01-0008.精神攻撃ですよぉ
「お嬢様の治癒使いのレベルが上がりづらいような気がするんだが?」
リコさんが美味しそうに水を飲みながら疑問を投げかけてくる。
「探索者と、探索者レベル3から覚える武器系のジョブで必要経験値が違うっぽいので、魔法を使う治癒使いは更に必要経験値が多いのかもしれませんね」
「むむむ、そうなんですかぁ」
モンスターを倒している数は違うが、トウコさんは未だに探索者レベル3と治癒使いレベル2だけなので、治癒使いの必要経験値が多いのはほぼ確定だろう。
「魔力も回復したし次は右側の道を探索してみないか」
「良いですね。まだ見ぬ宝箱が置いてあるかもしれませんよ」
「宝箱ですかぁ」
右側の奥の道を進んで行くがウサギが一匹居ただけで余りモンスターが居ない感じだ。
こちら側はハズレかと三人で話していると、角を曲がった先の行き止まりに何かが三匹いた。
それは全身が木目調の60センチ程の人型。窪んだ黒い瞳と口は、どこまでも吸い込まれそうな深淵で、頭頂部には緑色の綺麗な葉が突き刺さっている。
「おい…、おい…、おい!怖いんだが?」
「ひやぁぁぁ…」
怖い。怖いが他の人が怖がっていると、逆に冷静になる現象だ。
「大丈夫ですよ二人とも落ち着いてください。向こうに攻撃の意思は無いみたいですよ?」
カラカラカラカラ……ビタッ
カラカラと音を出しながら走ってくる人型の何かが、僕の右足にへばり付く。
「「「ひやぁぁぁ…」」」
怖がるリコさんのトルネードキックが人型の何かに炸裂し壁に吹っ飛ぶが、まだ黒い粒子には変わらない。
特に攻撃してくる感じはしないが、トウコさんは腰が砕けてしゃがみ込んでいる。
「トウコさん。経験値取得の為に一回は殴って!」
「こ、腰が砕けて無理ですぅ…!」
カラカラ鳴った状態の人型の何かを両手で掴みトウコさんの前まで持っていく。
「ひやぁぁぁー!やめてぇぇー!」
腰が砕けたトウコさんの一撃が決まる。透かさずナイフを突き立てると黒い粒子がカードに変わった。
「ミノル。お嬢様を担げ!」
急いでトウコさんをおんぶして逃げる。背中に何かが当たっているが内緒だ。
「ありがとうですぅ。もう大丈夫ですよぉ」
「ふぅ、ここまで逃げれば大丈夫か。ミノルに謝らないといけないな」
「いえ、軽かったので大丈夫ですよ」
役得でしたとは、口が裂けても言えない。
「いや、新しいジョブを取得してしまった」
リコさんがさっきのドロップカードをヒラヒラさせている。
「『 若葉 』カードだったよ。ジョブは薬師」
リコさんからカードを受け取るがジョブは取得しない。調理師と同じ感じだ。
「あー。もう一度戦ってもよろしいか?」
「ええー」
「トウコさんが薬師を覚えるのも良さそうですし」
「良くないですぅ」
「丁度あと二匹居ましたし」
「丁度良くありませーん」
どうにか説得出来ないだろうか。もしくはリコさんと二人で倒しに行くか。
「攻撃して来ないのに何故か怖いんだよな。もしかして精神攻撃か?」
「あの瞳は見ない方が良さそうですね。他のモンスターと組まれると厄介そうです」
「トウコお嬢様。楽な組み合わせの内に、試してみましょう。瞳を見ずに頭の葉を見る感じですよ」
「ええー」
「さぁ、行きますよ。お嬢様」
リコさんに引っ張られたトウコさんと三人で、さっきの行き止まり手前の角に到着する。
トウコさんの方を見ると、薄目になっているが大丈夫だろうか。
「葉を見るんですよ。良いですか行きますよ」
角を曲がると葉が5枚見える。どうやら増えているようだ。瞳を見てはいけない。
「ひやぁぁぁー!!」
隣に居るトウコさんの悲鳴が耳を劈く。瞳を見てはいけない。
「怖いが瞳を見なければいけるな」
リコさんのトルネードキックが容赦なく決まる。
「一匹ずつお嬢様の前に持って行ってくれ」
鬼畜の所業である。だが攻撃はしてこないので、怖くなければ作業だ。
五匹で『 木霊の板材 』カード2枚と『 若葉 』カード2枚がドロップする。
「もう大丈夫ですよ。落ち着いたらカードを1枚拾ってくださいね」
「アニメで見る木霊はもう少し可愛げがありましたよぉ」
『 薬師を取得しました 』
早速ステータスカードのジョブを変更して確かめる。
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時園実 17歳♂
ジョブ:薬師(01)
『調合』
『薬材ドロップ確率アップ』
『LUC小アップ』
探索者(03)短剣使い(03)調理師(02)…
STR 4 INT 6
VIT 6 MND 4
DEX 4 CHR 7
