第80筆 衝突! 慈悲の刃と、死を宿す刃
俺が許可を出した後、クーから声をかけられた。
「わたしは死後からガルダと長い付き合いだ。彼と鍛錬するなら、事情を知っておいた方が良いよ。果たして、雅臣くんに背負いきれるかね?」
クーはガルダの元へ行き、打ち合わせを始めた。
待っている間、ガルダの事を知ろうと、今朝最後の英霊名鑑を開いた。
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英霊ID.786101050
本名:ガルダリケ・レグリス
通称:ガルダ・レグリス
異名:“鎮静する赤牙”
特徴:封印された謎の武具を使って戦う。父から受け継いだ武具を改造し、たまに使っている。普段は灰の髪だが、何らかの条件で姿が変わるという。
経歴:星間国家エンリケ・レグリスの戦王子として生まれた。戦士、傭兵、騎士が多くの他世界へ派遣され、代理戦争を行っていた。
五歳の初陣で二桁の精鋭を倒し、年を経るにつれて狂戦士化。歯止めが効かなくなった頃、武具に宿る悲鳴で目を覚ます。
晩年は堕落した故郷の国家を滅ぼし、悪人の断罪のみに刃を振るう。死後、霊界の裁定者として招かれた。
クー・モリハナ(本名:花森空一朗)とは友人関係にある。
登録状況:英霊登録所 公認・登録済み
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「──ガル坊、本当に良いのかね?」
「構わん──来たな。霊界から電話だ。もしもし、ガルダだ」
ガルダが耳に手を当てて、別の誰かと話し込んでいた。金色のコードが上に伸びている。多分、通信ケーブルだろう。
「──今、許可された。英霊登録所より召喚主の指導目的での抜剣を許可すると。雅臣は特認イカイビト。神々からもお墨付きらしい」
「では、霊界の封印を解き、降臨させようか」
封印を解く?
クーが頭を下げ、帽子を胸に詠唱を始めた。
「封じた禁忌に祈り、天は哀悼を歌う。今こそ罪を滅ぼし、地に震えよ。赤牙ノ慟哭──!」
突如、空間の地震──空間震が発生する。
慰霊の讃歌のような神秘的な音楽と共に、紫色の円形魔法陣が展開。
何かを抱擁する白い猛獣たちが離れ、無数の赤光の鎖が引き千切られながら、この異空間に“生まれ落ちた”。
ドスンッ──!
土埃が晴れて現れたのは、赤黒い血染めの大剣部分と、鍔の部分に白い大斧がひとつになった変形武具。
地割れから延々と放たれる叫び声、狂気と畏怖の感情が、全身を粟立たせ、背筋を凍らせる──
俺は息を呑み、驚きながら呟く。
「死を宿す刃⋯⋯!」
「言い得て妙だな。数千の命と武具因子が混ざり、宿るこの刃に、おまえの“慈悲の刃”は届くのか?」
(運命が⋯⋯俺を試してる⋯⋯!!)
不思議なことに、ガルダが握った瞬間、悲しき怨嗟は止まる。
しかし、彼の灰の髪に色が付き始め、桑の実色に染まっていき、両腕すら紫色に侵食されても、彼の眼に曇りはない。
「天の始めに、“いかずち”あり」
俺も天高く掲げた右手に愛刀──霹臨天胤丸が雷雲と突風、太陽を呼び寄せながら、握られる。
「──ぐっ!!?」
相手へ落雷と光線、暴風が降り注ぎ、最初の裁定が始まった。
「ふん、甘いッ!」
ガルダは、その裁定を“剣斧”の一振りで弾き飛ばす。
「“天候の王”にして、“慈悲の刃”の実行者よ。おまえの攻撃には、命の痛みや重みがない。一切、責任が伸し掛かっておらん! それは、“慈悲”ではなく“偽善”と呼ぶッ!」
雄叫びを上げながら振り下ろされる重厚かつ、高速な斬撃の数々。
受け止める両腕に大振動が骨まで響き、反撃が鈍化する。
「これが責任と覚悟の重さ⋯⋯!」
──防戦一方。
速さは見切れても、異様な斬撃の重さを受け流せない。
