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第十二巻:万物の変容と、誠の応報

挿絵(By みてみん)

「頭、還りかねて」

夜は、墨を水に落としたように、しんと静まり返っている。

部屋を照らすのは、障子越しに滲む、冷ややかな月光のみ。その青白い光は、畳の上に横たわる一つの影を、長く、おぼろげに引き伸ばしている。

影の主は、眠る下女。しかし、その寝姿は異様である。掛け布団は穏やかに波打ち、か細い寝息に合わせて微かに上下しているものの、枕の上にあるべきものが、ない。首から上は、まるで夜の闇に溶け込んでしまったかのように、ぷつりと断たれている。そこにあるのは、空虚な襟元と、そこに落ちる深い影だけ。生命の証であるはずの身体は、主を失った器のように、ただそこに横たわっている。その静寂は、死よりもなお不気味な、生の停止を物語っている。

その時、床の上で、ことり、と微かな音が立つ。

月光が照らし出す板の間に、それはあった。女の、頭が。

長い黒髪は、もつれ、乱れ、まるで苦悶の果てに根を張ったかのごとく、床に広がっている。艶を失った髪の隙間から覗く顔は、苦痛に歪み、閉じられた瞼は小刻みに震えている。唇は半ば開かれ、声にならぬ呻きが漏れ出そうであった。帰るべき場所を布団に阻まれ、二度、三度と鈍い音を立てて床に落ちたその頭は、もはや飛翔の自由も、身体との結合も叶わぬ、ただの肉塊と化している。

その両の耳たぶが、かつて夜空を駆けた翼であったことの名残のように、ぴくりと痙攣する。しかし、もう飛ぶ力はない。月光を宿さぬ瞳は固く閉じられ、その表情には、絶望と、己が身に起こった理不尽への、言葉にならぬ問いかけだけが浮かんでいた。

世界から切り離された頭と、頭を失った身体。二つは同じ部屋にありながら、決して交わることのできない、永遠の断絶のうちにあった。


【しおの】

天地の五気と万物の理

天に満ちるは五行の気。万物はその息吹を受けて形を成し、この世に生まれる。

木の気が清らかであれば、人の心に仁愛が芽生え、火の気が清らかであれば、礼節が重んじられる。金の気が清らかであれば義の心が、水の気が清らかであれば智の光が、そして土の気が清らかであれば思慮深さが、人の中に宿るのだ。これら五つの気がすべて曇りなく純粋であるとき、その人は聖人の徳をその身に備えるに至る。

されど、その気がひとたび濁れば、人の心もまた影を落とす。木の気が濁れば人は気弱になり、火の気が濁れば淫らな欲望に溺れる。金の気が濁れば荒々しく、水の気が濁れば貪欲に、土の気が濁れば頑なになる。そして、五つの気がことごとく濁りきったとき、そこに生きる民は品性を失うのである。

古来より中原の地に聖人が多く生まれるのは、かの地が調和した気の交わる場所だからに他ならない。一方、遥かなる辺境の地に、異形のものが数多生まれるのも、異なる気が混じり合い、奇しきものを生み出すがゆえのこと。

生まれながらにしてこの気の禀質を受けたものは、必ずそれに相応しい姿を持ち、その姿を持てば、必ずその本性が内に宿る。

故に、穀物を食む者は知恵深く穏やかであり、草を食む者は力強きもどこか愚鈍である。桑の葉を食む者はやがて糸を吐く蛾となり、肉を食らう者は勇ましくも獰猛な性を得る。土を食べる者は無心にして絶えず動き、気を糧とする者は精神が澄み渡り長寿を得る。そして、何も食さずとも生きる者は、死を超越し神に至るという。

腰の太い虫に雄はなく、腰の細い虫に雌はいない。雄を持たぬものは外の気と交わって命を繋ぎ、雌を持たぬものは外の世界で子を育む。三度の変態を経る虫は、交わることなくして身ごもり、一つの体に雌雄を兼ね備えた獣は、自らの内で愛を完結させる。

寄生する草は高木を頼りとし、女蘿は茯苓の懐に身を寄せる。木々は土に深く根を張り、浮き草は水面にその生を浮かべる。鳥は天空を羽ばたき、獣は大地を駆け、虫は土中に潜んで冬を越し、魚は淵の底に棲まう。天に根ざすものは天を慕い、地に根ざすものは地を慕い、時に根ざすものは移ろう季節を慕う。万物はすべて、己が類に従い、その理の中で生きているのだ。


