。家族は変わり果てた姿に涙しながらも、再会を喜び、彼を連れて帰りました。
しかし、一年あまりが過ぎると、老翁は再び姿を消してしまいます。その頃、陳留の地でも同じような怪異が起こっていると聞き、人々は皆、あれはあの老翁の仕業に違いないと噂し合ったということです。
第十四巻の要約
この巻は、人間と動物、生と死、現実と神話の境界線が溶け合う「変身譚」と「異類婚姻譚」を主軸に描かれています。犬が王女を娶り一族の祖となる話、少女が馬の皮と融合し蚕の起源となる話、人が前触れもなく獣に姿を変えてしまう話など、幻想的で時に凄絶な物語が収められています。これらの物語は単なる怪談ではなく、古代中国の人々が自然や動物、そして不可解な運命の中に神聖さや畏怖を感じていた世界観を色濃く反映しており、様々な民族や文化、技術の起源を神話的に説明する役割も担っています。
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各場面の魅力と深掘り
この巻が持つ魅力を「不思議さと人情味」「面白さ」「恐怖心」の三つの側面から深掘りし、その背景を考察します。
1. 不思議さと人情味あふれる場面
この巻の物語は、奇妙な出来事の中に、人間の感情や道徳が強く描かれている点が大きな魅力です。
場面:盤瓠伝説における王女の決意
情景: 功績を立てた犬(盤瓠)への褒美として、王が自らの約束をためらう中、王女は父王の前に進み出て、「王たる者は言葉を重んじ、覇者たる者は信義を貴ぶもの。一人の女の身を惜しんで天下との約束を違えることこそ、この国の災いを招きましょう」と毅然と言い放ちます。
深掘り: ここには、単なる異類との結婚という奇譚を超えた、深い人情味と道徳観が描かれています。王女の言葉は、個人の感情よりも国家との「信義」を重んじる高潔な精神の表れです。彼女は盤瓠を単なる畜生としてではなく、国を救った英雄、そして天が定めた運命の相手として受け入れます。この自己犠牲と気高い決断が、物語に強い感動と説得力を与え、盤瓠の子孫とされる「蛮夷」という民族の起源譚に、神聖な正当性を付与しているのです。
場面:竇武の母の葬儀に現れた大蛇
情景: 亡き母の棺のそばに、林の奥から巨大な蛇が現れます。その蛇は、まるで人間のように嘆き悲しみ、頭を棺に打ち付けて血の涙を流します。
深掘り: この蛇は、赤子の時に捨てられた竇武の双子の片割れでした。人間社会から隔絶され、獣の姿で生きてきたにもかかわらず、母の死を悼む「孝」の心を持ち続けていたのです。この場面は、姿形は違えど、親を思う子の情愛は不変であるという、普遍的な家族愛を描いています。動物の姿を借りて、人間が最も大切にすべき徳とは何かを問いかけてくる、静かで胸を打つ名場面です。
2. 知的好奇心をくすぐる「面白さ」
物語の中には、物事の起源を説明する「説話」としての面白さが随所に散りばめられています。
場面:蚕の起源
情景: 父を恋しがる娘が馬にかけた戯れの約束が悲劇を生み、最終的に娘と馬の皮が融合して「蚕」になるという、壮絶で独創的な物語です。
深掘り: この物語の最大の面白さは、言葉の遊び(語源説)にあります。娘が命を失ったことから、蚕が育つ木を「喪」に通じる「桑」と名付けた、という解説は、古代の人々の知的な遊び心を感じさせます。また、皇后が自ら桑を摘んで蚕神を祀るという漢代の儀式や、蚕を「娘」と呼ぶ風習の由来を神話的に説明しており、文化人類学的な興味を強くかきたてられます。一つの悲恋物語が、養蚕という巨大な文化の起源に繋がっていくスケールの大きさは、まさに神話ならではの面白さです。
3. 心を凍らせる「恐怖心」
この巻には、現代のホラー作品にも通じる、根源的な恐怖を描いた場面がいくつも存在します。
場面:江夏の黄氏の母の変身
情景: 長湯をしていた母親が、静寂の中で前触れもなく巨大な鼋に変わってしまう。家族が駆けつけた時、そこにいたのは母ではなく、頭に一本の銀の簪を挿したままの異形の生き物だった。
深掘り: この場面の恐怖は、その不条理さと日常性にあります。何の理由も、予兆もなく、愛する家族が意思疎通のできない「異物」に変貌してしまう。最も安心できるはずの家の中、入浴という無防備な瞬間に起こるこの悲劇は、人間の尊厳やアイデンティティがいかに脆いものであるかを突きつけます。特に、母であったことの唯一の証である「銀の簪」が、その恐怖と哀しみを際立たせています。それは失われた人間性の最後の名残であり、家族にとっては永遠に理解できない悲劇の象徴なのです。
場面:任谷の受胎と出産
情景: 男である任谷が、羽衣の男に犯されて身ごもり、ついには腹を切り裂かれて蛇の子を産む。
深掘り: これは現代でいう「ボディホラー」の極致です。自らの身体が、自分の意思とは無関係に乗っ取られ、異形のものを孕み、暴力的に取り出される。そこには性の倒錯、身体の自己決定権の喪失、そして生命誕生の神秘が恐怖に転化する様が描かれており、読者の生理的な嫌悪感と恐怖心を強く煽ります。神や妖怪といった存在が、人間にとって必ずしも慈悲深いものではなく、理不尽で暴力的な側面を持つという、古代世界の冷厳な一面を垣間見ることができます。
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この『捜神記』第十四巻は、奇想天外な物語の連続ですが、その根底には、古代の人々が抱いていた世界への畏敬、人間社会の秩序や道徳、そして抗えない運命への恐怖と哀しみが流れています。一つ一つの物語は、現代人の私たちにとっても、愛や信義、家族の絆といった普遍的なテーマを問い直し、また、人間という存在の不確かさに震え上がらせる力を持った、時代を超えた文学作品と言えるでしょう。




