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第69筆 拳闘士は名乗らずに去る

 ──???視点──


 時は遡り、雅臣が異世界エリュトリオンに降り立つ数日前のこと。


 日本の神々の世界、高天原(たかあまがはら)の中枢、雲上の神宮にて。



 雲海が見える部屋の奥の間、高御座(たかみくら)に腰掛けた黒髪黒目の少女。


 少し離れて向かい合うのは、紫紺の髪に大小四本の角。エンジ色の着流し姿の男が正座をし、話し合っていた。


天照(あまてらす)サマ、いつもの虹色プリン持ってきたぜ」


「ありがとの。いただきます」


 彼女は七色で風味がそれぞれ違うプリンを、光で構築された(さじ)で頬張り始めた。


「⋯⋯うぅむ、美味じゃのぅ! オロチも食べんか?」


 プリンが大好物な少女こそ──日本の主神、天照大御神(あまてらすおおみかみ)である。

 訳あって、この姿に封じられている。


 オロチと呼ばれた男性は、手袋を付けた手のひらを突き出し、拒否した。


「いらねぇから、本題を話してくれ。天照サマは話が長くて困る。簡潔に言ってくれ」


「うむ。久方ぶりに、お主へ勅命を下す」


「はっ」


 形式に従って、オロチは頭を下げる。


「──修行の末、雅臣に神性が宿った。十神の指導を引き継ぎ、彼なりの神性へと昇華せよ。戦い方も独自のもの──彩武流といったか。それの発展へと導くのじゃ。随行者や仲間の育成も忘れずにの」


「確かに拝命したぜ」


 雅臣⋯⋯その名を聞いて、オロチは少し昔のことを思い出す。

 書道教室の先生をしていた頃、幼い雅臣は円相だけ書いて「絵を描きたい」と言って、すぐに辞めてしまった。


 その代わりに教えた水墨画の才は、飛ぶように売れるほど圧倒的だった。


「あの絵狂いの幼児が、世界有数の画家になり、今や救世主を目指し始めた。雅坊はどんなヤツになってんだろうな」


「わが子孫じゃから、はぐっ、強いに決まっとろう」


 天照(あまてらす)は、目を金に輝かせながら、二つ目のいちごプリンに手を出す。


「もぐもぐ、どうやら、邪神の力が史上最大に強まっているらしいの。はぐっ、次元の狭間に、魔神が跋扈(ばっこ)しとるやもしれん」


「食べるかしゃべるか、どっちかにしろや」


 満面の笑みで「ごちそうさま」と呟いたその瞬間、天地が静まり返った。


 金色の後光が部屋中を満たし、天井すら見えなくなる。

 ──世界の中心に在る者。万象を統べる太陽の神の、その真ノ名(まことのな)だ。


 オロチも目が眩み、サングラスを付けた。



「すまんの。あぁ、そうじゃ。落ち着いて聞け。おぬしの“探し人”、エリュトリオンにいるとな」


「っ! そりゃ、本当か!? ウソついたら針千本飲ますぞ」


 血相を変えて天照の肩を掴むオロチ。だが、彼女はなだめて正座させた。


「なに、神々の中心世界、神悠淵界ディバイン・サーキュラムの噂に過ぎぬ。“封印の勇者”と呼ばれとる。現地に行かなきゃ解らんじゃろ?」


「アイツは、時すら後ろ髪を引く──銀の瞳を持つ勇者だった。数万年ぶりのエリュトリオンか。面白い。行くしかねェだろ」


「頼んだぞ、“力の象徴”よ」


 天照から、干しアワビ入りのにぎり飯と、たくあんが添えられた竹包を受け取る。

 その直後、オロチは空間を殴打。異次元を開いて旅立った。



◇ ◇ ◇


 

 異界エリュトリオンの北方大陸。数日の旅路から降り立ったオロチは、腹を鳴らしていた。

 

「さすがに数日食ってなきゃ、腹減るわな。いただきます」


 オロチは荒野の中、どっかりと座り込む。

 神力で防腐加工された竹包からにぎり飯と、たくあんを食べている時。


 ──禍々しい瘴気を放つ魔神と目が合った。


「おっと、飯時だから待ってくれ」


「敵、ブッ殺ス⋯⋯!」


「これだから理性のねェ下級魔神は⋯⋯ごちそうさん」


 (から)になった竹包を巾着型の無限収納庫インフィニティ・カッシにしまい、白い透かし手袋を外す。


 深緑色の透かし手袋に付け替え、構えを取るオロチ。

 その全身からは赤紫色に輝く神力の奔流が柱となって立ち昇っていた。


「さぁて、エリュトリオン最初の任務は、六聖神サンへの戦果お百度参りから行くぜ。奉納試合やるか」


 

