第63筆 舞え、語れ、祝勝の夜に
舞台を整え、演奏は召喚した黒子型ロボットが担当する。
「神楽舞くらいしか出来ませんけど⋯⋯神社の家系だったから」
この一言に彼女はびっくりしながらも、背中をぽんと叩かれた。
「アンタ、それは縁起が良いから絶対にやりなさい。魔物や火竜の鎮魂になるし、日本の神さんの代わりに六聖神の祝福が来る。ありがたいもんさね」
「よし、やるか。ウィズム、巫女役やって」
「うし、やったりますよ〜!」
ウィズムもメイド服から巫女服の姿へと、カラーホログラムに投影させる。準備万端だ。
喧噪の宴の一角に、ぽっかりと静けさの空間が生まれた。
俺が中央に立つ。
手には即席の榊を模した小枝と、薄布で仕立てた鈴紐。
俺は真剣に、どこか懐かしさを感じさせるよう、意識する。
「──神楽、始めます」
その一言に、場が息を呑む。杯を掲げかけていた手が止まり、話し声が静まっていく。
ウィズムがそっと前に進み、紅白を思わせる装束を纏い、巫女役として静かに立つ。彼女が持つ鈴が、控えめに、しかし澄んだ音を響かせた。
俺は一礼し、ゆっくりと足を運ぶ。
その一歩一歩が、まるで世界に刻まれていくようだった。火を祓い、土を鎮め、空気に願いを託す。
枝先を天へかざし、胸元に引き寄せ、そして旋回するように舞う。
──それは、神と交わる舞。
文明を築くために火を灯し、人々が鍛冶と芸術で生き延びるために神が与えた“祈り”の形。
「──アウロギ、よ……」
口から自然とこぼれ落ちたのは、火の神の名前だった。けれど、その響きは確かに──胸の奥に熱を残していた。
炎が、音に応えるように揺れる。鈴の音がひときわ高く鳴った。
「あ……れ……? なんで……今の、俺……?」
「今……なんて言った?」
「アウロギ様、って……まさか、お前……」
降りてくる言葉そのままに、自分の声が静かに響いていく。
「火と舞と文明の神よ──この地に降りし炎の理が、争いではなく、人を護る灯火とならんことを」
ウィズムが鈴を鳴らす。舞が最高潮に達し、焚き火の炎が一瞬、風もないのに揺らめいた。
そのとき、誰かが見た。
――焚き火の中に、一瞬、踊る影があった。
輪郭は曖昧だが、躍動と文明を司る神の気配。
「火聖神……アウロギ……?」
冒険者たちが、無言で見つめる。やがて、六つの光の粒が宙を舞った。
赤、青、緑、金、銀、そして紫の光。火を司る赤の粒子が、他よりも少し強く、熱を帯びて降りてくる。
「これは……祝福か……?」
「魔力の……いや、違う。もっと根源的な、“命を肯定する力”だ」
「文明と踊りの神が、ここに応えてくれたんだ……」
シノが拳を握りしめ、目に光るものを浮かべながら、声を挙げた。
「見たかい、みんな。アウロギ様の火が、あの子の舞に応えたんだよ!」
その瞬間、宴が爆発するように再点火した。
笑い声、拍手、称賛の嵐。だがその中心には、冷静に祈る俺と、柔らかく鈴を振るウィズムの姿があった。
人と神とをつなぐ、一夜限りの舞台。その舞台は、確かに“祝福”に満ちていた。
村人たちは少しざわめいていた。
「……高貴な方が、来てた」
「ああ。……火と舞の神……アウロギ様、かもしれねぇ」
「本当にアウロギ様なのか?」
夢の管理者ハザマが紹介した火聖神の名。俺の疑問に、シノが丁寧に答えていく。
「この世界で、火と文明と踊りと鍛冶を司る六聖神の一柱さ。人の祈りに応じて現れるって言われてる……。アンタの舞は、日本の神楽じゃろ? けど、あの型は……アウロギ様の祭火ノ舞とよう似とったよ」
「⋯⋯光栄です。素直に嬉しい」
『──雅臣くん、善き舞だった。王都ザフルダルで待ってる』
頭の中で、燃えるように明るい少年の声がした。振り向いても誰もいないのに。
まさか、アウロギの声じゃないだろう。
やはり、邪神の呪い【千語万響】の幻聴か?
