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第62筆 デウス・ルーベル祝勝夜宴

 初代イカイビト広場に着いた途端、目についたのは──即席の木魔法で作られた大看板だった。



【──108代イカイビト歓迎・祝勝会!──】



 初代イカイビト像の手前に配置された演台へと立った。リコがおもむろに取り出した音声マイクらしき魔道具で喧伝する。


「本日は祝勝会を記念して、差し入れを沢山頂いております。ダルカスさんからはエールを。ディルクさんからは王都ザフルダルの火酒 お楽しみの⋯⋯シークレット差し入れをご用意っ! 後で入刀しましょう」


 入刀するってことは食べ物だろう。どんな味がするのか楽しみ──なんて、考えてるとリコにまた背を押された。


「そして、今日の主役ですッ!」


「いよっ、“バケモノ神”さま!」


「イカイビト様、サイコーッ!」


 村人も商人も、冒険者も入り混じった大観衆の中、マイクを渡される。

 これは懇親会と同じノリで喋るしかないな。


「今日はお集まり頂きありがとうございます。108代目イカイビト、東郷雅臣と申します。まず、“そのバケモノ神”と言う異名をやめて頂けませんか?」


 少しの沈黙のあと、挙手して立ち上がったのはダルカスだった。


「皆の者。雅臣はいずれ邪神を倒し、次代を担う男。“バケモノ神”なんて呼ぶのは失礼ってもんだ。新しい異名を、私が勝手に決めて良いか?」


 ダルカスの問いかけに、俺は肩をすくめて応じた。彼なら、どんな名でも受け入れようと思う。


「頼みます」


「“退魔ノ紅神(デウス・ルーベル)”ッ!──そう呼んでやってくれ!」



 一瞬の沈黙。


 ──その直後、どこからともなく歓声が上がった。


「デウス・ルーベルだって!」

「か、かっけぇ⋯⋯!」


「紅の神だと!?」

「退魔ノ紅神さまァ!」


「ほんとに神様じゃねぇか!」

「ありがてぇ⋯⋯ありがてぇ⋯⋯!」


 やがてそれは、波のようなうねりとなって広場中に広がっていく。


「デウス・ルーベル!」


「デウス・ルーベル!」


「デウス・ルーベル!」


 あっという間に、村の夜空を割るような歓声に変わっていた。


 見れば、子どもたちは両腕を天に掲げてはしゃぎ、大人たちは目に涙を浮かべ、酒杯を高く掲げている。


 ……くすぐったいような、誇らしいような、変な気持ちだ。


「……ったく。どこが“民間で呼びやすい”名前なんだよ、ダルカスさん……」


 思わず苦笑しながらも、俺は杯を掲げた。


「ま、いっか。みんながそう呼ぶなら——それが、俺の異名だ。村の平和と勝利を記念して彌栄(いやさか)ッ!」


 お祭りや宴で何度も聞いたあの言葉。自然と口を突いて出た。


「あーはっはっはっ、知らんのも無理はないさ」


 周囲が静まり返る中、シノだけが彌栄(いやさか)の意味を知っていて、吹き出していた。


 俺は神社生まれだから、乾杯より、歴史の古い彌栄(いやさか)の方が馴染みがある。


 この世界の乾杯、何て言うわけ?


