第66筆 雅臣の内省と発見
空を飛び、村に戻ろうとした瞬間。
俺は大事なことを思い出し、村外れの誰もない草原に降り立った。
すぐに、明るく燃え上がる焚き火の情景を召喚用画面に描き、召喚。目の前に、絵の通りの風景が広がっていく。
──対話のため、愛刀を突き立てた。
「……すごいよな。今日だけで、あんなに自分の世界が広がるなんて」
薪の破裂音を聞き、焚き火で温めたスモーキーなハーブティーを飲む。
「おぉ、流石は農業の世界ナクモルの召喚品か。味に深みがあって、美味しい。ミューリエ、良いセンスしてるなぁ」
焚き火の光に照らされた愛刀を眺めながら、俺はひとつ、深く息を吐いた。
「人生はまだ道半ば。生涯を通し、学習と実践あるのみ」
気付けば、父から5歳の時に授かった口癖を、ポツリと呟いていた。
思考を整理するため、一つずつ鉛筆で紙にメモしてまとめていく。
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〜今日の気付き〜
・武具との絆
・騎馬術の練習してない
・動物と心を通わせる
・暴火竜の討伐の迷い
・他者との連携強化
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まずは武具との絆だろう。
宿屋の亭主ゴードルフ・マーキッド氏の言葉を反芻させ、心に刻む。
「剣を、武具や防具を⋯⋯“ただの道具”としか見てねぇ。オメェにゃ『絆』がねぇよ」
俺は愛刀に話しかける。
「なぁ、霹臨天胤丸。君と出会ってもう三年経った。早いもんだ。“雷の胎蔵”でさ、君が現れた時のこと、ずっと忘れないよ」
鞘が少しだけ震えた。
「どんな時もそばにいて、俺の命を守ってくれた。君に信頼されてると思ってた。だけど、俺の方が──信用してなかったのかもな」
スウゥゥゥ──。
今度はひとりでに宙に浮いて、俺に握れと言わんばかりに佇む。これには驚いた。
恐る恐る握った瞬間、温かい思念と言葉が降りてきた。
『相棒よ、これからもよろしく頼む。過去は斬り裂いた。共に悪しき運命を斬り伏せよう』
「そうか、そうだったんだな⋯⋯天胤丸。俺の独り言、しばらく聞いてくれ」
霹臨天胤丸は理解したように、まっすぐと鞘ごと地面へ軽く突き刺さった。
二番目は、かつて騎馬術の練習を拒否したこと。
俺はポツリと呟く。
「修行の合間、神々があんなに手を差し伸べてくれたのに、俺は幼稚なワガママを押し通した」
修行の休憩中に言われた弓神・弦霞の誘いが、頭に思い浮かぶ。
『今度、馬と触れ合ってみましょう。揺らぎと共鳴した時、風と光は貴方に味方し、人馬一体の道が広がるわ』
『俺、空飛べるから必要ありません』
本当の意味は、馬の揺れと常に動く視界だった。目に見えるものは、光の反射で確認できるからだ。
──視野が広くなって、見落としが減る。
「彼らと尊陽は怒らず、いつか気付くだろうって、見守ってくれたんだ。愛と信頼の深さに頭が下がるよ」
俺は話しながら、無意識に尊陽が走っている姿のスケッチを描いていた。
その疾走感は、人馬一体となって、生命が世界との共鳴する瞬間そのもの。
『⋯⋯毎日誰かと話せ。上辺を見るな。その奥底を観て語れ』
──また言葉が降ってきた。
邪神の呪い【千語万響】の暗い思念や、叫びではない。
だけど温かい気持ちがある。このまま進めてみよう。
三番目、動物と心を通わす問題だが──
『動物や霊獣すら心を通わせない人間が、世界から人類の心まで救えると思ってるのか?』
ダルカスの言葉が再度、胸に突き刺さる。いや、自分で突き刺した。
(動物たちは、人間より正直と聞く。喋れないから、思いを直接ぶつけると。だからこそ、鏡のように本音を反映するんだ)
俺は画用紙とアルコールマーカーを使い、大胆な筆致で取り掛かる。
鋭い白のクチバシ、勇ましく鋭い水色の瞳。茶色い大量の羽根を克明に描き切った。
「〘召喚〙──!」
種族柄、気難しい性格で知られる鷹を召喚していた。その子は銅色の光を放っており、霊獣化している。
鷹は警戒心が強い動物だ。目が合った途端、俺目がけて飛び込んできた。
衝突の瞬間、安心感を与えるため、包み込むようにその身体をキャッチする。
「大丈夫だ、怖くない」
「ピュウゥゥぅ⋯⋯」
いきなり知らない所に召喚されたんだ。不安で胸がいっぱいになるのも無理はない。
「俺がいるから、安心してくれ」
「ピュオォー?」
やっと心が落ち着いた鷹は、顔を擦り寄せて、召喚用紙の中へ帰って行った。
四番目は、暴走した火竜の討伐時に生じた心の迷いだ。
刀神の教え──そこにヒントがある。
「“刀”は己を斬る刃。自身の赦しを求めて斬る。斬る理由は?」
すべては刀神の教えに答えが集約されていた。
「天胤丸。あの時の己を、再現して斬ってくれ」
刀は宙に浮き、俺の思いに答えた。直接でなくても切っ先を向けられる。
(怖い、苦しい、痛い、つらい、お前のことは嫌い)
愛刀は空を、己の心を斬った。
この印象は──怨嗟と断末魔のイメージばかり。
今、思い浮かんだ心の声こそ、相手が感じてることだ!
