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第9筆 燃え尽きるまで、生きて闘え〈拳神修行〉

 ララたんがいた無人島からやや離れた所に、海岸と岩の山脈がある。


 その海岸のタンカーや軍艦と言った廃船には、無数の蹴りでへこんだ足跡がくっきり残る姿。


 山には、無数の拳の殴打痕が炸裂しており、ポッカリと風穴が空いている。


 強者の気配を証明するには、充分すぎる証拠だった。


(分析しよう⋯⋯衝撃を一点集中。打撃と貫通の両方の側面あり)



 直感的ながらも、緻密に制御された力の出し方。

 拳神(こぶしがみ)ダンジンは、技巧派の武闘家かもしれない。


「よう来たのう。オメェさんが(ウワサ)の“太陽の子”か」


 その男は、ヘアバンドに()けた赤い髪を逆立たせ、陽光に映えるカイゼル髭をたくわえていた。年齢は四十代後半か、五十代か。


 見た目だけで言えば、筋骨隆々なベテラン格闘家。けど、目だけは宇宙の底を覗いたように深かった。


 ──俺と目が合った、次の瞬間。


 「問答無用、まずは一発!」


 言葉の終わりを待たずに、顎に強烈なアッパーを叩き込まれた。


「なッ──!?」


 世界が反転する。空が割れ、空気が消えた。


 闇に無数の星が瞬く神秘の空間。


 俺は、宇宙空間へ放り出されていた。


 一瞬だけ、飴色(あめいろ)の力の奔流が見え、顎と鼻が砕けた感覚──呼吸ができない。


 寒さも、熱さもない。

 人間の感覚の閾値をとっくに超越しており、ただ死に近づいていく。

 体がバラバラになる前に、視界の隅で何かが近づいた。


 拳神──ダンジンが、宇宙空間でも呼吸をして、殴ってきた。


「こんまま死ぬぞ、オメェさん! それでも前に出るなら、それが生きるってことやろがッ!」


 何十、何百発という拳が魂ごとぶっ飛ばしてきた。心臓が止まり、息の記憶すら途切れた。


(強過ぎて、相手にするだけ無駄だ⋯⋯もう、どうなっても良いや)


 終わりだと思った、その時。


 魂の奥で、声が響いた。


「太陽になれるんだろうが! 酸素は関係なかと!」


 続けざまにダンジンの声は沁み渡る。


「彗星となり、恒星となれ。己の身体はあまねく小さな命と星々からできている。闘志を燃やし、たぎらせろ!」


 ⋯⋯そうだ。

 俺の闘志、源流は──“描く者”だった。たぎる太陽を。輝く命を。照らされる希望を。


 ならば、描け。俺の命を、燃える拳に変えて。


 ──太陽の力が、脈動する。


「負けてたまるかぁーーーー!」


「その意気だっ! 小僧、ついてこいや!」


 惑星を拳で割ったり、筋トレする修行が続いた。重力逆転、ブラックホール投げ、流星を拳で連打⋯⋯常識が通じない。だけど。


 修行の合間に本物のブラックホールを、ホワイトホールへ三回変えることが出来たんだ。


 自己を失う恐怖、抗い続ける理性──あらゆる物を一転に収束させた時、いのちの大爆発が起こる。


 それが超創造の異空間、ホワイトホールの正体だった。


 気づけば自分は、無心で拳を振っていた。


 肉体が叫び、野生が目覚める。


 心が解き放たれ、理屈を超えて動く。


 「フッ⋯⋯やっと“狩る者”の目になったな、オメェさん。生物ってのはな、生きるために闘うんじゃねぇ。“燃える”ために闘うんだぞ!」


 

 俺はただ、生き延びてるんじゃない。


 燃えて、(きら)めいて、生を謳歌(おうか)してるんだ。


「このいのちの輝きを絵にするのが、俺の画家としての生き様だ! 無機物には、命の息吹を描いて見せよう。待ってろ、世界! その美しさを俺がたくさん描いて恩返しするから」


