燃えゆく村で
村を覆う炎は、夜の帳よりもなお濃い闇を生み出していた。
裂ける木材の音、燃え盛る薪のような爆ぜる音が、
混乱に包まれた人々の悲鳴と交じり合う。
巨大な魔獣は、まるで破壊を楽しむかのように村を踏み荒らしていた。
赤い瞳は獲物を探し求め、牙をむき出しにして吠える。
その前に立つアリアの剣は小さく、頼りない。
それでも彼女は後退しなかった。
「来るよ、カイ!」
「う、うん!」
カイは枝を構え直す。手は汗で濡れ、膝は笑い続けている。
未来視の閃光が、またも彼を貫いた。
──アリアが地面に倒れ、血に染まる光景。
心臓が握りつぶされるように痛んだ。
「……そんな未来、認めない!」
カイは枝を振り回すように突き出し、魔獣の注意を自分へ引き寄せる。
獣が咆哮し、爪を振り下ろす。
死を覚悟した瞬間、アリアの剣が光を弾いた。火花が散り、爪の軌道が逸れる。
「バカ! 自分を囮にするなんて!」
「お前を死なせる未来なんて、絶対嫌だ!」
カイの必死の言葉に、アリアの目が一瞬だけ揺れた。
彼女は歯を食いしばり、全力で剣を振り抜いた。
刃は魔獣の肩をかすめ、黒い血が飛び散る。
だが深手には至らない。
魔獣は怒り狂ったように咆哮し、二人へ突進した。
衝撃が走り、カイもアリアも地面に叩きつけられる。
焼けた土の匂いが肺を満たし、耳鳴りが世界を支配する。
視界の端に──倒れた老人や、泣き叫ぶ子どもたちの姿。
村は壊滅の淵に立たされていた。
カイは悟る。自分たち二人の力では、この魔獣を止められない。
「……逃げよう、アリア。みんなを助けられない……今は無理だ」
「そんな……! 置いて行けっていうの!?」
アリアの声は怒りと絶望に震えていた。
カイの頭を未来視の閃光が貫いた。
──二人がここで戦い続け、共に命を落とす未来。
──必死に逃げ延び、いつか再び立ち上がる未来。
それはほんの断片だが、確かに存在する選択肢だった。
「悔しいけど……死んだら終わりだ! 生きて、強くなって、取り戻そう!」
カイの声は涙に濡れていた。
アリアもまた唇を噛み、震える肩を押さえる。
彼女は最後に燃える家を振り返り、血が滲むほど拳を握りしめた。
「……わかった。生き延びて、絶対にあいつを倒す」
二人は互いに支え合い、炎の中を駆け抜けた。
背後で魔獣が吠え、村の灯火が崩れ落ちていく。
その音は、まるで過去を焼き払う鎮魂歌のように響いていた。
カイは振り返らなかった。
心に刻まれたのは、守れなかった悔しさと、これから背負う誓いだけ。
──この夜の惨劇こそが、二人の運命を変える第一歩となった。
そして彼らの物語は、やがて千の章を越えて続いていくことになる。