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第57筆 雅臣、人馬一体を学ぶ

──雅臣視点──


地下通路でミューリエたちと分かれた後、俺はカキア=ウェッズ、ダルカス、それに炎天竜の右腕ツカヤと共に、始まりの平原の中部へと出た。


 青々と広がる草原には、赤黒い血痕が点々と残り、鉄と焦げの混ざった匂いが漂っている。ここで戦って、戦線を押し上げたのだろう。


「ツカヤさん、ここから何時間かかりますか?」


「二時間ほどだ。私の背に乗れ。すぐに着く」


 ──だが、そこで俺は提案した。


「いや、俺の〘天陽の背輪〙なら、マッハ八〇で飛べます。速馬の千四〇〇倍の速度です」


「⋯⋯はぁ?」


 二人の頭上に、きれいな疑問符が浮かぶ。


 え、おかしいのか? 普通の冒険者でも、マッハ二〜五は出せる。

 このレベルの冒険者や、炎天竜の右腕クラスなら、マッハ四十くらい出せるもんじゃないの?

 


「多分、体がチリになって死ぬ。三百倍が限度だ」


「然り。私は二百倍まで。──問おう。貴公、人のことを配慮できるか?」


 ツカヤに問われ、俺は迷わず堂々と答えた。


「何を言ってるんですか? 三年修行してきたんですよ」


 自慢じゃないが、戦闘技術から生き方、人を守る術まで学んできた。

 それを軽く説明すると──


「御託はいらん。お前が世界を救えるのか、まずは馬を召喚して見せてみろ」


「良い提案だ。貴公、騎馬術を学びし者か?」


「⋯⋯あーーっ!! 騎馬術、教わってない!」


 三年の修行を振り返る。──前世の画家時代に学んだ“なんちゃって乗馬”しか知らない。


 空が飛べるからと、何度かの誘いを断ってしまった。今のこれは、完全に自業自得だ。


「すぐ召喚します! 〘画竜点睛(アーツクリエイト):漫画モード〙」


 村の厩舎に預けていた赤兎馬。そして馬術練習で世話になった白馬──二頭を思い浮かべ、カラーペンで鎧姿を紙に描いて召喚した。


 召喚の瞬間、赤と白の粒子が舞い──赤兎馬と白馬が現界した。


 光る粒子。──霊獣化している。これは、半ば精神生命体に至った証。


 ⋯⋯と思った瞬間。


 赤兎馬に頭をがぶりと噛まれ、白馬に思い切り蹴飛ばされる。


 俺は吹っ飛ばされつつ、華麗に着地しながら謝った。


「ごめんって。忘れてたわけじゃないからさ」


 その姿に、ダルカスが腕を組み、重く、低い声で言った。


「──先代イカイビトの元・随行者(ずいこうしゃ)として忠告する」


 シノの随行者の言葉⋯⋯息を呑んだ。


「動物や霊獣すら心を通わせられん人間が、世界から人類の心まで救えると思ってるのか?」


「⋯⋯え?」


「おまえは、孤高の天才型。まだ“共鳴”と“絆”を知らぬようだ。──今日の戦い、心してかかれ」


 過去を振り返れば、人間も動物も表面上の関わりしかしてこなかった。そして、今朝言われた武具との絆も。

 

「教えてくだ──」


 ダルカスが一瞬だけこちらを見た気がした。しかし、すぐにその視線は逸れた。


「時間がない。さっさと行くぞ。ここから通信魔法の〘念話(テレマナ)〙で話す」


 ダルカスは、俺の腕を持って投げ飛ばし、赤兎馬に乗せる。

 彼は白馬に乗った瞬間、二本脚で立つ竿立ち(クールベット)をして、時速数百kmで走り出した。


(なぜ出会ってすぐなのに、竿立ち(クールベット)を? 確か、相棒と認めた人にしかしないと聞いたことがある) 


『引き続きこのツカヤが案内しよう。付いて参れ』


 頭の中に直接、二人の会話が流れ込んでくる。


『随時教えるが、基本は観て覚えろ。騎馬戦とは、馬に命を委ねるということを』


 ツカヤが流麗に空を舞う。

 翼はあまり動かさず、滑らかに飛べるのか──その理由に、俺はようやく気付いた。


 彼は風を“斬って”はいない。“受け流して”いる。


 全身が風の流れに抵抗することなく、首の動き、翼の角度調整、尾の曲げ方まで⋯⋯まるで一本の風切羽だ。


 対して、俺はほとんど直線的で、邪魔する空気抵抗すべてを爆発燃焼。

 揚力に変換することで、押し通していた。そのあと、風を敵に回し、疲れ果てていたからだ。


「うわっ、っとっと」


 危ない、丘の段差で落馬しかけた。

 視線を下に落とせば、今度はダルカスが地を走っていた。


 馬の背に無理なく重心を置き、手綱をわずかに引くことで意志を伝えている。それは言葉ではない。重心・呼吸・わずかな圧による“体の会話”だった。


(⋯これが、真の操作術か)


