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第十巻:夢幻の知らせ

挿絵(By みてみん)

呉母懐日図ごぼかいじつず

深い夜の「静」と、一つの王朝が胎動する「動」が共存する。それは、夢と現、陰と陽、母性と天命が一つに溶け合う、幽玄の美を・・・


【しおの】

第一章 天命の兆し

天へと昇る后の夢

後漢の和熹わき鄧皇后とうこうごうが、まだ若き日に見た夢の話である。

夢の中の彼女は、果てしなく続くかのような梯子を一段、また一段と登っていた。やがて天の高みに手が届こうかというその時、ふと、鍾乳石のように清らかで滑らかなものが、天からゆっくりと垂れ下がっているのに気づいた。身体が不思議な感触に包まれる中、彼女はそれを仰ぎ、静かに飲み干したという。

夢から覚めた後、占術師にこの夢の意味を問うた。すると、占術師たちは畏敬の念を込めてこう言った。

「いにしえの聖王、堯帝は天によじ登る夢を見られ、湯王は天に達し大地をその手で固める夢をご覧になりました。これらは、いずれも世に聖なる王が現れることを告げる、この上ない吉兆でございます。皇后様が見られた夢もまた、言葉では言い尽くせぬほどの幸運を約束するものでございましょう」


日月を宿す母の夢

後に呉の国を興す孫堅の妻、呉氏もまた、不思議な夢を見ている。

長男の孫策を身ごもっていたある夜、清らかな月がふわりと舞い降り、その懐へと入る夢を見た。

そして数年後、次男となる孫権を懐妊した時には、今度は燃えるような太陽が懐に飛び込んでくる夢を見たのである。彼女は夫に、その不思議を打ち明けた。

「あなた。以前、策を身ごもった時は月の夢を見ましたのに、今度は太陽の夢でございます。これは、一体どういうことなのでしょう」

それを聞いた孫堅は、遠くを見つめるように、しかし確信に満ちた声で答えた。

「月と太陽は、陰と陽の精髄。この世で最も尊いものの象徴だ。これはきっと、我らの一族が、子や孫の代に至って天下を治めるほどの繁栄を遂げるという、天からの知らせに違いない」


第二章 富と栄達の行方

稲穂が示す昇進の夢

漢の時代、河内懐県に蔡茂という人物がいた。字は子礼という。

彼がまだ広漢の地にいた頃、ある夜、こんな夢を見た。自身が荘厳な大殿の玉座に座っており、その最も高い場所に、見事な三本の稲穂が飾られている。手を伸ばしてそれを取ろうとすると、真ん中の一本を掴むことができた。だが、その稲穂はすぐに手から滑り落ち、消えてしまった。

目覚めた後、部下である主簿の郭賀に夢の内容を語り、その意味を尋ねた。郭賀はしばらく考えた後、こう解き明かした。

「大殿は、官庁の象徴。高い場所にある稲穂は、人臣が受け取る最高の俸禄を表します。その真ん中の一本をお取りになったのは、三公の位、すなわち『中台』に昇られることを暗示しております。そして、稲穂を失ったとのことですが、文字を分解してごらんなさい。『禾(稲)』と『失』を合わせれば、『秩(俸禄)』という文字になります。つまり、失ったことこそが、俸禄を得ることの証なのです。今、ちょうど兗州の長官の席が空いております。あなた様がその職に就かれることは、もはや疑いありますまい」

その言葉通り、十日と経たぬうちに朝廷から召し出しがあり、蔡茂は兗州の長官に任命されたという。


天が貸し与えた富の夢

周擥嘖という男がいた。暮らしは貧しかったが、道徳を尊ぶ心豊かな人物だった。妻に先立たれ、夜中にたった一人で畑を耕していた彼は、ある時、疲れ果てて畑の傍らでうたた寝をしてしまった。

すると夢の中に、天の公、すなわち神が現れた。神は彼の労を深く憐れみ、傍らの役人にこう命じた。

「この者に、何か与えるものを外の役所から出すようにせよ」

天界の役人である司命が、運命を記した帳面を調べて言った。

「恐れながら。この者の生まれ相は貧しく、定められた運命もささやかなものです。しかし、これから生まれるはずの張車子という者には、一千万もの財産を受け取る禄がございます。車子はまだこの世に生を受けておりませぬゆえ、その禄を、一時的にこの男に貸し付けてはいかがでしょうか」