 大きく息を吸い込み、二本下駄と尻尾で地面を踏み込む。


 次の瞬間、右拳を突き出しただけで、眼前から大陸の端まで力の奔流が一気に突き抜けた。


「なぜワレらだ、け⋯⋯」


 数キロメートル先まで吹き飛ばされた下級魔神は倒れ伏し、いびつに重なった鎧は粉微塵へ。生身もやがて世界の一部へと還元した。


「うし、次」


 彼は再び拳で空間を殴打し、瞬間移動した。



◇ ◇ ◇



 中央大陸は北の海辺の町。オロチは魔力反応と勘で覚えた邪神因子の特徴を頼りに、各地を転々としていた。


「滅ぼしてやる! ギッーヒッヒッヒッ!」


「ヒイィィィ、殺さないで──え?」


 突如、駆け出し少年冒険者に襲いかかる猿顔の魔神が黒い光の粒子となって消えていった。


「三十カ所目、Sランク魔神の討伐完了だぜ。よう、少年。無事か?」


 オロチは尻もちをついて動けない少年に手を差し伸べる。

 特別討伐軍を編成して三日がかりでやっと倒せる国家滅亡クラスの魔神を、一撃で倒してしまった。


「はい! 貴方は一体⋯⋯?」


「“謎の拳闘士”とだけ名乗っとくわ。んじゃな」


 オロチは戦闘でボロボロになった二本下駄から、地下足袋に履き替え、空間跳躍で力場を生み出して移動した。



◇ ◇ ◇


 

 今度は中央大陸南東にある風の(さと)にて、トップクラスの敵の数を確認したオロチ。


「六十カ所目は⋯⋯何で、ここだけ二千体ぐらい居んのか?」


 彼は疑問に思いながら天空へ移動。両手を引き、丹念に力を込め、一気に打ち抜く──!


 突如、暖かな突風と共に、敵は跡形もなく消し飛んで行った。


「なにごと!?」


「ごきげんよろしゅう。ちと助太刀だ」


 いきなり現れた不審者に、猫の獣人女性は両腰の剣に手を掛けるが、敵意を感じ無いため、すぐに矛を収めた。


「え、どうも。救援感謝致します」


「なぁ、イカイビトが最初に来る場所ってどこだ?」


「そうね、南方大陸のシャルトゥワ村かしら」


 オロチは納得し、ある方向を凝視して、淡々と呟いた。


「俺様はシャルトゥワ村へ行く。現イカイビトの随行者だぜ──こっちを覗いてるのは知ってるぞ、観測者さんよ」


「何もないじゃない」


 獣人女性の指摘にオロチは空を掴むと、黒いレンズがついた球体型のものが顕現。それを地面に叩きつけた。


「どうして球体カメラがここにッ!?」


「さぁな。俺様は行くぜ。おねえさん、風邪引くなよ」

「えぇ、ご武運を⋯⋯!」


 オロチは新たな不穏な気配を感じ、西方大陸へ向かった。



◇ ◇ ◇



 西方大陸の聖地付近の村にて。


 砕けた瓦礫の中に、命の火だけが静かに燃えていた。

 全滅寸前だった前線の冒険者たちが、呆然とその男の背中を見ている。


 紫の着流しを纏った男は、血を一滴も浴びていなかった。

 周囲の樹々は一本たりとも折れていない。建物の瓦は剥がれてさえいなかった。

 だが──目の前にいたBランク魔獣群が、一瞬で“霧散”していた。


「⋯⋯ふう。これで百所目か。片っ端からやると疲れるな。お百度参り終了っと」


 男は肩にかかった埃を軽く払う。

 地下足袋の底には、一切の汚れも付いていない。この一騎当千の活躍に、六聖神は彼へ導きの神力を与えた。


「俺様の拳が、まだ“必要とされる”なら⋯⋯」


 地を蹴った音は、風のそよぎよりも静かだった。

だが、次の瞬間には彼の姿は消えていた。


 破壊せず、抑制する。

 奪わず、残す。


 彼にとって拳の極致とは、「壊さないこと」を選べること──

 そう証明する男の名を、“余”以外は知らない。


 そして、現在は雲海の上に立っている。

 上空から見て、“ある者”の神力制御が下手だと苦笑いしながら、頭をかいていた。


「未熟な半神(デミゴッド)でも、少しは力を練って、抑えるんだがなぁ。ダダ漏れじゃねぇか」


 

 分かる者には分かる。南方大陸の半分を包むほどの莫大な金色の光が立ち昇っていたからだ。


 それは“雅臣”が村の修復召喚のために使った神力の残滓。邪神が開けた中央の裂け目は、ただの峡谷になっていた。


「雅臣の神力、やっぱ目立つわな。あそこか」


 雅臣とその仲間たちの先生として、“力の象徴”はシャルトゥワ村へ向かっていた。

【次回予告】

第70筆 ミューリエ、朝ルーティンに参加する 

《9月14日(日)19時10分》更新致します。


※雅臣視点に戻ります。

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