第67筆 観測せよ、万象の異変を
──????視点──
雅臣たちが眠っている真夜中のこと。
中央大陸は冒険者ギルド本部。その地下に、『観測の間』があった。
ここは、魔導技術、機械技術など歴代イカイビトとの交流で培われし最新技術を活用。世界の均衡を保つ知識の砦である。
世界各地の魔物活性化状況、結界反応、レイドゲートの強度変動を監視する巨大な魔導盤が騒がしく光り出す。
ある観測士が冷静かつ、忙しそうに何者かへ報告する。
「世界各地の支部の拠点周辺──百五十二カ所に対し、魔物活性化反応がありました。調査の結果、一部個体に邪神因子を確認。魔神化や邪神の尖兵化も報告されています」
若手観測士たちが混乱する中、冷静沈着なハイエルフの若い男性の幹部が静かに立ち上がり、女性観測士に問う。
「邪神の復活が近い。魔神ランクと脅威度は?」
「魔神ランクはM0:魔性級からM3:大魔級。脅威度E:危険生物級からS:大厄災級までです。どちらも、通常討伐依頼の域を遥かに超えた存在です」
それは都市を壊滅させる個体が多数。
国家を滅亡させる個体が、少数出現していた事を意味する。
「世界同時魔物奔流か⋯⋯んん?」
だが、目立つところがちらほらある中、幹部男性の目が釘向けになった。
「へぇ、“押し返されている地点”が、一つだけあるね。興味深い」
その地点が「南方大陸・ミゼフ王国シャルトゥワ村」であり、地図にぽつんと輝く一点に、重苦しい空気が一変する。
「はい。魔物活性特域のシャルトゥワ村です。実は、その──」
シャルトゥワ村は、大昔から魔物が活性化し、襲撃を受けやすい村だと知られている特殊地域だ。
女性観測士は、シャルトゥワ支部からの信じられない報告に思わず、口をつぐんだ。
「遠慮しないで。何があったんだい?」
「死者少数。希望者のみ、全員蘇生されてます。地形と建造物の被害ゼロ。現イカイビトによって全部元通りです」
「⋯⋯は?」
幹部男性の思考は、脳内の雷鳴と共に一瞬停止した。
この世界において、蘇生行為は死後一日以内にやらなければ、魂は転生するか、死者の世界──すなわち霊界へ旅立ってしまう。
神級の治癒魔法師でも、失敗率が高い諸刃の剣──それをノーリスク・ハイリターンで達成した事実。
エリュトリオンにおいて建物の修復は、神級魔導師数人が木魔法や石魔法で大量製造していくのが定石である。
しかも⋯⋯建築家を大量投入して村一つの復興にかかるのは“最短一ヶ月”かかるなど常識。
国一つなら、年単位で時間がかかってしまう。
「いやいや、おかしいでしょ。悪い冗談は程々にしてよ」
男性幹部は衝撃のあまり、めまいでよろめいた。
明らかに現イカイビト──東郷雅臣は、常識の範疇をとうに超えているのだ。
「まだあるから少し待て」
今度は、観測長が超高速で、映像記録を編集している。
「観測長、今度は何事だい?」
「データ算出、完了。表示する」
観測長がボタンを押して新情報を提示する。追加で紫色の光が百カ所、光っている。
「後輩ちゃん、頼むぞ」
「了解、観測長。ご確認ください。異端な存在が報告されてます。着物姿で、謎の拳闘士の亜人男性が、単騎で百カ所も救ってるんです。たった五時間以内に──!」
──それは、不可能なことだった。
なぜなら、邪神の呪いによる転移禁止区域も多数あり、単騎で百カ所を救える豪傑はいなかったからだ。
「⋯⋯はぁ? あのさ、嘘はよくないよ」
「映像記録をご査収ください。私、夢でも見てるのかと思いました」
幹部男性はそれを観て、目が飛び出そうなほど驚き、女性観測士の感想に納得した。
一撃の拳の衝撃で、周囲の環境を傷つけず、敵のみを確実に粉微塵へ。
倒したら瞬間移動を繰り返し、救い続けていた。
こんな者は、世界中どこを探しても居ない。
「現イカイビトくん──雅臣くんだっけ? 彼もとんでもないけど、こいつは何者なんだ!? 現イカイビトが二人いるのか?」