AGI 5 LUC 75+10
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「あ、治癒使いのレベルが上がってますよー…」
涙目のトウコさんのレベルが上がったようだ。
「やりましたね!」
「おいおい、ミノル。木霊の板材カードも早く拾った方が良いぞ」
木霊の板材カードを拾ったリコさんが言ってくる。これはジョブだ。
カードを拾おうとしていたトウコさんの手が、その言葉を聞いてピタリと止まる。
トウコさんよりも先に、素早くカードを拾うと脳内にアナウンスが流れる。
『 木工師を取得しました 』
「今は、もう木霊と戦いたくないので拾わなくてよかったですぅ…」
「うーん、魔力が直ぐに無くなるな。薬師の調合で魔力を回復する薬とか作れないかなー」
「若葉で何が作れるか楽しみですね」
帰りにスローラビットを二匹倒しウサギの肉カードが1枚でる。これで合計6枚だ。
部屋に戻ると若葉をカードから取り出し調合を試してみる。
「さてさて、何ができるかな。調合!」
若葉が光の粒子に包まれ、両手一杯の綺麗な葉に包まれた十個の丸薬に姿を変える。
「これって何の薬に見えます?」
「美味しそうな芽キャベツですぅ」
「薬玉って言うみたいですけど、芽キャベツと言われればそうですね」
もう芽キャベツにしか見えない。おもむろに芽キャベツモドキを半分齧ってみる。
うん、芽キャベツよりも柔らかく仄かに甘く感じて美味しい。残った半分も口の中に入れて飲み込む。
「お、おい。食べて大丈夫なのか?」
「薬師のスキルで出来た物なので大丈夫だと思いますけど、何に効くか分かりませんね。この芽キャベツモドキ結構美味しいですよ」
「うーん。魔力が回復してそうな感じは?」
「ありませんね」
置所に困る薬玉九つを鍋に入れ、木霊の板材カードを破る。
出てきたのは、木霊と同じ高さ60センチ程の綺麗な見た目の木材だ。
「ちょっと大き目のまな板ですぅ」
「木工師はリコさんがやってみます?」
「生産系は、私だけ何もやってないから木工師はやっておくかー」
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御劔里琴 23歳♀
ジョブ:木工師(01)
『木工合成』
『木工素材ドロップ確率アップ』
『DEX小アップ』
探索者(03)拳使い(03)蹴り使い(02)…
STR 10 INT 6
VIT 8 MND 8
DEX 12+5 CHR 5
AGI 9 LUC 10
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有用な物が作れると良いんだけど、木霊の木材をリコさんに渡す。
「お、良いのが作れそうだぞ。木工合成」
木霊の板材が光の粒子に包まれると、木霊模様のボウルとスプーンが6セット現れる。
「これで三人で食事ができるな」
弓とか杖を期待したが、これはこれで有りだ。
「うーん。薬玉の効果が分からないと、薬師を有効に使うのはまだ無理そうだなー」
「そうですねー。さてと、まだ時間もありますしウサギの肉カードをキリの良い10枚まで集めましょうか」
薬師から調理師にジョブを変更して、2階のゲート場所の小部屋から余り離れないようにウサギ狩りに出かける。
道中でリコさんが倒したゴブリンから珍しくカードがドロップするが、使い道の分からない白紙のカードだ。
リコさんが自慢げに、カードをヒラヒラさせながら僕に渡してくる。
「ふふ~ん、どうよ?」
「中々ドロップしない白紙のカードじゃないですか」
使い道が良く分からないですけど。
「運が良くなってる様な気がするな。流れがこちらに来ている」
駄目なギャンブラーのような言葉をリコが口ずさむ。
ウサギ狩りに出発してから十匹目のスローラビットに止めを刺すと、4枚目のウサギ肉のカードがドロップする。
これで肉の合計は10枚。毛皮も1枚出ていて、合計6枚だ。
「良い時間になってきましたし、そろそろ帰って夕飯の準備をしましょうか」
時刻は19時を過ぎた辺りで、そろそろ腹の虫が鳴り出しそうだ。
「蹴り使いのレベルが3に上がってるんだけど、ミノルの調理師も上がってるか?」
ステータスカードを確認すると調理師のレベルが3になっていた。
今日は結構な数のモンスターを調理師で倒したので一気に上がった感じだ。
「なぁ、スキル味付けで味噌味とかカレー味とかは無理かな」
「名称が味付けだから味噌味とかいけるんですかね。試してみますか」
味噌と念じながらスキルを唱えてみる。指先から粉が出てくるが、粉末状の味噌なのだろうか。