変化の数と異形の怪

千年の時を生き抜いた雉は、蒼き海へと身を投じ、大蛤の蜃と化すという。百歳を経た雀もまた、海に入りて蛤となると言われる。千年を生きた亀やすっぽんは、人の言葉を解し、千年の狐は、立ち上がって艶やかな女の姿となる。千年生きた蛇は、たとえ斬られてもその身を再び繋ぎ、百年生きた鼠は、未来を占う術を身につける。これらは皆、定められた時の数が満ちたときに起こる、自然の変化なのである。

春分の日には鷹が鳩となり、秋分の日には鳩が鷹へと姿を変える。これは、巡る季節が生み出す化生の一例だ。

腐った草から蛍の光が生まれ、朽ちた葦から蟋蟀の音が聞こえ、稲穂からは螟虫が、麦の穂からは蝶が生まれる。彼らはやがて羽を得て、眼を開き、心と知恵を宿すに至る。これは、もともと知を持たなかったものが、知を持つものへと化けるのであり、生命の気が移り変わることによって起こる奇跡なのだ。

雀が獐となり、蟋蟀が蝦となるように、その生命の熱量を失うことなく、形と性質だけが変化することもある。このような例は、数え上げればきりがない。変化の理に従って動くことこそが、この世の常なのである。もし、その理から外れ、進むべき道を誤ったとき、それは怪異や災いとなって人の世に現れる。

下半身が上半身に、上半身が下半身に生じるのは、気の流れが逆転した証。人が獣を、獣が人を産むのは、気が乱れた結果である。男が女に、女が男に化けるのは、気が転換したしるしなのだ。


異形の変身と誠の応報

魯の国に、牛哀という男がいた。彼は重い病に罹り、七日後、その身は見るも恐ろしい虎へと成り果ててしまった。人の体を失い、鋭い牙と爪が剥き出しになる。彼の兄が戸を開けて部屋に入った途端、虎は兄に襲いかかり、喰い殺してしまった。人であった頃の彼は、己が虎となる運命を知る由もなく、虎と成り果てた彼は、かつて人であった記憶を失っていた。

晋の太康年間のこと。陳留に住む阮士瑀は、毒蛇に噛まれ、その耐え難い痛みに、しきりに傷口を嗅いでいた。するとやがて、彼の鼻の中に、二つの頭を持つ蛇ができてしまったという。

また元康年間には、歴陽の紀元載が、旅の途中で道端の亀を捕らえて食べた。後日、彼の腹にしこりができたため、医者が薬を処方したところ、腹から数升もの亀の子が下りてきた。その大きさは小さな銭ほどで、頭も足も甲羅もすべて揃っていたが、薬の力でことごとく死んでいた。

夫婦の交わりなくして子が生まれ、胎を宿すはずのない鼻に蛇が育ち、物を下すはずのない腹から亀の子が生まれる。この理を見るに、万物の生と死、そしてその変化は、神に通じるほどの深い思慮なくしては、たとえ原因を己自身に求めたとしても、その由来を知ることはできぬであろう。しかし、朽ちた草が蛍となるのは腐敗がもたらし、麦が蝶となるのは湿気が引き起こす。そう考えれば、万物の変化には、すべて何かしらの理由が存在するのだ。農夫が麦の変質を防ぐために灰に浸して腐敗を止めるように、聖人が万物の化生を正しく導くには、道をもってそれを助ける。これこそが、真実の理なのではなかろうか。


土地の精と神異な犬

季桓子が井戸を掘っていたときのこと、土で作られた甕のようなものの中から、一匹の羊が見つかった。彼は不思議に思い、孔子に使者を送って尋ねさせた。「井戸を掘っておりましたら、犬のようなものが獲れましたが、これは一体何でございましょうか。」

仲尼(孔子)は静かに答えた。「私が聞き及ぶところによれば、それは羊に違いありますまい。木や石の怪は『夔』や『魍魎』、水中の怪は『龍』や『罔象』、そして土中の怪は『賁羊』と呼ぶ、と私は聞いております。」

