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第8筆 重力や炎、理不尽も。こっちが超えてやる!〈鎚神修行〉

 雪原の大森林を抜けて一週間ほど経った。


 あまりにも巨大だから、火山の噴煙をかき分けて空を飛ぶのも、もう慣れたものだ。

 剣神や斧神との修行で、空を飛ぶくらいなら驚かなくなった。


「うわっ、〘天陽(てんよう)背輪(はいりん)〙が⋯⋯!?」


 突如、背後で放射状に広がる神力由来の光輪が揺らぐ。


(一瞬で力の主導権を握られただとッ!?)


 全身の神力(しんりき)は奪われ気味。周囲一帯の重力が、殺気を伴って変質していた。


 ──今回は、明らかに空気が違う。


「何でぃ、ありゃぁぁぁぁーー!!?」


 赤々とした溶岩が脈打つ活火山の中心部、灼熱の海の只中に、それはいた。


「チョリィ〜ッス♪ ようこそ灼熱マッシマシの島へ〜〜。あ、うち? んー⋯⋯名前? そーだなぁ、じゃあ[ララたん]でよくな〜い?」


 ⋯⋯いや、軽すぎるだろその命名。


 目の前にいたのは、褐色肌に金髪をふわふわになびかせたギャル系美女。露出度高めのビキニ姿で、マグマの中でビーチチェアに寝そべってた。


 ⋯⋯見間違いじゃない。マグマの中だ。


「え、ここ、修行場だよな⋯⋯?」


「そそ! マジで最高にアゲ〜なフィールドでしょ? テンション爆アゲ! あ、ちなみにうち、(つち)の神やってまーす! てへっ☆」


 ふざけてるようにしか聞こえなかった。でも、その数秒後。


 彼女が軽く足を上げ、地面を叩いた瞬間、大地が崩れ、重力が反転した。


「うおっ!?」


 ハンマーがぶつかり、衝撃で骨が軋んだ。

 気づけば、マグマの空に叩きつけられていた。



 ⋯⋯空に、重力が天井方向に逆転したせいで。



 体が動かない。熱い。暑い。息ができない。斧神との修行が優しく感じるくらい、スケールがおかしい。


 重くてデッカイとはこのことか! 

 斧神の命の重さとは、全く別方向な⋯⋯圧倒的質量の暴力じゃねぇか!


「ちょ、ちょっと待っ──」


「待ってる時間がもったいナッシングでしょ? ほらほら、もっと頑張っちゃいなよ〜♪」


 声だけが軽やかに響く。だけど、それが逆に怖い。


 一打入魂の斧では届かない、力では逆らえない。鎚神ララたんは、まるで──“世界そのもの”に見えた。



◇ ◇ ◇



 灼熱の火山弾が空から降り注ぐ。()ぜるマグマが巨大な壁になって迫ってくる。

 飛ぼうとしても、重力で必ず引きずり下ろされる。俺の全行動が、向こうの手のひらの上だった。


「な〜に、その避け方〜? エネルギーの流れって見てんの〜? 方向性もマジ大事だし〜、ベクトル理解しなきゃ無理ゲーでしょ〜?」


 ハンマーひと振りで、大地が跳ね上がる。振動で空間が歪み、異次元の扉が開き、あちこちに吸い寄せられる。


(こんな無茶苦茶な環境で、何をしろってんだ⋯⋯)


 逃げても、反撃しても──全部、読まれてる。俺の動きは、常に彼女の思い通りに操られていた。

 まさに、まな板の上の鯉だ。


「⋯⋯はあ、はァ⋯⋯なんだよ、この理不尽⋯⋯!」


 そのとき、彼女がこちらを見下ろして言った。


「もし、理不尽な敵サン現れても、おんなじ事言えると思ってんの? アンタ、それじゃ対処できないっしょ! 死ぬよ!?」


 笑顔のまま、だけどその声に、刃より鋭い“現実”を突きつけられた気がした。



◇ ◇ ◇



 ⋯⋯それから、何かが変わった。


 俺の中で、“熱さ”が苦痛じゃなくなった。むしろ、心地よく感じる瞬間すらあったのだ。


(⋯⋯あれ、俺⋯⋯暑さを“見る”ことができる?)


 気づけば、炎の流れが見えていた。温度の高低、熱量のうねり、その全てが手に取るようにわかる。


 マグマの中を突っ切って、空を飛ぶ。落とされても、方向を読んで着地。一歩、一振り、一撃ずつ、俺は“鎚神(つちがみ)“に食らいついていった。


「おおっ、マジで反撃してきた!? ちょーウケる! かーらーの〜?」


 大気が悲鳴を上げなから、ハンマーがぶつかる。召喚した大斧で受け止め、その衝撃が空を裂いた。


 それでも、やっと──“互角”。


 全力の彼女には、まだ遠く及ばない。でも、俺の一打が確かに届いたその瞬間──


「いーね! “ちょいマジ”でやっちゃうからっ!」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」


「へいへい、弟子たち、やっちゃいなーー!」


「ハッ、仰せのままに!」


 彼女は──自らの神徒たち、百柱を一斉に召喚した。

 召喚された瞬間、空が裂け、雷鳴が鳴り止まない。

 空間が軋み、大気が拒絶反応で震える。


 圧倒的な神気を放つ神徒の一人が、涼しげな目でこちらを見下ろしながら、


「これも⋯⋯大神様の修行なのですね。喜んで、壊します──!」


 刹那、闇夜を呼び、圧縮された雷と熱が爆ぜた。


(ぶ、ブラックホール──!?)


