第76筆 ポンコツ先生へ逆指導しよう
自分が人に指導することは有意義な経験なる。
だが、不安があった。
「啖呵を切ったのは良いけどさ、実戦は経験不足だから自信ないんだよな」
「雅臣くん、そこは私がフォローするから安心して」
「まるで長年歩んできた戦友のような風格。君たち、出会って何年目かね?」
クーの疑問に俺は迷いなく答える。
「三日ですけど?」
「カーカッカッ、カーハッハッハッ!」
「ぷっ、ヌアッハッハッ! じっさん、コイツら素質がある──って、腹抱えて笑い出した」
笑わない性格だと思っていた戦士ガルダが低い声で笑い、クーは本当に腹を抱えて笑っていた。
弓使いマティアは驚いた表情をしつつも目を細め、メロセディナは異端を見るかのような、引きつった苦笑いをしている。
「二人のコンビネーション、楽しみにしておる。わたしらは、ここぞという時にしか、口を出さん」
クーの円滑な対応が、俺とミューリエの逆指導を推し進める。
俺は目の前に拘束され、正座するポンコツ先生に問いかけた。
「メロセディナさん。君は、なぜ戦う?」
「勝つために決まっているでしょう! 敵を屠り、道を切り拓くために!」
俺は呆れながらため息を吐く。
すかさず、ミューリエがフォローに入った。
「それもひとつの考え方。でも、戦いにはもっと大切なものがあります」
俺は愛刀、霹臨天胤丸を取り出し、刃にメロセディナの姿を映す。
「──守りたいものがあるとき、殺すのではなく、殺さずに止めたり、無痛で倒す選択もある。俺が掲げる慈悲の刃はそのためのものです」
説明をしながら〘画竜点睛〙を起動。
「〘空間描画召喚〙ライブ感でいく──」
絵筆を左手に取り、空間へ柔らかな防御結界の模様を描いていく。
「右腕の捕縛を解きますから、触ってみてください」
言われるがまま、メロセディナは結界の感触を味わい、驚いていた。
「これは拒絶では無く、受容や吸収の結界──!? 本来、結界は硬くてガラスのようなもの。なのに、これはクッションやゴムのような感触。ちょっとした術式文を書き換えれば、こんな事が出来るのですかっ!?」
ミューリエが昨夜の酒宴で話していた結界魔法理論を真似してみた。
優秀な魔法とは、現象としても整合性が取れているのだ。ゆえに描きやすい。
「もう、オミくん、私の真似っ子しましたね? むぅ、オリジナル構造魔法なのに」
「ごめん、構造が綺麗でさ、描きたくなったんだよ。これは既に美術品の域だよな」
(私の術がこんな形で……でも、ちょっと誇らしいかも)
ミューリエは小さく呟き、顔を真っ赤にして照れていた。
「失礼。話が逸れました。次に、あなたの連携は命令型で、仲間の意志を潰してしまいますね」
「統率は、大事であります⋯⋯」
「それは同意する。しかし、俺が求めるのは、互いを信頼し、支え合う連携なんだ。世界を救うのが目標だから」
俺は幻影を二体生み出し、ミューリエと簡単な動き合わせを見せる。
俺が峰打ちをすると見せかけ、幻影を集め、一時離脱。
ミューリエが困惑する幻影二体を、爆発魔法で無に帰した。
「今のは打ち合わせはしてません」
「おぉー、見事だね」
「⋯⋯隙が無かった」
「これくらいは当然にならんと、プロとは呼べないねぇ」
ミューリエの発言に、クー、ガルダ、マティアの観客側に立つ三人が感心してくれた。
「アンタの芸術観に物申す。芸術とは、観る者、感じる者の心を揺さぶるものだ。怒りや暴力だけが美しさではない」
「……それは、戦いも同じ。静けさと動きの緩急を理解すれば、無駄な力を使わず勝つこともできるのですよ」
今度は、俺とミューリエでデモンストレーションを行った。
俺は正中線に剣を据えて待ち伏せる。
ミューリエが放った追尾する十の光球が、俺のもとにぶつかり合う。
その瞬間に切り裂くように見せて、刀の腹で上空へ跳ね飛ばし、足を踏みしめて一気に加速。
──音もなく、ミューリエの首筋へ木刀が寸止めされた。
「静寂の間合いとでも呼ぼうかな」
「あの若さで、ここまでか」
ガルダが認めるかのような、静かな頷きをする。
「べつに、格好良くなんて⋯⋯」
ははーん、メロセディナ、内心衝撃を受けてるな。心拍数の音でわかる。俺は修行の成果で聴力が高くなったからだ。
「まだマティアさんと、ガルダさんに何も教わってないから、今朝の逆指導はここまでとする」
「受講、ありがとうございました」
俺とミューリエの礼節を忘れない姿勢に、英霊三人も感心している様子だった。
「……ふむ。これは面白い流れになってきた。頭は冷ましたようだね」
「⋯⋯メロセディナが完全に影響受けてるぞ」
クーとガルダがメロセディナの拘束を解きながら、呟いた。
「いい師匠コンビだ。メロセディナ、今後はこの二人にちょっと学んでみるといいかもな?」
マティアが快活に笑いながら、メロセディナの背中をバシバシ叩いている。
「……ちょ、ちょっとだけなら聞いてやってもいいわ! 二人とも、ご指導ご鞭撻、ありがとう⋯⋯ございます」
ポンコツ先生は、赤くなった顔を隠すように、頭を下げた。どうやら、規律や礼儀を守る元軍人としての姿勢は、霊体にまで染み込んでいるようだ。
(まるで、子どもライオンみたいな人だ)
プライドが高く威圧感があり、完全に制御出来ていない。前世では学ぶヒマがなかったのだろう。
そう思いながら、大事なことに気付いた。
案外、自分は連携についての実践と理解が出来ていた。神々やダルカスが、基礎を既に教えてくれたのだと。
「連携は、俺の解釈の問題だったか。これは、学び直しだな」
「良い気付きだわさ。昔を思い出す」
「ふむ、次はそちらが動く番だろう。ガル坊は最後で良いな?」
「あぁ。直感だが、いちばん激しくなる」
クーがしゃがんで軽く背を押したのは、三人目に召喚したドワーフィム英霊──マティア・ノール。
名乗りを上げて一歩、前に踏み出した。
「アタイと馬をセットで喚んだ。雅臣くん、覚悟は良いか?」
「はい、俺の興味を射止めた騎馬術と貴方の到達点──〘騎馬隕星弓射〙を教えてください」
マティアは小柄な体格とは裏腹に強い跳躍力で馬に乗り、折りたたみ弓を組み立てた。
騎馬弓術の名手、マティア・ノールとの鍛錬が始まる。
【次回予告】
第77筆 風駆ける学びの草原
《9月25日(金)19時10分》更新致します




