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第84筆 異空間の新たな住民たち

「どうだ、おまえらも入らないか?」


 ガルダリケが、儀式の名残を背に、仲間たちへと問いかけた。炎に照らされた顔には、幾分の期待が滲んでいる。


 ミューリエはふっと微笑み、さらりと答える。


「私は免許皆伝──“出界(しゅっかい)”まで行きたいな」


 誰もが驚かなかった。彼女の眼差しは、最初からその覚悟を宿していたのだから。


 だが、他の面々は――クー、メロセディナ、マティア、それぞれが、静かに首を横に振った。


 数万回の死、それがネックなのだろう。

 心を極める旅といえど、生還を前提としない“武”に、軽々と踏み出せる者など、そうはいない。


最初に口を開いたのは、クーだった。


「わたしは……たぶん、違う道を行くよ。武よりも、森や生物との調和が大事なんだ。盆栽みたいにね」


 小さく笑って、クーは指先で地面の草をなぞる。風に揺れるその仕草が、まるで小さな命への祈りのようだった。


「わたくしも、武より“連携”と“音楽”であります」


 軍帽を軽く撫でながら、メロセディナが続いた。


「雅臣くんから学びました。一糸乱れぬ動きと、共鳴する音──あれこそが、わたくしの戦場であります。個の極致よりも、全体で奏でる楽章こそが理想ですから」


 そして、マティアがにっと笑って、肩をすくめた。


「アタイは騎馬弓術で生きてきたし、これからはそれを広めたいのさ。戦場でも日常でも役立つ武だって、証明したいのよ。だから、彩武流はちょっと……遠慮しておくだわさ」


 言い終えると、彼女は手綱を引くような仕草をして、弓を持っていないのに矢を番えるポーズを取った。それが彼女なりの敬意なのだと、誰もがわかっていた。


 それぞれが言葉にしたのは、決して拒絶ではなかった。

 ただ、自分の信じる道が、今ここで交わるものではない──そう、静かに示しただけだ。


 ミューリエが、そっとこちらに寄ってきた。


「……けれど、私は行くよ。“出界”まで」


 その横顔は、冷たく澄んだ湖面のように静謐で、それでいて、底に燃えるような意志が宿っていた。


「武で描く未来……あなたのその絵に、私も筆を重ねたいの」


 俺は無言で頷いた。言葉は要らなかった。

 次に進む覚悟を、互いのまなざしが交わしただけで十分だ。


 そんな空気のなかで、ぽつりとガルダリケが呟いた。


「……なんだか、変な集まりだな。でも、心地良い」


 彼の声には、かすかな笑みが混じっていた。

 まるで長く歩いた旅の末に、ようやく温かい火を見つけた旅人のように。


「よって、おれはこの異空間に住みたい。他の奴らはどうする?」


 ガルダリケが、静かに口を開いた。

 まっすぐで、ひたむきなその声には、すでに覚悟が宿っていた。


 それに応じるように、次々と声があがる。


「はいっ! 私も住みたいのであります!」


 最初に手を挙げたのは、メロセディナだった。


「雅臣くんとガルダさんみたいに、強くてカッコ良い大人になりたいんです。同時に──音楽のあり方を、もう一度見直したいです!」


 少女のような純粋な瞳に、軍人仕込みの硬質な決意が宿っていた。


「面白いねぇ、アタイも乗った!」


 マティアが歯を見せて笑いながら、腰の矢筒を軽く叩いた。


「ここなら、いくらでも馬と走れるだわさ。アタイの騎馬弓術を伝えられる。いずれ流派にするのもアリかもねぇ」


「⋯⋯わたしも住もうかね」


 最後に口を開いたのは、クーだった。

 その声音は穏やかで、草木のざわめきのように優しい。


「霊界じゃできないこともある。新しい生物の楽園を⋯⋯小さな箱庭でもいいから、作ってみたいんだ」


 しかし、そこまで言ったところで、クーの顔がふと曇った。

 目を伏せ、ためらいがちに言葉を継ぐ。


「けどねぇ⋯⋯」


 その空気を感じ取り、俺は静かに促した。


「遠慮なくどうぞ」


 クーは少しの沈黙のあと、重たい現実を口にした。


「“転生”なし、前世の“記憶消去”なしで、地上に住むことは……本来、許されていないんだ。ガルダのような重い過去を持つ者を助けるための、“発狂防止措置”なんだよ」


 言葉の奥には、静かだが確かな痛みがあった。

 命の輪廻と記憶の保持──その背後には、理不尽な理が横たわっているらしい。