いにしえの書物『夏鼎志』にはこう記されている。「罔象は三歳児ほどの姿で、目は赤く、体は黒く、耳は大きく、腕は長く、爪は赤い。縄で縛れば、食べることもできる。木の精は游光となり、金の精は清明となる。」

晋の恵帝、元康年間のこと。呉郡婁県に住む懐瑤の家で、ある日突然、地中から犬の鳴き声がかすかに聞こえてきた。声のする場所を見ると、蚯蚓の穴ほどの小さな穴が開いている。瑤が杖で突いてみると、数尺入ったところで何かに当たった。掘り返してみると、まだ目の開いていない子犬が雌雄一対で出てきた。その大きさは普通の子犬よりも大きい。餌を与えると、それを食べた。噂を聞きつけ、近所の人々が見物に集まった。

物知りの長老はこう囁いた。「それは世に聞く幸運の犬だ。手にした者の家は富み栄えるという。目が開かぬうちに元の穴へ戻し、石臼で蓋をしておくのがよかろう。」そこで瑤は、まだ目の開かぬ子犬たちを穴に戻し、石臼で蓋をした。翌朝、蓋を開けてみると、そこにはもう穴はなく、子犬たちの姿も消え失せていた。その後、瑤の家には長年にわたり、これといった幸運も不幸も訪れなかったという。

時代は下り太興年間。呉郡太守であった張懋は、斎戒のための部屋の寝台の下から犬の鳴き声を聞いた。探しても姿は見えない。やがて地面が裂け、二匹の子犬が現れた。捕らえて飼ってみたが、いずれも死んでしまった。その後、張懋は呉興の兵士、沈充によって殺害されるという悲運に見舞われた。

『尸子』には、「地中にいる犬を地狼といい、地中にいる人を無傷という」とある。『夏鼎志』には、「地を掘って犬を得るのを賈といい、豚を得るのを邪といい、人を得るのを聚という。聚は人を傷つけない」と記されている。これらは物の自然な姿であり、鬼神の仕業かと怪しむべきではない。賈と地狼は、呼び名は違えど、その実態は同じものであろう。

淮南の畢万は言う。「千年生きた羊の肝は地宰に化し、ヒキガエルが苽の実を得て死ぬと鶉になる。」これらはすべて、気の変化が互いに感応し合って生まれる現象なのである。


異界の怪異と神明の知恵

呉の諸葛恪が丹陽太守であった頃、狩りに出かけた。二つの山の狭間で、小さな子供のようなものを見つけた。それは手を差し伸べ、人を招くような仕草をする。恪が「あれをこちらへ連れてこい」と命じると、その生き物は故郷である山の狭間から引き離された途端、息絶えてしまった。

後日、側近たちがその理由を尋ね、神の仕業ではないかと考えた。恪は泰然として答えた。「そなたらはたまたま知らなかっただけのこと。かの『白沢図』にはこう記されている。『二つの山の間にいる精で、姿は小児のよう。人を見ると手を伸ばして招く。その名を傒囊という。故郷から引き離されると死ぬ』と。神の仕業かと怪しむには及ばぬ。」

王莽が国を建てて四年目のこと。池陽の地に、小人の影が現れた。身長は一尺余り。ある者は車に乗り、ある者は歩き、手に持つ道具も、それぞれの体の大きさに相応していた。この幻は三日後に消えた。王莽はこの出来事をことのほか気味悪く思い、不吉の影に怯えたという。果たしてその後、反乱の火の手は日増しに激しくなり、彼自身もまた、非業の死を遂げることとなる。

『管子』は言う。「数百年水が涸れても、谷がその場所を移さず、水の流れが絶えぬ場所からは慶忌が生まれる。その姿は人のようで、背丈は四寸。黄色い衣をまとい、黄色い冠を被り、黄色い傘を差し、小さな馬に乗って速く走るのを好む。その名を呼べば、千里の彼方からでも一日にして返事をさせることができる。」池陽に現れた影は、あるいはこの慶忌だったのかもしれない。

また言う。「涸れた小さな水の精は蚳を生む。それは一つの頭に二つの体を持つ蛇のようで、長さは八尺にもなる。その名を呼べば、意のままに魚やすっぽんを捕らえさせることができる。」


