第64筆 酒豪大会と祝勝会の終わり
あらゆる酒が集まったテーブルの前に腰掛け、酒豪を名乗る者たち。
カリオ村長、ディルク、ルゥ、先程の女騎士ら九人が集まった。
「さぁて、お待たせしました! 祝勝会最後を締めくくる企画は⋯⋯酒豪大会っ! 今回はこの誰がいちばん酒に強い存在か、テッペン決めてやれぇーーーー!!」
いつの間にかバーテンダースーツに着替えたリコが場を支配した。
胸元に真紅のタイ、袖口には金の装飾。やたらと似合っているのが、また憎めない。
「解毒魔法使用禁止。最後まで酔いつぶれなかった人が勝ち! 準備は良いですか〜? よーい、スタートッ!」
「きゅうぅぅぅ♪」
ルゥがワイン、エール、火酒、林檎酒を容器ごと吸い込んで、吐き出した。
「ルゥ選手、なんと中身だけ飲み干しましたー!」
もうテーブルの上には酒がない! 慌てて配膳係がすぐに補充した。
──君、本当にスライムだよね?
「この火酒、度数高すぎ⋯⋯」
ヤケ酒を始めた騎士団たちはどんどん酔い潰れていく。
「ふむ、スライムごときに私が後れを取りません」
カリオ村長はワインを中心に八瓶目に突入したが、彼は顔が真っ赤になって倒れてしまった。
「残ったのは、ディルク選手とルゥ選手だぁーー! どっちが最後まで立っているのでしょうか!?」
リコの問いにディルクはあらゆる酒をもう六十杯は飲んでいた。赤ら顔だが、余裕綽々としている。
「ルゥよ、身体が橙色からピンク色になっとるぞ」
「きゅうぅ?」
身体が橙色からピンク色になっている。どうやら酔うと色が変わる性質らしい。
小さな両手でジョッキを抱えながら、まだ飲み足りなさそうな顔をしている。
「なんじゃ、まだやるのか。超火竜酒を儂とルゥに!」
配膳係が開けた瞬間、濃いアルコールの匂いがする赤い超火竜酒をショットグラスに注ぐ。
「一口飲むだけで卒倒するやつ!」
「それはズルいって!」
ディルクは観衆からのブーイングを無視。ショットで飲み続けること数分。
「ルゥが酔っとらん。なぜじゃ⋯⋯」
ディルクは仰向けに倒れ込んだ。
「げぷ⋯⋯」
ルゥは手を合わせ、ごちそうさまの意を見せた。
直後、ルゥがぷぅっと膨らみ、口からアルコールの気体がぷしゅっと放たれた。
「ふあっ!? くさ⋯⋯っ、ああああ⋯⋯」
直撃したリコは泡を吹いて、そのまま机に突っ伏した。
「勝者、ルゥ選手じゃの」
シノの宣言に、テーブルを囲んだ観衆から大歓声が上がった。誰もがその姿に笑いながら、乾杯のグラスを掲げた。
(酒豪のスライムって何!? “特異点”だからって、みんな受け入れ過ぎでしょ!)
