第82筆 赦しの流派、彩武流
俺はガルダと異空間全体、武器を再召喚したが、彼は複雑そうな表情を浮かべていた。
「⋯⋯負けたな。あの鎚は、ただただ、あたたかかった。質量さえ消えて、宇宙に抱きしめられるようだった。怨霊たちも、あれに包まれていた──あれが“慈悲”の刃か。俺たちにすら、救いがあるのかもしれない」
「そっか。俺の想い通りだ。全員救うって決めたからさ、全部背負ってるよ」
「納得した。刀を折った事、謝ろう。すまなかった」
彼は戦士として、一人の武人としての謝意を尽くした深い礼をした。
「ううん、激怒したけど、刀は再召喚できるから大丈夫だよ。絆もちょっと深まった気がするし」
刀──霹臨天胤丸を鞘から取り出す。そこには神代文字の刻印が増えていた。
〈赦しと慈悲の刃〉
因子人格の覚悟と誓い、俺との絆が、この一言に凝縮されていると勝手ながら思う。
更に刀神・風音サクヤの教えが思い浮かぶ。
『感情を斬るんじゃない。きみ自身の“赦し”を求めて、刃を振れ』
ガルダは、長い事ずっと実践しているのだ。
彼は安堵したように呟く。
「ふっ、召喚で何でもありか⋯⋯雅臣のお陰で、やっと、やっとだ。過去を脱却することが出来た」
彼の目頭には光るものがあった。
「あの武器、ギミック変形が格好良いけど、色々込めすぎだって」
お互いに顔を見やって笑い合う。
そのまま健闘をたたえるように、お互いの肩を叩き、固い握手を交わした。
「うん、気に入ったよ。ガルダリケ、君を彩武流の“家元”として迎えたい。君の教えは核であり、礎だと思った。どうか、うちの流派に来てくれないか?」
ガルダの銀色の虹彩が、夕陽を映すように輝いた。
「奇遇だな。同じ事を考えていた。どうして“家元”と言う?」
少し冷たい草原の風が吹き抜ける。
三年練り上げた答えが、背中をそっと押した。
「まず⋯⋯俺たちの理念を話す。一つ目──来るものは、選ぶ。去るものは、追わない。門を叩いた者を“入界”、修めた者を“出界”と呼ぶ」
ガルダリケは黙って真っすぐにこちらを見ている。
次の瞬間、彼は静かに息を吐くと、すっと草の上に腰を下ろし──おもむろにメモ帳を取り出し、万年筆で記述を始める。
その姿に、俺は言葉を継ぐ。
「俺たちは ❝仲良しクラブ❞ じゃない。世界を救いたい。その想いがなきゃ、入る資格はない。……そのつもりがあるなら、そこんとこ、よろしく頼む」
──その言葉を、少し離れた場所で聞いていた者たちがいた。
ミューリエが、ふわりと微笑み、低く静かに呟く。
「始まったわ──救済を志す者たちの、真なる流派が」
その一言に応じるように、クー、メロセディナ、マティアが並んで草の上に腰を下ろす。
誰も口は出さない。ただ静かに、自分たちを見つめている。
その視線は、どこまでも温かく、柔らかかった。
まるで、焚火の灯にあたるような――そんな眼差しで。
「理念二。“武芸十般”。……“武”は“慈悲”と“赦し”の証明。“芸”は、万民の心に“未来を描く”ことだ」
俺はそう告げた。
戦い方の話をしているのに、どこか穏やかな気持ちになっていた。
ガルダが息を呑む気配を見せ、ぽつりと呟いた。
「……命の救済が主軸だな」
「合ってる」
俺は頷いた。
どこまでも真っ直ぐなその眼差しを、正面から受け止めながら続ける。
「十般ってのは、剣、刀、槍、斧、鎚、拳、盾、弓、銃、魔法……あるいは異能だな。俺はそれを三年かけて、少しずつ学んできた」
ガルダはほんのわずかに目を見開いた。
「三年も……」
その声には、驚きと、僅かな戸惑いが滲んでいた。
そして、自分の中で何かを量るように呟く。
「あと、八般も得ないといけないのか……」
剣と斧の扱いは、すでに彼の域にある。けれど、それだけじゃ足りない。
戦いに勝つだけじゃ、人は救えない。
その現実を、ガルダはちゃんと見つめようとしてくれていた。
彼は黙ったまま、真剣な面持ちで俺の話に耳を傾けている。
その様子に、少しばかり申し訳ない気持ちも混じりつつ、俺は三つ目の理念を口にした。
「理念三。──人の身に、“神を宿せ”」
彼の眉が、わずかに動く。
「……俺の毎朝のルーティンは、宇宙巡りだ。起きたら空を見て、異界を巡って、宇宙の意志に触れてくいく。天寿を迎えるその日まで、毎日やる。途中で死ぬ? まあ、当然だ」
そこで、少し間を置いた。
あえて軽く口にしてから、事実を突きつける。
「俺はすでに、通算──七十六万回、転生してる」
「……は?」
ガルダの口が半開きになり、固まった。
言葉にならない、というより、思考が追いついていない。無理もないだろう。
「神々との修行でも死んだし、宇宙を泳いでる最中にも死んだ。でも、止まらなかった。死ぬのは怖くない。やめるほうが怖い。……だから続けてる」
ぽつぽつと語るうちに、自分の声がやけに静かに感じられた。
草原に吹く風だけが、どこかで俺たちの意志をなぞるように揺れている。
──でも。
まだだ。
まだ、語るべきことがある。
“家元”って肩書きが、どれほど重いかを。
このくらいじゃ済まないってことを、彼はまだ知らない。
世界を変える流派を、伝えよう。
【次回予告】
第83筆 彩武流と家元の条件
《10月6日(月)19時10分》更新致します