自動修復する刀身ですら、徐々に刃毀れが酷くなっていった。
「ガルダ──ガルダリケ=レグリスは何を背負ってきたんですか!?」
「おれは“赤牙の狂戦士”と呼ばれ、狂ってきた。狂乱状態になるたび、その痛みを、命を継いで責任を取って来た。この姿勢と責任感──“祈り”が地獄に行かなかった理由だろう。おれは長らく、これを昇華する者を探している」
その鬼のような形相と、背後から出る巨大な人型の何か──霊気の集合体が、一挙手一投足を見つめて来る。
気圧されながらも、反論する。
「“祈り”──“慈悲”こそが“祈り”じゃないんですか!」
大剣を弾き返し、態勢を一回転しながら、脇腹を斬り裂いた。彼は完全霊体だから、血の代わりに光の粒子が噴出していく。
患部を手で押さえることもなく、ガルダは、大剣を握り直す。
「どうした! 痛みが全くないぞ?」
彼がニヤリと笑うと、背後の霊気も笑う。
「俺が掲げるは無痛討伐! わが流派は、“彩武流”と言います。苦しみのない死、争いを減らす、赦しと未来のための一振りを込めている」
刀を振って円相を形作り、ガルダへ切っ先を差し向ける。
「これは──俺が世界に向けて放つ、命に対する誓いです!」
納刀し、鞘内に納められた自動研ぎ機能で刃毀れを回復。稲妻と共に斬撃を放つ!
「速いが、軽すぎる⋯⋯〘断絶の鋸斧〙──!」
いつの間にか白い斧部分に出た鋸歯と、刀身が衝突した──その時だった。
「天胤丸ウゥゥゥゥ!!」
愛刀が、霹臨天胤丸が真っ二つに折れた⋯⋯!
急いで片割れをくっつけようとしても、接合することは無い。
もしかしたら、宿っているかもしれない武具因子に、申し訳が立たなかった。
「文字通り、付け焼き刃しか無い理念⋯⋯武具因子と思想も語らず、まだ道具としか見てない」
「それはこれから⋯⋯!」
ガルダは首を振った。
「おれの根源思想には、自分の狂気の時代の贖罪を継続している。痛みと血の感触はその証であり、自らを戒める一歩だ」
彼は素振りで剣風を生み、叫んだ。
「⋯⋯“守る剣”は、“壊す剣”には勝てんぞッ!」
け、剣神と同じ言葉──!?
その剣風は殉教者の洗礼だった。
全身が震え、愛刀を持つ手は落としてしまいそうなのを、やっとの思いで耐えている。
「悔しさ、痛み、悲しみ⋯⋯怒り。時には、全てを解放しなきゃならん事もあるぞ」
気付けば、ガルダの大剣で吹っ飛ばされ、宙を舞っていた。
反転する景色の中、彼は高らかに言う。
「雅臣、悔しかったら、怒れッ! 封じた全てを解放しろ! おまえには、その強さが眠っている。おれに魅せやがれ!」
彼に、生半可な他の武器種の攻撃では、通用しない。絵筆の現象描画など、更に届くものか。
守るために歩んできたいちばんの相棒も、もう折れたさ。
──直後、俺の心中で、プツンと何かが斬れた。
クーの明瞭な声が、遠くから、しかし鮮やかに響いてくる。
「若人よ、命を背負えるのか──見届けよう」
(ああ、もう迷わねぇよ──背負うさ、全部だ!)
俺は剣を構え直し、叫んだ。
「アッハハハハハ、そうかもな? そうだよなぁっ! ガルダを越えるにゃあ、その生き方を倣わねぇと、“重さ”も“痛み”も、“想い”も救えないってな──!」
さらに点火、赤色矮星になれ。
俺は神力を全開放し、恒星の熱と、稲妻を刃に込めた。
感情や、抑えていた下町言葉さえ、全部。
天まで伸びる一点に集中した刃は、極彩色の輝きと、赤黒い稲妻の怒気を放っていた。
「俺はよぉ、憤怒したぞ、べらぼうがッ! ガルダめ、責任取りやがれぇぇぇぇ!!!」
「それで良い。互いに思想を、魂をぶつけ合うぞ! 彩武流の核を、いま創れ⋯⋯!」
再び、慈悲の刃と、死を宿す刃が斬り結ぶ──!
【次回予告】
第81筆 星の咆哮、鎚が刻む新たな誓い
《10月3日(金)19時10分》更新致します