飛び交う頭と人間となる虎

晋の扶風に住む楊道和は、夏の日、畑仕事の最中にわか雨に遭い、桑の木の下で雨宿りをしていた。その時、一条の雷が彼めがけて落ちてきた。道和がとっさに鍬で受け止めると、雷は彼の股を折り、地面に落ちてもがき、飛び去ることができなくなった。よく見ると、その唇は赤く、目は鏡のように輝き、三寸ほどの毛と角が生えていた。他の部分は家畜のようであったが、頭は猿に似ていたという。

秦の時代、南方の地には、頭を飛ばすという奇妙な民がいた。彼らの頭は、夜な夜な胴体を離れて空を飛ぶことができるという。その一族の祭祀が「蟲落」と呼ばれていたことから、そう名付けられた。

呉の時代、朱桓という将軍が、一人の下女を雇った。ところがこの女、夜毎、彼女が深い眠りに落ちると、その頭だけがふわりと胴体を離れ、犬潜りや天窓から夜の闇へと飛び去ってゆくのであった。その際、耳を翼のように使っていたという。夜が明ける頃、頭はまた何食わぬ顔で戻ってくる。これが幾度も続くのを怪しんだ周りの者たちが、ある夜、灯りをともして様子を窺うと、そこには頭のない胴体だけが横たわっていた。体はわずかに冷たく、息はかろうじて繋がっている。そこで、いたずら心から彼女の体に布団を被せてみた。夜明け方、戻ってきた頭は、布団が邪魔で胴体に戻ることができず、二、三度、もがき苦しむように地面に落ちた。女はひどく嘆き、息も絶え絶えの様子だった。哀れに思って布団を取り除いてやると、頭は再び起き上がり、首にすとんと収まった。しばらくすると、彼女は元通りになった。朱桓はこのことを大いに気味悪がり、彼女を解放してやった。後に詳しく調べてみると、これは彼らの一族が生まれ持った性質であったと知った。当時、南方に遠征した将軍たちは、しばしばこの頭を飛ばす民を捕らえていたという。また、頭が戻る際に銅の盆を被せておくと、頭は胴体に戻れず、そのまま死んでしまったとも伝えられる。

長江と漢水の流域には、虎に化けることができるという人々がいた。彼らの祖先は、いにしえの君主、廩君の子孫であるという。

長沙郡に属する蛮県の東高で、村人たちが虎を捕らえるための檻を仕掛けた。翌日、檻が作動したのを確認し、皆で向かってみると、中にはなんと、赤い頭巾を被り、立派な冠をつけた亭長が座っているではないか。人々は驚き、「あなた様が、どうしてこのような場所に?」と尋ねた。すると亭長は憤然として言い放った。「昨夜、急な県の召集があり、雨を避けているうちに、うっかりとこの中へ迷い込んでしまったのだ。さあ、早く私をここから出すのだ。」村人が「召集であれば、その証拠の文書をお持ちのはずでは」と問うと、亭長は懐から召集状を取り出して見せた。そこで人々が彼を檻から出すと、その瞬間、彼はたちまち虎の姿に変わり、山へと走り去っていった。

一説によれば、「貙」とは虎が人に化けたもので、紫葛の衣をまとい、その足には踵がないという。また、足に五本の指がある虎は、すべてこの「貙」であるとも言われる。

蜀の西南に聳える高山には、猿に似た生き物がいた。背丈は七尺ほどで、人のように歩き、人を追いかける様は風のように速い。土地の者はこれを「猳国」あるいは「馬化」、また「玃猿」などと呼んでいた。彼らは、道を行く婦人のうち、美しい者を見つけると攫っていき、誰にも気づかせなかった。旅人たちは、その傍らを通る際、皆で長い縄を体に結びつけて進んだが、それでも攫われることがあったという。

この獣は男女の匂いを嗅ぎ分けることができ、女だけを狙い、男には見向きもしない。人妻を攫うと、自分の妻として暮らす。子をなさぬ女は、生涯故郷の土を踏むことは叶わなかった。十年も経つと、その姿は皆、この獣に似てきて、心も惑わされ、故郷を懐かしむことさえなくなる。

