廃墟を後に
夜が明ける頃、アルベルの村はすでに形を失っていた。
炭のように黒く焼け落ちた家々。
折れた柵や道具が散乱し、村人たちの姿はどこにもない。
生き延びた者がいたとしても、四散し、もう戻ることはないだろう。
カイとアリアは丘の上に座り込み、燃え跡を見下ろしていた。
炎に照らされた恐怖の光景が、瞼の裏に焼きついて離れない。
村の中に入る勇気もなく、ただ遠くからその終わりを見届けていた。
「……全部、なくなっちゃったね」
アリアの声はかすれていた。涙を流しすぎて、もう声が出ないのだろう。
カイもまた返す言葉を持たなかった。
彼女の横顔はまだ幼さを残しているのに、
昨夜の戦いで無理やり大人に引き上げられてしまったように見えた。
沈黙の中、カイの頭を再び閃光がよぎる。
──焦土の中で膝を抱え、動けなくなる未来。
──立ち上がり、歩みを進める未来。
どちらを選ぶかは自分次第だった。
「……アリア、ここにいても死ぬだけだ。森を抜けて、どこか別の町に行こう」
「……逃げるだけでいいの?」
彼女は問い詰めるようにカイを見た。
その瞳の奥には、悔しさと憎しみが渦巻いている。
「俺だって……あんな魔物、許せない。でも今のままじゃ勝てない。
生き延びなきゃ、何もできないんだ」
声は震えていたが、それでも必死に言葉をつなぐ。
未来視の欠片が見せた映像を信じるなら、選択肢はひとつしかない。
アリアはしばらく黙っていたが、やがて力なくうなずいた。
「……わかった。生きるために、進もう」
その小さな言葉に、二人の決意が込められていた。
村を後にする前、アリアは剣を拾い上げた。
刃は欠け、血に染まっていたが、それでも彼女にとって唯一の力だった。
カイは倒れた木の枝をもう一度握りしめる。頼りないが、それしか武器はない。
二人は森へと歩みを進めた。
木々の間から差し込む朝日が、煤に汚れた顔を照らす。
鳥たちは恐怖が去ったかのように囀りを再開していたが、
その声はやけに遠く聞こえた。
「これから、どうするの?」
「……街を探そう。きっと人がいる。そこで強くなる方法を探すんだ」
カイの言葉は未来への祈りに近かった。
だがアリアはうなずき、真っすぐ前を見据えた。
森の奥からは不穏な気配が漂う。
魔物の咆哮が遠くに響き、昨夜の恐怖を思い出させる。
それでも二人は立ち止まらなかった。
彼らの背後には、すでに帰る場所など存在しないのだから。
やがて、森を抜ける小道に差し掛かった。
そこに立てられていたのは、風に揺れる古びた道標。
「東──ガルディア王都まで十里」
その文字は、彼らにとって初めて目にする「新しい世界」への入口だった。
「王都か……そこなら、何かが変えられるかもしれない」
カイの胸に微かな希望が芽生える。
だが同時に、未来視の閃光がまた走った。
──巨大な城壁、うごめく人々の群れ、陰謀と戦乱の影。
胸の奥が冷たくなる。
それでも、彼は歩みを止めなかった。
廃墟となった村を背に、二人は旅路へと踏み出す。
それは失われた日常の代わりに、果てしなく続く試練の始まりだった。