第78筆 神眼の扉と、多様化する絆
さて、どこにいる?
──馬や的、マティアの姿まで霊視しなければ、見えない。見かねたミューリエが助け舟を出してくれた。
「オミくん、どうしてもって時はヒント言うけど、要りそう?」
「ミューリエ、問題ないよ。風が強すぎる。これがヒントだ」
この状況に、耳に手を当て、風の音を聞き取り、意思を読み取った。
「⋯⋯受け流すようで、渦巻いている。10時の方向……風の渦が、囁きかけているな」
風でマーキングはした。しかし、数十秒ごとに打ち消されている。馬だけが分からなかった。
「もっと強く、風と神力を混ぜ合わせる」
俺は、自問自答した。
そもそも、神力とは──神の根源たる命の輝き。その熱が、瞳の奥を灼いていく。
神力は核エネルギーの五〇〇倍、魔力の千倍、電気の数万倍のエネルギー密度──それは、世界の理そのものを焼き付ける光。
神の秘めたる万能性の象徴だ。
ならば、瞳に込めたら、霊的存在も視えるようになるのでは?
俺に宿る太陽と雷の神性を派生化させれば、風の神性にもなる。
周囲の環境、生命の輝きに焦点を置き、目元に神力集約させていく。
だが──
(ぐっ、グアァァァぁ!! なんて熱さ⋯⋯眼球が溶けそう⋯⋯!)
太陽の神性が灼き尽くす激痛ッ! 咄嗟に目元を押さえ、座り込む。
「神力の密度が急上昇してる⋯⋯? それは危ないからやめてっ」
俺は片手をかざして制止する。
「ミューリエ、心配しなくて良い。どうか、見守ってくれ。大浴場で、何か決意したんだろ?」
「そうだけど⋯⋯!」
「⋯⋯ミューリエちゃん、止めたくても、彼はもう──昇り始めた太陽さ」
「⋯⋯止めたい、けど信じる。あなたの太陽は沈まない──きっと」
金色に光る人体のシルエットが二つ。
ミューリエの肩に手を当て、なだめるクーの姿。
少し荒れた呼吸音が収まって、見守り、応援する事にしたミューリエの息遣い。
見て、読み取れるのだ。
「これが視る力⋯⋯」
ゆっくり目を開くと、見たことがない色の数々と
あらゆる線が縦横無尽に交差する世界。
おそらく、紫外線や赤外線が可視化されているのだ。
──だが視えるだけでは、まだ未熟。
眼はただの窓だ。
この視界をどう扱い、どう「共に在る」かが問われている。
俺は深く息を吸い込んだ。
神力が目元に収まり、風と気配と、馬たちの心までも──今なら少し掴める気がする。
「なんだこれ⋯⋯数十km先まで詳細が解るぞ。あ、今マティアさんが、馬を乗り換えたな」
彼女は白馬に乗って、態勢を整えている。
(これが視る力──いや、それだけじゃない。風も、音も、馬たちの鼓動すら今は感じ取れる)
俺はムクリと立ち上がり、飛び上がる。
「行け、“太陽の子”よ!」
──見える、感じ取れる。なら、信じて飛ぶだけだ。
クーの激励に背を押され、目指すは4時の方向、林で休む芦毛の馬に目掛け──
「ヒヒンッ!?」
──飛び乗った。
「驚かせてゴメンよ。共に的を射抜い──のわぁっっとと!」
芦毛の馬は身体を揺らし、全身で拒絶反応を示したが、俺は赤兎馬の尊陽の暴れ馬っぷりを経験済み。
このくらい朝飯前──モーニングルーティンの真っ只中だから、本当に朝飯前だけど。
「おっ、君は人を乗せて走るのが好きなんだな」
「ヒヒーーン!」
まるで「少しはやるじゃないか」と認めたように、そのまま走り出して数分が経過。
(あまりに多くが見える。出力を、もう少し絞れ──)
馬の背中の揺れに合わせ、視界がチラつくのを必死に整えながら、俺たちは走る。
──あった。霊体化した二重丸の的が一つ、風の奥に霞んでいた。
「うわあぁっ!!?」
芦毛の馬が飛び跳ね、俺は宙へと放り投げられていた。
(これは無重力空間と同じ。弓神・相伝〘宙天浮閃射〙──!)