もし子を産んだ場合は、その子を抱いて母を家へ送り返す。生まれてくる子は、皆、人の形をしている。もし、その子を育てようとしない者がいれば、母親は死んでしまうとされた。そのため、人々はこれを恐れ、育てない者はいなかった。子が成長すると、他の人間と何ら変わりはなかった。そして、彼らは皆、楊という姓を名乗った。故に、今の蜀の西南に楊姓の者が多いのは、皆この猿の子孫だからであると言われている。


鮫人の涙と呪いの水

臨川の山々には、妖物が棲んでいた。彼らはいつも大風雨の日に現れ、口笛のような音を立てて、人を射る。射られた者は、しばらくすると体が腫れ上がり、その毒は極めて強い。この妖物には雄と雌がおり、雄の毒は症状が急で、雌は緩やかである。急なものは半日と命が持たず、緩やかなものでも一晩で死に至る。近くの村人たちはその治療法を知ってはいたが、少しでも手当てが遅れると助からなかった。人々はこれを「刀労鬼」と呼び、恐れていた。

古の書物には、「鬼神とは、その禍福がこの世に現れた証である」とある。かの老子はこう語っている。万物の根源たる『一』を得て、天は清澄となり、地は安寧を得、神は霊威を増し、谷は満たされ、王は天下の秩序を定める、と。

それゆえ、天地や鬼神は、私たちと共にこの世界に存在するものであり、ただ気が分かれているために本性が異なり、生きる領域が異なるために姿形も違うが、互いにすべてを兼ね備えることはできない。生きる者は陽を司り、死せる者は陰を司る。それぞれの本性が託された場所で、それぞれがその生を安んじているのだ。そして、光の届かぬ闇の世界にこそ、異形の者たちは存在している。

越の国の深い山中には、冶鳥という鳥がいた。鳩ほどの大きさで、体は青い。大木に穴を穿って巣を作り、その大きさは五、六升の器ほど。出入り口は直径数寸で、その周りは土の粘土で飾られ、赤と白に彩られて、まるで射的の的のようであった。木こりたちは、この巣のある木を見つけると、すぐにその場を避けて立ち去ったという。

夜、鳥の姿は見えずとも、その鳴き声が人の運命を告げた。「とつとつ、上へ行け!」と鳴けば、翌日には昇進の知らせが届き、「とつとつ、下へ行け!」と鳴けば、翌日には降格の憂き目に遭った。もし鳥を追い払うことなく、ただ笑って聞き流していれば、伐採を思いとどまることができた。しかし、もし鳥の棲む場所を汚すようなことをすれば、虎が一晩中その木を守りに来て、人が立ち去らなければ、容赦なく襲いかかった。

この鳥は、昼間見れば鳥の姿であり、夜にその声を聞いても鳥である。しかし時折、人々が宴を開いていると、背丈三尺ほどの人の姿となって現れ、谷へ行って石蟹を捕まえ、人々の傍らで炙って食べたが、誰もそれに手を出すことはできなかった。越の人々は、この鳥を、自分たちの祖先である越の国の祭祀者だと信じていた。

南海のさらに外には、水中に棲む鮫人がいた。魚のようでありながら、機を織ることを怠らない。そして、その瞳からこぼれる涙は、きらめく真珠の粒となって地に落ちたという。

廬江の耽県と樅陽県の境にある山野には、大青、小青、黒と呼ばれる怪物が棲んでいた。時折、彼らの泣き声が聞こえることがあったが、多い時には数十人の声になり、男女や老若の区別もあって、まるで葬儀の始まりのようであった。近隣の者は驚き、現場へ駆けつけても、人影一つ見当たらない。しかし、その泣き声がした場所では、必ず誰かが亡くなり、葬儀が営まれた。声が大きければ大きな家の、声が小さければ小さな家の不幸を知らせたという。

廬江の大きな山々の間には、山都と呼ばれる者がいた。姿は人に似ているが裸で、人を見ると逃げ去る。男と女がおり、その背丈は四、五丈にもなったという。彼らは口笛のような音で互いを呼び合い、常に薄暗い場所に潜んでおり、まさしく魑魅魍魎の類であった。

後漢の光武帝の治世の頃、長江には蜮、またの名を短狐という生き物がいた。砂を含んで人に吹きかけることができ、射られた者は体の筋がこわばり、頭痛と発熱に襲われる。重い者は死に至った。土地の者は、呪術を用いてこれを抑え、肉の中から砂石を取り出したという。詩に「鬼となり、蜮となる」とあるのは、その捉えどころのなさを指しているのだろう。人々はこれを渓谷の毒として恐れた。かつての儒学者は、男女が川で共に水浴びをするような、淫らな行いがあると、その乱れた気がこの生き物を生むのだと説いた。

