喧騒の王都にて
旅商人の馬車に揺られ、三日。
ようやく遠くに灰色の石壁が見えてきた。
空へ突き立つ巨大な塔、その足元を取り囲む堅牢な城壁。
まるで山脈がそのまま移動してきたかのような威容に、
カイとアリアは息を呑んだ。
「……あれが、王都……」
アリアの声はかすれていた。村を出たとき、こんな光景を想像できただろうか。
城壁の前には、すでに長蛇の列ができていた。
行商人、農夫、巡礼の一団、そして冒険者と呼ばれるであろう武装した男たち。
ありとあらゆる人間が行き交い、
村の人口の何倍もの人々が一か所に集まっていた。
熱気に圧倒されながらも、カイは未来視の閃光を思い出していた。
──人々でごった返す広場に立つ自分たちの姿。
それがいま現実となろうとしている。
商人の厚意で二人は列に加わり、検問を受ける。
兵士の鋭い視線が、まだ煤と泥にまみれた二人をじろりと舐めた。
「身分証は?」
「……村が襲われ、持っていません」
カイが正直に答えると、兵士は眉をひそめた。
だが商人が間に入り、短く耳打ちする。
「孤児だ。私が保証する」
兵士は渋々ながら頷き、通行を許した。
門をくぐった瞬間、二人は思わず立ち尽くした。
そこに広がっていたのは、
色とりどりの屋根と無数の旗、石畳を埋め尽くす人の波。
香辛料の匂い、焼きたてのパンの香ばしさ、
馬や荷車のきしむ音、吟遊詩人の歌声。
村での生活しか知らなかった二人にとって、それはまさしく別世界だった。
「すごい……これが、王都……!」
アリアが目を輝かせる。だが同時に、その瞳には小さな怯えも宿っていた。
こんな大きな場所で、自分たちはどうすればいいのか。
商人は仕事があると告げ、二人を大通りの広場で降ろした。
「ここから先は自分たちで切り抜けるんだな。せいぜい強くなるんだ」
そう言い残し、馬車は人波に消えていった。
二人は広場の片隅に立ち尽くす。
周囲では冒険者風の人々が酒場へ吸い込まれ、
行商人たちが声を張り上げて客を呼んでいた。
子どもたちは物乞いをし、役人がそれを追い払う。
華やかさの裏に、厳しい現実が垣間見える。
「……まずは、泊まる場所を探さなきゃ」
カイが呟く。
しかし宿に泊まる金など持っていない。
その事実に気づき、二人は顔を見合わせた。
途方に暮れかけたそのとき、背後から声がした。
「君たち、新顔だね。宿を探してるのかい?」
振り返ると、派手な服を着た青年が立っていた。
赤い羽根飾りの帽子、洒落た笑み。
胡散臭さを漂わせながらも、どこか人懐こい雰囲気がある。
「えっと……そうですけど」
カイが答えると、青年はにやりと笑った。
「なら、いい所を紹介してやるよ。
安いし、安全だ。……まあ、ちょっと手伝ってほしいことはあるけどね」
アリアが怪訝そうに眉をひそめる。
カイの頭を閃光が走った。──この青年と共に歩く未来。
その先には危険もあるが、確かに新たな道が開けていた。
「……どうする?」
アリアが小声で問う。
カイはしばし考え、強く頷いた。
「行こう。ここで立ち止まっても何も変わらない」
こうして二人は、初めて王都の人間に導かれることになった。
それが果たして幸運か不幸か、この時の彼らにはまだ分からなかった。