左手で受け止めた粉を少し舐めてみると、何かが足りないような感じがするが味噌味だ。
「出来そうですね。少し薄いかもですけど、この味は味噌ですよ」
「調理師のレベルが上がると、もっと美味しくなるとか有りそうじゃないか?」
「美味しいご飯が食べれますぅ」
カレー味も試してみたが、同じように指先から粉が出てきて、何かが足りないような感じがするがカレー味だった。
「今日の夕飯は、ウサギ汁をカレー味にして薬玉を入れてみますかー」
「美味しそうだな」
ウサギの肉2枚を、カットして少し焼き目を入れてから味付けで整える。
鍋に水を注ぎ沸騰してから、半分にカットした4つの薬玉を投入する。
カレー味と念じながらお玉でかき混ぜていると、少しとろみが出てきて美味しそうだ。
「出来ましたよー。今日は三人で食べれますね」
「そうだミノル。今日も1時間程、部屋を空けてもらっても大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。体を拭く以外にも何かするんですか」
「あー、インナーをお嬢様に作ってもらって、今着てるのを少し洗おうかと」
「あー、毛皮が6枚あるので2枚ずつ渡しておきますね」
「助かる」
そうだよな。女性だからやっぱり気になるよな。
「ご馳走様でした!スープカレーみたいで美味しかったですぅ」
「薬玉がアクセントになってなかなかいけますね」
トウコさんから盾を借りて、Gファイターアクスを装備したら準備万端だ。
「では1時間程、1階で斧使いと盾使いのレベル上げに行ってきます!」
「はぁーい。がんばってー」
トウコさんに見送られながら部屋を出る。
1時間だと広場のゴブリンファイターの所まで行って、帰りはゲートで帰れば良いか。
まずは斧使いから上げよう。斧使いで少し戦っているので1時間もあればレベル2に上がりそうだ。
九匹目のゴブリンで斧使いのレベルが2に上がる。
思っていたよりも遅かったが仕方がない。残りの時間で盾使いレベル2は厳しそうだが、少しでも上げておく事にする。
盾使いにジョブを変更して奥へ進む。
良かった。STRが低い盾使いでも斧でゴブリンを切り裂くと一撃で倒せる。
そういえば、広場のゴブリンファイターは日付変更前に既に居るのだろうか。
盾は人数分揃えたいので、出来れば再出現していてくれると助かる。
淡い期待を抱いて広場に到着したが、残念ながらゴブリンファイターの姿は無く、広場は空だった。
「残念。居ないか」
日付変更か、倒してから24時間で再出現のどちらかだろうが、どちらにしろ明日の早朝だな。
腕時計を見ると、21時になっているので1時間は過ぎている。少し眠い。
「ダンジョンゲート!」
ゲートに入るとリコさんとトウコさんの叫びが聞こえる。
「ちょっ、ちょっと待てミノル!」
「ひやぁぁぁ…」
目の前には、ウサギのインナーとカボチャパンツだけを着た半裸の二人が、スローラビットの毛皮で前面を隠した状態で立っていて眠気が吹き飛ぶ。
直ぐに後ろを向き、速足で部屋から出ていく。
コンコンコンッ
もう大丈夫だろうか5分程してから扉をノックする。
「良いぞー」
部屋の中に入り二人に頭を下げる。
「いやー。すまんミノル。1時間は過ぎていたけど、帰ってこないから油断してた。ゲートで帰ってくる可能性も考慮しておかないといけなかったなー」
「ミノルくん。頭を上げてくださいー」
なんだか、初手を失敗したような気がする。
叱られた方が、楽だったかもしれない。謝られると木霊の精神攻撃よりも辛い。
「こちらこそすみませんでした。ゲートで2階まで行ってから、部屋まで歩いて帰ってくるべきでした!」
「まぁ、事故だ事故。水に流そう!」
トウコさんを見ると赤い顔でモジモジしている。
「すみませんでした。トウコさん」
「だ、大丈夫ですよぉ」
部屋に気まずい空気が流れる。沈黙に耐えきれずリコさんがトウコさんに提案する。
「よし、お嬢様。ちょっと裁縫師と木工師のレベルでも上げにいきましょうか」
「は、はぁーい」
「ミノルも体でも拭いてさっぱりしてくれ」
「これミノルくんの分の肌着ですぅ」
「あ、ありがとうございます」
二人に気を使わせてしまっているのが分かる。
僕から話題を振って早く元の状態に戻らないといけないと強く感じるのだった。
面白かった!
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と感じたら
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