第73筆 動物の心と共鳴せよ
この異空間は百分の一の時間の流れだ。
クーは俺が朝ルーティンの最中という状況を加味した上で、一時間半で見つかるヒントを与えてくれた。
「この異空間すべてに五体、隠れておる。動物と同じ目線と気持ちになれば、おのずと見つかるわな。特徴は──」
牧場で不可視なオスの乳牛、ファム。
森の恥ずかしがり屋なエゾリス、心輪。
無邪気な幼体のティラノサウルス、ネイブ。
川辺の臆病な魔物の澱み蛙、ミュタヌート。
俺が昨夜召喚した、空で飛び続ける鷹の弥助とのこと。
──まずは雄牛ファムからにしよう。
出来たばかりの高原牧場は、俺の記憶を元にした空間だ。しかし、二〜三回ぐらいしか行ってないので、曖昧な作りになっている。
「ファムはどこだ〜?」
「私は随行しながら見守ろう。三人は好きにしてくれ」
頷いた英霊三人も暇そうなので、一緒に探し始めた。もし先に見つけても、俺にはあえて教えないらしい。
「あのサイロの後ろが怪しい⋯⋯」
回り込んで探してみると、光の粒と足跡が見つかった。雄牛ファムは霊獣らしく、草が食べられた跡すらある。
「その調子だよ。続けなさい」
「はいっ! ずっと歩き回ってるから、あそこかな」
柵で囲まれた牧場の草原を、ひずめで踏みしめた足跡。
柵を飛び越え、辿り着いたのは──厩舎だ。
「あっ、やっぱり水飲んでる」
「ンモゥゥーー」
黄緑色の大地の力を感じる光を放つ牛、ファム。のどの渇きを癒すため、水分補給していた。
この子はくりっとした瞳と口元が可愛らしい。
「さては、隠密の魔法でも使っているな? 霊体で不可視化しているだけじゃなかった」
「モゥゥゥーー♪」
どうやら、当たりらしく、頬ずりがくすぐったい。斑紋の背中を撫でていると、クーが褒めてくれた。
「良い流れだ。行動心理学の基礎ができているね。わたしは絶滅寸前のコアラを手懐ける時も、そうしたものだ」
「あれは凄かったです! お陰様でオーストラリアにてコアラ、抱っこできましたよ」
俺はすかさず、あの時の写真を胸ポケットから出した。 満面の笑みの俺、コアラ、コラボイラストと映る姿。 売り上げのほとんどは保護活動に回した。
クーの功績は、俺たち画家にとっても、頭が下がる存在なのだ。
「おぉ、良い写真だね。君なら──いや、次は、エゾリスの心輪ちゃんを探そう」
まだ会って間も無いのだ。途中で言わなかったこと、いつか話してくれるのかも。
*
二体目は、森の恥ずかしがり屋なリス、心輪である。
この異空間で山といえば──“穢れ落としの霊山”しかない。
毎朝、昨日溜まった雑念や迷いなどを山道で脱ぎ捨て、清めてから山頂近くの道場で素振りをする。
木々の枝葉は風で揺らぎ、リスが入ったことでざわめいていた。
「恥ずかしがり屋が隠れそうな場所は⋯⋯木の洞かも」
この霊山に点在する木の洞は、かなり多い。洗練された神力が溜まり、それ自体が一日の穢れを祓う浄化の矢が、万単位で撃たれるからだ。
早速、マッハ速度で全部をチェックしたが、どこにもいなかった。
英霊ら四人は俺の速度にやや引き気味だったが、気にしないことにする。
「恥ずかしがり屋なんでしょう? どっかに隠れるんじゃないのか?」
「──へぇ、意外なところにいるらしい。心輪ちゃんは、君を試しているようだ」
地面に触れて、銀色の神力で探知したが、植物の脈動以外は何にも感じない。
クーは、肩を叩いて忠告した。
「それだと、もっと逃げる。相手の立場になって考えるんだ。もし、君が恥ずかしがり屋で、目が怪しく光る人に追いかけられたらどう思う?」
「怖いですね。相手の立場に⋯⋯か」
神力では怯えてもっと姿を現さなくなるだろう。隠れる所──山頂近くの道場しかない。
俺が道場の扉をそっと入って一礼すると、灰色を帯びた褐色のリスが、大神棚の銅鏡に見惚れていた。
「光り物が好きでね、銅鏡に心惹かれたのだろう」
「心輪、良い気づきになった。ありがとう」
「きゅきゅっ」
次の瞬間、ものすごい跳躍力でクーの胸元に飛びつき、彼は慣れた動きで抱えた。
「おや、雅臣くんに握手を求めるのかい?」
俺のことを認めてくれたらしく、そっと手を差し伸べる。
すると、心輪はぎゅっと小さな手で握ってくれた。柔らかな感触と暖かさが俺の心を射止めたが──
「ここはゆるやかに⋯⋯」
グイグイ行くと恥ずかしいから、逃げられる。逸る気持ちを抑え、感謝と嬉しさを穏やかに伝えた。
「ありがとう。良かったら毎朝来ないか?」
「キュルキュル〜〜!」
心輪は、俺の三年使い込んだ赤樫の木刀を指差す。
「どうやら君の素振りの邪魔をして、成長を促す算段らしい。三体目はネイブくんだ。彼は厄介だぞ」
*
幼きティラノサウルスは異空間のどの領域にもいない。俺は木星ゾーンで途方に暮れていた。
「ネイブは、どこにいるんだーー!?」
「があぅぅぅ!」
「いたっ!」
ネイブと追いかけっこを始め、咆哮と共に異次元の扉を開いてまた気配が消えた。
「ネイブくんは転移魔法のプロなのさ」
「そんな恐竜がいてたまるかっ! って、いるんだから仕方ない」
無邪気とはよく言ったもんだ。
俺に心を読まれることを、ネイブは遊びの延長と思っている。
だが、彼の遊び心を読み取っていけば、心を通わすことができるはず。
「多分ここだろう」
俺はウィズムや念描神ザフィリオンと出会った思い出の場所──“泉”をずっと特別視している。
まだ研究段階だけど、泉から召喚物が出るような場所を作っていた。
その召喚時に消耗する神力が最も集まるのが、この“召喚の泉”だ。
「ぎゃおぅぅぅぅ!」
「転移魔法のエネルギー切れで補給するなら、ここが最も最適だもんな」
光の反射で水色や青緑色に見える水面は、溢れ出す神力による影響。
ネイブにとっては、走り回って汚れた体を洗い、エネルギーも補給できる。野生の勘で導かれるまま、ここに来たに違いない。
「これは、これは⋯⋯思ったより早い発見だ」
クーはネイブを撫でながら、恐竜型の笛を軽く吹くと、その中に入っていった。
「四体目は、蛙のミュタヌートか。ぷっくり系だと、けっこう好きなんだよな」
動物との心の通じ方、少しずつ分かって来た気がする。面白い子だったら、友達になれそうだ。
【次回予告】
第74筆 親身な心は、種族差を超える
《9月21日(日)19時10分》更新致します