後漢の時代、永昌郡不違県には、禁断の川があった。その水には毒気があり、ただ十一月と閏月だけはかろうじて渡ることができたが、正月より十月までは渡ることが許されなかった。渡れば必ず病を得て死に至り、その気の中には悪しきものがいて、姿は見えないが音だけが聞こえた。何かを投げつけて木に当たれば木は折れ、人に当たれば人は傷ついた。地元の人はこれを、鬼が弾く石だと呼んだ。そのため、郡に罪人が出ると、この川に流されたが、十日と経たずして皆死んでしまったという。


毒と裏切り、そして親子の絆

私の母方の縁者である姉の夫、蔣士の家に、一人の客人が逗留していた。その客が病にかかり、下血した。医者はこれを蠱毒によるものと診断し、密かに蘘荷の根を客の敷物の下に敷いた。客に気づかれぬように、と。すると客は、うわ言のように叫び始めた。「私の虫を食ったのは、張小小という者だ」と言い、さらに「小小はもうすぐ死ぬ」とわめいた。今でも蠱毒の治療には、蘘荷の根がしばしば用いられ、効き目があるという。蘘荷は、嘉草とも呼ばれる縁起の良い草である。

鄱陽の趙寿は、犬を使った蠱毒にかけられていた。ある時、陳岑が趙寿を訪ねると、突然、六、七匹の大きな黄犬が現れ、陳岑に激しく吠えかかった。後に、私の叔父が趙寿の妻と食事を共にした際、血を吐いて危うく命を落としかけたことがあった。その時は、桔梗の粉を飲ませて、ようやく一命を取り留めた。

蠱毒には、まるで物の怪のような側面がある。それは鬼であり、その妖しい姿はさまざまに変化する。ある時は犬や豚に、ある時は虫や蛇になる。それを使う者でさえ、その正体を知らぬまま、人々に害をなす。そして、それに中てられた者は、皆死んでしまうのだ。

滎陽郡に、廖という一族がいた。代々蠱毒を用いて財を成していたという。やがて家に新しい嫁を迎えたが、一族の秘密を彼女に明かすことはなかった。ある日、家族全員が外出し、嫁が一人で家を守っていた。ふと、屋根裏に大きな甕があるのに気づいた。嫁が試しに蓋を開けてみると、中には一匹の大きな蛇がとぐろを巻いていた。嫁は驚き、熱湯を沸かしてそれを注ぎかけ、蛇を殺してしまった。家族が帰宅すると、嫁が事の次第を話したため、一家は驚き、悲しみに打ちひしがれた。それから間もなく、その家には疫病が広がり、ほとんどの者が死に絶えてしまったという。

十二回万物流転の理と、その奇譚


1. この巻の簡潔な要約

この巻は、「万物はすべて『気』の変化によって生まれ、姿を変え、互いに影響し合っている」という壮大な自然観を軸に、世界のあらゆる不思議な現象を解き明かそうとする試みです。天の五行の気が人の徳性を形作るという哲学的な話から始まり、動物や植物が時を経て、あるいは環境によって異形のものへと変化する数々の実例を挙げていきます。そして、虎になった人間、頭が飛ぶ異民族、土地に潜む精霊といった常識を超えた怪異譚を通じて、一見不可解に見える現象にもすべて理由(由)があるのだと説き、世界の深遠さと、人知を超えた法則への畏敬の念を示して締めくくられます。

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2. 各場面の魅力と深掘り

この巻は、多様なエピソードが万華鏡のように連なっており、それぞれが異なる魅力を放っています。

どんな場面か?