天の公は、「よろしい」と頷いた。

夜が明け、彼はこの不思議な夢を妻に語った。それからというもの、夫婦は力を合わせ、昼夜を問わず仕事に励んだ。すると、手がけることすべてが面白いように成功し、財産は瞬く間に一千万にまで膨れ上がったのである。

彼らが豊かになる少し前のこと。かつて周家で働いていた張嫗という女がいた。彼女は人知れず子を身ごもっていたが、臨月が近い頃に家を出て、日雇いの仕事を探していた。そしてある日、道の途中で産気づき、荷車の軒下で赤子を産み落とした。彼女を雇っていた主人は、その孤児の境遇を哀れみ、粥を炊いて母子に与えた。

主人が「この子には何と名付けようか」と尋ねると、女は言った。

「車の軒下で生まれましたので、天が夢枕に立ち、『車子』と名付けるようにお告げになりました」

その話を聞いた周擥嘖は、すべてを悟った。

「ああ、私がかつて天から富を授かる夢を見た時、役人が『張車子の銭を貸す』と言っていたのは、この子のことだったのだ。この財産は、いずれ本来の持ち主であるこの子の元へ還るのだろう」

不思議なことに、その日を境に周家の家運は少しずつ傾き始めた。そして、車子が立派に成長する頃には、彼の富は周家を遥かにしのぐものになっていたという。


第三章 死の影を映す夢

夏陽に住む盧汾、字を士済という男は、蟻の穴に迷い込む夢を見た。中には三間の広さほどの広間があったが、そこはどこか心もとない、がらんとした空間で、入り口の額には「審雨堂」という不吉な名が記されていた。

呉の役人であった劉卓は、重い病に伏し、死の淵をさまよっていた。ある夜、夢に一人の男が現れ、真っ白な麻の単衣を差し出してこう言った。「これを着なさい。もし汚れたなら、火で焼けば元のように清らかになる」目覚めると、果たしてその白衣が枕元に置かれていた。それからというもの、衣が汚れるたび、彼はそれを火にくべて洗い清めたという。

淮南の書記官であった劉雅は、青いトカゲが屋根から落ちてきて、自らの腹の中に潜り込む夢を見た。その日以来、彼は原因不明の激しい腹痛に生涯苦しめられることになった。

後漢の時代、張奐が武威太守を務めていた頃、彼の妻が奇妙な夢を見た。帝から直々に官職の証である印綬を授けられ、意気揚々と楼閣に登り、高らかに歌をうたう夢であった。妻から夢の話を聞いた張奐が占わせてみると、占者はこう予言した。「奥方様はまもなく男の子をお産みになるでしょう。そしてその子は将来、この武威郡の太守となり、その生涯を終える場所こそが、夢に見たこの楼閣となるのです」やがて妻は男の子を産み、張猛と名付けられた。時が流れ、建安の年。猛は予言通り武威太守となったが、刺史を殺害した罪に問われた。追っ手の兵に囲まれ、捕らえられることを潔しとしなかった彼は、あの楼閣に登ると、自ら火を放ってその身を焼いたという。

漢の霊帝は、ある夜の夢の中で、先の帝である桓帝に激しく叱責された。「宋皇后に何の罪があったというのだ。そなたはよこしまな者たちの言葉に惑わされ、彼女の命を奪った。渤海王の劉悝も、自ら官位を退いたにもかかわらず、重ねて討ち滅ぼした。今、宋氏と劉悝は天にその無念を訴え出ている。天帝は激しく怒り、そなたの罪はもはや許されることはない」夢はあまりに鮮明であった。霊帝は恐れおののきながら目覚めたが、それからほどなくして崩御した。

