報酬と烙印
影の市場での襲撃を退け、血の匂いがまだ残る夜。
カイとアリアは震える手で木箱を抱え、レオンとマルクの背中を追っていた。
路地裏を抜けるたび、石畳に映る赤黒い染みが目に焼きつく。
アリアは剣を握りしめながらも、
刃にこびりついた血を直視できず、ただ歩くことしかできなかった。
市場の外れにある倉庫で荷を渡すと、
そこに待っていたのは仮面をつけた商人風の男だった。
金の入った袋がレオンへ投げ渡され、重い音を立てる。
「確かに受け取った。次も頼むぞ」
男はそう告げ、すぐに影へと消えていった。
レオンは金袋を軽く振り、中身を確かめる。
「さて、報酬だ。お前たちの取り分はこれだな」
差し出されたのは、小さな革袋。
カイが受け取ると、中には銀貨が数枚だけ入っていた。
「これが……俺たちの……?」
「ああ。命を賭けた働きにしちゃ安いと思うか? だがな、これが“現実”だ」
レオンの声は冷たかった。
アリアは唇を震わせ、ついに言葉を吐き出す。
「……私たちは人を斬ったのに、こんな……! 命より軽いの!?」
叫びに、マルクが鼻で笑う。
「命は重い。だが他人の命は、金に換えられる。それがこの街の掟だ」
その言葉は、胸に杭を打たれるように二人を貫いた。
レオンは彼女を見つめ、淡々と告げる。
「お前たちは今夜、“血を流す側”になった。
もう後戻りはできない。……この街で生きる以上はな」
その瞬間、カイの脳裏に未来視が閃く。
──王都の大広場。無数の人々の前に立つ自分。
──その背には烙印のような影。逃げ場のない鎖。
心臓が強く脈打ち、全身に冷たい汗が流れる。
「……カイ?」
アリアが心配そうに覗き込む。
カイは必死に微笑みを作り、袋を握りしめた。
「大丈夫。……でも、俺たちはもう“選んだ”んだ」
レオンが口元を歪めた。
「そう、それでいい。選ばなきゃ生きられない。
それを理解しただけで、お前たちは一歩進んだ」
倉庫を出る頃には、空は白み始めていた。
東の空に昇る朝日が二人の影を長く伸ばす。
その影は、昨夜の血と同じく、彼らから離れることはなかった。
初めての報酬を手にしたその瞬間こそが──
カイとアリアが「王都の住人」として烙印を押された、決定的な一歩だった。