 その時、ダンジンが神妙な顔で言った。


「そういや、アステリュア=コスモ様から伝言があるぞ」


 俺を三年の修行に導いた、宇宙の創造主からの伝言⋯⋯ゴクリと息を呑んだ。


「焦ることなく修行に励みなさい。邪神の封印はまだ解けてない。地球には代行者で影響を抑えてるわ。本名を呼ぶと強く呪われるから、気を付けてちょうだい」


 最も懸念していた事がようやくスッキリし、肩の荷が下りた。その言葉だけで、背中を預けて修行に励むことができる。


「──あそこはな、かつて勇者の上位存在であるイカイビトを百七名送っても、全員返り討ちへ」


「⋯⋯強すぎないか?」


「おうとも。降臨から“およそ一万八〇〇年も不滅”を誇る邪神──その脅威にさらされとる。奴は封印で身動き取れないだけで、信徒が暗躍してんだ」


 ダンジンが唸る。

 ⋯⋯信じられなかった。そんなにも長く、苦しんできた世界だったのか。


 現地の人々からしたら、楽観的には⋯⋯なれないだろう。歓喜したのは⋯⋯けっこう失礼だったかもしれない。


「あの世界はオメェさんを必要としとる。大昔、友に頼まれ一人で行ったが、返り討ちに遭ってな」


 ダンジンが、背中の大きな縫い跡を見せてくれた。そこだけ皮膚が歪み、黒く染まっていたのだ。


「あの時のオレはな⋯⋯まだ未熟やった。仲間を救えんかった後悔は、今もこの傷が疼くたびに蘇るとよ」


「貴方すら、倒せないだと⋯⋯!?」


「雅臣、オメェさんにしか出来ん頼みだ。友と自分の代わりに⋯⋯倒してくれ」


 認められた。

 この身が、この拳が、希望になれる。喜びと同時に、太陽の核がさらに膨れ上がった。


「あいつは、命の鼓動がない。まるで“混沌の概念”そのものやった⋯⋯」


「エリュトリオンは、絶対に救ってみせる。現地民の皆さん、もうしばらく待ってくれ。必ず救う計画を、立てるから⋯⋯!」


 弱者の俺が強者となって、世界を、人々を救ってみせる。

 ──神性が、大きく目覚め始めていた。



◇ ◇ ◇



 数日後。使命感が強まった俺は、ついに彼をある段階まで追い込んだ。

 しかし、ダンジンの姿が変貌していく。


 骨格が膨張し、肌に毛皮のような飴色(あめいろ)の光が宿る。


 まさに獣神。獣の王。野生の理を統べし、拳の体現者だった。


「本気、少しだけ見せたる。これが“生”の極地たい!」


 拳が唸り、空間を裂く衝撃で骨が震えた。

 岩山からマグマが噴火ッ! 火山帯ごと吹き飛ぶ衝撃に、負けじと全力でぶつかる。


「オレはな、宇宙っちゅうもんは、芸術から生まれたと思っとる」


 その言葉が、グサリと胸に突き刺さった。

 芸術とは、命の火花。魂の叫び。肉体の爆発。


 コブシと拳がぶつかり合い、俺の全細胞が叫んでいた。


(──描け)



(──この拳で、命の軌跡を)


 俺はもう知っている。


 身体の声を聞くこと、それは最高の芸術だ。肉体は全てを知っている。描くべき色も、線も、炎も。



 この拳が、きっとすべてを変える。



 ダンジンは、ぼろぼろの姿で笑った。


「よか。よーやった。これなら⋯⋯エリュトリオンも救える。さぁ、伝承の刻だぁッ!」


 俺の右肩目掛けてどストライクが入った。


(いったぁぁ──あれ、痛くない?)


 飴色に輝く突き上げた拳の〈創印(セイントグリフ)〉が、格闘映画で流れていそうな激しい音楽と共に刻まれた。


 ダンジンが拳神になるまでの記憶は熱く、激しいものだった。


 彼は一匹の弱き獣で、他の獣たちから毎日いじめられる日々を送っていた。


〈あぁ、悔しいな。強くなりてぇ⋯⋯! 蔑まれ、搾取される生き方なんて、まっぴらゴメンだい!〉


 悠久の時をかけて、獣人となり、神性を覚醒させ、獣と拳の神となった。


 なんと、彼は最弱の獣から、神へ昇華した異例の存在だったのだ。


 いじめた奴らは今や、全員が弟子だとか。


 トレードマークであるカイゼル髭や、尖った耳も良く見れば、何かの動物に似ていることもない。


 その記憶を通して、気付いたことがあった。


「貴方が俺に継承したいことは──(まゆ)まぬ努力だ。ずっと諦めてない。いや、進化を諦めきれなかった」


「そん通り。ウン十億年、進化に時間をかけた。その努力の姿勢を忘れずに、“盾神(たてがみ)”の元へ行って来い」


 彼は力こぶを作り、その努力の成果を示す。


 人間らしい肌感、少し野性を感じる体毛、纏われた飴色の神力と高貴な神性──ある種の生物の到達点を見させてもらった。


「⋯⋯俺、準備できたら、エリュトリオンへ行ってくるよ。世界ごと燃やす勢いでな!」


「善人は燃やしたらいかん。程々にしとくんったい!」


 愛ある拳骨(ゲンコツ)を受け、笑いながら、拳を掲げた。


 次は盾神が待って──なんか、変な気配がする。


(生命と人工物の間⋯⋯なんだこれ?)


 ダンジンとの修行で研ぎ澄まされた直感に従い、その方向──泉へ行ってみることにした。

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