 神徒とは、神に連なる存在。見習いとはいえ、一柱ごとに百人の歴戦軍人をも圧倒すると言われる。


 だが、目の前のそれらは⋯⋯人知の戦力など、初めから問題にしていない顔をしていた。


(これも修行なのか! おいおい、ララたんの頭の中はどうなってんだッ!?)


 数百回ほど吹き飛ばされ、その度に死にまくり、千回以上は死んでいたとと思う。

 しばらくの間、俺は“人間ボール”扱いされていた。


「バーローが。こちとらァ、強くなったに決まってんだろうがッ!」


 俺は遊ばれたことに、激怒した。

 今まで習った剣、刀、槍、斧術を使いこなしながら、なんとか神徒全員を成敗。


 斬撃で空間の捻れを斬り伏せ、彼女の鎚にヒビを入れたのが決定打だった。


「よっしゃー☆ 修行、しゅ〜りょ〜!」


 唐突に、ハンマーを肩に担ぎながらニッコニコ。


 ⋯⋯いや、これ、最初からずっと手加減してたよな?


 この神は、一撃で世界を壊せそうだ。


 モヤモヤが残る。でも、不思議と腹は立たなかった。むしろ、ほんの少し、悔しくて嬉しかった。



◇ ◇ ◇



「じゃーさー、修行お疲れってことで、ご褒美つくっちゃお?」


「⋯⋯は?」


「アンタ、太陽になっちゃえばできるんじゃね? なっちゃいなよ〜!」


 マジで何言ってんだこの人。

 そう思ったけど——なんだか、できる気がした。


 早速、マグマに手を突っ込んだ。

 熱と、光と、金属の“命”を指先で描く。爆ぜるようなエネルギーが形を成し、俺の想いがひとつの武具へと変わる。


 巨大な金のハンマーが輝き、なぜか胸が熱く脈打った。太陽のように輝き、でも意志を持つように脈動する。


「名は……ガルグルマー。俺の意思を宿す、陽熱の鎚だ」


 手に馴染んだその感触に、俺は静かに頷いた。


「それは、“神すら届かぬ七つの座”──その中の一柱として、試されているのかもねー? なんちゃーってー!」


 また冗談めかして、意味深なことを言う。



「それではお待ちかねの〈創印(セイントグリフ)〉チャンス! くじ引きで、何が出るかなー?」


「⋯⋯これだな」


 突然出された抽せん箱。

 迷わず直感で俺が引っ張り出したのは、虹色の玉だった。


 カラン、カラン──!

 彼女がベルを鳴らしながら、祝福の合図を送る。


「大当たり! ウチの親愛のチークキスと、神力(しんりき)も追加でプレゼントッ!」


 右腕を引っ張り、かなり大きな胸元に引き寄せて強引にチークキスをされた。


 脳内に目まぐるしく刻まれたのは、とある太陽系の一生、宇宙の追憶だった。

 宇宙法則でバランスの取れた静と動による爆発と、再生の歴史。


〈また元気に生まれてくるんだよ〜〜!〉


 かつてのララたんが叫ぶと、星々は笑うようにして、爆ぜていく。


 ガス惑星も、岩石惑星も、ある種の完成された命の輝きと律動だった。


〈行ってらっしゃ~い!〉


 ──その循環も神秘的かつ、雄大で儚い。


 世界をあるべき繁栄と、終焉に導きたい使命感のようなものが、宿った気もする。



(この修行は、文化を守る力になる。彩武流にも多分、活かせそうだ)


 彼女に押し当てられた右肩には、赤銅色(しゃくどういろ)の衝撃波が広がる鎚の意匠が。


 この〈創印(セイントグリフ)〉──火山活動すら、一振りで起こせそうだ。


「ところで雅臣くんってさ、ムッツリくんなワケ? 顔赤いよ?」


「違いますって! 恋愛はお休み中なんです」


「ふーん? あの子らとは仲良くしてたのにねー。ま、いつか思い出すっしょ!」


(もしかしたら、長い宿題かもしれない)


 でも、その背中が見せた一瞬の“真顔”だけが、ずっと焼き付いて離れなかった。


 ⋯⋯そして、次の地へ向かう。


 拳を極めし神がいるという、風穴だらけの断崖と岩山の群れ。その名は、拳神ダンジン。


 身体の極限、肉体の真理。それを超えた者にしか見えない世界があるという。


「──今度は、ぶっ倒れるまで殴られんのか⋯⋯はあ。そろそろ体バラバラにならねぇか心配だわ⋯⋯」


 それでも、空へ飛び立つ。身体はララたんとの修行によってある程度は錬磨され、頑強になった。


 ──自分の“限界”に、挑むために。

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