思わず心の中でツッコミを入れた。
段々と閉会の雰囲気が強くなる中、食器の片付けをするヴィセンテを引き留めた。
「ヴィセンテくんは、料理好きなのか?」
「強さの原動力は、食から来るんじゃないかと思って、今日から学んでるッス」
「なら、我が師の一人、拳神ダンジンの教えを伝授する」
『──トレーニングは食から始まる! 腸内細菌の働き、骨や筋肉、精神に影響を及ぼす。食材選びと調理は、ぜってぇ妥協するなよ!』
「なんすか、それ! カッコ良すぎっしょ!」
「そうだろう? 今からでも、うちのパーティーに入らないか? 三年の修行のメソッド、教えるよ」
ヴィセンテは持っていた食器を置いたあと、少し考え込んで返答した。
「⋯⋯雅臣さんは三年の修行をしてから来た。ミューリエさんは過去に複数の世界を救った。ウィズムさんは膨大な知識で人を助けてる。オレは──」
「⋯⋯?」
「いったん保留! 修行してから加入するッス!」
彼は律儀に頭を下げた。彼なりの精一杯の謝意を感じる。
「一応、理由を聞こうか」
「あん時、オレがコボルト王を討伐する一歩手前だったのに、不死鳥ハウザーから手柄を取られちまった。オレは慢心して強がってただけッス。でも、負けたままで終わりたくないッス。だから⋯⋯!」
拳を握り直して笑う姿に、俺は信頼が増した。この子となら、世界は変えられると。
「オレ、もっと強くなって……あのときの借りを、自分の手で返したいッス!」
「わかった。君の意思を尊重するよ」
「だからオレ、もう少し一人で足掻きてぇなって。きっとまた会えると信じてるッス!」
「あぁ、待ってる。時が来たらこれで連絡してくれ」
俺は通信魔法〘念話〙が使えないので、同じ機能の通信用イヤリングを渡す。
そして、固く握手し、熱い抱擁を交わしてお互いの背中を叩きあった。
男の友情と師弟関係の約束の証しだ。
「余談なんスが、ミューリエさんがワル絡みしてんで、介抱してあげて下せェ」
「ルゥちゃん、ぎゅうぅぅー!」
「きゅうぅぅぅ!?」
ヴィセンテが指さした先には、ミューリエがウィズムのコアを振り回し、ルゥに抱きついて離そうとしない姿だった。
ルゥの身体が縦に伸びきっている。
今後、ミューリエには酒を飲ませない事が賢明だろう。
「オミくんも、ぎゅぅーー!」
このままダイブしたのを利用し、クルッと半回転。ミューリエをおんぶした。
「さぁ、眠り姫様。宿に帰りますよ」
「ひゃん!? 変なことしたらだめでふ⋯⋯」
「疲れてて、そんな気にもなりません」
「にゅふふ、もう飲めない……」
ウィズムの小さなキューブは、いつものように上着の内ポケットにすっぽり収まった。
ルゥは俺の頭上へ。
彼女から漂うのは、甘い花の香りに果実酒の匂い。
女神様みたいな寝顔と、夢でも飲んでいる寝言を拝みながら、宿屋──“青葉のそよ風亭”に向かった。
◇ ◇ ◇
青葉のそよ風亭に帰りつくと、俺が召喚した少女型ゴーレムがドアを開けてくれた。
「お帰りなさいませ、召喚主様」
「ありがとう。君も疲れてるのに、申し訳ない」
「お気になさらず。亭主様からお話です」
少女型ゴーレムは忙しそうに、そそくさと去っていった。
「雅坊、炎天竜サマから伝言を預かってんぞ──いや、先にミューリエ嬢を寝かせてからだ」
二階に上がり、昨日とは違う二人部屋へ。ミューリエに毛布をかけて寝かせる。
一階の受付に戻り、亭主ゴードルフの真面目な表情から、俺は名代と判断。
──頭を下げて伝言を聞いた。
「シャルトゥワ村の西の物見台にて待つ。君の夢と目標を聞きたい。“煌夢”の名にかけて──一人で来るように」
「承知しました」
“手紙”じゃなく“伝言”ということは、ゴードルフはかなり信用されている事になる。
「名代を任されるとは、ゴードルフさんは何者ですか?」
「昔、かの方を助けただけ。オメェも認められたかもな。炎天竜様はイカイビトの夢を煌めかせる。それが“煌夢”の由来ってんだ」
「イカイビトの夢、か。行ってきます」
「もう寝るから、鍵貸しとく」
俺は宿屋入り口の鍵を受け取り、物見台へ踏み出す。過去から現在の継承のために。
【次回予告】
第65筆 “煌夢”との対話
《9月5日(金)19時10分》更新致します




