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第70筆 ミューリエ、朝ルーティンに参加する

 ──雅臣視点──


 翌朝の未明。

 おとといのエリュトリオン入界直後と同質の悪女の幻聴がした。


〈アンタねぇ、アタシの可愛い眷属を倒すなんて、ふざけんじゃないわよ。さっさと出ていけ──!〉


「うわぁっ!? はぁ、ハァ⋯⋯」


 思わず、驚きの声と共に、飛び起きてしまった。

 

 邪神の呪い【千語万響】の第一段階:声の奔流。一日で数千の言葉と、数万の声が脳内に響く呪いだ。


 その中でも、この女の声は最も感情が激しい。

 もし、俺の脳が四つ無かったら、すぐに発狂してたと思う。

 

「あれは邪神の声⋯⋯?」


「⋯⋯オミくん⋯⋯どうしたの?」


 さすがに声が大きかったのか、ミューリエが目をこすりながら、目覚めていた。


「すまない、起こしてしまって。俺はモーニングルーティンをこなすから、気にせず寝てて良いよ」


「いいえ、私は強くなりたい。置いていかれたくないの」


 彼女が起き上がり、指パッチンした瞬間。

 乱れた虹色の髪とネグリジェは──まとめ髪に、スポーツウェアへと着替えられていた。


「ミューリエさん、付いてこれるかな?」


「先輩を甘く見すぎですよ、雅臣くん」


 やる気は充分らしい。


 昨夜の内省を反映し、今日からやり方を変えることにした。

 喚意庫コフル・カッシのカキア=ウェッズの背中のファスナーをこっそり開ける。


「移送召喚する。注釈欄を起動」


〈鍛錬用の異空間→召喚用画面へ移送〉


 召喚用画面を近付け、鍛錬用の異空間の情報を引っ越しさせた。ミューリエのために“調整”を一分ほどした。


「モーニングルーティン、開始だ」



◇ ◇ ◇



 目の前に広がるのは、新東京都の皇居の北の丸公園の再現空間。事前説明は、その都度していくことにした。


「ミューリエ、魔法は使用禁止。神力は特定の場所以外は使用禁止だから、覚えといて」


「え、ダメなの?」


「鍛錬にならないから」


 ミューリエはコクリと頷いた。

 ウォーミングアップで、東京から伊勢神宮まで、重力二百倍の制御下で、ランニングを行う。


 俺は今回キッチリ十八秒で走ると決め、淡々とこなしていく。


 ミューリエは重力で全身が動けず、口も開けないので喋れなかった。

 最初は誰もがそうなる。十神でも初見で対応できたのは、剣神と鎚神ララたんのみだったから。





 ステージ1の惑星サーキット。


 水星ゾーンのプランク&ハイリーチ。火星のシャドーボクシングと空中スクワット。

 金星ゾーンのスロー腕立て伏せに至るまで──ミューリエは残念ながら、一回も出来なかった。


 基本重力は百倍超えだから、キツかったかな?


「ミューリエ、大丈夫か?」


「まだ、あるの⋯⋯?」


「これは序の口。一緒に頑張ろう」


「えぇぇ⋯⋯」


 ものすごく嫌そうな顔をされたが、彼女の可能性を信じ、続けていく。





 次は、ステージ2の地球系惑星トレーニング。

 ミューリエの動きに少し変化が起きた。


 地球ゾーンで片足バーピーと幻術影分身は、五回目で分身体たちと違う動きをしたので、即座に吹き飛ばされた。


「途中まできれいな動きだった。焦ったらダメだ」


「もう一回やるわ!」


 彼女は、初日の俺が達成できなかった二十回を達成したことを伝えると、かなり喜んでくれた。





 天王星・海王星ゾーンでの浮遊姿勢の体幹トレーニングだが──


 重力と反重力が交差し、身体がゆっくりと浮き上がりながら引き戻される現象が起きている。


「なんで止まらないのーー!?」


 静の瞑想と微動。彼女はじっと出来なくて、ずっと動いていた。


「雅臣くん、質問です。これは苦行か何かですか?」


「楽しい愉しい、鍛錬のルーティンだよ。俺なりに、世界を救う覚悟を実践してるだけ。初期の俺より上手く動けてる」


 彼女はうつむき、諦観を感じるため息をついていた。



 既存ルーティン最終段階、ステージ3の巨星トレーニング。


 土星ゾーンで、惑星環を模した多重負荷ジャンプ。今回はミューリエの情報も混ざっている。

 跳躍力・脚力・空中制御力を計測するため、配置された惑星環の巡り方が変わっていた。


「お、ミューリエがいると手応えあるぞ。いい刺激になるなぁ」


 惑星環ジャンプしている時、胸の圧迫感があったが、ミューリエとやっている環境の差異だろう。


「全然跳べない⋯⋯」


「俺も当初は足すら動かなかった。上出来だよ」


 データが算出したミューリエの初回跳躍予定距離は二十センチだ。

 しかし、彼女は五十センチほど飛んでいた。筋が良かったのだ。





 木星ゾーンでは、マッハ速度制限下での超低速筋収縮の鍛錬をやった。

 木星圏では、己の肉体に速度制限の封印がかけられる。腕を動かすだけで、二十秒かかるのだ。

 