「わかった、わかったぞ⋯⋯! こんな刃じゃ、痛くて苦しくて、恨まれる。そりゃ、もう怨嗟の塊だ。俺が決意した“慈悲の刃”は、まだ入口に立ったばかりだろう!」
刀神・風音サクヤはかつて、こう言った。
『“形”を極めれば、やがて“真”に至る。お前の刃は、ようやく“入界”した』
彼女の教えは、なんて筋が通っているんだ!
あの女神様すごすぎるだろ!
「だからこそ、俺の流派──彩武流は、誰も苦しませずに無痛で倒す!」
俺は決意や覚悟が、“使命”に昇華し始めたのを確信した。
最終達成するには、概念の境目を斬って結合を分解すること。
初歩は、細胞と細胞の間の切断。つまり、一流の外科医のやり方を真似する所が始まりだ。
「──となれば、素振りは一振りごと祈りに変換して、神力を増幅。慈悲のイメージを加算すると──理論上は誰も苦しまずに、倒すことが出来る」
俺は試しに天胤丸を握り、一振した。
風も、匂いも、色も、全部感じない。空白の時間の後、全てが遅れて動き出した。
「あれ、数秒だけ時間止まった? 気のせいか」
最後は他者との連携強化⋯⋯か。
神々との修行は、基本的にワンツーマンで行う形式だった。俺はそこから先の連携に、自分から踏み込もうとしなかった。
銃神との戦いも、ウィズムとの二人一組。それより多い人数で、連携の修行はしなかった。
「あの修行に流されてた俺に責任がある。これも、応用編のお誘いがあったのに、気付いてない。もしくは断ってた」
ん? いや、待てよ。解決案、見つけた。
召喚術の王道があるじゃないかっ!
「何で英霊の召喚をやってねぇーーーー!」
バカなのか、俺は!
基礎にして、ロマンじゃないか!
自分が使う原始召喚術──〘画竜点睛〙は、「何でも召喚できる」と神々から噂されていた。
それが事実なら、英霊の召喚も造作じゃないだろう。英霊と一緒に連携の訓練ができるでしょ!
「かぁ~、やってない理由が分からなくなってきた」
『手で描くことに固執するな。心でも描くことは出来る』
また言葉が降ってきた。
ずっと、1から100まで全部描いて召喚しないと行けないって思ってた。
「それは違う⋯⋯! 画竜点睛って言葉の意味を変換すると──召喚前の仕上げに、絵を描けば良いんだ」
すぐに召喚用画面を開いて確認した。
「スクロールして⋯⋯あった! ちっちゃすぎ!」
わずか2cm角で表示された『注釈欄』なる存在を発見し、ボタンサイズを変更していく。
「これ、絵で描くだけじゃ限界がある時の補助機能なんだ。言葉で補足説明入れたら、顔も知らない英霊たちの召喚もしやすくなる」
ゆえに、俺は多能な“彩筆手帳”に英雄名鑑の機能を搭載、と記載して再召喚すると──
「知らない顔写真の人たち、いっぱいいるけど、英霊のハンコがあるじゃん」
よし、これは神がかった機能を発見したっ!
俺が無意識に抱えていた問題がスッキリしたのだ。全身が歓喜で包まれる。
今日の一番嬉しい瞬間は、この件だった。
「なぁ、壁臨天胤丸。楽しみは取っておかないとな。早速寝て、今日の気付きを全部、翌朝のモーニングルーティンに新規追加するよ!」
俺は焚き火を消し、召喚用紙の中に〘返還〙すると、白紙になった。
多分寝れると思い、深夜テンションでスキップしながら宿屋に帰っていった。
【次回予告】
第67筆 観測せよ、万象の異変を
《9月8日(月)19時10分》更新致します