「違うんです。本部総帥。記録中のこちらに向かって、こう伝えました」
『俺様はシャルトゥワ村へ赴く。現イカイビトの随行者だぜ──こっちを覗いてるのは知ってるぞ、観測者さんよぉ』
ステルス技術を採用しているのに、知覚されていることに背筋が凍る本部総帥。
居ても立ってもいられず、「観測の間」から出たグランドマスターは、作戦指令室へ向かった。
◇ ◇ ◇
作戦司令室では、幹部たちが既に集まり、異常事態に対する議論がされていた。
「現地対応はどうする。復興支援はS級冒険者に任せるか?」
「S級冒険者ねぇ⋯⋯国専属で合計、百人そこらしか居ないんだから、引き抜けるワケ?」
「各ギルド拠点への通達は?」
「通信魔法の圧縮波が多すぎて混線状態よ。設備投資もしなきゃ反感が飛ぶわ」
入り乱れる議論に、“本部総帥”が秘書と共に重厚なドアを叩き開けた。
場が数秒ほど沈黙し、初老の男性幹部が睨む。
「おい、“お子ちゃまマスター”がどうした? 呼んでないぞ?」
「あら、今日も子供っぽくてかわいいでちゅね〜〜チッ。大体ね、アンタの冒険者ごっこに付き合う暇はないわよッ!」
熟年女性の幹部が吐き捨てるが、本部総帥は威厳を保ったまま反論する。
「だまれ。全員、僕より数十歳も年下のくせに──外見で判断すんな」
弱冠十歳から本部総帥に君臨し続ける彼と、旧体制を好む幹部会には、長年の軋轢があった。
「このハルトリッヒ・ソシアス・ヘフネルが“創設メンバー”なのを忘れるな。いい加減、認めろ。最終決定権は僕にある」
「はいはい、わかったわよ。ハルトリッヒくん。悔しいけど、アンタの力を借りたいのよ。議題、聞いてちょうだい」
──議論開始から十数分。
彼はすべてを聞いたうえで、静かに言う。
「主要拠点に我が直轄隊を送る。手配を急げ。……同時に、“三つの大楔”の封印監視も強化しろ。これは、あの頃──百二〇年前の再演ではない。邪神は今まで遊び半分だった。下手したら、世界が終わる」
ハルトリッヒが女性幹部に胸ぐらを掴まれた。
「ちょっと待ちなさい! アンタねぇ、一万八〇〇年間も苦しんだ期間が、邪神にとって遊び? 信じられないわ」
「文句は邪神に言えや。生きる天災に通じるか解らんがな。特異点らしきスライム、ルゥもどうする?」
「ルゥは保護観察だ。僕が決めた」
高い発言力を持つ、幹部会の二大巨頭がハルトリッヒの不快感を露わにした。
「ねぇ、“三つの大楔”の一つの近くに位置するシャルトゥワ村の対応はどうするワケ?」
「あそこには現在、イカイビト──名を東郷雅臣とやらがいると聞いたぞ」
「ミトハ、出立準備しろ」
「でも⋯⋯」
女秘書ミトハは止めようしたが、彼の意思決定力の不動の強さである。
ミトハは、黙々と飛行用防護衣、背面ジェットパックの装着準備を始めた。
「おい、まさか⋯⋯!」
「そのまさかだ。現イカイビトの“中身”を見てみたくなった」
「これだから本部総帥は──」
「何か問題でも?」
彼の身体から、気絶するほど圧倒的な──青紫の魔力が放たれていた。
これには幹部たちも、幹部会の二大巨頭も文句の付けようがなかった。
彼に強く逆らったら、魔力の刃で首が吹っ飛び、再生の繰り返しを喰らうからである。
「だから、僕が行く。あの村に⋯⋯“シノ先生”がいる所に、希望があるかもしれん」
女秘書ミトハが準備した飛行に使う道具を、ハルトリッヒは装着した。
「幹部会、出撃ログに記録しておいて。“本部総帥、単独行動”。ああ、それと」
彼は世界連合の旗を指差し、声高に宣言した。
「アイツらには言っとけ。“上が動いた”ってな」
本部総帥・ハルトリッヒは作戦司令室を後にした。
──邪神と雅臣が開いた時代のうねりはもう、止まらない。
【次回予告】
第68筆 万象は目覚め、始動せん
《9月10日(水)19時10分》更新致します。
※月・水・金・日曜日の週四話更新となっております。ご了承のほど、宜しくお願い致します。