呉の時代、嘉興に住む徐伯始が病に倒れ、道士の呂石安を招いて平癒の祈祷を行わせていた。呂石には戴本と王思という二人の弟子がおり、師弟三人は海塩の地から招かれていた。ある日の昼下がり、徐伯始がうたた寝をしていると、夢の中に天上の北斗門が現れ、その下に三頭の鞍を置いた馬が佇んでいるのが見えた。夢の中の案内人が言う。「明日は、一頭で呂石を、一頭で戴本を、そしてもう一頭で王思を迎えに行く」伯始は夢から覚め、すぐに三人にその内容を伝えた。呂石はそれを聞くと、静かに弟子たちに言った。「どうやら我々の死期が迫っているようだ。急いで故郷に帰り、家族に最後の別れを告げねばなるまい」彼らは祈祷を途中で打ち切り、帰ろうとした。不思議に思った伯-始が引き留めたが、三人は「もう二度と家の者に会えなくなるのが怖いのです」とだけ言い残し、足早に去っていった。その翌日、三人は示し合わせたかのように、同時に息を引き取ったという。

会稽の謝奉は、永嘉太守の郭伯猷と親しい友人であった。ある夜、謝奉は奇妙な夢を見た。郭が浙江のほとりで誰かと金銭を巡って争い、そのために水の神の怒りを買い、水に落ちて死んでしまう夢だった。さらには、自分が友の亡骸を引き取り、葬儀の準備をする夢まで見てしまった。目覚めた彼は、すぐに郭の屋敷を訪ね、何食わぬ顔で共に囲碁を打ち始めた。しばらくして、謝奉はぽつりと言った。「あなたがたは、私が今日なぜここへ来たかご存知かな」そして、夢で見た一部始終を語って聞かせた。郭はそれを聞くと、寂しげに微笑んで言った。「実は昨夜、私も誰かと金を争う夢を見たのだ。君の夢と寸分違わぬ。まさか、それが現実になろうとはな」そう言うと、郭は厠へと席を立った。しかし、彼はそのまま崩れるように倒れ、二度と起き上がることはなかった。謝奉は、夢で見た通りに、友の葬儀を執り行った。


第四章 祈りが変えた運命

嘉興に、徐泰という青年がいた。幼くして両親を亡くした彼は、叔父の徐隗に引き取られ、実の親以上の愛情を注がれて育った。その大切な叔父が重い病にかかった時、泰は寝食を忘れ、献身的に看病した。

その夜の三更、真夜中のことである。疲れ果てて眠りに落ちた泰は、夢を見た。二人の男が小舟に乗り、一つの箱を携えて彼の枕元に現れた。男たちは箱を開け、中から一冊の帳面を取り出すと、泰に示して言った。「そなたの叔父は、本日、死ぬ運命にある」

泰は夢の中でひざまずき、声を上げて泣きながら、ひたすらに命乞いをした。しばらくすると、男たちの一人が言った。「この県に、お前の叔父と同じ名の者はいるか」泰は必死に記憶をたぐり、「張隗という者がおりますが、姓は違います」と答えた。すると男たちは言った。「姓が違っても、無理に代えることはできよう。そなたが叔父によく仕えるその真心に免じて、特別に命を助けてやろう」そう言い残すと、二人の姿はかき消すように消えていった。

はっと目覚めると、夜はまだ明けていなかった。急いで叔父の様子を見に行くと、あれほど重かった病が、嘘のように快方へと向かっていたという。

第十巻「夢幻の知らせ」の要約

この巻は、後漢から三国時代にかけて生きた人々の見た「夢」に焦点を当てた物語集です。夢は、単なる睡眠中の幻ではなく、天からの啓示であり、未来を正確に予言する窓として描かれています。皇后や英雄の誕生を告げる壮大な吉夢から、役人の昇進や富の巡りを暗示する夢、そして病や死、一族の没落を告げる冷徹な凶夢まで、様々な夢が登場します。人智を超えた運命の存在と、それに翻弄され、あるいは時に祈りによって運命を動かそうとする人々の姿を通して、古代中国の人々が抱いていた世界観や死生観を浮き彫りにしています。


各場面の魅力分析

この物語群は、現代の我々が読んでも心惹かれる多様な魅力に満ちています。


不思議さと神秘性

鄧皇后、天の恵みを飲む夢: 最も神秘的な場面です。「天に登り、鍾乳石のようなものを飲む」という幻想的なイメージは、彼女が人ならざる天命を授かったことを象徴しています。これは、単なる出世の予言ではなく、彼女自身が天と繋がり、聖なる存在となることを暗示しており、神話的な不思議さに満ちています。