 空も地も、俺は力任せに支配征服しようとしていた。

 だが彼らは、調和している。風や馬と“会話”している。


 ──この感覚、盗むしかない!


 まずは会話からだ。


「中華三国の時代から尊ばれた赤き陽光よ。赤兎改め、尊陽(ズンヤン)と名付ける。どうか、未熟な俺を導いてくれ」

 

 ブルルルッ、といなないた途端、尊陽(ズンヤン)は燃えるような深紅に輝き、俺に映像を見せた。それは馬を駆ける三国の英傑たちの姿。自分の夢を理想を実現する相棒として、馬を愛していた。


「──夢か。速さを救いに変えてくれ」


 振り落とされた。これじゃダメらしい。


「戦友よ、共に、駆け抜けよう」


 呼応するのかのように、急激に速度が上がった。

直進方向から殺意がする。


『魔法生物の血脈竜が数体来る。殲滅せよ』


 ツカヤの警告通り、血の塊で出来た竜が襲いかかる。

 討伐したいが、尊陽(ズンヤン)は危険な存在から避けようとする。


「刀で⋯⋯あ、落っこちたァァァァ!」


 霹臨天胤丸がぁぁぁぁ!!

 この揺れ、とても剣じゃ攻撃やリーチも足りず、安定しない!


 ならば、戦術に合わせて弓に変えよう。


 俺は、修行中に使っていた弓と矢筒をカキアから取り出して後ろ向きに座り直す。


「ダルカスさん、前方は頼みました!」


『任せろ。地球には“人馬一体”という言葉があるだろ? 馬を信じよ。己の一部と思え』


「あるじ、尊陽(ズンヤン)の心と同調するんだわい」


 ダルカスとカキアの言葉は俺の心に深く突き刺さった。

 この子はいま、何を考えている? 逃亡、移動、回避? 違うだろう。


尊陽(ズンヤン)、旋回してくれっ!」


 俺は脚で軽く腹を叩き、手綱を引っ張ると、思い通りに動いている。攻撃の時だ。


「撃ち抜く! 弓神相伝・〘光影の連射〙」


 一矢に十本の追尾する神力の矢を込め、弱点であろう胸元のへこみに撃ち抜く。

 尊陽(ズンヤン)は耳を傾けながら、軌道を微調整。


「グギィィィィ!!?」

「よし!」


 討伐して、コツを掴んだ。


 数体目の血脈竜を撃墜したあたりから、俺たちは少しずつ南へと誘導しながら戦っていた。


 尊陽(ズンヤン)も、戦いの中で俺の意図を汲んでくれるようになってきた。振り落とされる心配も、もうない。


 ツカヤが空から進路を指示し、ダルカスは魔獣の波を切り裂いて進む。


 血のように赤い風を切り裂き、見えてきた──あれが、始まりの草原南部。


「ここが前線である」


 ツカヤが呟く。


 濃い血の匂いがする激戦地。

 先着の冒険者団と理性ある火竜隊。墨色の煙を吐き、暴走した黒い火竜たち。


 ──これが実戦。

 死のやりとりが眼前で動く光景に、肩が震える。


 しかし、ツカヤとダルカスは既に、ある巨大な火竜に話しかけていた。


「遅くなり申した、ゼノバイシス様」


「すまん、ゼノ様。教育してて遅くなった」


「構わん。ほう⋯⋯その魂、イカイビトか。良い俊英だ」


 彼が炎天竜ゼノバイシス。

 朱色を主としながらも、紫、橙など燃える炎の甲殻をもつ一番巨大な竜。


 彼が金色の瞳を見開いて宣言する。


「東郷雅臣っ! 勇者先導の竜、“煌夢”として命ずる。騎馬術縛りで、戦況を一変させよ!」


 ──新たな試練が始まった。


【次回予告】

第58筆 慈悲の矢、火竜を貫く

《8月26日(火)19時10分》更新です

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