第74筆 親身な心は、種族差を超える
──様子がおかしい。なぜこれが存在する?
「川辺なんて無かったのに、あるんですけど!」
俺はすぐに原因究明へ乗り出した。
源流といえば、“穢れ落としの霊山”だ。そこから流れた多くの小川が集約し、滝となって落下。
分岐先には、“召喚の泉”へと繋がっていることを確認。
正面ルートを追いかけると、やや規模のある河川を生み出されていて、びっくりしたのだ。
「そうだな⋯⋯“清めの浄河”と呼ぼう」
俺が名付けたら、地盤が揺るぎないものとなった。
もしかして、異空間は、澱み蛙ミュタヌートの想いに応えたのかな?
この異空間の創造主──アステリュア=コスモのあらゆる創造力受け入れの柔軟さと、神算鬼謀には恐れ入る。
「ゲコッ、ゲコッ、ゲコゲーコ」
振り返ると魔物・澱み蛙のミュタヌートが、歌うように鳴いていた。
「いつの間に!?」
半透明で、翡翠色のテカリのある身体に浮遊する光。顔立ちはのっぺりしていて、笑っているように見える。
サイズは50cmほどとだが、ぷっくりとした身体つきがとても愛らしいのだ。
「この子は何を考えている⋯⋯?」
「“澱み蛙”は、魔物の中でトップクラスに心を解し、読むのが難しいと言われている。雅臣くんはどうするかね?」
俺はあえて、クーの目線を追いかける。
彼は何も言わず、膝に手を置き、ただミュタヌートの方を──じっくりと見つめていた。
そして彼の目線から何かが飛んだ。
(なっ!? 視線だけで愛情を伝え、全身を撫でているだと!)
これが地球で“森羅に歩む獣師”と呼ばれた異名の所以なのか⋯⋯!
幼い頃、TV取材特集で見た勇姿。
彼はどんな猛獣も、目線の送り方とオープンな姿勢で手懐けていた。
当時──2040年代は、魔法流入の初期。
全員が隷属魔法の行使を疑った。しかし、彼は魔力も魔法も使えなかったと報道されていたのだ。
「クーさんのように、俺も観通す」
「カッーカッカッ、乗り越えてみせよ」
俺は、ゆったりと動き回るミュタヌートの頬の動かし方、ぽってりした腹の鼓動、中心の光の揺らめきなどを観続ける、
隙を見て抱っこし、脈動を感じた。
「この思念は⋯⋯!」
その時。ミュタヌートとの間に、なにか細い糸で繋がった気がした。
「この子は、お腹を空かせているんだ」
確か、飼育下の蛙はこれを食べたはず。
薄桃色の根元、白みがかった茎、青々とした葉を持つ野菜を描いていく。
「〘召喚〙──ほうれん草よ、出てこいや!」
召喚されたほうれん草はみずみずしく、小さくちぎる度に水分が出てきて、とても美味しそうだ。
一口大にちぎり終えたそれを、ミュタヌートにあげると──しばらく咀嚼した後、満足そうにゲップをした。
「段々と分かってきたんじゃないかね?」
「そうかも知れないです」
「最後は鷹の弥助だが、あの子は新米でね⋯⋯わたしにも心が掴めないのだ」
クーは困り果てた顔でため息を付く。
この道何十年のプロでもこんな顔はするのかと、親近感が湧いた。
*
地上から探すこと十分。手がかりはない。
「クーさん、空を飛びます。お三方も一緒に。〘天陽の背輪〙──!」
白金色で放射状に光る円形の輪が生成され、全員の背後に浮かぶ。まだ五人までしか出来ないから、この人数で助かった。
「霊体だから空は飛べるが──これは暖かい光だね。しかも加速と転回も速い」
全員、飛び心地の良さに感心していた。
俺は一緒に空を飛び、弥助を探すが、見かけてもすぐに逃げられる。
「この“友愛の呼笛”にも応えんのだ。これは、同種の鳴き声に寄せて作っている。どうしたもんかねぇ⋯⋯」
クーが腰にある大小様々な笛から、鷹型の笛を吹いても反応はない。
「あの子、どんな性格なんですか?」
「警戒心が強くて、気難しい。こちらの時間で昨日、雅臣くんに召喚されて、浮き足立っているんだよ」
昨日の深夜の睨む形相は、不安と恐怖でいっぱいに見えた。
「すみません、俺のせいで⋯⋯」
「構わんよ。弥助の意思で決めたこと。何か惹かれるものがあったに違いない」
「すぐに向かいます」
「⋯⋯いや、待つんだ。気配は近い。君なら行けるかもしれん」
俺はクーから友愛の呼笛を渡された。見た目は風のように軽やか。しかし、持つと鋳物のようにどっしりとした重さがある。
──同じ鷹の声色で、呼び止めるしかない。
昨日の鳴き声から音の高さを分析、呼吸の仕方とと吐き出す空気のバランスを考え──
ぴゅうぅぅぅ────!
