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第54筆 泣いた少女と泣かない私

〜ミューリエ視点〜


 冒険者ギルドの長い地下道には敵はいなかった。

そこを抜けると、シャルトゥワ村の南側の農作地域に繋がっていた。


 曇天に漂う灰の雲に赤い目を光らせ、肌が黒い斑点模様になったゴブリンやコボルトたち。

 とっくに理性の欠片もなく暴れ続ける化け物の姿があった。


 しかし、大勢の冒険者が戦っており、まだ希望はある。私は迷っている。


(剣は、あまりにも斬れすぎる)


 自分がお気に入りの異世界、メイテ=グレイリーで魔神が侵攻してきたとき、一振りで魔神ごと大陸を割ってしまった。

 あれを繰り返したら、この農地は魔物の侵攻よりも深刻な不毛の地になるはず。


 ならば第二案の魔法だわ。

 しかし、昨日の魔法の弱さが原因で、復活してる個体がいたらどうしよう?


 ──それでみんなに迷惑かけてる?


 いやいや、弱気になったらダメよ、わたし!


 本屋で買って、すぐ読んだ六聖魔法に関する本は、とても勉強になったもの。しかも、並列発動魔法の理論も書かれていた。


(姫様、悩んでらっしゃるのね)


 通話魔法〘念話(テレマナ)〙で話しかけてきた声の主は、私の左手にある杖ヒュカリス・キリム。


 意思を持ち、精霊の力を宿すこの子とも、長い付き合いになる。


「ライカスト翁なら……雅臣くんなら、どうするのかな」


『真っ直ぐ突き進むのみ。あとで本人に答え合わせだけすれば、良いんじゃない?』


(剣も魔法も単独じゃ危険──でも、あの子たちとなら。そう、私には仲間がいるじゃない!)


 今朝の動く剣の騒ぎなんて気にしない。知ったことではないわ。私は私のやり方でみんなを助ける!

だから、第三案を思いついた。


「ウィズムちゃん。まだ雅臣くんとカキアじじには内緒だよ」


「……え?」


「ルストくん、遊撃開始っ!」


『あいよ、姫様っ!』


 私の背中にピタリと張り付いていた大剣──。


 神々が忌み嫌う魔剣として生まれながら、幾多の世界を救ったことで、いまや神剣として再誕した。


特殊な経歴を持つ、私のバディ──

 

 真の名を聖魔煌麗神剣せいまこうれいしんけんルスト=ハーレイヴ。


 ──すぐに飛び立って、旋風のごとく敵陣に突入した。


「グガゥアァぁぁぁ!!!」


「来るなぁっ──な、なんだ! 閃光が走った!? って、ゴブリン倒れてるし!」


 冒険者のお兄さんが驚くのも無理はない。


 ルストくん自身で考えて行動。たった数秒で十体もの魔物達を倒していった。

 白金色の残光を残しながら、まるで魔晶魂の位置を透視しているかのように、一直線に斬り込む。


 しかも、魔物の第二の心臓に値する魔晶魂(コア)のみ確実に狙っていってる。流石、ルストくん!


「わぁぁぁ、凄い! やっぱり、ルスト=ハーレイヴは意思ある剣だったんですね! しかもハキハキと喋って俊敏に動いてるし!」


「忙しくするから──ウィズムちゃん、ディルクさん、覚悟してね!」


「は、はいなのです!」


「うむ! ミューリエ、吹っ切れたようじゃな。面白い。儂も征かん。火属性魔法・初級特殊技〘火種爆弾(ぱーちぃぼむん)〙──!」


 指からぽん、ぽん、と可愛い音がするけど、ものすごい勢いで発射してる!? 


 ドッーカァーン──!!!


