赤い羽根の青年
青年は名を レオン と名乗った。
赤い羽根飾りの帽子を軽く傾け、まるで芝居役者のように一礼する。
「俺はレオン。王都じゃ“困ってるやつに首を突っ込むお節介”として有名なんだ。
まあ、信じるかどうかは任せるけどな」
人混みを器用にすり抜けながら歩くレオンの後を、
カイとアリアは半信半疑で追った。
街路は石造りの建物が立ち並び、軒先から吊るされた布や果物の匂いが漂う。
行き交う人々の喧噪に圧倒され、
二人はすっかり迷子になった子どものようだった。
「で、君たち。名前は?」
「……カイと、アリア」
「ふむ、覚えた。じゃあカイとアリア、歓迎するよ。王都という名の“胃袋”にね」
レオンの言葉に、アリアが怪訝そうに眉を寄せた。
「胃袋?」
「そう。ここはすべてを呑み込み、噛み砕き、時に吐き出す場所さ。
金も力もない奴は、すぐに路地裏の影に消える」
軽い口調の裏に潜む冷たさに、カイの背筋が粟立つ。
やがて彼らが辿り着いたのは、石畳の大通りから外れた裏路地だった。
薄暗い路地裏には、簡素な木の看板を掲げた小さな宿があった。
《旅人宿・青い月》──老舗というよりは、場末の安宿といった風情。
「ここなら子どもでも泊まれる。
俺の顔を立てれば、しばらくは世話してもらえるさ」
レオンは扉を押し開け、中に二人を招いた。
宿の中は質素だが、
暖炉が赤々と燃えており、旅人らしき者たちが卓を囲んでいた。
女将らしき中年女性がレオンに気づき、眉を上げる。
「あんた、また拾ってきたのかい?」
「ま、善意ってやつだ。二人を頼むよ」
女将は溜息をつきながらも、二人に温かいスープを差し出した。
カイはその湯気に顔を近づけ、思わず目頭が熱くなる。
──あれほど燃え盛った炎の中を逃げ、冷たい森を歩き続けた自分たちが、
こうして温かい食事にありついている。
それだけで涙が出そうだった。
「……ありがとう」
「気にするな。だがただの善意じゃない」
レオンの声に、カイは顔を上げる。
「この王都で生きるには、金と繋がりが必要だ。
お前たちに金はない。だから“手伝い”をしてもらう」
「手伝い……?」
アリアが警戒するように剣の柄を握った。
レオンは手をひらひら振って笑う。
「人攫いや盗みをやらせるわけじゃない。
俺の仲間と一緒に、ちょっとした“依頼”をこなしてもらうだけだ」
その目は笑っていなかった。
カイの頭を閃光がよぎる。
──路地裏で襲いかかる影。レオンの姿。血に濡れる未来。
しかし、同時に別の映像も見えた。
──依頼を果たし、硬貨を手にする自分たち。王都での居場所を得る未来。
「……危険、なんだね」
カイの言葉に、レオンはにやりと笑った。
「危険じゃない仕事なんて、この街にはないさ。
だが俺はお前たちを食い物にするつもりはない。むしろ……選ばせてやる」
沈黙が落ちる。
アリアはスープを置き、真っすぐカイを見た。
「どうするの? ここで逃げても、また野宿になるよ」
彼女の目には不安と同時に、強さも宿っていた。
カイは未来視の断片を思い出す。
──選ばなければ、道は閉ざされる。
そう確信した彼は、小さく息を吸い込んだ。
「……わかった。俺たちにできることなら、やるよ」
その言葉に、レオンはようやく笑みを深めた。
「いい返事だ。じゃあ明日の朝、俺の仲間を紹介しよう」
その夜、カイとアリアは初めて王都の屋根の下で眠りについた。
だが心の奥には、不穏な予感が燻り続けていた。
王都の“胃袋”に呑み込まれるのか、
それとも自らの力で生き抜くのか──選択の時は、すぐそこまで迫っていた。