蜀の山奥に棲む「玃猿」は、人間の美しい女性を攫って妻にします。しかし、もし子が生まれれば、その子を抱いて母を元の家へ送り返すという奇妙な習性を持っていました。生まれた子は人の姿をしており、もし育てなければ母は死んでしまうため、人々は恐れながらもその子を養育しました。そして、その子孫はみな「楊」姓を名乗り、人間社会に溶け込んでいった、という物語です。

深掘りすると…

これは典型的な異類婚姻譚ですが、単なる恐怖譚で終わらない奥深さがあります。女性を攫うという暴力的な行為の裏で、子孫を残すと妻を解放し、子の養育を託すという一種の「契約」や「秩序」が感じられます。そこには、獣の本能と、人間的な家族愛の入り混じった、奇妙で切ない情愛が見え隠れします。攫われた女性が、十年経つと故郷を懐かしむ心さえ失ってしまうという描写は、異界に染まっていく人間の心の変容の恐ろしさと哀れさを描き出しています。自分たちの隣人である「楊さん」が、実は人ならざるものの末裔かもしれない…という想像力は、日常と地続きの不思議さを感じさせ、物語に強いリアリティと人情味を与えています。

どんな場面か?

季桓子が井戸を掘っていて「犬のようなもの」を見つけ、孔子に尋ねます。すると孔子は即座に「それは羊であり、土中の怪『賁羊ほんよう』である」と断言し、さらに水や木石の怪物の名前をすらすらと挙げてみせます。

深掘りすると…

この場面の面白さは、怪異を前にして慌てず、冷静に知識で分類・解明しようとする知的な姿勢にあります。まるで現代の生物学者が新種を同定するかのように、孔子は自らの知識体系(おそらくは『夏鼎志』などの古文献)に照らし合わせて、未知の存在に名前を与え、秩序の中に位置づけます。これは、当時の知識人たちが、混沌とした世界を理解し、制御可能なものにしたいという強い知的欲求を持っていたことの表れです。読者は、怪物を前にした恐怖よりも、博覧強記の賢人が謎を解き明かすカタルシス(快感)を味わうことができるのです。

どんな場面か?

南方に住む「落頭民」は、夜になると頭だけが胴体を離れて飛び回り、夜明けに戻ってきます。ある将軍が雇った下女もその一人で、周りの者が面白がって、頭が留守の間に胴体に布団をかけてしまいます。戻ってきた頭は胴体に入れず、何度も床に落ちてもがき苦しみ、死にかけるという、凄惨な場面です。

深掘りすると…

このエピソードがもたらす恐怖は、視覚的なインパクトと根源的な自己喪失の感覚にあります。自分の身体の一部が、自分の意思とは無関係に動き出すという「コントロール不能の恐怖」は、現代のホラー作品にも通じるテーマです。特に、帰るべき身体に戻れずにもがき苦しむ頭の描写は、滑稽でありながらも極めて恐ろしく、憐れみすら感じさせます。これは、肉体と精神(魂)が分離してしまうことへの古代の人々の根源的な恐怖心と、「人間とは何か」という哲学的な問いを突きつけてきます。常識が根底から覆されるような、強烈なイメージを読者の脳裏に焼き付ける、この巻随一のホラーシーンと言えるでしょう。

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3. 検証:この巻が伝えようとしたこと

『捜神記』第十二巻は、単なる怪談を集めたものではありません。その背後には、古代中国の人々が世界をどう見ていたか、という思想が流れています。

「気」で繋がる世界観: 聖人の徳も、虎への変身も、怪物の誕生も、すべては「気」という一つの原理で説明されます。これは、世界に存在するすべてのものは、人間も動物も精霊も、根源において繋がっているという思想の表れです。善悪で世界を二分するのではなく、すべてを自然現象のバリエーションとして捉える、壮大な視点が存在します。

博物誌としての探究心: この巻は、当時の人々にとっての「博物誌」でもありました。未知の動植物、奇妙な現象、遠い異国の風習を記録し、分類し、理解しようとする試みです。それは、自分たちが生きる世界の輪郭を知り、その中で自分たちの立ち位置を確かめようとする、人間の知的な探求心の記録なのです。

日常に潜む「理」と「畏れ」: 一見すると不条理な怪異も、よく見れば「腐った草が蛍になる」のと同じように、何らかの「理」に基づいていると作者は示唆します。しかし、そのすべてを人間が解明できるわけではありません。だからこそ、人々は人知を超えた存在を「鬼神」と呼び、畏れ、敬ってきました。この巻は、科学的な探究心と、説明のつかないものへの畏敬の念が同居した、古代の人々の豊かな精神世界を私たちに垣間見せてくれるのです。

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