 けれど、俺たちはもうその理に抗うと決めた。

 無限の死と再生の果てに、ようやく手にした場所で。


「アス──いや、止めておこう」


 思わず名前を出しそうになって、俺は寸前で言葉を飲み込んだ。


 宇宙の創造主──アステリュア=コスモ。


 その名を軽々しく呼んではならないと、シノから口酸っぱく言われたのを思い出す。


 よく考えれば当然だ。

 あの神は、この宇宙を創った張本人。存在するだけで因果が揺らぎかねない。

 なら、代わりに……霊界にも顔が広くて、神々にも通じていて、頼りになるあの方がいる。


「エフじぃ! すみませんが、この四人に転生と、俺の専属英霊の許可をっ!」


 名を呼んだ瞬間、俺の頭の中にガラハッドとの修行がフラッシュバックする。

 神々は“名を呼ばれれば”どこにいても反応する。それが神格の基本権能だ。


「オミくん、あれ……!」


 ミューリエの声に振り返ると、一筋の銀の光が空から差し込み、光の粒に包まれた手紙がふわりと舞い降りてきた。


 淡く、神聖な気配。けれどどこか人間味もある。


 その封筒を開くと、手書きの文がすっと浮かび上がった。


───────────────────────

雅臣へ


多忙のため、簡略式で送る。


転生を許可しよう。既に肉体は創り、霊体と魂を込めてある。


仲間や武具と絆を結び、愛し、自信を持って世界を救え。


英霊と人々、魔物、動物の再召喚や転生も今後、好きにすれば良い。わしが押し通すからの。


友神(ゆうじん)のエフじぃより

───────────────────────


 読み終わった瞬間、胸の奥に力が満ちてくる。

 まるで誰かに背中を押されたような、優しくて温かな感覚。


「やったな……!」


 俺は小さくガッツポーズを作りながら、仲間たちの方を見る。


 ガルダも、メロセディナも、マティアも、クーも──みんな、満面の笑みで頷いていた。

 それぞれの想いを胸に、新しい生の門出を静かに祝っている。


 この場所で、生きていく。

 自分の意志で。過去を背負って。未来に繋げるために。


 ガルダリケの血色が、ほんの少し良くなった気がする。

 だが、その顔には青ざめた驚きが浮かんでいた。


「……エフじぃは霊界でも最高位の管轄者。どこで知り合った?」


「“神悠淵界ディバイン・サーキュラム”で出会った命の恩人です」


 俺がそう返すと、ガルダは眉をひそめ、数秒沈黙したあとで呟いた。


「おまえの人脈が不明だな……まぁ良い。今朝のルーティンは終了だろう? 解散しよう」


 そのひと言で空気が変わる。

 儀式のようだった一連の流れが、ふっと霧散した。


 誰からともなく、軽く手を振りながら、異空間の朝に背を向ける。

 新しい日常に向けて、それぞれが思い思いの方向へ歩き出していった。




 残ったのは、俺とミューリエのみ。


「オミくん、そろそろ外世界に戻ろう。この異空間に、もう17時間48分いるんだよ」


 ミューリエは、こういうところが本当に几帳面だ。

 ちゃんと腕時計で時間を測っていたらしい。


「“まだ”そのくらいか。……ちょっと待って」


 基礎ルーティン十五カ所が十三時間、英霊四人との鍛錬で4時間48分──合計してぴったりだった。

 俺も、外時間が表示される専用の腕時計で確認する。


「外の世界では、まだ〈5時10分41秒〉だ。朝食まで、あと2時間以上あるじゃん」


 この異空間では、体内時間すら百分の一に圧縮される。

 下手に食事を取ると、腸の活動が間に合わず、腸閉塞になることもある。

 俺は過去にその生き地獄を何度か味わっている。二度と忘れられない苦痛だ。


「んじゃ、ミューリエ。俺はもうちょい修行と鍛錬を続けるよ。そうだ、仮眠はこの空間で取った方がいい。身体は思った以上に疲れてるからさ」


「うん。……あのね、朝食後に、昨日の犠牲者の慰霊祭をやるから、絶対に参加してね」


「分かった。ちゃんと覚えておくよ」


 そう言って、俺は湯を沸かし、仮眠を挟みながら、数百時間コースの鍛錬と描画、学習に再び没頭していった。


【次回予告】

第85筆 潮汁と刺し身、異空間の消失

《10月10日(金)19時10分》更新致します

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