表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/88

第71筆 ミューリエと、心を捧ぐ誓いの朝

──ミューリエ視点──


 異空間出口の近くの大浴場、女湯。


 私は何かに怒っていた。


 脱衣所で汗ばんだスポーツウェアを洗濯機に放り込み、浴場のドアを叩き開け、身体を洗う。

 巨大な石造りの湯船に、口から泡を作りながら──全身を沈み込む。




(雅臣くんは凄い。邪神討伐のため、三年の修行だけじゃなく、あのルーティンも毎朝こなしているなんて⋯⋯)


 癒しの神力が込められたお湯は、本音を少しずつ洗い出した。緩やかに浮かび上がって思考を整理する。


 私は、自分の無力さと逃げ癖、そして甘え癖に怒ってた。昔から何かあったら、すぐに他の存在のせいにする。


 特に多かったのは、祝福や加護が無いから、そんなこと出来ないと言い訳していたこと。


「はぁ⋯⋯私って駄々っ子じゃん。五万年以上生きてるのに、何でわかってないの? 雅臣くんが言った通り、他人への努力を認めず、感謝が足りないじゃない」


 私は三つの自問自答をした。


 昨日の戦闘後、虚精霊への感謝は伝えた?

 ──伝えてない。


 大剣ルストくんや魔法杖キリムちゃんにお礼言った? ──言ってない。


 生まれた時より陰ながら応援し、見守り、助けてくれた幻獣や妖精、精霊たちにお返しはした?

 ──何にもしてない。


 不甲斐なさと申し訳なさに涙がこぼれた。


「当たり前って、ありがたいんだね。お礼の言葉を転送しておこう」


『ミューリエさまがお礼を⋯⋯! 一生の家宝に致しまする』


『姫様! 姫様が⋯⋯これ以上は求めません。嬉しさで心臓が飛び出し、死にそうです』


 直後、喜びのメッセージが脳内にあふれかえった。そっか、私は愛されていたんだ。


「この異空間、確かに時間の流れも地上とは違う⋯⋯まるで心の中の世界みたい」


 冷静になって周囲を見ると、色々と雅臣くんの気配りがあった。


「異空間なのに、本当に普通の大浴場みたい。大瀑布の世界の温泉浴場や、ローマの浴場を思い出す」


 まず、椅子と桶を見てみたら、バリエーションが豊かだった。


「子ども用、大人用、巨人用、ドワーフ用に、エルフ用に、なんか超デカいものまで⋯⋯! しかも、ちょっと暖かい」


 雅臣くんは異空間に入る前、数十秒消えた。そして戻ってきた。


 平等に誰が来ても良いように、毎朝手入れをしている。仲間の到来を、共に使う時を待ってるのね。


 次は、しゃがみ込んで床面まわりを見た。


「ウソでしょ、石けんかすも無いし、髪の毛一つ落ちてない」


 そのまま視点を上げると、シャンプーとリンスとコンディショナーと石けんまで揃ってる。

 湯けむりでくもった鏡を手で拭うと、磨き上げられた反射の仕方をした。


〈滑らないようにご注意〉


 地球の言語とエリュトリオンの言語、神代文字で壁に札が掛けられていた。


「あれ、こんな所に浴場あったけ?」


 吸い込まれるように奥に歩いていくと、電気風呂、泡風呂、ミルク風呂、薔薇(バラ)風呂、美肌の湯、ジェットバス、ヒノキ風呂など十五種類の浴場があった。


「サービス精神が旺盛すぎる⋯⋯!」


 特に「星見の湯」と名付けられた、天の川銀河を再現した露天風呂は──絶景そのもの。


 湯に浸かり、星を見ると自分の小ささがどうでも良くなって心が洗われた。


「ここは楽園か、なにかですか⋯⋯!?」


 また看板となる大浴場に戻って、私は着替えがないことに気付く。

 着るものを探していると、脱衣カゴの中に浴衣が入っている。

 しかも人数分、きっちりあるわ。


 ご丁寧にも文字が読めなくてもわかるような絵の表示がされていて、すぐに着こなすことが出来た。


「そう言えば、地球滞在時代の影響で、無意識に“洗濯機”に放り込んだけど⋯⋯何であるの?」


 十台あるうちの、私が放り込んだ洗濯機の扉を開けると──既に洗浄を終えており、丁寧に畳まれていることに驚いた。


 日本語で「全自動・洗濯乾燥たたみ機」と記載されている。


「全部思いやり、私が日本で知った“おもてなしの心”なのね」


 ドライヤーで髪を乾かすとき、目に入った広告のひと言が、私の心にグサリと突き刺さった。


〈来たときよりも美しくして頂き、ありがとうございます。お忘れ物にはご注意下さい〉


「き、綺麗にしなきゃ!」


 と思ったのも束の間、私が使った椅子と桶は宙を飛んで元の場所に配置されていた。


「遠隔による神力の精密制御っ⋯⋯!?」


 思わず、膝から崩れ落ちた。

 これが修行の成果。ぐうたら寝て、全部ヒト任せにして、文句ばっか言ってる自堕落な自分とは大違い。


「この空間、いや鍛錬の大空間すべてを維持し、毎日手入れしているなんて、どれだけの神力と集中が要るのだろう」


 己の無力感に打ちひしがれたけど、迷いを捨てて立ち上がった。


「いいえ、これも試練、人生の受難よ。自立と委任、その均衡を保たないと」


 ふと、父エルゼンハウズの言葉が蘇った。


『夫にするなら、思いやりと強さのある人を探せ。ミューリエは隣に立てるほど、常に努力しなさい。そして感謝と祈り、奉仕の心を忘れずに』


 神々やその系譜の教えは一貫している。

 感謝と祈り、奉仕の心こそ、人生の神髄であり、不変の真理だと。


「雅臣くんのお父君、晴心(せいご)さんも言ってたもの」


『お風呂は身体を清め、心の穢れを落とすんだ。赤子が裸で生まれるように、心身ともに生まれ変わって、人は歩み出す。それを僕は“禊の湯”と呼ぶのさ』


 よし。古い自分、脱ぎ捨てちゃいましょう。


「決めたわ。私は雅臣くんの奥さんになる。共に歩んで苦楽を乗り越えて、添い遂げてみせるもの」


 どんな人生もへっちゃらになる──そんな気がしてならない。


「彼は先陣切って進み、照らす人。なら、私が背を押す人生の休息所になるわ──!」


 それは母性の目覚めなのかもしれない。自立の道の再構築なのかもしれない。

 名はどうであれ、私は彼を最も支える人物になることを決意、実践することにした。

【次回予告】

第72筆 はじめての英雄召喚

《9月17日(水)19時10分》更新致します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