ずっと脳内に響く数千の悲鳴や、叫びを聞き流してるからなぁ。
まだ、祝勝会イベントは続きそうだ──んん、聞き違いか?
「続いては、ウィズムさん、カキアさん、ミューリエさん、雅臣さんの講義になります。酒やジュース片手に、その強さへ迫っちゃって下さい!」
リコの発言のせいで、冒険者や村の騎士団、子どもたちが押し寄せてきた!
「あの無数の斬撃、どうやってるんですか!」
「騎馬術は今後も続けたい?」
「召喚術の使い心地は? 私も出来るようになる?」
脳が四つあってよかった……ひとり聖徳太子システム、発動である。
順々に答えていきながら、みんなの内容も聞いていた。
ウィズムは戦術講座を開いていた。
「まず、今回の戦いで良くなかったのは、陣形と撤退のタイミングなのです」
「ウィズム様、どうしたら良いんですの?」
「ここは囲い込むようにして、一撃離脱方式を取ると負傷率が減ります。ダルカスさまと雅臣お兄さまがやっていたでしょう? あれをお手本にすると良いです」
「なるほど〜! 強敵系は徐々に追い詰めるんですね」
我が妹の戦術はいつ聞いても参考になる。
カキアは手作りの回復薬と盾、短剣を出して支援講義をしていた。
「にゃあの野生の勘を代替案で紹介しよう。探索魔法系を五分に一回、発動する。風魔法で時々、戦況を聞き取るぞい。無論、中級魔法までで充分ぞ」
「お猫様──カキアさんはそうやってるんですね」
「クライン、おみゃしは筋が良い。その拳で守りと支援ができるだろう。回復薬はな、この素材とこれで作れる」
素材は村周辺に自生している薬草の数々。あれで生存率は段違いに上がるだろう。
ミューリエは酔いを解毒魔法で解除。魔法談義を始めていた。
「みんなの動きを虚精霊から聞いたわ。詠唱中に敵から攻撃受けたり、魔力切れで魔法回復薬を多用したって」
「あれ、どうしたら良いんですか?」
「──決めました。今夜の談義はこれにしましょう。戦闘時における詠唱短縮と、ムダな魔力消費の削減方法を教えるね」
「宜しくお願いします!」
魔法の話題だから、ミューリエの行列が一番多い。
各々の経験は役に立っているようだ。俺の経験の話を聞いたみんなの反応は──
「戦闘、努力、才能、ルーティンづくり。どれを取っても引けがない。あなたのようにはなれません」
「あっ、ちょっと待ってくれよ」
「あなたのような超人には憧れますが、私たち凡人の騎士には無理です!」
「うんうん」
十数人ほどが一様に頷く。俺は丁寧に諭す。
「俺も昔は戦闘力は一般人並みだったけど、ある程度は強くなれたんだ」
「ウッソだ〜! 幼少期から強かったんじゃないの」
周囲は信じられないようで、どんどん人が離れていった。
「あれは神の領域でしょう。敵いっこない。もう、ヤケ酒よ!」
最後まで話を聞いてくれた女騎士が『酒豪大会』と書かれた野外酒場に駆け込んでいく。
「きゅうぅぅぅ〜〜♪」
その中心には、なぜか大量の酒を前にしたルゥがいた。⋯⋯まさかね。
【次回予告】
第64筆 酒豪大会と祝勝会の終わり
《9月3日(水)19時10分》更新致します