──来る。
数キロ先から聞こえる翼をはためせる音。
クーも耳に手を当てて聞き取り、異常を察知したかのように叫んだ。
「こりゃ、誰に止まるか軌道が読めん。全員で包囲してキャッチせよ!」
「はい!」
全員が返事をして、円形になって取り囲む。
弥助が飛びながら生み出す風圧は、尋常じゃないほど捷く、力強い。
揚力と浮力支配の特徴がある〘天陽の背輪〙が無ければ、吹き飛んでいたであろう。
そして、ついに姿が見えた弥助はあろうことか、一気に加速。
誰の元に来るかと思った瞬間、俺の元に飛び込んで来た──!
即座に回転することで、衝撃を受け流す。身体の震え方からして、パニック状態だったと思う。
下手したら、俺と弥助は無事では済まなかった。
「おっとと。俺のこと、気に入ってくれたのか?」
「ピュル、ピュルゥゥゥ♪」
弥助が目をつぶり、甘えた声を出しながら俺の首筋に寄り付く。
笛の音に安心感や、親愛の情を持ったのだろう。
彼の銅色の身体の輝きは、喜びと共に更にに強まっていった。
今まで出会った動物たちの中で、一番好かれている気がする。
霊体、無茶な飛び方、環境の変化──俺はあることに気付いた。
「そっか、君は現世で死んでから時が経ってない。霊体での飛行感覚が分からないんだな」
この気付きに、事情を知るクー以外の三人から拍手が巻き起こった。
「素晴らしい、ブラボー! 君の読みは正解だよ。この子は霊界に来てから、まだ一ヶ月足らず。動物との心の共鳴──“絆開花”と呼ぶ」
「いえいえ、ぶっつけ本番。偶然ですよ」
俺の謙遜の言葉に、クーは首を傾げた。
「そうかね? これは弥助の事を想って行動した結果の現れ。相手のことを、段々と考えられるようになった証左だよ」
「そうなんですか?」
「秘訣は感情の波長を合わせること。視線の速度、呼吸、心の開き方⋯⋯これを“心利きの絆”と言う」
「ピュゥロロロローー!」
俺の肩に、弥助は両脚を強くしがみついた。しかし、爪が食い込んではない。
この人が良いという決意すらある。
「弥助の意思は固いようだ。しばらく君に任せる。あと、これも」
転移魔法越しに取り出したのは、彼と色違いのバケットハット。
早速被ってみると、邪神の呪い【千語万響】による幻聴が、動物たちの癒しのさえずりに変換されていった。
「頭の中がスッキリして、軽やかです!」
「喜んでくれて何より。このまま応用をやるなら⋯⋯君が良かろう」
包囲の円陣に加わっていた一人が名乗り出た。
そのまま、クーが優しく背中を押したのは、指揮官風の女性だった。
「雅臣殿。先ほどの絆、感銘を受けました! わたくし、メロセディナ・フォリスであります! 連携のプロと呼ばれた経験から、指導鞭撻を致しましょう!」
──彼女の瞳には熱血指導の炎がたぎっていた。
【次回予告】
第74筆 親身な心は、種族差を超える
《9月22日(月)19時10分》更新致します