回転する視界の中、的へ視野を一点集中。矢を放って何とか命中させた。
「全く、とんだ暴れ馬だぜ、“灰雲”くんよ」
「ヒヒン?」
楽しそうに走りながら、首をかしげる灰雲に、フッと笑みがこぼれる。
首筋に垂らした名札には、漢字でそう書かれていた。
再び全方位に視野を移行し、的を四つほど打ち抜いた頃、風に乗ってマティアの声が響く。
「雅臣、次の馬に乗り換えッ!」
「はいッ」
彼女はどこかで、俺の行動を見通していた。
俺の付け焼き刃な風読みや神力の眼より、気配隠蔽と技量が遥かに上回っていた。
「またな、灰雲」
「ヒュイイィン⋯⋯!」
物悲しそうに鳴くのを横目に、俺は掌を見た。
「ふむ、やはり“絆”の深さで情報の質も変わるな。視界は万能じゃない」
心の響きが乗るほど、神眼は澄み渡る──そう感じていた。
ならば、次はもっと心を開こう。信じよう。馬の意思を、風の声を。
次は、黒馬へ飛び乗った。
この子はどっしりとした体躯で、足取りの力強さや揺れも大きい。
「⋯⋯ブルルッ」
「おいおい、どこに行くんだ!? あと少しで別の的に届いたのに!」
明後日の方向へ大きく旋回し始め、木々に囲まれた池のある所で急に立ち止まったのだ。
(なるほど……この子は水場へ行きたかったのか。心利きの絆と──この視る力があれば、言葉は要らない)
急停止癖がある黒馬かと思いきや、池の奥でとんでもないものを見た。
「君、凄いじゃないか! 鍛錬の意図を分かっていたんだな」
なんと、十個もの的が浮かんだまま固まっていた。ボーナスタイムである。
「ありがたく射ち抜こう──えぇっ!?」
俺のコートの後ろ襟を噛んで、吹き飛ばし、無理やり騎乗。
──そのまま北上し始めたのだ。
「君は一体何がしたいんだッ!? 自慢しただけ? 俺のこと、遊び相手と思ってないか?」
「ブルルッ♪」
ご名答らしい。そのまま離れていく的を逃すわけにはいかない。
後ろ向き乗りになって、苦々しくも印象深い矢を放つ。
「弓神・相伝、〘霞雨連箭〙──!」
俺が弓神・弦霞と出会って直ぐ直撃し、矢雨の由来となった“最古の技”。
神力を込めた十本の矢が大気中の水分を吸収しつつ、真後ろへ二列目の矢を構築。
そのまま追尾を行い、射ち抜いていった。
「⋯⋯よし! このままいこう──って、やはり止まるのか」
耳の名札を揺らし、倒木に生えたキノコを食べ始めた。
前世時代、馬は性格も似たようなものと、インターネット記事を過信していた。
「ハハ、これが黒馬──チャルク3世らしさ、なんだろうな」
馬たちそれぞれに“個”があり、思いがある。
こちらが無理に操ろうとせず、対話する意識が必要なんだ──きっとそれこそが、この鍛錬の意図。
「俺もまだまだ、だな」
肩の力を抜き、心の余白を作る。
視界も、心も、少しずつ澄んできた気がする。
そして、次の一頭に挑む覚悟を整えて──
「いた!」
走り続ける鹿毛の少し小柄な馬だが、この子は特殊だった。
「まるで──磁力で、的を引き寄せている⁉︎ いや、それ以上か。馬の周囲に、見えない盾が築かれているな」
もう全部集めている程、多くの的が馬を守らんと盾の役割を果たしており、近付けばブロックされる。
どうしようかと思案していると──
「馬は気配を読む。こちらが恐れていれば、それを感じ取る。心の在り様をまず整えなさい」
振り向くとクーがバケットハットを被り直し、俺の肩に手を当てる。その手はとても暖かく、愛に満ちていた。
「解釈を改めないと。もっと、“心利きの絆”を習熟させるんだ」
「そう、馬に身を、心を任せれば良い。雅臣くん。今こそ、人馬一体の時だよ」
──信じて、委ねてみよう。
俺は抱きしめるように鹿毛の馬へ飛び込んだ。
【次回予告】
第79筆 隕星の矢と不動の心拍
《9月29日(月)19時10分》更新致します