 そんな時、若い男性の声が助け舟を出してくれた。


「雅臣さん、そりゃ違うッス。魔祓いの意味を込めてこう言う。ア・チュールと」


 乾杯や彌栄(いやさか)のことをア・チュールと言うのか。勉強になった。今後のため、覚えておこう。


「では、改めて。ア・チュール!」


「ア・チュール!」


 皆が好きな酒を、樽からジョッキへ注ぎ始めていく。リコもガラス瓶に入った金色のお酒を開封する。


「雅臣さん、お酒飲めますか?」


「修行の成果で酔えない体質になりまして」


「それは凄いですね。どうぞ、村名産の林檎酒(シードル)ですよ」


 俺もお酌で返す。おぉ、基本的に甘いが時折くる酸味と辛さが癖になって美味い。一気に飲み干してしまった。


「続いては、雅臣さんとミューリエさんの活躍を語ってもらいましょう」


「え、私なの?」


 ミューリエは目立ちたくないようで、広場の端っこにずっと座っていた。

 彼女と少し話し合い、ウィズムに記憶から抽出した映像データをまとめて貰う。


 それを、魔力の膜で構成された魔力式画面(マギア・モニター)に繋いだ。


「⋯⋯じゃ、これをどうぞ」


 そうして俺とミューリエたちの活躍をまとめたダイジェスト映像を、観客が観ること15分。


「ミューリエさんみたいな魔法使いになりたい」


「やっぱよぉ、デウス・ルーベルって、憧れるよな」


「この目に、しかと焼き付けました。僕も努力せねばなりません」


 あの特別観光ガイドのニコラ、バズ、クラインをはじめとする未成年者たちは、憧れの視線を送っていた。


 一方、大人たちはというと。


「英雄通り越して人知を超えてる」


「⋯⋯やっぱ、“バケモノ神”さまだ」


「雅臣様を崇めよう。じゃないと六聖神様より先に殺される」



 俺の斬撃シーンを畏怖し、ついに数人は俺に跪き始めた。


「我らの罪を斬って下さい。貴方が画家と聞きました。懺悔の踏み絵のお渡しを」


「そんな教義は無いですから、勝手に入信しないでください。ほら、シノさんが待ってますから」


 シノは気品ある洋服から、白髪によく似合う空色の着物へと着替えていた。

 現イカイビトの俺から、先代イカイビトへバトンタッチだ。


「さて、次はアタシが披露しようかね」


 彼女が扇子を振りながら踊り始めた瞬間。

 春風が優しく吹き、風魔法で音楽が鳴り始め、心が華やぐ。


 ──それは、流麗な日本舞踊。


 俺がよく知る五大流派から派生された動きをしているのに、洗練されていて故郷の日本を思い出す。


「我が妻の好きな所だ。何度でも惚れ直せる」


「シノさん綺麗でふねぇ〜〜。ダルカスしゃん、もう一杯〜〜」



 ミューリエが酒に酔いながら日本酒を飲み、ダルカスが水をさりげなく渡しながら妻シノの自慢をしていた。


「ありがとさん」


 踊りが終わると暖かな拍手に包まれた。


「見事でした。シノさん、その日舞をどこで?」


「前世の経験と高瑞津国(たかみづのくに)の流派・瑞葉流(みずはりゅう)さ。中央大陸より東の果てにある。この世界の和の原点はそこに。アタシ直伝の和食は楽しんでくれたかい?」


「はい、とっても美味しいです! おにぎり、漬物、味噌汁に、煮付けまで! 俺の原動力ですよ」


 シノは自分ごとのように喜んでいる。


 今夜は魔物の影響で魚料理がメインだ。


 特に天海旅魚(テンカイタビウオ)と呼ばれる、海と空を自由に行き来する隣村の特産品を解凍して、寿司と煮付けにしたらしい。

 脂が乗っていて、頬が落ちそうなほど美味しかった。


 そろそろ腹一杯になり出した頃。

 リコが台車を押しながら、身の丈ほどある巨大な果実が運ばれてきた。


「さぁ、デザートは炎天竜の右腕、ツカヤさんからの差し入れをご用意致しました」


 観客がざわつく。

 巨大な果実は、陽光を帯びたように輝き、表面には微かに蒸気のようなものが立ち上っていた。


「この匂い……まさか、“火竜王の果実フルクス・レギス”!?」


 村長カリオが目を丸くする。


「お兄さま、説明しますね」


 ウィズム曰く、それは特定地域で年に二度しか実らぬ、幻の果実。

 外皮は赤黒く硬質で、まるでドラゴンの鱗を思わせる。


「雅臣さん。昼間みたいな剣技で、入刀してくださいな!」


「お任せを。刀神相伝・調理技、〘朧ノ明月(おぼろのめいげつ)〙──!」

 

 リコに頼まれ、一刀を入れれば、内側から色とりどりの果肉が溢れ、芳香とともにほのかに熱を帯びた蒸気が立ち昇る。


「ときどき、火の加護に当たるんですよね、これ……」


 そう呟いたのはリコだった。

 

「まったく。差し入れにこれを寄越すとは……ツカヤさん、粋すぎるでしょ」


「食べてみます」


 この果実は二重構造になっている。

 内部のバナナ、ナッツ、みかん、桃、ブドウ状の中から、桃を選んだ。

 桃は古来より天下最強の果実と言い伝えがある。


 それを一口食べると、あふれ出る果汁に濃厚な甘さが幸福感を誘う。


 全身が熱い。

 肉体から魂までが燃焼する感覚──あ、まずい。これは昂りすぎてる!


「わが神力よ、花火となれ!」


 パパーン──!

 溢れ出る炎の神力を昇華。手から排出して花火にした。


「踊りたくなるんだけど、何で?」


「凄い! 炎天竜の加護、獲得してますよ! 戦舞に特化してますから、踊りたくなるのも仕方ないでしょう」


「腹ごなしに、雅臣も何か踊ってみなさい」


 そう言ったのは、シノだ。

 俺は神社生まれにしか出来ない神楽舞の準備をし始めた。

【次回予告】

第63筆 舞え、語れ、祝勝の夜に 

《9月1日(月)19時10分》更新致します。

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