第6筆 直線は光となり、槍と転ずる〈槍神修行〉
槍神ガラハッドは、「気配を辿るのも修行」と称し、地図だけ置いて去ってしまった。
(本当にこの場所で、合っているのか?)
俺は不安になりながら、雲の裂け目から吹き抜ける上昇気流に背を押され、一歩、また一歩と槍の如き岩山を登っていた。
空を見上げると、そこにはいくつもの太陽があった。赤く、白く、金色に燃える光球が、空のあちこちでうごめいている。
⋯⋯空までジャンプして来い、だと?
下から響いた声が耳に残っていた。
声の主は、磨き抜かれた青銅のように輝く肌を持つ巨人、“槍神”ガラハッド。
「貴様の足で、雲海を超えて来い。心ではなく、意志を飛ばせ」
こんな無茶ができるかと思った。でも、面白いことに身体が勝手に応えた。
──跳べ。
両脚に力を込め、全身を槍のように絞り、ただ真上へと意志を集中させる。
瞬間、風が爆ぜ、身体が雷鳴のように空へと弾かれた。
「な⋯⋯!」
信じられないほどの高さ。標高8000mはあるんじゃないか? 空を切り裂き、いくつもの太陽が視界をかすめる。
(自分って、修行の影響でこんなに跳べたのか!)
驚きながらも俺は、雲海の遥か上──空に浮かぶ島のような訓練場に、足を着いた。
そこに佇んでいたのが、ガラハッドだった。
「どうやら、剣神たちに鍛えられた気骨はあるようだな。宇宙黎明期から生きる剣神殿に、最初の修行を依頼して正解だった」
(剣神、そんなに長生きしてるのか)
「だがッ!」
ガラハッドは、大気を震わせる爆風のような一喝を俺に浴びせた。
「槍とは、“意志”を具現化するもの。お前のような“迷い子”がとても扱えるとは思えん──!」
俺は腰に佩いた愛刀──霹臨天胤丸を手に、黙って頷いた。
「まずは、形だ」
そう言って彼は、約三メートルに及ぶ自らの槍を構える。
その姿は一切の無駄がなく、まるで光そのものだった。
「剣槍合同技、〘天穿〙──!」
直後、俺は梔子色に煌めく槍の閃光波が襲いかかる!
「斬り返しが間に合わ──ぐぁぁぁぁぁぁっ!!!」
巨大な風穴を上半身に開けられ、衝撃の影響でぶっ飛ばされながら、天空の島から落下。
まるで、光と風を同時に内包する太陽風のような自然現象の一撃。即ち、意志から生まれた現象の完全再現だった。
俺は薄れる意識の中、感服してしまった。
(これが意志と槍の力か。あまりにも、不動すぎる⋯⋯!)
◇ ◇ ◇
ガラハッドとの修行は、明らかに地上のものではなかった。
空に浮かぶ細い剣山のような岩の上、わずか一人分の足場の上で、風と光の流れを読む。
(もう後が無い。落ちたらまた死ぬ──!)
そこで俺は初めて知った。
──槍とは、直線ではない。貫く“意志”そのものだと。
「目に見えるものを突くな。光を貫け。風と共鳴しろ。槍は“外から振るう”ものではなく、“内から放つ”ものだ」
指導は厳しいが、どこか一貫していた。
少し前に剣神から聞いた、弓神もまたガラハッドと同じ“流派”に属するという話を思い出す。
『直線のガラハッド、曲線の弦霞として宇宙有数の知名度を誇る。二人にあったら⋯⋯良く考えておけ』
(なるほど⋯⋯教え方が似てるのは、夫婦だからか)
繰り返される跳躍と突き。
光の中で、何度も意識を手放しそうになる。
だが、ある瞬間──俺は“光と溶け合う”感覚を覚えた。
(いのちが、和えられていく⋯⋯)
それは、自分の身体が「線」になって消えるような、不思議な一体感だった。
世界に自分を預け、ただ“貫こう”としたとき、槍が俺の手の中で生きた。
◇ ◇ ◇
数日後、槍の修行は最終段階を迎えた。
⋯⋯だが、今度は足場すらなかった。
空には何もない。雲も、剣山も、岩も、全て消えていた。
あるのは、ただ無限の“空”。
槍神ガラハッドが、雷鳴のごとき大声で叫ぶ。
「雅臣、ここで戦えッ! 風も地もない中で、自分を見つけてみろ」
俺は空中で身を躍らせ、風に身体を任せながら、必死で槍を突き続けた。
だが、空間に支えがない以上、姿勢が乱れるたびに落ちていく。
おそらく彼は、大気中の分子に風の槍を刺して、足場を作っている。
⋯⋯無理だ。どうして空に立てと?