 あの豆粒サイズの火種が大爆発を起こし、爆風が私の髪を大きく揺らした。

 極限まで圧縮した火の魔力を着弾と同時に爆ぜる原理だ。魔力練り上げと変換調整の計算力が高い。


「あれ、参考にするわ! ねぇ、キリムちゃん。虚精霊界(きょせいれいかい)より、上級精霊を千体投入。私の魔力使い放題で良いから、並列魔法陣を発動しちゃって!」


『りょーかい!』


 月華虚精霊神杖げっかせいれいしんじょうヒュカリス・キリムは、無数の精霊が結晶化した魔法杖だ。

 存在が否定された世界の精霊──虚精霊(きょせいれい)たちは、私の口となり、力となる。



 転移門から小型の七色の光を放つ虚精霊たちが千体きっちり出現。

 キリムちゃんの浮かぶ涙型の結晶が光り輝き、この農村地域と無為の森の境に等間隔で六〇〇体が魔法陣を発動し、攻撃開始。


 戦闘中の他の冒険者に随行する四〇〇体が、最適な魔法を発動していく。


『姫様、報告よ。防衛隊は光の壁と雷撃の封鎖を、随行隊は氷結や拘束魔法を中心に展開してるわ!』


「キリムちゃん、ルストくん、虚精霊たち。いつもありがとね。私一人での戦いだと、強敵向きな戦い方になっちゃうから」


「異世界の精霊じゃな。良い光属性魔法だ。助かった」


 少し離れた所から、ディルクさんの褒める声が聞こえてきた。


「ギャウゥウァァァァァ!!?」


「ぐぇぇぇぇーー!!」



 無為の森方向から侵攻した魔物たち。

 その子らが断末魔を上げながら、即死していく。待ち伏せ攻撃は成功しているみたい。

 ウィズムちゃんのカラーホログラムの表情は驚きと感動に満ちていた。


「わぁぁぁぁ! これが──ミューリエさまの戦い方。お兄さまの“個の力”とは違い、圧倒的なコンビネーションなのです!」


(そう、“私たち”の力で戦う。雅臣くんと違って、一人じゃない強さを信じても良いじゃない)


 そう決めてしまえば、私も行動が早い。


「ウィズムちゃん、脳波に干渉して戦場にいるみんなの戦術演算補助、今でもできる?」


「もちろん。さりげなくやるのです!」


 昔会ったウィズムちゃんはそうしてた。脳波に干渉し、インスピレーションの形を取って、皆に最適な思考を与えることが出来る。



「〘電子演算啓示(ノウエレクタ)〙──!」


 彼女のコアを中心に、村付近と村全てに電磁空間が形成。そこから、劣勢だった冒険者たちの行動が最適化され、押し返しが進んでいった。


「なに? 弱点が手に取るように分かる⋯⋯!」


「反撃開始だぁぁぁぁ!」


──しかし。


『姫様、ちょっとメンドイのみっけたから、そっちに飛ばすね!』


 ルストくんが言った直後、上空から黒い巨体が落ちてきた。


「ナンダ、トバサレタ?」


ぶくぶくと太った全身に、所々飛び出した骨。禿げ上がった頭には、大きな二つの角。

その体を刻む無数の斬撃跡は、みるみる修復されていく。


 よだれを垂らし、卑しく口角を吊り上げた。


「グッへっへッ、虹ノ娘、食イタイ。ウマソウ。コロして食ウ。イヤ、舐メマワシテ、イタブリタイ!」


「いやぁァァァーーーー!!! 来ないで!」



 ──よみがえる、最悪最ッ低な記憶!


 あの時と同じ、血と獣の匂い。


 ひやりと湿った石壁。擦れた腕に残る、あの舌の感触。

「絶望の味が、最高の子どもを産むんだってさ」

 あの声が、今も脳の奥底でこだまする。


 七日七晩、何も食べられなかった。喉が渇き、涙すら出なかった。

 震える声で、たったひとつの名前を呼んだ。──あの時、応えてくれたのは。


 私を、“人間”だと、まだ信じてくれた誰かだった。


 その中でも、一番大ッ嫌いで、唯一の天敵。

 ──あの、醜いおじさんゴブリンが、いま再び襲いかかろうとしていた。


 あの日の悪夢が、再び現実となって牙を剥く。


「だけど──今はもう、泣かない!」



【次回予告】

第55筆 トラウマの克服 

《8月24日(日)19時10分》更新致します

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