第59筆 意志貫くイカイビト、喰らう混沌竜
禁魔合成混沌竜の首筋は、隆起しながら既に再生していた。
炎天竜ゼノバイシスは「やはりか」と呟き、残念そうに説明する。
「こやつは神器のみ通用する。我らの牙も爪も、魔法も、吐いた炎も効かぬ」
試しに既に描き起こした大量の絵から喚び出す〘資料召喚〙で“雷の描写”を選択。
奴の真上めがけて落雷させた。
しかし、身震いしただけで効果はなかった。どうやら、簡易的に描いた現象の再現じゃ、到底倒せないようだ。
「⋯⋯うむ、よく耐えた。だが、これ以上は無理強いだな」
「⋯⋯?」
「下馬せよ。今ここで、“真の力”を見せろ」
──その一言で、縛っていた枷が外れた。
馬上での戦いが認められたことで、胸の高鳴りが止まらない。俺は鞍から飛び降り、大地を踏みしめる。
この邪竜一体も倒せない奴をイカイビトとは呼べない、と解釈した。
並びに召喚師として、召喚獣との連携も見せるチャンスだろう。
「では、遠慮なく」
地に足をつけた、その一歩が空気を変え始める。
今から、本気を出す。
周囲に烈風が荒れ狂い、〘天陽の背輪〙は緩やかに回転しながら律動する。
「我が裡に燃ゆる太陽よ、いまこそ雷をも従えろ」
俺は愛刀──霹臨天胤丸を呼び出し、ゆっくりと降ろす。
「初めに“いかずち”あり」
柄を握った瞬間、積乱雲群の落雷が敵の残党に直撃した。
しかし、麻痺する程度に留まる程度だった。
「まだいるのか。慈悲を以て滅せ」
周囲の魔力を金色の神力へ変換し爆発。残党は断末魔を上げることなく、無言で一掃した。
溢れ出る神力の奔流に大半は泡を吹いて気絶していく。
残った皆は文句を言うも、ゼノバイシスのみが黙して見ていた。
「神域よ、広がれ」
周囲数kmに、専用領域が自動的に組まれていく。やらなければ人は炭化し、土地が砕け散ってしまう。太陽の神力ですべてが破壊されるからだ。
「⋯⋯始まったな」
遠くから、ゼノバイシスの声が響く。
俺は微笑みながら重心を落とし、抜刀の構えを取る。
「まずは試し。刀神相伝、〘雷皇一閃〙」
大地が抉れるほど強く蹴り、風は置き去りに。
刀に紫雷を纏わせて一閃を放つ。
「クゴゥアァァァァァ!!?」
超音速を超える速度、左脇から右肩まで斬れ、周辺の景色ごとズレた。
「どうした、その程度なのか?」
口程にもないと思っていたら、何か子どものような高い声が響く。
「きゅうぅぅぅ⋯⋯!」
禁魔合成混沌竜の胸元から、オレンジ色のスライムが飛び出したのだ。
「そこにいたんだな」
俺は即座にキャッチし、水色の瞳に星型の虹彩があるスライムを抱き寄せた。
指笛を吹いて、赤兎馬の尊陽の背中に乗せる。
呆気ない終わりかと思いきや──
「グギャアォォォォォッ!!」
奴は無数の口が嗤いながら、身体を再生していた。あの口で高位の治癒魔法が使えるらしい。
「へぇ、手応えあるじゃないか」
俺は、元から悪の存在に容赦をしない性格だ。ゆえに裁きの光と斬撃を下す。
「尊陽──シンクロリンク、起動!」
──額飾りに埋め込まれた角型の装置が銀朱色に光った。
ただの移動手段じゃない──戦力になりたいという、強い意志が伝わってきた。
⋯⋯そうか。君も、世界を救う覚悟と誇りを持っているんだな。
「ブルルッ!」
──禁魔合成混沌竜を睨み据えるように、尊陽の両目が鋭く輝いた。
もう、互いに“相棒”として認め合っている。
──いつでも行けると、彼が目配せしてくれた。
「〘煌炎爆射〙のチャージ完了──撃て!」
ズンヤンの口元から白熱のビームが迸り、空を裂いて両翼を爆砕した。
霊子と神力で原理ごと破壊しているため、細胞の再生は不可能──これでもう飛べまい。
「次はもっと斬らせてくれ。試し斬りの相手、ずっと欲しかったんだ」
俺は再び納刀し──
そして初撃。抜刀と同時に、極彩色を纏った千の斬撃を加えた。
身体の大部分がバラバラに切り裂ける。
「まだまだ!」
続く刃、七色に輝く万の斬撃を加える。神経と筋肉が微塵切りになっていく。
「もう少し」
追撃、三原色に煌めく億越えの斬撃を加える。チリ一つまで残さず、斬り伏せ──
「終いだ」
終撃、黒白の閃光と共に十字の斬撃を刻み、納刀する。
「色の減衰とともに、相手が消失するまで斬り伏せる⋯⋯それが、〘八百万十条斬り〙だ」
だが、ある“部位”だけ宙に残った。
──それは全径十メートルほどある赤黒い巨大なコア。
どうやら、とても頑丈なようだ。
この技の弱点は一撃ごとの威力が軽いことだな。改善しよう。
「面白い。穿つのみ」
すぐに弓を背中から取り出し、壁臨天胤丸を矢として、弦を極限まで引っ張る。
「彩武流弓術、〘天穿・彗星一矢〙」
弓神・弦霞の得意技を盗み、放った刀は青紫色に輝きながら、コアを真っ二つに割った。
「きゅううぅぅぅ♪」
スライムが巨大化して大口を開き、コアを吸引。飴を砕くような咀嚼音のあと、ゴクンと飲み込む。
すると全身が白く発光。
左右が膨れながら腕と四本指が伸び、四枚の竜翼が背中からニョキニョキと生えた。
ぎこちない飛び方ながらも、俺めがけて胸に飛び付く。
「きゅるぅぅ?」
「面白い子だ。君を光の神ルーにあやかり、ルゥと名付ける。俺と一緒に旅をして、世界を救わないか?」
星型の虹彩を輝かせながら、頷いた。
「雅臣よ、討伐おめでとう」
背後から拍手と歓声の声。
振り向くと、ゼノバイシスが巨大な片腕で抱き寄せ、俺とルゥを労ってくれた。
「⋯⋯見事だった。連携は及第点だが、個人としては圧倒的である。火竜暴走の鎮圧および、特異個体ルゥの捕獲依頼、成功としよう」
彼の鱗はゴツゴツとしているが、とても暖かい。褒美としては申し分ない。
「ありがとうございます。よっしゃ! 冒険者の初仕事、クリアしたぞーー!」
「雅臣──風とも、馬とも、空とも。絆とは、世界すべてに通じるもの」
「ツカヤさん。その真意、もっと理解を深めます。では、鎮魂を」
天に昇る千を超える白光の数々。あれはこの世を去りゆく霊魂の輝きだ。
(俺は⋯⋯全員を救う)
シャルトゥワ村と始まりの草原全域の魂をこっそり回収し、召喚用画面の中へ保存。希望者のみ蘇生させておいた。
帰ろう。勇者を迎えてくれるシャルトゥワ村へ。
【次回予告】
第60筆 シャルトゥワ村、復興召喚される
《8月29日(金)19時10分》更新致します。