劉卓、火で洗う白衣の夢: 死の間際に現れた男から「汚れたら火で焼けばきれいになる」という不思議な白衣を与えられる場面は、非常にミステリアスです。この白衣は、死後の世界の衣服なのか、あるいは魂そのものの比喩なのか。読者の想像を掻き立てる、不可解で魅力的な小品です。


心温まる人情味

徐泰、叔父の命を乞う夢: この巻の中で、最も人情味にあふれ、感動を呼ぶ場面です。絶対的な死の運命を告げられた甥が、夢の中でひたすら命乞いをする姿。その純粋な「孝」の心が、天の役人の心を動かし、運命の帳面を書き換えさせるという展開は、冷徹な運命論が支配する物語の中で唯一の救いとなっています。人の真心が天をも動かすという、儒教的な徳の力が美しく描かれています。


知的な面白さ

蔡茂、稲穂を失う夢: この夢判断は、漢字を使った一種の謎解きであり、非常に知的で面白い場面です。「稲穂(禾)を失う(失)」という夢の出来事を、文字のパーツとして分解・再結合し、「俸禄(秩)」という吉兆を導き出す解釈は、見事な言葉遊びです。古代中国の知識人が持っていた教養と機知が光ります。


背筋が凍る恐怖

霊帝、先帝の叱責を受ける夢: 最も直接的で心理的な恐怖を感じさせる場面です。死者、それも自分がその座を継いだ先代の皇帝が夢枕に立ち、具体的な罪状を挙げて「お前の罪は救い難い」と断罪する。これは単なる悪夢ではなく、怨霊による祟りであり、権力の頂点に立つ者でも逃れられない罪の報いを突きつけられる、という強烈な恐怖を描いています。

張猛、母の夢が告げた悲劇の運命: 母親が見た吉夢が、数十年後の息子の壮絶な死に様までを正確に予言していた、という結末は、一種の運命論的な恐怖を感じさせます。生まれる前から人生の結末がすべて決められており、本人も知らぬ間にそのレールの上を歩かされているという、抗いようのない運命の恐ろしさが際立っています。


物語の深掘り検証

これらの夢物語は、単なる不思議な話としてだけでなく、当時の人々の思想や世界観を映し出す鏡として読み解くことができます。


1.「天命」という絶対的な価値観:

鄧皇后や孫権の誕生を告げる夢は、彼らの権力が個人的な才覚だけでなく、「天」によって与えられた正当なものであるという「天命思想」を色濃く反映しています。夢は、その天命が誰に下ったかを人々に知らせるための、最も重要なメディアでした。これは、政権の正統性を補強するためのプロパガンダとして機能した側面もあったと考えられます。


2.道教的な官僚システムの世界観:

周擥嘖や徐泰の夢には、「天の公」や「司命」といった、まるで地上の役所のように運命を管理する天界の役人が登場します。これは、人間の寿命や財産は、天界の官僚システムによって帳簿で厳密に管理されているという道教的な世界観に基づいています。運命とは、この天界の帳簿に記された「決定事項」であり、人間がそれを知る術は「夢」しかなかったのです。


3.夢と現実の境界線の曖昧さ:

現代の我々は、夢を「脳が見せる幻」「心理の反映」と捉えますが、『捜神記』の世界では、夢は現実と地続きの、もう一つのリアルな世界です。夢で受け取った白衣が現実世界に存在したり(劉卓)、夢で告げられた死が寸分違わず現実になったり(呂石たち、郭伯猷)します。この夢と現実の境界線のなさが、物語に不思議な説得力と恐怖を与えています。


4.運命は変えられるのか?という問い:

物語のほとんどは、夢で告げられた運命が絶対的であることを示しています。しかし、最後に置かれた徐泰の物語は、「人間の徳(孝行)は、定められた運命さえも変える力がある」という重要なメッセージを提示します。これは、厳格な運命論の中に、儒教的な道徳実践による救いの可能性を残すものであり、当時の人々にとって大きな希望となったことでしょう。絶対的な運命の中でも、善く生きることには意味があるのだ、と物語は静かに語りかけているのです。

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