表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/88

第82筆 赦しの流派、彩武流

 俺はガルダと異空間全体、武器を再召喚したが、彼は複雑そうな表情を浮かべていた。


「⋯⋯負けたな。あの鎚は、ただただ、あたたかかった。質量さえ消えて、宇宙に抱きしめられるようだった。怨霊たちも、あれに包まれていた──あれが“慈悲”の刃か。俺たちにすら、救いがあるのかもしれない」


「そっか。俺の想い通りだ。全員救うって決めたからさ、全部背負ってるよ」


「納得した。刀を折った事、謝ろう。すまなかった」


 彼は戦士として、一人の武人としての謝意を尽くした深い礼をした。


「ううん、激怒したけど、刀は再召喚できるから大丈夫だよ。絆もちょっと深まった気がするし」


 刀──霹臨天胤丸を鞘から取り出す。そこには神代文字の刻印が増えていた。


 〈赦しと慈悲の刃〉


 因子人格の覚悟と誓い、俺との絆が、この一言に凝縮されていると勝手ながら思う。


 更に刀神(とうじん)風音(かざね)サクヤの教えが思い浮かぶ。


『感情を斬るんじゃない。きみ自身の“(ゆる)し”を求めて、刃を振れ』


 ガルダは、長い事ずっと実践しているのだ。

 彼は安堵したように呟く。


「ふっ、召喚で何でもありか⋯⋯雅臣のお陰で、やっと、やっとだ。過去を脱却することが出来た」


 彼の目頭には光るものがあった。


「あの武器、ギミック変形が格好良いけど、色々込めすぎだって」


 お互いに顔を見やって笑い合う。


 そのまま健闘をたたえるように、お互いの肩を叩き、固い握手を交わした。


「うん、気に入ったよ。ガルダリケ、君を彩武流の“家元(いえもと)”として迎えたい。君の教えは核であり、礎だと思った。どうか、うちの流派に来てくれないか?」


 ガルダの銀色の虹彩が、夕陽を映すように輝いた。


「奇遇だな。同じ事を考えていた。どうして“家元”と言う?」


 少し冷たい草原の風が吹き抜ける。

 三年練り上げた答えが、背中をそっと押した。


「まず⋯⋯俺たちの理念を話す。一つ目──来るものは、選ぶ。去るものは、追わない。門を叩いた者を“入界”、修めた者を“出界”と呼ぶ」


 ガルダリケは黙って真っすぐにこちらを見ている。

 次の瞬間、彼は静かに息を吐くと、すっと草の上に腰を下ろし──おもむろにメモ帳を取り出し、万年筆で記述を始める。


 その姿に、俺は言葉を継ぐ。


「俺たちは ❝仲良しクラブ❞ じゃない。世界を救いたい。その想いがなきゃ、入る資格はない。……そのつもりがあるなら、そこんとこ、よろしく頼む」


 ──その言葉を、少し離れた場所で聞いていた者たちがいた。


 ミューリエが、ふわりと微笑み、低く静かに呟く。


「始まったわ──救済を志す者たちの、真なる流派が」


 その一言に応じるように、クー、メロセディナ、マティアが並んで草の上に腰を下ろす。

 誰も口は出さない。ただ静かに、自分たちを見つめている。


 その視線は、どこまでも温かく、柔らかかった。

 まるで、焚火の灯にあたるような――そんな眼差しで。


「理念二。“武芸十般”。……“武”は“慈悲”と“赦し”の証明。“芸”は、万民の心に“未来を描く”ことだ」


 俺はそう告げた。

 戦い方の話をしているのに、どこか穏やかな気持ちになっていた。


 ガルダが息を呑む気配を見せ、ぽつりと呟いた。


「……命の救済が主軸だな」


「合ってる」


 俺は頷いた。

 どこまでも真っ直ぐなその眼差しを、正面から受け止めながら続ける。


「十般ってのは、剣、刀、槍、斧、鎚、拳、盾、弓、銃、魔法……あるいは異能だな。俺はそれを三年かけて、少しずつ学んできた」


 ガルダはほんのわずかに目を見開いた。


「三年も……」


 その声には、驚きと、僅かな戸惑いが滲んでいた。

 そして、自分の中で何かを量るように呟く。


「あと、八般も得ないといけないのか……」


 剣と斧の扱いは、すでに彼の域にある。けれど、それだけじゃ足りない。

 戦いに勝つだけじゃ、人は救えない。

 その現実を、ガルダはちゃんと見つめようとしてくれていた。


 彼は黙ったまま、真剣な面持ちで俺の話に耳を傾けている。

 その様子に、少しばかり申し訳ない気持ちも混じりつつ、俺は三つ目の理念を口にした。


「理念三。──人の身に、“神を宿せ”」


 彼の眉が、わずかに動く。


「……俺の毎朝のルーティンは、宇宙巡りだ。起きたら空を見て、異界を巡って、宇宙の意志に触れてくいく。天寿を迎えるその日まで、毎日やる。途中で死ぬ? まあ、当然だ」


 そこで、少し間を置いた。

 あえて軽く口にしてから、事実を突きつける。


「俺はすでに、通算──七十六万回、転生してる」


「……は?」


 ガルダの口が半開きになり、固まった。

 言葉にならない、というより、思考が追いついていない。無理もないだろう。


「神々との修行でも死んだし、宇宙を泳いでる最中にも死んだ。でも、止まらなかった。死ぬのは怖くない。やめるほうが怖い。……だから続けてる」


 ぽつぽつと語るうちに、自分の声がやけに静かに感じられた。

 草原に吹く風だけが、どこかで俺たちの意志をなぞるように揺れている。


 ──でも。

 まだだ。


 まだ、語るべきことがある。

 “家元”って肩書きが、どれほど重いかを。


 このくらいじゃ済まないってことを、彼はまだ知らない。

 

 世界を変える流派を、伝えよう。

【次回予告】

第83筆 彩武流と家元の条件

《10月6日(月)19時10分》更新致します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