「オミくん、全身の骨が折れる音がするんだけど!」


「自己治癒しつつ、ゆっくりやるんだ」


「説明だけじゃ、分からないって」


「速く動けるからこそ、遅く動ける者であれ」


 ミューリエは俺を睨みつけ、動けないことに苛立ちの行動が目立ちだした。





 次は道場空間にて、奉納の七万回の素振りなのだが──


「あぁ、もう、イライラするわっ!」


「一振りずつ、心の刃で万民が悪と己の弱さを倒す事を、祈りと共に振るんだよ」


「そんなこと、どうでも良いじゃない!」


 鬱憤を晴らすかのように、高速でブンブン振っていた。これじゃ、真の刃や想いは宿らない。





 戦闘訓練では、ミューリエの感情が爆発していた。


「この、この、許さないっ! 雅臣くんは頭おかしすぎるっ! えいやーー!」


 記憶と神域の演算によって召喚された、精鋭の“影”たちに対して、八つ当たりをしている。


「雅臣くんのバッカヤローーーー!」


 火魔法で産毛が焦げるほどの熱い突風と、爆破でストレス発散。

 大元の異空間を創り上げたのは、コスモだと言ったら、愚痴をつらつら語っていた。


 自分のことを悪く言っても別に構わないけど、コスモを敵に回したら良くないと思う。


 ──ミューリエって、なんだか子どもっぽいかも?



 昨日あったことをまとめる一作描画と千枚素描は、昨日の濃厚な体験もあり、かなり捗った。


「私、絵心ないの」


「代わりに詩を一つ書いて、千枚の日記メモを書いたらどうかな?」


「わかった⋯⋯やってみる」


 三百枚はぐちゃぐちゃに書き殴ったあとで、残り七百枚は怒りや愚痴など、マイナスな記述ばかり。詩は一節も出来なかった。


「既存ルーティン最後は、太陽の祈りなんだけど、やってみ──」


「イヤです!」





 重力280倍が常に襲う“太陽の祈り”が終わった頃のこと。ミューリエは地面に突っ伏しているので、俺は手を差し伸べて介助した。


「良い刺激になったよ。参加してくれて、ありがとう」


「⋯⋯ねぇ、オミくん。毎朝やってるの、これ?」


「俺にとっては、日常だよ。ここから昨日の内省を踏まえた新ルーティンを敢行する予定」


「はぁ? 私、ついて行けない! 既にヒトという生命体の域を超えてるじゃないの!」


「褒め言葉と捉えよう。そうだ、君の為に“この事”を伝えておく」


 俺は嫌われる覚悟をして、言葉を練る。

 今朝のミューリエのルーティンの行動に対する問題点と課題、改善案を出した。


「ミューリエは甘え癖と、すぐに音を上げるところがあるな。ハングリー精神不足だ。上手く出来なくても、参加して良かったとか、悔しいから次も頑張ってみようって考えなかった?」


「⋯⋯思わないもん」


 衝撃の回答に、俺は落胆した。


「あえて厳しく言うよ。他人の努力を認めず、感謝が足りない。俺のことは、いくらでも(けな)しても良い。嫌えば良い。なんなら、憎め」


 ミューリエは黙って聞いているが、睨みが強い。


「しかし⋯⋯どうしてコスモ様に文句を言うんだい? なにか直接、意地悪したか? 君を信頼して話すけど、みんなが使えるように、コスモ様は異空間を創って下さったんだ」


「⋯⋯⋯⋯君専用じゃないのね」


「その通り。ぶつかり続けないと、魂の輝きは無くなる。拳神ダンジンの教えだ。君は今も成長してる。それは凄いことだよ」


 彼女はそっぽを向いた。


「そう言えば、お風呂あったよね? こんなとこイヤ! 貴方とは絶交します!」


 彼女は怒りながら大浴場がある空間へ──音を置き去りにして駆け抜けた。


(“絶交”は内心は嘘だな。多分、勢い余って言っただけ)


 あれは本気で憤慨したら、まず手が出る。夢見がちな現実逃避タイプかもしれない。


「想いを現実にできる魔法は一番憧れるよ。先達たちの努力と祈りの結晶なのに、どうして気付かないんだろう⋯⋯もったいない」


 遠ざかる彼女は一瞬だけ振り返ったが、また踵を返した。


 ミューリエ・オーデルヴァイデ──これからも成長する乙女の名である。

【次回予告】

第71筆 ミューリエと、心を捧ぐ誓いの朝

《9月15日(月)19時10分》更新致します。

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