気づけば、身体が地面に引き寄せられるような感覚を覚えながら、完全に落ち始めていた。
ガラハッドの目が鋭く見開かれる。
「これでは、終わ──」
そのときだった。
ドクン⋯⋯!
心の奥から、何か熱いものが湧き上がった。
内側から身体が白金の光に包まれ、背中に⋯⋯何かが現れる。
「風を、光を掴むんですよね⋯⋯?」
俺は呟いた。
そして、次の瞬間──
背中に輪が浮かぶ感覚がして、風が爆ぜたッ!
「何だと⋯⋯!? まさか、“太陽の神性”か!?」
ガラハッドの声が、風に呑まれる。
俺の背に浮かぶ放射線状に伸びる光の輪。
実家の太陽の紋章にも似たそれが輝きながら、風を押し広げ、心臓が熱く震えた。
まるで揚力と上昇気流、浮力を支配下に置いたような、えも言えぬ感覚。
俺は全身の皮膚が引っ張られるくらい、圧倒的な速度で空を駆け、足場のない場所で、まっすぐにガラハッドへと槍を突く。
「盗んで、貫け。〘天穿〙──!」
槍が、意志ごと空を裂いた──その一突きは、誰よりも、まっすぐだった。
大槍を構えたまま、ガラハッドは不動で腹で受け止め、唸った。
「⋯⋯まさか、“神性”を目覚めさせるとはな。修行で魂が成長した証拠だ。技の筋も良い。好きに使え」
驚きと誇りが入り混じった声だった。
彼の身体には擦り傷がついた程度だが、確実に一突き与えることが出来た。
「⋯⋯弓神も、これを見たら、嬉しそうに笑うだろうな。あいつ、弟子には甘いから」
俺は、まだ震える手を見つめながら、静かに息を整える。
(これは⋯⋯俺の中にある“何か”。でも、加護なのか、神性の力なのか──まだ分からない)
「ふむ、潮時か。〈創印〉──あれを刻むぞ」
ガラハッドが自分を片手でそっと優しく包み込み、肩に目掛けて槍の穂先で点描のような細かい連続突きをした。
微小な痛みは、刺青を彫られる感覚なのかもしれない。
繊細な槍さばきの元、梔子色の光る槍を描いた紋章が、しっかりと肩に刻まれた。
(これが槍神の〈創印〉⋯⋯彼も道に迷ったのか)
彼から流れてきた継承の記憶。
神の見習いである神徒時代に、どの武具の神になるか迷ったという。
〈お前は一本気な性格だ。その意志を、貫け〉
剣神に薦めわれ、槍を選んだらしい。
(人は誰しも迷う。でも、軸が出来たら、貫くのみ)
あえて、最も難しい道を行こう。
「俺、決めました。転生先で全員救います。命だけでは無く、想いすら救って見せます。目が届かない所は、思想を伝えましょう」
「そうか。次の神、斧神グレン・ブラードは命に厳しいぞ」
その問いに、もう覚悟はとっくに出来ていた。
すると、肩口から全身へ冷気が走り、導くかのように〈創印〉が次の行く先を示された。
「さぁ、絵筆の槍使いよ。行って来い」
ガラハッドに空の彼方まで投げ飛ばされた。
目指すは、斧神がいる雪の大森林。斧と命の在り方を学びに行く。
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【ご報告】 ※2025年7月6日現在
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